こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
353 / 509
第五章

345 決闘の牙

しおりを挟む
 イドナイの周りには様々なオーガがたむろしているが、反逆者の周りには誰もいない。
 それが明確に二人の立場を示していた。決闘なんかするまでもなく勝敗はすでに決まっているのだ。
「でもやるのか?」
 じとっとした視線を向ける。
「そうだな。やると決めたのだ。やらねばならん」
 決然と言い放つイドナイはてこでも動かないだろう。
 全くメリットがないわけじゃない。ここで反逆者を合法的に処理する手段としては一番確実だし、低下した求心力を取り戻す一助にもなるはずだ。
 決闘に勝てるならば。
「こういうリスクのある行動は差し控えてほしいんだがなあ」
「これが我らの生き方よ。今更変えられん」
 申し訳ないとは思っているらしい。
「言ったことはしょうがない。だったら、アドバイスを聞いてくれるかな?」
 オレにできることは少しでもイドナイの勝率を高くするだけだ。



 イドナイと反逆者はゆっくりと歩み寄り、おおよそ五歩の距離で立ち止まった。そして手に持った棍をくるくると回す。この棍こそがオーガが唯一の専用武器。これを持っていなければ決闘に臨むことさえ許されない。服装も普段の粗末な衣服ではなく、分厚い皮鎧のようなものを身につけている。
 そうして二人はお互いに演舞を始める。これが決闘の前の作法らしい。
 お互い舞いながらに円を描くように近づく。どうもオーガにとって円、丸、という動きや形は宗教的に大事な意味があるようだ。
 ごつごつした外見に似合わない優雅な舞を続けるうちにお互いの距離が縮まり、やがて棍と棍が触れ合う。
 それが決闘の合図だった。
 お互い瞬時に距離をとり、相手と向き合う。
 構えは互いに中段の構え。長柄の武器としてはもっともポピュラーな構えだろう。細かく移動を繰り返しながら、間合いを計っている。
 先に反逆者が動く、棍を弾くように振るう。重なり合った棍が牙のような水色の閃光と共に弾かれる。
 これがオーガの魔法。牙のように相手を切り裂く魔法。セイウチの牙は天敵である白熊との戦いや、体を支えたり、獲物を探すために海底を掘り起こすときに使われる。
 その牙が魔法となり、様々な用途に用いられる。
 切り裂くことはもちろん、足の裏側に魔法を使ってカタパルトのように自分自身を加速させたりもできる。
 ただしそれは自分自身の体からのみ。棍から魔法が飛び出ることはありえない。しかしそこはやはり工夫を凝らしている。
 棍に細かくくっつけられているのはセイウチの牙だ。セイウチの牙は生涯伸び続けるので硬化能力を上手く使って削った牙を保存しておいて、それを棍に突き刺し、にかわやひもで固定する。
 これがオーガの魔法を最大限に活かすためのオーガの武器。今までも何度が魔法の射程を伸ばすために体の一部を利用する魔物は見てきたけれど、本能ではなく技術、知識として種族全体にそれを伝播させているのは初めてかもしれない。
 原始的であるけれどこれもまた魔法と科学の融合ということか。

 反逆者とイドナイの攻防は傍目には決して激しくない。半歩踏み込み、棍の先端を揺らめくように振るう。
 とはいえ剛力を誇るオーガなら軽く振るっただけで人間の頭ぐらい吹き飛ばせるだろう。恐ろしいのはそんなオーガでさえこの世界では中堅程度の実力しかないということか。
 しかし、一騎打ちの武術という観点ではもしかするとオーガたちはこの世界で最も優れているかもしれない。それほどオーガたちの技術は卓越していた。
 それでも、やはりイドナイの方が一枚上手だ。
 単純な膂力なら互角かもしれない。
 技術もそう差があるようには見えない。しかし、ただ、速い。
 スピードが速いのではなく、戻りが速い。

「「ッ!!!!」」
 ダンっと力強い踏み込みで反逆者が距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込む。魔法が衝突して燐光をまき散らす。決めきれなかった二人はまた弾かれたように距離をとる。
 そして構えなおす。もしもこれがスポーツや武道の試合なら審判がお互い構えなおすまで待たせるかもしれないがこの決闘にそんな奴はいない。
 つまり素早く体勢を整えた方が優位に立つ。
 そして、その体勢を整えるのが圧倒的に速い。さらに強打しても体勢を崩さない。だから隙がないし、守りから攻め、あるいはその逆の転換速度が速いのでひとつひとつの動作が常に一歩先を行く。

