こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
429 / 509
第五章

420 海の柱

しおりを挟む
 さっきまでゴマ粒のような大きさだった船は豆粒ほどの大きさになっている。徐々に、しかし確実に敵が近づいてくる。
「コッコー。紫水。上空からの空爆許可を」
「いやダメだ。銀髪がいるなら多少の空爆は無意味だ。まだ温存しておくべきだ」
 あの船団のどこかに銀髪がいることは十中八九間違いない。だからこそ確証が欲しいわけだが……幸運にも、その確認手段は勝手にやってきた。

 船団の端辺りに船をあっさり飲み込むほどに巨大な水柱が噴出する。間違っても自然現象ではない。
 これは魔法。これほどの強大な魔法を使える魔物は間違いない。
「プレデターXか! さあどうするヒトモドキ」
 どうやら奴らはプレデターXを避けて海を渡ったわけではないらしい。つまり何らかの方法でプレデターXを撃退したということ。
 が、よく考えれば簡単にわかることだ。セイノス教が魔物をどう扱うかなんていつもいつも変わらない。

 プレデターXが挙げた水柱よりもはるかに巨大な銀色の剣が出現する。それはプレデターXを海もろとも叩き割り、海原を朱に染めた。

 なんとまあ力押しここに極まれりだ。移動方法まで銀髪頼みかよ。いっそ清々しいね。
 ともあれこれで銀髪の居場所ははっきりした。間違いなくあの船団が本命だ。
「そうなるとなるべく上陸させないようにしないと」
 当然ながら船は陸上を走れない。船荷を下し、陸で進軍するための準備を整えなければならない。そのためには港、最悪でも桟橋が必要になる。小舟ならともかく大型の帆船なら浅瀬に乗り上げてあっさり座礁するはずだ。
 ただしここはただの海岸。都合よく接岸できる場所もない。そうなると座礁しないくらいの小舟を使うか、簡易的な桟橋を作らないと荷下ろしさえできない。
 どっちにせよ時間はかかるはず。攻撃するチャンスはある。
 しっかり偵察して攻めるポイントを見つけよう。

 で、カッコウたちがじっくり敵の陣容を観察した結果。少なくとも港を建設することはないと判断した。
「コッコー。船団を見回してみましたが、奴らの船はボロボロになっていて、作りは決して頑強ではありません、それどころか筏を繋げただけのとても船とは呼べない代物もありました」
 よく考えれば当然だけど、海にかかわる産業がろくにないクワイでこんな大量の船を簡単に調達できるわけがない。とりあえず海に浮かべば御の字の急造品が大多数だろう。
 こんな奴らが港なんか作れるわけがない。
 だから小舟でちまちま兵隊や物資を運んで上陸しなければこれ以上一歩も動けない。そして軍隊というのは何事においても切り替えるのが苦手だ。そのすべてを銀髪が守るのは無理だろう。
 だが奴らは思いもよらない方法でこの問題を解決するどころか……船に乗ったまま陸上を進軍するという無茶をやってのけた。





