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秋葉夕雲

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第五章

426 巨人計画

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「ようやく……あと一日という距離まで来た」
 タストは巨人のドームの縁から眼下に広がる朝日に照らされた大地を見下ろす。それを美しいと思えることがまだ人間の証であると信じたい。
 ここ最近の朝の日課であり、道が正しいかを確認する作業でもある。
「今日、今日で……到着する。おそらく明日……いやあと三日あれば全部終わるはずだ」
 ここ最近の記憶がどうにも曖昧だ。いや、記憶そのものははっきりしているのだが、どうにもそれが自分の記憶ではないような錯覚に襲われる。
 この足は本当に自分の意志で立っているのか。この手は自分の体の一部なのか。息をしているのは何のためだろうか。心臓はどうして動いているのか。
 あるいはそれさえも、自分より上位の存在に支配されている……そんな思いは自分の行為の正当化をしたいだけなのか。
 答えの出ない煩悶を振り払い、これからの予定を打ち合わせるために銀の聖女がいる船に向かった。



 ゆっくりと歩む巨人の振動を感じつつ、狭い船内でファティと二人、会話する。
「恐らく今日の夕方ごろに敵の本拠地に到着する。それまで巨人はもつかい?」
「はい。それくらいなら大丈夫です」
 巨人は強力無比だが、いくつか制限がある。
 まず自動で動くわけではない。そしておおよそ十日ほどで消えてしまい、一度消えると再び作るには時間が必要になる。
 だからこそ海路で敵の本拠地に近づく必要があったのだ。もっとも巨人がいなければ軍として進むことは困難だっただろう。
「今のところ敵の本拠地に到着してからの予定に変更はないよ」
「私の巨人で攻撃してから、後は皆さんに任せるんでしたよね」
「うん、覚えていてくれてありがとう」
「それは……あの、私の巨人がいればみんなが戦う必要は……」
「ううん。君にはこの船を守ってもらわないと。君は巨人からあまり離れられないんだろう?」
「そうですけど……」
 確かに船を守ってもらいたいのは事実だが、本心は別にある。
 なるべく無傷で彼女を敵にぶつけたいからだ。
 兵士の役割はおもに二つ。転生者の捜索と能力を消耗させること。
 確実に勝つためには兵士は盾として機能させる。そのために連れてきた兵士が一人残らず死んでしまったとしても……敵の転生者を殺せるなら惜しくない。
 ただし、自分の仕事はその後が本番だ。果たして救いは訪れるのか。訪れなければどうやって国を立て直すのか。
 勝利しても先は長い。

「タストさん? どうかしましたか?」
「え? 何が?」
「顔がどんどん険しくなったから……何か不安なことがあるんですか?」
「そうだね。いよいよ決戦だから緊張しているのかもしれない。君の方がずっと大変なのに」
「いえ、タストさんが苦労しているのはわかっています。でも、これで終わるんですよね」
 それは違う。むしろこれから苦難が始まる。それこそ……救いが訪れない限り。
 しかし口からは正反対の言葉を出す。
「そうだね。これで全部終わる」
 きっと自分はこれからも嘘をつき続ける。それはきっと終わらない。
 ここに来て、セイノス教徒が救いを求める気持ちがわかった気がした。
「あれ……?」
「どうかしたのかい?」
 ファティが小首をかしげ、自分の右手をしげしげと眺める。
「ええと、巨人の足に……何か、妙な感触が……?」
 タストがその感触の正体を聞こうとした瞬間、地面、いや、巨人がわずかに傾いた。



「よし! オーガから借りてきたエアコンフィッシュは効いてるな!」
 鷲の宅急便で北方からお届けされたエアコンフィッシュは熱交換の魔法によって巨人からガンガン温度を奪っている。
 今回の場合、エアコンフィッシュ自身の負担はあまり大きくないらしい。
 というのも、エネルギーは基本的に高い所から低い所に流れる。巨人は魔法によって膨大な熱エネルギーを強引に保持している。そんな状態なので巨人からエネルギーを引っぺがすのはそれほど苦労しないようだ。嬉しい誤算だ。
 ちなみにエアコンフィッシュは現在張り付けの刑のようにびたっと巨人に引っ付きながらぴちぴちもがいている。……ちょっと罪悪感を感じる。
 エアコンフィッシュは肺呼吸だから地上でもしばらくの間は生きている。ほっといたら死ぬけど。
 なので、エアコンフィッシュが息絶えるまでが勝負。
 そして巨人の足元がわずかにぐらついた。だが……。
「っ! 避けろ!」
 巨人から細長い腕が突然生えると、それを足元のエアコンフィッシュたちに向かって叩きつけた。
 直撃した連中はもはや跡形もない。
 しかし今まで泰然自若としてこちらを無視していた巨人が攻撃してきた。つまり、このまま何もせずに進むことはできない脅威があることを認めたも同然だ! このまま攻める!

「千尋! 任せるぞ!」
「うむ!」
 立ち止まった巨人の足元の木々から数千人の蜘蛛が一斉にとびかかる。
 朝焼けに照らされた蜘蛛の軍勢は火花が舞い散っているように見えた。
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