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第五章
346 正体のない怪物
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「何から何まで世話になったな紫水殿」
「おう。ま、犠牲者が少なかったのは何よりだ」
きちんと反逆者の葬儀を執り行い、これ以上誰かを処罰することがないとイドナイが明言すると、オーガの群れはほっとした空気に包まれた。最悪の場合寝返っていた女は殺される覚悟をしていたようだ。
「今すぐ傭兵稼業を始める……てわけにもいかないか」
「それは難しいな。そちらから食料が大量に送られるのはもっと後なのだろう? 他のクランの連中を説得するのには時間がかかる」
オーガは国家としての枠組みがきっちりしていない。よく言えば自由、悪く言えばまとまりがない。明確な利益を提示できればもっとスムーズに話が進むかもしれないけど、ここから樹海まではあまりにも遠い。
「だが時が来れば必ず協力する」
しっかりと断言するイドナイに虚偽の気配はない。随分と好かれたもんだ。
「世話になったのはもちろんだが……あの言葉がどうも……な」
「ん? オレ何か言ったっけ?」
「病気も個性の一つ、ということだ。あれを聞いたおかげで思っている以上に心のつかえがとれた」
言葉ひとつでそんなに感動するもんかねえ?
嫌われるよりましだけどな。
「今度会う時はお前たちを必ず助ける」
「期待してるよ」
さて、これでオーガの協力は取り付けた。今度はヒトモドキどもの様子だな。
怪我が完治した和香率いる偵察部隊に課された使命は多岐にわたる。
騎士団の動向把握。教都チャンガンを偵察して敵の内情を少しでも知る。西方地域の偵察。そしてこれが最優先、銀髪の居場所を突き止める。
銀髪が騎士団にいないならいないで別に構わない。というかありがたい。しかし何故いないのかがわからないうちは気持ち悪すぎる。
幸いにもカッコウはかなり数が多い。というかオレたち自身でもどれくらいいるのかイマイチよくわからない。こいつらの場合世界中を飛び回っていることに加えて純粋な仲間ではなく、ちょっと情報収集を行うだけの協力者のような群れも複数存在するので人口が数えられない。
だからこそこいつらの情報にはお宝が隠れていることもある。和香のすごい所は山のようなクズ情報からお宝をきっちり見つけ出すところだ。寧々とはまた違う意味合いで事務処理能力が卓越している。
その和香から気になる情報がいくつかあった。
「コッコー。やはり銀髪は教都チャンガンに滞在しているようです。少なくとも町の間ではそう噂されています」
「直接見た奴はいないんだよな? 偽装の可能性は?」
カッコウが取得できる情報はあくまで野外で話す人々の噂話。いくらでもごまかしは利く。
「その場合あらかじめ我々を始めとした敵陣営が諜報活動を行っているという自覚が必要になります。今までの奴らの行動と合致しません」
「確かにな」
馬鹿馬鹿しい話だけど、セイノス教にとって魔物は知恵のない哀れな存在でなければならない。いや、もしかするとカッコウが警戒されている様子もないので、そもそもカッコウを魔物だと認識していない可能性さえある。カッコウは原則として大型の動物を直接襲わないみたいだし。
「コッコー。そして噂としてよくささやかれていることがあります。どうも銀髪は王家の一員らしいのです」
「へ? 王家?」
「コッコー。より正確には出奔した王家の末裔らしいです」
「それは珍しいのか?」
「コッコー。敵の貴族は王家の血を引くものも多いらしいです」
「んー……つまりもともと王家だったり貴族だったりしたけど何らかの事情で一般人になったのか?」
「コッコー。なんでもルファイ家、今の教皇の家系が閑職に追いやったようです」
「……確認するけど王家の末裔、という存在はいくらでもいるんだな?」
「コッコー」
歴史上の偉人を祖先に持つ人々というのは結構多い。英雄色を好むというか、それこそ何十人も子供がいる偉人もいるはずだ。
祖先となれば数千人いても全くおかしくない。でもまあオレより孫が多い英雄は地球にはいないだろうけどな! はっはー! もうすでに数万を超えてるぜオイ!
……て、そんなことどうでもいいっつーに。
この場合重要なのは別に王族やら王家が特別というわけではないこと。もしも王族がスーパー強力な魔法を使えるのだとしたら全滅待ったなしだ。
というか冷静に考えればそんなことありえない。体質ならともかく才能というのは遺伝なんかしない。もしそうなら王様やら貴族の子孫は皆英雄にならなければおかしい。
銀髪は……転生管理局とやらが何かしたのかもしれないけど……何をしたらああなるんだ?
