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第四章
217 ブリキのクラッシュ
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ガシャガシャと数え切れないほどの足をうごめかせ、お互いに距離を詰める。しかし測ったかのようにお互いにピタリと動きを止めた。
一足一刀の間合いで相手の出方を窺っている。
しかしそれも一瞬。予備動作なく突き出された海老の鋏が相手を挟もうとする。
が、それを読んでいたのか逆に突き出された鋏を抑え込もうとサソリは鋏を突き出す。
鋏とはさみが交錯する。しかしお互いの鋏は空を切りパチンっと空気が弾けただけだった。容易には掴ませない。挟ませない。
二人の攻防はまずお互いの間合いの取り合いになっていった。細かい足さばきで立ち位置を常に調整しながら、突き出された鋏をとる、とれない、掴む、掴ませない。その繰り返しだ。
(ボクシングみたいな打撃系の動きじゃない。柔道とかの組み技の戦い方みたいだな)
サソリと海老。
どちらにしても鋏を持ち、殻に覆われた生物で、それゆえにその狩りの仕方も若干の類似がある。つまり鋏で捕らえるという人間にはまねできない掴み方だ。
ちなみに魔物である海老の鋏は掴む、あるいは閉じる力は非常に強く、握力に換算すれば数百キロをゆうに超える。人間の腕くらいなら簡単にへし折れるだろう。しかし開く力は存外に弱く、人一人でも簡単に抑え込めるはずだ。
ワニのあごなどもそうであるように全般的に生物は開く力よりも閉じる力の方が強い。多分サソリの鋏もそうだろう。
つまり一度でも自分の鋏で相手の鋏を抑え込んでしまえばそこからこじ開けることは不可能なはず。だからこそ、慎重に鋏をとらせないように戦っている。
ただしサソリには海老にはない物を持っている。説明するまでもなく、長大なしっぽだ。
地球のサソリとは違い、毒針ではなく蛇を模した牙のようなものがあるにしても攻め手が一つ増えるのは大きなメリットだ。しかも鋏と全く違う場所から、頭上から攻撃が降り注いでくる。ボクシングで例えるなら横合いから突然ぶん殴られることに等しい、大自然公認の反則だ。
そして恐らく、蛇蝎はあえてしっぽを使っていない。
フェイントとは相手に警戒されていないからこそ意味がある。
一瞬のスキをつき。蛇蝎の尻尾がまさしく鎌首をもたげ、海老の頭上に振り下ろされる。くぐもった音が鳴る。
だが、噛みつけない、牙が通らない。
「よっしゃ! 防護服は機能してるな!」
ただの強化蜘蛛糸で作った服じゃない。ちょっと加工して噛みつきづらくなるような表面にしてみた。実際に使えるかどうかははっきりしなかったけどこの様子ならそう簡単には突破できない。
蛇蝎も全く通用しないとは思っていたのか一瞬たたらを踏む。
「攻め時だな!」
オレが言うまでもなく、服の内側に忍ばせておいた袋につながるホースを蛇蝎に向け、そこから霧状の液体を噴霧する。もちろんただの水じゃない。あのラーテルにさえ通用した、カプサイシン入りのトウガラシスプレーだ!
