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第三章
198 力
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ラーテルの攻撃は激しさを増している。それに伴うわけでもないだろうが、雨も激しくなった。そのせいなのかもうギリシャ火によってついた炎は消えてしまった。
しかしラーテルにも疲労が見える。何というか攻撃が雑だ。いやむしろ正確すぎるのか? とにかく気をつけて攻撃している様子がある。
警戒されているのは歓迎できることじゃない。しかしこの状況なら話は別。今のあいつは余裕がない。決壊寸前のダムみたいにあふれそうになっている。追い込んでいるがこっちだって追い込まれている。お互いにぎりぎりの命の獲りあい。
「行くぞ! まず弓の射撃! それから全員攻撃準備!」
最初に放たれたのは弓による一斉射撃。そのうちの二本だけ分解されずに突き刺さったことを確認すると、それをラーテルに悟られるよりも早く指示を出す。
「攻撃開始! 千尋! 七海! 羽織! タイミングは任せるぞ!」
ラプトルと豚羊が走る。投石機から岩が放たれる。カッコウが急降下する。
少なからずラーテルを苦しめてきた攻撃が殺到する。
どれだけ巨大でも、どれだけ知能が高くても、ラーテルの脳は一つしかないし、手足は合わせて四本しかない。一度に対処できる攻撃には限界がある。
しかし、しかしだ。
それでも対処する。短くなった鞭で、火傷を負った体で、霞んでいる目で適切な防衛行動を反射的かつ理性的に実行する。まさしく王にして戦士にふさわしい体捌き。
だからこそ見落とした。この戦いでは見たことのない、生物を、武器を見逃してしまった。
既知とは、未知に対する最大の脅威である。どれほど優れていようとも、知らない物に対して備えることはできない。
蜘蛛が数人がかりで爆弾を運ぶ。素早く、しかしひっそりと他の攻撃に注意を向けたラーテルに忍び寄る。
「蟻ジャドラム改、撃て」
七海の号令によって本来空中の敵に使う兵器だけど、ラーテルの頭部に攻撃するためには飛行する攻撃である改が最適だった。七海と羽織の指揮のもとドードーの魔法が発動する。
物質を特定の方向に向かって吹き飛ばす魔法は爆弾に対して発動された。一直線にミサイルのようにラーテルに向かって飛んでいく。
当たる。それを確信する。しかし侮るな。攻撃をしたということは、すでに見えるということである。認識できるということである。
一瞬にして未知を既知にしたラーテルはわずかに首をよじって回避する。無理な体勢からでも最低限の動作で回避できる動き。蟻ジャドラムはドードーの体を操らなければならないため急激な方向転換ができない。
だからこそ、蜘蛛がいる。束ねられた糸を複数人で操り強引に軌道修正する。恐らく千尋でなければできなかっただろう。
そして爆弾はようやくラーテルに当たった。分解されることもなく、物理的衝撃を以てラーテルに痛みを与えた。
爆発の威力を最大限に発揮するにはどうしても近距離で爆発させなければならないけど、蟻ジャドラム改は空中を飛ぶ性質上どうしても速度を落とせないので起爆させるタイミングがつかめない。信管でも作れたらよかったのかもしれないけど流石に時間が足りない。なら次善の策は爆弾そのものを相手に当てればいい。
もちろんそれを成し遂げるには分解を一時的にでも無効化する必要があった。
最初から疑問に思っていたことがある。何故ラーテルは生きているのか。哲学的な話じゃない。
もしもラーテルが本当にありとあらゆる物質を分解するなら自分自身さえ分解するはずである。産まれた瞬間死亡するのだ。
もちろんそんなことは起こっていない。ならなぜ自分自身の体は分解されないのか。簡単だ。自分自身あるいはラーテルという種族にはラーテルの<分解>が効果を発揮しない。あるいは分解する物質を選ぶことができる。
考えてみれば当たり前のことだ。例えば子供の面倒を見るときに子供に触れなければ不便だろう。
そして何よりあの鞭。あれは魔法の範囲を広げたが、同時に体毛はもともと自分の体だったものだ。今は厳密には自分自身の体の一部ではない物が分解されていなかった。つまりラーテルの体は分解されない可能性をより高くした。