「ようやくここまでこれた……」
 疲れ切った顔で船上から眼下の波打つ海を見下ろす。次に彼方に見える陸地に目をやる。海路を使うと決めてまず実行したのは敵の本拠地から遠い一部の村々に木材を運ばせたことだ。
 もちろん船の材料にするためだったのだが、理由や目的地もろくに告げず、ただ行けと命じただけなので掃討に不平不満はあっただろう。しかし教都や王都直々の命令は無視されずに大過なく実行された。
 そしてクワイの南にある沿岸部で集めた木材を使って船を組み立てさせた。セイノス教徒にとって海は恐怖の象徴だ。海沿いに住まう人々はほとんどおらず、時折海に近づいてしまった人々がもどってこなくなるだけだ。
 その海に急場しのぎで建造した船で出発するなど正気の沙汰ではない。
 しかもこの期に及んでもその目的地を一切知らさなかった。
 タストが徹底したことはとにかく目的地や意味を知らせないこと。それはスパイ対策だったのだが、動向にある種の無秩序さを抱えた結果、カッコウの監視を欺くことができた。
 ここまでの無茶はセイノス教徒が上からの命令を盲目的に従うという性質を知悉していなければできなかっただろう。
 そして本命の自分たちは手分けして食料や人員を集めつつ南下し、建造されていた船に乗り込み、そこでようやく目的地を告げた。爆発する民衆の歓喜、感動。
 彼女たちのたまっていた不満はここで解消された。タストが勘違いしていたのは、彼女たちの不平不満は大部分が聖戦に参加できないかもしれないという不満だった。
 どうやらそんなにも戦いたいらしい。こいつらは放っておけば勝手に戦いだすだろう。でもそれでは勝てない。だから、ちゃんと勝つための戦いをしてもらわなければならない。
 だからいいのだ。この先この軍の大部分は死亡するだろう。しかし最終的に勝利さえすれば、悔いなどないに違いない。
「死んだって文句なんかいわない……勝つための犠牲なら……しょうがないんだ」
 ここに来るまで犠牲はあった。海の魔物に襲われたり、船から転落したり。その犠牲はタストの作戦が原因だという自覚はある。
 だからこそその重圧の責任から目を背けるには、しょうがないという言葉を繰り返すしかなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

運命の魔法使い / トゥ・ルース戦記

天柳 辰水
ファンタジー
 異世界《パラレルトゥ・ルース》に迷い混んだ中年おじさんと女子大生。現実世界とかけ離れた異世界から、現実世界へと戻るための手段を探すために、仲間と共に旅を始める。  しかし、その為にはこの世界で新たに名前を登録し、何かしらの仕事に就かなければいけないというルールが。おじさんは魔法使い見習いに、女子大生は僧侶に決まったが、魔法使いの師匠は幽霊となった大魔導士、僧侶の彼女は無所属と波乱が待ち受ける。  果たして、二人は現実世界へ無事に戻れるのか?  そんな彼らを戦いに引き込む闇の魔法使いが現れる・・・。

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

王宮を追放された俺のテレパシーが世界を変える?いや、そんなことより酒でも飲んでダラダラしたいんですけど。

タヌオー
ファンタジー
俺はテレパシーの専門家、通信魔術師。王宮で地味な裏方として冷遇されてきた俺は、ある日突然クビになった。俺にできるのは通信魔術だけ。攻撃魔術も格闘も何もできない。途方に暮れていた俺が出会ったのは、頭のネジがぶっ飛んだ魔導具職人の女。その時は知らなかったんだ。まさか俺の通信魔術が世界を変えるレベルのチート能力だったなんて。でも俺は超絶ブラックな労働環境ですっかり運動不足だし、生来の出不精かつ臆病者なので、冒険とか戦闘とか戦争とか、絶対に嫌なんだ。俺は何度もそう言ってるのに、新しく集まった仲間たちはいつも俺を危険なほうへ危険なほうへと連れて行こうとする。頼む。誰か助けてくれ。帰って酒飲んでのんびり寝たいんだ俺は。嫌だ嫌だって言ってんのに仲間たちにズルズル引っ張り回されて世界を変えていくこの俺の腰の引けた勇姿、とくとご覧あれ!

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

勇者に改心の一撃を!~僕の世界は異世界の勇者達に壊された~

若葉さくと
ファンタジー
人間と魔族が仲良く平和に暮らす世界セルリタ。 その平和は魔力を統べる王である、魔王により保たれていた。 主人公ラルフの暮らすラントリールの村に、異世界から勇者がやってくるその日までは・・・。 少年の小さな勇気から始まった物語は、やがて世界を動かす大きな物語へと発展していく。 絶望を味わいながらも、仲間たちとの出会いを経て、彼は成長していく! チートの敵に立ち向かう立場逆転ファンタジー!

処理中です...