刺激性の強い液体が辺り一面に飛び散る。目に入れば短時間ではあるものの失明する恐れがある。これを使うために海老はゴーグルとマスクの強盗みたいな恰好をさせていた。
海老は手がないから武器を使いにくいけど、液体、正確には水を使った武器なら特殊な器具無しでも使いこなせる。火吹き芸のように火炎を放つこともできるけど……残念ながら草原で使うわけにもいかない。辺り一面焼け野原の土地なんかほしくない。
トウガラシスプレーならそういう心配もない。そして蛇蝎にも十分な効果があったようで目を抑えながらもだえ苦しんでいる。
好機と見た海老は鋏を伸ばし、一撃で決めるために頭を砕こうとする。が、蛇蝎の鋏は海老の鋏を弾いた。
「な!? まぐれか!?」
否。
かろうじてではあるものの防戦が成り立っている。決して幸運でも奇跡でもない。まぎれもなく蛇蝎の実力がそうさせている。
トウガラシスプレーは相手の感覚器官に甚大なダメージを与える。ただしそれはあくまでも特定の感覚に、だ。
主に目や鼻によく効く。しかし耳にはあまり効かない。あくまでも振動を感知する器官であるためか液体であるトウガラシスプレーの影響は薄いらしい。
そしてサソリは振動を感知するのは得意だ。全身に生えた感覚毛と呼ばれる毛で空気の振動や臭いを感知し、さらに櫛状板という腹辺りにある器官も優秀な感覚器官らしい。臭いも感知するからトウガラシスプレーで潰せるかと思ったんだけど……全身に行き渡らなかったのかそれとも振動だけは感じ取れるのか、視力に頼らずに海老の攻撃を防いでいる。
それでも明らかに動きは鈍っている。いまだ好機はこちらにあり。
多少強引にでも鋏をかき分けるように海老は突き進む。
そしてついに蛇蝎の鋏を掴んだ! 掴んだ鋏をそのまま引き寄せ、一気に相手の体勢を崩す。単純な力比べなら体が大きい海老の方が上のようで、しかも柔道でいうなら組み手争いに勝った状態だ。王手まであと一手。
しかしここは異世界。地球の常識、ましてや人間の武術の常識など通用するはずもない。
有利な状況だったはずの海老の体勢が崩れる。
「腕を自切したあ!?」
一部の動物では自分の身を守るために自分の体を切り離すことがある。殺されるくらいなら腕の一つや二つくれてやるという思考。しかしそれはたいてい脱皮のためだとか逃亡の為に使われるはずだ。
相手の体勢を崩し、ましてやそこから反撃されるなど考慮しているはずもない。
片手だけになったことなど気にもせずに突き進み海老の頭に残った鋏を振るう。
頭を殴るというよりは頭部の防護服をはがすような動きで、その目的は達成された。しかしそれじゃあ一手遅い。
反撃として海老の鋏が蛇蝎の頭部と残った鋏を遂に挟んだ。蛇蝎の頭に亀裂が入る。このままならその頭を潰すことは疑いようがない。
だが蛇蝎は最後に残された武器である尻尾を防護服がなくなった頭に噛みつかせる。海老の甲殻が嫌な音を立てて軋み、ひびが入るが、かろうじて持ちこたえている。
顔半分が蛇のような尻尾に食らいつかれれば普通なら平静を保てないかもしれないが冷静に、沈着にどちらが先に勝負を決めることができるかを計算している。もう、離さない。
だがしかし、敵はまだ奥の手を残していた。蛇のような尻尾の奥から針のような何かが飛び出て、防御のない海老の目を突き刺した。いやむしろ蛇のような尻尾こそ擬態だったのかもしれない。
隠された針によって突き刺す。それこそが蛇蝎の真の目的だったのか。
目をつぶされただけだ。たかが目。痛みに強い海老ならショック死することもない。
それでも蛇蝎には十分だった。傷一つつけただけで勝ちを確信する。それだけの根拠が、蛇蝎の毒、いや、蛇蝎の魔法にはある。
偶然にも蛇蝎の死体と蛇蝎が殺害した獲物をアリツカマーゲイたちが発見したので、すぐさま死体を解剖した。わかった事実は二つ。蛇蝎の尻尾には毒腺がなかったこと。獲物の心臓が破裂していたこと。
地球において砂漠の毒を持った生物は強力な毒を持つことが多いとされる。それは獲物と出会う機会が少ない砂漠では確実に獲物をしとめる毒が必要だと聞いたことがある。
しかしオレの意見は少し異なる。
地球の捕食動物の毒はその大部分が液体だ。つまり使えば使うほど水分を失ってしまう。それゆえに少ない水分の損失で、少量の毒で獲物を殺す毒を持つ生物が砂漠では増えたのではないだろうか。
そしてこの異世界において極力水分を失わない方法で獲物を殺すためには毒よりももっと効率が良い方法がある。
それこそが蛇蝎の魔法。その効果は傷つけた相手の心臓を破裂させる。
比喩も何もなく文字通りの一撃必殺。
その必殺の魔法を発動させた蛇蝎は海老から尻尾を引き抜き、ガッツポーズのように尻尾を天高く掲げる。
しかし忘れてはいけない。
それはあくまで心臓を破裂させる魔法であって相手を必ず死に至らしめる魔法ではないことを。
「!? ? ガッ!???」
初めて蛇蝎が驚愕の声を上げる。
海老の鋏は力を緩めるどころかよりいっそう強く蛇蝎の頭を締め上げ、深海よりも昏い瞳が蛇蝎をにらみつけている。