それを確認するためにラーテルの毛で矢じりを覆った矢を撃って、少なくとも数秒は分解されないことを確認した。怖いのは毛そのものは分解されなくても中身を分解されることだったけど、一度分離した毛に<分解>の魔法を通せるようになるにはわずかに時間がかかるようだった。
これが最後の<分解>を無効化する策。つまり最強の盾と矛はお互いにぶつからないようにあらかじめ計算されていたのだ。
鞭は驚異の兵器だったけど、同時にオレたちにとっての最大の武器でもあった。そして、肝心のあの爆弾はどうやって作ったのか。
話は少し前に遡る。
ラーテルとの決戦を数日前に控えたオレは可能な限り強力な兵器を開発しようとしていた。そのためにはやはり硫酸が必要だった。
そこで硫黄から硫酸を製造するか、硫酸ナトリウムから硫酸を合成する方法を探していた。
そこで思い出したのがカンラン石からマグネシウムを取り出す魔法還元法だ。あれと同じようにナトリウムをケイ素に移せないかどうか試した。が、結果は失敗。
さらに例の海藻から採取した水素や酸素を添加したりして見てもうまくいかなかった。この実験を化学式で示すとこうなる。
Na2SO4 + H2 + 2O2 + Si → H2SO4 + H2O + Na2SiO3
硫酸と水、そしてケイ酸ナトリウムが作成される。
こんな算数みたいな計算式のようにうまくできるはずはない。しかしここで妙なことをひらめいた。海老の<水操作>は何を操っているのだろうと。
水、つまり分子式H2Oを操るならそれらの物質の化学変化に寄与することができるんじゃないか?
結果としてそれは成功した。ケイ素を操る蟻の魔法、水分子を操る海老の魔法、亜硫酸塩。これらがそろった時、硫酸の生成に成功した。作るべき兵器は決まっている。
硫酸と硝酸の混酸によってグリセリンを硝酸エステル化させたニトログリセリンを使った爆薬。力を語源とするその爆薬の名は――――ダイナマイト!
「お前が二年前のあいつと違うのはわかってる」
「恨みはない。しかしながら妾たちも負けるわけにはいかぬ」
「「二年分だ。吹っ飛べラーテル」」
ピンが引き抜かれる。衝撃と轟音、それらがラーテルの頭で炸裂した。
しかしラーテルにも疲労が見える。何というか攻撃が雑だ。いやむしろ正確すぎるのか? とにかく気をつけて攻撃している様子がある。
警戒されているのは歓迎できることじゃない。しかしこの状況なら話は別。今のあいつは余裕がない。決壊寸前のダムみたいにあふれそうになっている。追い込んでいるがこっちだって追い込まれている。お互いにぎりぎりの命の獲りあい。
「行くぞ! まず弓の射撃! それから全員攻撃準備!」
最初に放たれたのは弓による一斉射撃。そのうちの二本だけ分解されずに突き刺さったことを確認すると、それをラーテルに悟られるよりも早く指示を出す。
「攻撃開始! 千尋! 七海! 羽織! タイミングは任せるぞ!」
ラプトルと豚羊が走る。投石機から岩が放たれる。カッコウが急降下する。
少なからずラーテルを苦しめてきた攻撃が殺到する。
どれだけ巨大でも、どれだけ知能が高くても、ラーテルの脳は一つしかないし、手足は合わせて四本しかない。一度に対処できる攻撃には限界がある。
しかし、しかしだ。
それでも対処する。短くなった鞭で、火傷を負った体で、霞んでいる目で適切な防衛行動を反射的かつ理性的に実行する。まさしく王にして戦士にふさわしい体捌き。
だからこそ見落とした。この戦いでは見たことのない、生物を、武器を見逃してしまった。
既知とは、未知に対する最大の脅威である。どれほど優れていようとも、知らない物に対して備えることはできない。
蜘蛛が数人がかりで爆弾を運ぶ。素早く、しかしひっそりと他の攻撃に注意を向けたラーテルに忍び寄る。
「蟻ジャドラム改、撃て」
七海の号令によって本来空中の敵に使う兵器だけど、ラーテルの頭部に攻撃するためには飛行する攻撃である改が最適だった。七海と羽織の指揮のもとドードーの魔法が発動する。
物質を特定の方向に向かって吹き飛ばす魔法は爆弾に対して発動された。一直線にミサイルのようにラーテルに向かって飛んでいく。