「コッコー? いかがしました?」
「ん、ああ悪い。王家と銀髪の関係はわかったけど何か問題があるのか?」
「コッコー。どうやら王家から救世主が復活する。そういう伝承がるようです」
「ははあ。銀髪がその再臨だと、そういう噂が流れているわけか」
「コッコー」
ここまでくるとあまりにも話が出来すぎていて、どこかに虚偽が紛れ込んでいるようにさえ感じる。そう簡単に尻尾を掴ませてくれないだろうけど。
「で、結局何で銀髪は軍に加わっていないんだ?」
「コッコー……どうにも理解できませんが、銀髪を穢れた魔物に近づけたくないという噂が多いようです。銀の聖女に代わって関の惨劇を引き起こした魔物を討て、と」
「……まさかそんな理由で軍隊を動かしたのか?」
呆れを通り越して逆に感心する。戦争の理由としては未だかつて聞いたことがない。いや、報復なんてのはよくある理由だけれど、これに比べればイリアスの方がまだましだ。
「コッコー。上層部がどう思っているかはわかりませんが下々の間ではそう噂されております。また、今回騎士団を率いているのは教皇直属の命令ではないようです」
「ええっと、教皇は……ルファイ家だから……銀髪の先祖を放逐した……敵……あれ? 銀髪って教皇寄りじゃなかったっけ?」
「そう思っているのですが……コッコー」
和香はお手上げと言わんばかりの鳴き声を上げる。オレもそうしたい。誰がどいつの敵で味方なのかピンとこない。
結局のところ銀髪が攻撃してこない理由がよくわからん。民衆の支持を得ているのなら多少の無理は通せそうなもんだと思うけど……自分が出るまでもないと思っているのか? それとも穢れた魔物に近づきたくないのか?
奴のお目当てはこの国だと思うんだけど……今回の騒動はその一助になるのだろうか。
基本的に紫水は原始的な欲求や論理的な打算について彼の頭のギアは良く回る
裏切りや不意打ちをためらわないのにもかかわらず、ある種の潔さがあるゆえに他人におもねるという行為を自分にも他人にもよしとしてない。
そうであるが故か、個人の心情や集団としての信念、社会的な承認欲求、献身性と利己による打算が入り混じり、混濁とした人間模様、すなわち政治の場ではどうしても頭のギアは回転を鈍らせてしまう。
複雑な権力機構かつ宗教組織であるクワイの政治は彼にとって理解しがたい怪物だったのだろう。もっとも、逆側からしてみれば彼のエゴこそが途方もなく巨大な怪物のように見えてしまっていたのだろうが。
「おう。ま、犠牲者が少なかったのは何よりだ」
きちんと反逆者の葬儀を執り行い、これ以上誰かを処罰することがないとイドナイが明言すると、オーガの群れはほっとした空気に包まれた。最悪の場合寝返っていた女は殺される覚悟をしていたようだ。
「今すぐ傭兵稼業を始める……てわけにもいかないか」
「それは難しいな。そちらから食料が大量に送られるのはもっと後なのだろう? 他のクランの連中を説得するのには時間がかかる」
オーガは国家としての枠組みがきっちりしていない。よく言えば自由、悪く言えばまとまりがない。明確な利益を提示できればもっとスムーズに話が進むかもしれないけど、ここから樹海まではあまりにも遠い。
「だが時が来れば必ず協力する」
しっかりと断言するイドナイに虚偽の気配はない。随分と好かれたもんだ。
「世話になったのはもちろんだが……あの言葉がどうも……な」
「ん? オレ何か言ったっけ?」
「病気も個性の一つ、ということだ。あれを聞いたおかげで思っている以上に心のつかえがとれた」
言葉ひとつでそんなに感動するもんかねえ?
