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第五章
357 そして誰もいなくなる
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実のところ、これがチャーロの初めての実戦である。夜間という時間に限れば、だが。
トゥッチェは今まで夜の戦闘を行ったことはない。夜に攻められれば即座に逃げ出すのが常であった。聖典にもある。夜の闇こそ魔物が本性を現すと。
ゆえに今まで一度も夜に戦ったことはない。しかし今はやらねばならないのだ。
手勢はたった千人ほど。砦の内部に突入したために騎兵は大きく数を減らしてしまっていた。
敵戦力は不明。地の利もなく、時は不利。最悪の条件だ。
そして最悪の予想は裏切らない。
雨のように針が降り注ぐ。
「<光盾>を構えろ!」
とっさに防御の神秘によって守りを固める指示を出す。よく見慣れた魔物ハリネズミだろう。トゥッチェの民にとってはおなじみと言ってもいい。ただし問題なのはそこではない。
(どこから撃っている!?)
今は真夜中。月明りもないこの場所で何故こうも敵は味方の位置がわかるのか。松明さえも消しているのに何故飛び道具を撃てるのか。こちらは敵がどこにいるのかさえ分からないというのに。針の矢はそれぞれが別々の方向から撃ってきたかのようにその軌道がバラバラだった。これでは居場所が突き止めようがない。
さらに――――。
「っ!? 何だ!? 何か足元にいる!?」
ぞわりと鳥肌が立つ。足元で何かが蠢く気配。
攻撃を加えるわけでもなく、ただそこにいるだけ。しかし足元に何かがいるという事実は想像以上に不快な感覚で、集中力が途切れてしまう。結果として、針への防御がおろそかになる。
「防御を緩めるな! 足元にいる何かは攻撃してこない! 無視しろ!」
チャーロは叫ぶがどれほどの効果があるのだろうか。
チャーロが見抜いた通り、足元にいる何かは全くの無害である。
それもそのはず、これはムカデの魔法、ただ自切した脚を動かすだけの魔法。はっきり言えばただの嫌がらせにしかならない。しかし戦場という極限状況に置かれた生命体の精神は嫌がらせを許容できるほど図太くはなれないのだ。
さらに夜の闇が正体を隠す役割も果たし、より一層の恐怖を煽る。そして恐怖により硬直した隙を見逃してくれる相手ではないのだ。
瞬く閃光。
ライガーから放たれた光が騎士団の目を灼く。間髪を入れずに――――。
「ヴェヴェヴェ!!!!」
数十人のカンガルーが跳躍しながら蹴りを放つ。流星雨のように降り注ぐそれをどうして防げようか。
しかしそれでもチャーロは諦めない。
「まだだ! 立て直せ! 止まるな! 止まれば狙い撃ちにされる! 進――――」
チャーロの言葉は続くことがなかった。ムカデの脚に紛れて忍び寄っていた蛇蝎の蛇のような尻尾がチャーロの足に突き刺さっていた。
何が起こったのかもわからぬままチャーロは絶命した。不運だったのはあまりにも突然に死亡したためにチャーロがどうなったのか把握している者が誰もいなかったことである。ただでさえ混乱した遊牧民たちは指揮官の所在不明によりよりいっそうの混乱に陥り、崩壊していった。
もしも遊牧民たちが普段の戦闘ならば勝機がなくなった時点で逃走していただろう。しかし騎士団に組み込まれ、背後に味方がいるという状況が彼女らの選択肢を大きく狭めてしまった。
誰一人逃げ出すことなく勇敢に戦い、散っていった。もちろんアンティ同盟にもエミシとってもそのほうが都合がよかった。
城の防衛に努める中、ティウからの連絡がきた。
「こちらは終わりました。そちらはどうですかな?」
「え、もう終わったのか?」
「ええ。普段と違い逃げないのですから容易いものです」
「そっか。それじゃあこのまま進めようか」
敵は遮二無二砦を攻めている。どんな状況でもそうだけど、攻撃に集中している時ほど防御がもろくなっている時はない。
夜明けまではまだまだ時間がある。
「今夜は寝かさないぞ……あ、間違えた。今夜は永遠に寝かせてやるぞ、と」
当然ながら戦闘は極めてハードな肉体労働だ。精神を、肉体を削り、自己を放り投げてようやく戦争に参加できる。
それを数時間にわたって続けた騎士団の忍耐と努力は敬服に値するだろう。だが悲しいかな。
命を懸けたくらいで勝てるほど、戦争は甘くない。
それに気付いたのは誰だったのか。
「魔物が後ろにいるぞ!」
そう叫んだのは誰だったのかはわからない。砦を包囲していた騎士団は逆に包囲し返されていた。その結果砦の守備兵と外側からの挟み撃ちになった。
一旦包囲を解き、軍勢を集結させるなどの戦術を行使できればよかったのだが……あるいはニムアとチャーロが健在であればそうなったかもしれない。しかし、砦攻めを行いながら同時に外部からの攻撃に対処するという場当たりすぎる対処方法を行ってしまった。
指揮の乱れと焦り。見えない敵への恐怖。それらがどうにもできない混沌となって彼女らを襲っていた。
それに対し、アンティ同盟の戦術は理に適っている。砦の四方を囲む敵に対して一方向に戦力を集中し、他の三方向はハリネズミの針による攻撃のみにとどめておき、一つの方向がかたをつき次第別の場所に移動するという各個撃破の形を成立させた。
テレパシーという簡便極まりない情報伝達を持つアンティ同盟とクワイの騎士団の指揮能力の差は歴然だった。敵戦力の分散と味方戦力の集中。絵にかいたような戦術は兵数の差をあっさりと埋めていた。
朝を迎える前に騎士団の団員たちは全て地に伏し、動かなくなっていた。
トゥッチェは今まで夜の戦闘を行ったことはない。夜に攻められれば即座に逃げ出すのが常であった。聖典にもある。夜の闇こそ魔物が本性を現すと。
ゆえに今まで一度も夜に戦ったことはない。しかし今はやらねばならないのだ。
手勢はたった千人ほど。砦の内部に突入したために騎兵は大きく数を減らしてしまっていた。
敵戦力は不明。地の利もなく、時は不利。最悪の条件だ。
そして最悪の予想は裏切らない。
雨のように針が降り注ぐ。
「<光盾>を構えろ!」
とっさに防御の神秘によって守りを固める指示を出す。よく見慣れた魔物ハリネズミだろう。トゥッチェの民にとってはおなじみと言ってもいい。ただし問題なのはそこではない。
(どこから撃っている!?)