蛇蝎の頭に入った亀裂が大きくなる。
「キ、キサマ、何故……!???」
西から上った太陽を見るよりもありえない物を見たように、その態度はもはや怯えでしかない。
相手に聞かせるつもりはないけど独り言をつぶやいてみる。
「疑問はもっとも。よっぽど自分の魔法に自信があったんだろうな。でもさあ、お前の魔法は心臓がない相手には効かないんだよ」
あまりにも単純な、しかし想像しえない理屈。
地球ではそれこそミジンコにさえ心臓がある。しかしこの世界の海老には心臓がない。
心臓の代わりに自分の魔法によって血液を運んでいるのだ。血液も水分を含む液体だから、自分自身の体内の血液を操ることは可能だ。心臓を破裂させる魔法など効くはずもないのだ。これが蛇蝎の相手に海老を選んだ理由。
防御を固めていたのは攻撃を恐れていたのではなくその逆。相手に防御を突破すれば勝てると思わせるため。
「戦いってのは裏の裏まで読むもんだよ。ま、今回の場合そもそも配られていないカードを場に出したようなもんだからな。海老に心臓がないということを知らなかった時点でお前たちは詰んでいた」
ぐしゃりと万力のように機械的に蛇蝎の頭を潰す。
間違いなく即死。……地球ならば。
この世界の魔物は例え頭がなくなったとしても動くことがある。
ゼンマイが切れたはずの体が、死体が息を吹き返さないまま海老の抹殺だけを目的として再始動する。
しかし。
それでも動揺はない。
先ほどまでも変わらず、機械的に、無感情に鋏で蛇蝎の脚を、胴を、尻尾をバラバラに解体していく。
悪魔にいけにえを捧げるように、むしろ自分自身が悪魔だと主張するかのように蛇蝎の体を細切れにしていく。
「……警告する必要はなかったな。お前たちはそれでいい。徹底的に、息の根がなくとも反撃の目があるのならその肉の一片さえ残さずに殺しつくせ」
……オレなら多分油断して反撃で殺されてるなあとか思ってないぞ、うん。
「これにて決着! この勝負、エミシの勝ちとする!」
ぴくりとさえ動く肉片がなくなってようやくマーモットが宣言する。
蛇蝎たちは無感動に、仲間の死体に一瞥さえ向けずに立ち去っていく。
冷たいねえ。よそ様の事情なんて知ったこっちゃないからどうでもいいけどね。
何はともあれ、初戦はオレたちの勝利だ。
一足一刀の間合いで相手の出方を窺っている。
しかしそれも一瞬。予備動作なく突き出された海老の鋏が相手を挟もうとする。
が、それを読んでいたのか逆に突き出された鋏を抑え込もうとサソリは鋏を突き出す。
鋏とはさみが交錯する。しかしお互いの鋏は空を切りパチンっと空気が弾けただけだった。容易には掴ませない。挟ませない。
二人の攻防はまずお互いの間合いの取り合いになっていった。細かい足さばきで立ち位置を常に調整しながら、突き出された鋏をとる、とれない、掴む、掴ませない。その繰り返しだ。
(ボクシングみたいな打撃系の動きじゃない。柔道とかの組み技の戦い方みたいだな)
サソリと海老。
どちらにしても鋏を持ち、殻に覆われた生物で、それゆえにその狩りの仕方も若干の類似がある。つまり鋏で捕らえるという人間にはまねできない掴み方だ。
ちなみに魔物である海老の鋏は掴む、あるいは閉じる力は非常に強く、握力に換算すれば数百キロをゆうに超える。人間の腕くらいなら簡単にへし折れるだろう。しかし開く力は存外に弱く、人一人でも簡単に抑え込めるはずだ。
ワニのあごなどもそうであるように全般的に生物は開く力よりも閉じる力の方が強い。多分サソリの鋏もそうだろう。
つまり一度でも自分の鋏で相手の鋏を抑え込んでしまえばそこからこじ開けることは不可能なはず。だからこそ、慎重に鋏をとらせないように戦っている。
ただしサソリには海老にはない物を持っている。説明するまでもなく、長大なしっぽだ。
地球のサソリとは違い、毒針ではなく蛇を模した牙のようなものがあるにしても攻め手が一つ増えるのは大きなメリットだ。しかも鋏と全く違う場所から、頭上から攻撃が降り注いでくる。ボクシングで例えるなら横合いから突然ぶん殴られることに等しい、大自然公認の反則だ。
そして恐らく、蛇蝎はあえてしっぽを使っていない。
フェイントとは相手に警戒されていないからこそ意味がある。
一瞬のスキをつき。蛇蝎の尻尾がまさしく鎌首をもたげ、海老の頭上に振り下ろされる。くぐもった音が鳴る。
だが、噛みつけない、牙が通らない。
「よっしゃ! 防護服は機能してるな!」
ただの強化蜘蛛糸で作った服じゃない。ちょっと加工して噛みつきづらくなるような表面にしてみた。実際に使えるかどうかははっきりしなかったけどこの様子ならそう簡単には突破できない。
蛇蝎も全く通用しないとは思っていたのか一瞬たたらを踏む。
「攻め時だな!」
オレが言うまでもなく、服の内側に忍ばせておいた袋につながるホースを蛇蝎に向け、そこから霧状の液体を噴霧する。もちろんただの水じゃない。あのラーテルにさえ通用した、カプサイシン入りのトウガラシスプレーだ!