「フンッ!!」
 イドナイの棍から突き出た魔法が遂に反逆者の右腕を掠める。軽傷だが、その傷は実力差を如実に物語っている。
 これはオレのただの推測だけど、イドナイの戻りの速さは才能よりも努力に由来するのではないだろうか。反応が早いとか動きが変則的で読めないとかそういうのは才能がないと難しい。でも、隙を無くす、動きの無駄をなくす、というのは努力や反復練習で身につけられる技術だと思うのだ。
 なるほど。確かに決闘でも十分に勝算がある。というか決闘では勝てなかったから反逆者はこういう搦手に出たんだろうな。
 ただまあなんだ。わざわざ決闘を受けたのは反逆者にも勝算があってのことだ。

 追いつめるイドナイが一気に踏み込む。それに合わせて反逆者は素早く懐から取り出し、何かをかけた。
 何ということもない、ただの砂。砂かけ。恐ろしいほど安直な小細工。卑怯ではない。
 この程度は喧嘩なら当たり前だ。ましてや命がけの殺し合いで卑怯卑劣をなじる方がおかしい。
 反射的に目を閉じたイドナイは顔を庇うように腕と武器を構える。だが反逆者はがら空きになった胴へと棍をねじ込むように叩きつける。
 入った。
 魔法と、棍の衝撃。間違いなく致命傷の手ごたえ。
 だが。
「――――な?」
 イドナイの腹部は貫かれていない。その皮鎧に阻まれていた。
 間の抜けた声を出した反逆者は、まさか反撃されると夢にも思っていなかったのか、無防備な頭部にカウンターを繰り出され、生暖かい体液が宙を舞った。

 イドナイが無事だった理由は至極単純。服の下に強化ガラス繊維の鎧を着こんでいたからだ。ちなみに服もオーガたちの衣服に偽装した強化炭素繊維。
 拳銃の弾なら防げるほどの逸品だ。それをひしゃげさせただけでもオーガの力は評価に値する。
 なんでそんなものを準備できていたかというとティウの助言のおかげだ。
 あいつの助言は二つ。
 反逆者の子供にさえ血友病の患者がいたら反逆の大義名分を潰せること。そしてオーガは最終的に決闘によって決着をつけようとするということ。
『ええ。あなたはそうでないかもしれませんが、結局のところ強いものの下につきたがるのですよ。そして誰もが納得のいく方法とは従来のやり方をなぞるのです。最終的にすべての責任をその反逆者に押し付けて他に誰も罰さないためにはやはり一騎打ちによって決着をつけるのが一番なのです』
 とのこと。
 というわけで材料を鷲の特急便で運んで目測でイドナイの体格を測り戦闘服を新調した。
 ヘルメットはばれるから無理だったけど、とりあえず頭以外なら一撃二撃は耐えられるとんでも服。その性能を信頼してくれたのだろう。あえて胴体を攻撃するように隙を作ったようだ。
 頭を砕かれた反逆者は千鳥足のままふらふらとするだけだ。
 放っておけば死ぬ。イドナイは一歩前に出る。そして大きく武器を振り上げる。
「血が繋がっていないとはいえあなたのことは兄のように慕っていました。共に武を競い、修練に励んだ時間は私にとってかけがえのない宝物です」
 最期に反逆者との関係を明らかにし、聞こえていない言葉を向ける。そして棍を振り下ろした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

これぞほんとの悪役令嬢サマ!?

黒鴉宙ニ
ファンタジー
貴族の中の貴族と呼ばれるレイス家の令嬢、エリザベス。彼女は第一王子であるクリスの婚約者である。 ある時、クリス王子は平民の女生徒であるルナと仲良くなる。ルナは玉の輿を狙い、王子へ豊満な胸を当て、可愛らしい顔で誘惑する。エリザベスとクリス王子の仲を引き裂き、自分こそが王妃になるのだと企んでいたが……エリザベス様はそう簡単に平民にやられるような性格をしていなかった。 座右の銘は”先手必勝”の悪役令嬢サマ! 前・中・後編の短編です。今日中に全話投稿します。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...