当たる。それを確信する。しかし侮るな。攻撃をしたということは、すでに見えるということである。認識できるということである。
一瞬にして未知を既知にしたラーテルはわずかに首をよじって回避する。無理な体勢からでも最低限の動作で回避できる動き。蟻ジャドラムはドードーの体を操らなければならないため急激な方向転換ができない。
だからこそ、蜘蛛がいる。束ねられた糸を複数人で操り強引に軌道修正する。恐らく千尋でなければできなかっただろう。
そして爆弾はようやくラーテルに当たった。分解されることもなく、物理的衝撃を以てラーテルに痛みを与えた。
爆発の威力を最大限に発揮するにはどうしても近距離で爆発させなければならないけど、蟻ジャドラム改は空中を飛ぶ性質上どうしても速度を落とせないので起爆させるタイミングがつかめない。信管でも作れたらよかったのかもしれないけど流石に時間が足りない。なら次善の策は爆弾そのものを相手に当てればいい。
もちろんそれを成し遂げるには分解を一時的にでも無効化する必要があった。
最初から疑問に思っていたことがある。何故ラーテルは生きているのか。哲学的な話じゃない。
もしもラーテルが本当にありとあらゆる物質を分解するなら自分自身さえ分解するはずである。産まれた瞬間死亡するのだ。
もちろんそんなことは起こっていない。ならなぜ自分自身の体は分解されないのか。簡単だ。自分自身あるいはラーテルという種族にはラーテルの<分解>が効果を発揮しない。あるいは分解する物質を選ぶことができる。
考えてみれば当たり前のことだ。例えば子供の面倒を見るときに子供に触れなければ不便だろう。
そして何よりあの鞭。あれは魔法の範囲を広げたが、同時に体毛はもともと自分の体だったものだ。今は厳密には自分自身の体の一部ではない物が分解されていなかった。つまりラーテルの体は分解されない可能性をより高くした。
それを確認するためにラーテルの毛で矢じりを覆った矢を撃って、少なくとも数秒は分解されないことを確認した。怖いのは毛そのものは分解されなくても中身を分解されることだったけど、一度分離した毛に<分解>の魔法を通せるようになるにはわずかに時間がかかるようだった。
これが最後の<分解>を無効化する策。つまり最強の盾と矛はお互いにぶつからないようにあらかじめ計算されていたのだ。
鞭は驚異の兵器だったけど、同時にオレたちにとっての最大の武器でもあった。そして、肝心のあの爆弾はどうやって作ったのか。
話は少し前に遡る。
ラーテルとの決戦を数日前に控えたオレは可能な限り強力な兵器を開発しようとしていた。そのためにはやはり硫酸が必要だった。
そこで硫黄から硫酸を製造するか、硫酸ナトリウムから硫酸を合成する方法を探していた。
そこで思い出したのがカンラン石からマグネシウムを取り出す魔法還元法だ。あれと同じようにナトリウムをケイ素に移せないかどうか試した。が、結果は失敗。
さらに例の海藻から採取した水素や酸素を添加したりして見てもうまくいかなかった。この実験を化学式で示すとこうなる。
Na2SO4 + H2 + 2O2 + Si → H2SO4 + H2O + Na2SiO3
硫酸と水、そしてケイ酸ナトリウムが作成される。
こんな算数みたいな計算式のようにうまくできるはずはない。しかしここで妙なことをひらめいた。海老の<水操作>は何を操っているのだろうと。
水、つまり分子式H2Oを操るならそれらの物質の化学変化に寄与することができるんじゃないか?
結果としてそれは成功した。ケイ素を操る蟻の魔法、水分子を操る海老の魔法、亜硫酸塩。これらがそろった時、硫酸の生成に成功した。作るべき兵器は決まっている。
硫酸と硝酸の混酸によってグリセリンを硝酸エステル化させたニトログリセリンを使った爆薬。力を語源とするその爆薬の名は――――ダイナマイト!
「お前が二年前のあいつと違うのはわかってる」
「恨みはない。しかしながら妾たちも負けるわけにはいかぬ」
「「二年分だ。吹っ飛べラーテル」」
ピンが引き抜かれる。衝撃と轟音、それらがラーテルの頭で炸裂した。
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