刺激性の強い液体が辺り一面に飛び散る。目に入れば短時間ではあるものの失明する恐れがある。これを使うために海老はゴーグルとマスクの強盗みたいな恰好をさせていた。
海老は手がないから武器を使いにくいけど、液体、正確には水を使った武器なら特殊な器具無しでも使いこなせる。火吹き芸のように火炎を放つこともできるけど……残念ながら草原で使うわけにもいかない。辺り一面焼け野原の土地なんかほしくない。
トウガラシスプレーならそういう心配もない。そして蛇蝎にも十分な効果があったようで目を抑えながらもだえ苦しんでいる。
好機と見た海老は鋏を伸ばし、一撃で決めるために頭を砕こうとする。が、蛇蝎の鋏は海老の鋏を弾いた。
「な!? まぐれか!?」
否。
かろうじてではあるものの防戦が成り立っている。決して幸運でも奇跡でもない。まぎれもなく蛇蝎の実力がそうさせている。
トウガラシスプレーは相手の感覚器官に甚大なダメージを与える。ただしそれはあくまでも特定の感覚に、だ。
主に目や鼻によく効く。しかし耳にはあまり効かない。あくまでも振動を感知する器官であるためか液体であるトウガラシスプレーの影響は薄いらしい。
そしてサソリは振動を感知するのは得意だ。全身に生えた感覚毛と呼ばれる毛で空気の振動や臭いを感知し、さらに櫛状板という腹辺りにある器官も優秀な感覚器官らしい。臭いも感知するからトウガラシスプレーで潰せるかと思ったんだけど……全身に行き渡らなかったのかそれとも振動だけは感じ取れるのか、視力に頼らずに海老の攻撃を防いでいる。
それでも明らかに動きは鈍っている。いまだ好機はこちらにあり。
多少強引にでも鋏をかき分けるように海老は突き進む。
そしてついに蛇蝎の鋏を掴んだ! 掴んだ鋏をそのまま引き寄せ、一気に相手の体勢を崩す。単純な力比べなら体が大きい海老の方が上のようで、しかも柔道でいうなら組み手争いに勝った状態だ。王手まであと一手。
しかしここは異世界。地球の常識、ましてや人間の武術の常識など通用するはずもない。
有利な状況だったはずの海老の体勢が崩れる。
「腕を自切したあ!?」
一部の動物では自分の身を守るために自分の体を切り離すことがある。殺されるくらいなら腕の一つや二つくれてやるという思考。しかしそれはたいてい脱皮のためだとか逃亡の為に使われるはずだ。
相手の体勢を崩し、ましてやそこから反撃されるなど考慮しているはずもない。
片手だけになったことなど気にもせずに突き進み海老の頭に残った鋏を振るう。
頭を殴るというよりは頭部の防護服をはがすような動きで、その目的は達成された。しかしそれじゃあ一手遅い。
反撃として海老の鋏が蛇蝎の頭部と残った鋏を遂に挟んだ。蛇蝎の頭に亀裂が入る。このままならその頭を潰すことは疑いようがない。
だが蛇蝎は最後に残された武器である尻尾を防護服がなくなった頭に噛みつかせる。海老の甲殻が嫌な音を立てて軋み、ひびが入るが、かろうじて持ちこたえている。
顔半分が蛇のような尻尾に食らいつかれれば普通なら平静を保てないかもしれないが冷静に、沈着にどちらが先に勝負を決めることができるかを計算している。もう、離さない。
だがしかし、敵はまだ奥の手を残していた。蛇のような尻尾の奥から針のような何かが飛び出て、防御のない海老の目を突き刺した。いやむしろ蛇のような尻尾こそ擬態だったのかもしれない。
隠された針によって突き刺す。それこそが蛇蝎の真の目的だったのか。
目をつぶされただけだ。たかが目。痛みに強い海老ならショック死することもない。
それでも蛇蝎には十分だった。傷一つつけただけで勝ちを確信する。それだけの根拠が、蛇蝎の毒、いや、蛇蝎の魔法にはある。