嫌われるよりましだけどな。
「今度会う時はお前たちを必ず助ける」
「期待してるよ」
さて、これでオーガの協力は取り付けた。今度はヒトモドキどもの様子だな。
怪我が完治した和香率いる偵察部隊に課された使命は多岐にわたる。
騎士団の動向把握。教都チャンガンを偵察して敵の内情を少しでも知る。西方地域の偵察。そしてこれが最優先、銀髪の居場所を突き止める。
銀髪が騎士団にいないならいないで別に構わない。というかありがたい。しかし何故いないのかがわからないうちは気持ち悪すぎる。
幸いにもカッコウはかなり数が多い。というかオレたち自身でもどれくらいいるのかイマイチよくわからない。こいつらの場合世界中を飛び回っていることに加えて純粋な仲間ではなく、ちょっと情報収集を行うだけの協力者のような群れも複数存在するので人口が数えられない。
だからこそこいつらの情報にはお宝が隠れていることもある。和香のすごい所は山のようなクズ情報からお宝をきっちり見つけ出すところだ。寧々とはまた違う意味合いで事務処理能力が卓越している。
その和香から気になる情報がいくつかあった。
「コッコー。やはり銀髪は教都チャンガンに滞在しているようです。少なくとも町の間ではそう噂されています」
「直接見た奴はいないんだよな? 偽装の可能性は?」
カッコウが取得できる情報はあくまで野外で話す人々の噂話。いくらでもごまかしは利く。
「その場合あらかじめ我々を始めとした敵陣営が諜報活動を行っているという自覚が必要になります。今までの奴らの行動と合致しません」
「確かにな」
馬鹿馬鹿しい話だけど、セイノス教にとって魔物は知恵のない哀れな存在でなければならない。いや、もしかするとカッコウが警戒されている様子もないので、そもそもカッコウを魔物だと認識していない可能性さえある。カッコウは原則として大型の動物を直接襲わないみたいだし。
「コッコー。そして噂としてよくささやかれていることがあります。どうも銀髪は王家の一員らしいのです」
「へ? 王家?」
「コッコー。より正確には出奔した王家の末裔らしいです」
「それは珍しいのか?」
「コッコー。敵の貴族は王家の血を引くものも多いらしいです」
「んー……つまりもともと王家だったり貴族だったりしたけど何らかの事情で一般人になったのか?」
「コッコー。なんでもルファイ家、今の教皇の家系が閑職に追いやったようです」
「……確認するけど王家の末裔、という存在はいくらでもいるんだな?」
「コッコー」
歴史上の偉人を祖先に持つ人々というのは結構多い。英雄色を好むというか、それこそ何十人も子供がいる偉人もいるはずだ。
祖先となれば数千人いても全くおかしくない。でもまあオレより孫が多い英雄は地球にはいないだろうけどな! はっはー! もうすでに数万を超えてるぜオイ!
……て、そんなことどうでもいいっつーに。
この場合重要なのは別に王族やら王家が特別というわけではないこと。もしも王族がスーパー強力な魔法を使えるのだとしたら全滅待ったなしだ。
というか冷静に考えればそんなことありえない。体質ならともかく才能というのは遺伝なんかしない。もしそうなら王様やら貴族の子孫は皆英雄にならなければおかしい。
銀髪は……転生管理局とやらが何かしたのかもしれないけど……何をしたらああなるんだ?
「コッコー? いかがしました?」
「ん、ああ悪い。王家と銀髪の関係はわかったけど何か問題があるのか?」
「コッコー。どうやら王家から救世主が復活する。そういう伝承がるようです」
「ははあ。銀髪がその再臨だと、そういう噂が流れているわけか」
「コッコー」
ここまでくるとあまりにも話が出来すぎていて、どこかに虚偽が紛れ込んでいるようにさえ感じる。そう簡単に尻尾を掴ませてくれないだろうけど。
「で、結局何で銀髪は軍に加わっていないんだ?」
「コッコー……どうにも理解できませんが、銀髪を穢れた魔物に近づけたくないという噂が多いようです。銀の聖女に代わって関の惨劇を引き起こした魔物を討て、と」
「……まさかそんな理由で軍隊を動かしたのか?」
呆れを通り越して逆に感心する。戦争の理由としては未だかつて聞いたことがない。いや、報復なんてのはよくある理由だけれど、これに比べればイリアスの方がまだましだ。
「コッコー。上層部がどう思っているかはわかりませんが下々の間ではそう噂されております。また、今回騎士団を率いているのは教皇直属の命令ではないようです」
「ええっと、教皇は……ルファイ家だから……銀髪の先祖を放逐した……敵……あれ? 銀髪って教皇寄りじゃなかったっけ?」
「そう思っているのですが……コッコー」
和香はお手上げと言わんばかりの鳴き声を上げる。オレもそうしたい。誰がどいつの敵で味方なのかピンとこない。
結局のところ銀髪が攻撃してこない理由がよくわからん。民衆の支持を得ているのなら多少の無理は通せそうなもんだと思うけど……自分が出るまでもないと思っているのか? それとも穢れた魔物に近づきたくないのか?
奴のお目当てはこの国だと思うんだけど……今回の騒動はその一助になるのだろうか。
基本的に紫水は原始的な欲求や論理的な打算について彼の頭のギアは良く回る
裏切りや不意打ちをためらわないのにもかかわらず、ある種の潔さがあるゆえに他人におもねるという行為を自分にも他人にもよしとしてない。
そうであるが故か、個人の心情や集団としての信念、社会的な承認欲求、献身性と利己による打算が入り混じり、混濁とした人間模様、すなわち政治の場ではどうしても頭のギアは回転を鈍らせてしまう。
複雑な権力機構かつ宗教組織であるクワイの政治は彼にとって理解しがたい怪物だったのだろう。もっとも、逆側からしてみれば彼のエゴこそが途方もなく巨大な怪物のように見えてしまっていたのだろうが。
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