今は真夜中。月明りもないこの場所で何故こうも敵は味方の位置がわかるのか。松明さえも消しているのに何故飛び道具を撃てるのか。こちらは敵がどこにいるのかさえ分からないというのに。針の矢はそれぞれが別々の方向から撃ってきたかのようにその軌道がバラバラだった。これでは居場所が突き止めようがない。
さらに――――。
「っ!? 何だ!? 何か足元にいる!?」
ぞわりと鳥肌が立つ。足元で何かが蠢く気配。
攻撃を加えるわけでもなく、ただそこにいるだけ。しかし足元に何かがいるという事実は想像以上に不快な感覚で、集中力が途切れてしまう。結果として、針への防御がおろそかになる。
「防御を緩めるな! 足元にいる何かは攻撃してこない! 無視しろ!」
チャーロは叫ぶがどれほどの効果があるのだろうか。
チャーロが見抜いた通り、足元にいる何かは全くの無害である。
それもそのはず、これはムカデの魔法、ただ自切した脚を動かすだけの魔法。はっきり言えばただの嫌がらせにしかならない。しかし戦場という極限状況に置かれた生命体の精神は嫌がらせを許容できるほど図太くはなれないのだ。
さらに夜の闇が正体を隠す役割も果たし、より一層の恐怖を煽る。そして恐怖により硬直した隙を見逃してくれる相手ではないのだ。
瞬く閃光。
ライガーから放たれた光が騎士団の目を灼く。間髪を入れずに――――。
「ヴェヴェヴェ!!!!」
数十人のカンガルーが跳躍しながら蹴りを放つ。流星雨のように降り注ぐそれをどうして防げようか。
しかしそれでもチャーロは諦めない。
「まだだ! 立て直せ! 止まるな! 止まれば狙い撃ちにされる! 進――――」
チャーロの言葉は続くことがなかった。ムカデの脚に紛れて忍び寄っていた蛇蝎の蛇のような尻尾がチャーロの足に突き刺さっていた。
何が起こったのかもわからぬままチャーロは絶命した。不運だったのはあまりにも突然に死亡したためにチャーロがどうなったのか把握している者が誰もいなかったことである。ただでさえ混乱した遊牧民たちは指揮官の所在不明によりよりいっそうの混乱に陥り、崩壊していった。
もしも遊牧民たちが普段の戦闘ならば勝機がなくなった時点で逃走していただろう。しかし騎士団に組み込まれ、背後に味方がいるという状況が彼女らの選択肢を大きく狭めてしまった。
誰一人逃げ出すことなく勇敢に戦い、散っていった。もちろんアンティ同盟にもエミシとってもそのほうが都合がよかった。
城の防衛に努める中、ティウからの連絡がきた。
「こちらは終わりました。そちらはどうですかな?」
「え、もう終わったのか?」
「ええ。普段と違い逃げないのですから容易いものです」
「そっか。それじゃあこのまま進めようか」
敵は遮二無二砦を攻めている。どんな状況でもそうだけど、攻撃に集中している時ほど防御がもろくなっている時はない。
夜明けまではまだまだ時間がある。
「今夜は寝かさないぞ……あ、間違えた。今夜は永遠に寝かせてやるぞ、と」
当然ながら戦闘は極めてハードな肉体労働だ。精神を、肉体を削り、自己を放り投げてようやく戦争に参加できる。
それを数時間にわたって続けた騎士団の忍耐と努力は敬服に値するだろう。だが悲しいかな。
命を懸けたくらいで勝てるほど、戦争は甘くない。
それに気付いたのは誰だったのか。
「魔物が後ろにいるぞ!」
そう叫んだのは誰だったのかはわからない。砦を包囲していた騎士団は逆に包囲し返されていた。その結果砦の守備兵と外側からの挟み撃ちになった。
一旦包囲を解き、軍勢を集結させるなどの戦術を行使できればよかったのだが……あるいはニムアとチャーロが健在であればそうなったかもしれない。しかし、砦攻めを行いながら同時に外部からの攻撃に対処するという場当たりすぎる対処方法を行ってしまった。
指揮の乱れと焦り。見えない敵への恐怖。それらがどうにもできない混沌となって彼女らを襲っていた。
それに対し、アンティ同盟の戦術は理に適っている。砦の四方を囲む敵に対して一方向に戦力を集中し、他の三方向はハリネズミの針による攻撃のみにとどめておき、一つの方向がかたをつき次第別の場所に移動するという各個撃破の形を成立させた。
テレパシーという簡便極まりない情報伝達を持つアンティ同盟とクワイの騎士団の指揮能力の差は歴然だった。敵戦力の分散と味方戦力の集中。絵にかいたような戦術は兵数の差をあっさりと埋めていた。
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