偶然にも蛇蝎の死体と蛇蝎が殺害した獲物をアリツカマーゲイたちが発見したので、すぐさま死体を解剖した。わかった事実は二つ。蛇蝎の尻尾には毒腺がなかったこと。獲物の心臓が破裂していたこと。
地球において砂漠の毒を持った生物は強力な毒を持つことが多いとされる。それは獲物と出会う機会が少ない砂漠では確実に獲物をしとめる毒が必要だと聞いたことがある。
しかしオレの意見は少し異なる。
地球の捕食動物の毒はその大部分が液体だ。つまり使えば使うほど水分を失ってしまう。それゆえに少ない水分の損失で、少量の毒で獲物を殺す毒を持つ生物が砂漠では増えたのではないだろうか。
そしてこの異世界において極力水分を失わない方法で獲物を殺すためには毒よりももっと効率が良い方法がある。
それこそが蛇蝎の魔法。その効果は傷つけた相手の心臓を破裂させる。
比喩も何もなく文字通りの一撃必殺。
その必殺の魔法を発動させた蛇蝎は海老から尻尾を引き抜き、ガッツポーズのように尻尾を天高く掲げる。
しかし忘れてはいけない。
それはあくまで心臓を破裂させる魔法であって相手を必ず死に至らしめる魔法ではないことを。
「!? ? ガッ!???」
初めて蛇蝎が驚愕の声を上げる。
海老の鋏は力を緩めるどころかよりいっそう強く蛇蝎の頭を締め上げ、深海よりも昏い瞳が蛇蝎をにらみつけている。
蛇蝎の頭に入った亀裂が大きくなる。
「キ、キサマ、何故……!???」
西から上った太陽を見るよりもありえない物を見たように、その態度はもはや怯えでしかない。
相手に聞かせるつもりはないけど独り言をつぶやいてみる。
「疑問はもっとも。よっぽど自分の魔法に自信があったんだろうな。でもさあ、お前の魔法は心臓がない相手には効かないんだよ」
あまりにも単純な、しかし想像しえない理屈。
地球ではそれこそミジンコにさえ心臓がある。しかしこの世界の海老には心臓がない。
心臓の代わりに自分の魔法によって血液を運んでいるのだ。血液も水分を含む液体だから、自分自身の体内の血液を操ることは可能だ。心臓を破裂させる魔法など効くはずもないのだ。これが蛇蝎の相手に海老を選んだ理由。
防御を固めていたのは攻撃を恐れていたのではなくその逆。相手に防御を突破すれば勝てると思わせるため。
「戦いってのは裏の裏まで読むもんだよ。ま、今回の場合そもそも配られていないカードを場に出したようなもんだからな。海老に心臓がないということを知らなかった時点でお前たちは詰んでいた」
ぐしゃりと万力のように機械的に蛇蝎の頭を潰す。
間違いなく即死。……地球ならば。
この世界の魔物は例え頭がなくなったとしても動くことがある。
ゼンマイが切れたはずの体が、死体が息を吹き返さないまま海老の抹殺だけを目的として再始動する。
しかし。
それでも動揺はない。
先ほどまでも変わらず、機械的に、無感情に鋏で蛇蝎の脚を、胴を、尻尾をバラバラに解体していく。
悪魔にいけにえを捧げるように、むしろ自分自身が悪魔だと主張するかのように蛇蝎の体を細切れにしていく。
「……警告する必要はなかったな。お前たちはそれでいい。徹底的に、息の根がなくとも反撃の目があるのならその肉の一片さえ残さずに殺しつくせ」
……オレなら多分油断して反撃で殺されてるなあとか思ってないぞ、うん。
「これにて決着! この勝負、エミシの勝ちとする!」
ぴくりとさえ動く肉片がなくなってようやくマーモットが宣言する。
蛇蝎たちは無感動に、仲間の死体に一瞥さえ向けずに立ち去っていく。
冷たいねえ。よそ様の事情なんて知ったこっちゃないからどうでもいいけどね。
何はともあれ、初戦はオレたちの勝利だ。
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