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秋葉夕雲

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第五章

424  逆流する海

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「飛び降りかあ……」
 大地に続く赤い点はそれだけの犠牲者があったことを意味する。決して少なくはない数だ。が、敵軍を壊滅させるにはあまりにも少ない。
 全く嫌になる。感染症の古典的な対策は患者の隔離だ。
 それよりも前に遡ると人や町を焼き払うこと。
 倫理や人道を気にしなくていいならもっとも手っ取り早い方法だろう。上層部から命令があったのか、自発的に行ったのか……どっちもありそうなのが恐ろしいな。
 ペストの場合、ヒトモドキ同士の潜伏期間中の感染力は多分そう高くないはずだから、それなりに有効な対策だけど、根本的な対策にはならない。
 もっと重要なのは衛生環境を整えることだ。不潔さは万病のもと。それができない限りノミは根絶されず、ペストは感染の機会を待っている……はずだ。
 巨人のドーム内の様子さえわかれば。



「中の様子を見るのは難しいのか?」
「コッコー。網越しでは見えません。船内で過ごしていることが多いようですし」
「探知能力も通じないからなあ。まるでわからん」
 巨人のドームはそもそもたどり着けるのが飛行生物のみ。さらに探知能力なども全く通じないので今何をしているのかさえも全くわからない。
 案外、病で苦しんでいるという可能性もある。
 あいつらの船舶建造技術は大したことがない。衛生観念や居住環境を整備する能力も乏しいだろう。
 さらに厄介なのは水だ。あいつらが確保している水は海水。当然飲めない。
 船団が出向してからどのくらい時間がたったのかはわからないけど、昔の航海において真水はとても貴重だったはず。食料よりも水の確保は簡単じゃないだろう。なんせ宙に浮いてるし、最近雨も降ってない。
 海老でもいれば魔法で海水を真水に変えることはたやすいけど、魔物を殺そうぜキャンペーンがうまくいっていれば連れてきてないかもしれないけど……ああ、やっぱり中の様子が探れないのは痛い。
 何とか敵の様子を探れないか考えていたところで巨人に動きがあった。



 巨人はゆっくりと屈み始めた。実際にはそれなりの速度で動いているのだろうけど、何分巨大なものでスローモーションのようにとてもゆっくりと、慎重に動いているようだ。
 ただ、姿勢を変えながらもドームを傾かせないように苦心しているようだった。背中に水が詰まったお盆を背負っているようなものだから、慎重になるのもわかる。ただ、何故屈んでいるのかはよくわからない。
 巨人はその後もゆっくり動き、遂にはうつぶせで地面に寝そべっている姿勢になった。
 いや、正確には地面ではなく、大きな川にめり込むように寝転がっている。
 そして巨人は人間の口のあたりから門が開くように穴が開き始めた。いや、事実としてそれは門だったのだろう。人が通る門ではなく、水を通すための水路を開閉する水門。
 その証拠に、ドームの背後からやがてダムのように水が排出された。
 つまり、奴は川から水を取り込んでいる。
 しかし、だ。
 よく考えてほしい。今、ドームの内部に存在している水は海水。思いっきり塩水。
 対して川は淡水。さて、川に塩分満載の海水なんて流し込めばどうなるか。
 超! 自然破壊!
「アホかあああ! てめえは風呂入る前に体を洗わない横着者か!? 少しは環境のことも考えろ!」
 計略としての有効性は認めるよ!? 飲み水も確保できて、排泄物とかで汚れているであろうドームの水も捨てられるんだからな!
「何でそう、大雑把なんだよお前ら……」
 ヒトモドキらしいといえばそうだけど、ここはオレらの土地に近いからあとあと面倒ごとにならないかこれ? いやまああいつらが敵地の汚染なんて気にするわけもないか。
 っと、待てよ? これってチャンスじゃないか? 何とかして水門から侵入できれば中から攻め崩せるんじゃないか?
 早速海老辺りに連絡だ!



 と、意気込んでみたのはいいものの……やっぱりそううまくいくはずもなかった。
 穴はとてつもなく巨大だったけど格子のようなものが備え付けられており、どう頑張っても侵入できなかった。いっそ毒でも流し込んでやろうかと思ったけど、流石に用意がなかった。
 じゃあ逆に水の排出口から侵入……できるわけねーだろ。
 ダムみたいな激流をさかのぼるなんて絶対無理。
 ぐぬぬ。次の機会があれば……いやないか。今回ヒトモドキが手に入れた水の量は莫大だ。飲み水としては数週間分。そのほかの用途を含めても余裕で一週間はもつだろう。
 巨人の移動速度は予想よりは遅い。しかしエミシに到着するまで足りないとは思えない。
 つまりオレは千載一遇のチャンスを逃してしまったということ。
 しかし、後悔しているオレに一つの連絡が舞い込んだ。

「少し、よろしいかしら?」
「瑞江? どうかしたのか?」
 何とか侵入しようとした海老を指揮していた瑞江からだ。まさか侵入に成功した……わけじゃないよな。
「あの巨人から排出された水について、妙なことがあったのよ」
 単刀直入に真剣に語っている。
「実は海水じゃなかったとか?」
「いいえ。成分は海水よ。ただ、水温が高かったようなの」
「温度が……?」
「ええ。ワタクシたちには意味がわからないことでもあなたならわからないかしら」
 千尋といい瑞江といい……たまにオレに疑問を丸投げしてくるよな。面倒くさがりなのか、それとも役割分担のつもりなのか……。
 ま、信頼の証、ということにしておけば悪い気はしないか。
 とはいえ温度か。
 数日ほど標高の高い場所にいたなら当然温度は下がっているはず。黒い体だから太陽光を吸収して温まったか?
「どのくらいの温度だ?」
「人肌より少し温かい位だわ」
 この場合の人肌はとりあえず生物ならそれくらい、という意味のかなりアバウトな言葉だ。
 夏ということを加味してもやや温度が高い。
 なら、この温度の上昇は、巨人の魔法の特性によるものではないだろうか。
 熱、熱か。
 熱を操る魔法は……ユーカリと、確かオーガが飼っている魚に温度調節の魔法があったな。意外に熱操作系の魔法ってレアだからな。
 ひとまずそいつらを巨人に当ててみようか。
 何か、突破口になるか……? 他に手掛かりもない。賭けてみようか。
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