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第三章
188 古からの手紙
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大当たりだ。
樹海蟻の文明は逃れたエルフたちからもたらされた知識だった。まあまだエルフかどうかは確定してないけど、多分一緒に農作物なんかも手渡されたに違いない。しかし見つけてくれときたか。相当切羽詰まってたようだな。いつか誰かがここを訪れる保証なんてないだろうに。さて何が書いてあるのやら。できれば銀髪の倒し方とか書いてあるといいなあ。……そんな都合いいことはないだろうけど。
「それじゃあ読んでくれるか?」
「わかった」
一応オレも中国語……というかクワイ語は読めなくもないけどちゃんと勉強した奴らの方がよく読める。……というかここもクワイ語で書かれているのか? エルフ(仮定)たちの母語で書かれていると思ってたけど……まあその辺りも読み続ければわかるかな。
『今ここでこれを読んでいる君が何者かは私たちにはわからない。しかし君が、あるいは君たちが善なる者であることを祈る。まず我々について話そう。いと気高き我々がいかにして下賤にして卑劣なる愚者どもから屈辱を受けたかを聞けば君たちは我々の正しさを記憶し、必ずやあの無知蒙昧なる奴らめに鉄槌を下してくれることだろう』
……序文の時点でいい予感がしないな。純度二百パーセントで人のこと見下してるぞこいつら。特に何でオレが……ていうか読者が仇を討ってくれると確信してるあたり自分が正しいと信じ切ってる感じがすごい。そういう連中は大体ろくでもないからな。なんとなくエルフは高飛車っていうイメージがあるけど。
まあいいや。続きだ続き。
『我々はここから西にある国で平和に暮らしていた。誰もが聖人カイルンや聖人カンツの教えを守り豊かに暮らしていた』
ん? カイルン? どっかで聞いたことがあるような……?
ええっと……どこだ? そう確か……
「海老たちと会話した時だ! そうだそうだ! 確か紙を作った聖人がどうのこうのって言ってたな!」
おんやあ? エルフとヒトモドキが同じ聖人を信仰しているのか? こいつはどういうことだ?
そして西から来たという発言からヒトモドキが憎んでいる金髪で耳の長い種族、ここではエルフと呼ぶけど、はこいつらであるのは間違いなさそうだ。
『しかし我々でさえ抗しえない敵が現れた。それこそが藍人。血の通わぬ悪鬼である』
藍色の人? なんじゃそりゃ。魔物……だよな? ただこの読みだとあいじんと読めるからちょっと日本語には適さないな。藍色……西……じゃあ西藍(せいらん)でいいかな。そいつらがエルフを滅ぼす、ないしは追い出したのか?
『西藍は強大で聖人の教えを受け継ぐ我々でさえ手を焼いた。何故なら奴らはいくつもの魔法を操るからだ』
……は?
「はああああ!? なんじゃそりゃ! チートだ! チートだ! チーターじゃねえか!? 魔法は一つの魔物に一種類のはずだろ!?」
今まで複数の魔法を使った魔物に出会ったことはない。いろんな効果があっても一つの魔法の応用だった。あの銀髪でさえその原則からは逃れられなかったぞ?
しかしこの西藍はそのルールをあっさり突き破った。そら負けるわ。魔法は相性によって大きく勝敗が左右される。複数の魔法を使えるなら一対一ならまず負けないだろう。その弱点を武器で補うことができればいいかもしれないけど……そこまで強力な武器はまだ開発できていなかったのかもな。
『あのあさましい西藍は気高き我々に歯向かい、人々を殺し、土地を汚した。それゆえ我々はこの東の地に移住せざるをえなかった。この地があることは以前から示唆されていたが、本当に人が暮らすことのできる土地なのかどうかは確信を持てずにいた。この地につながる回廊付近には多数の熊が生息しているからだ』
熊。ラーテルのことだよな。
なるほど。どうしてここに来ることができないのか疑問だったけど……ラーテルが防波堤の役割をしていたのか。……だとしてもどうしてラーテルはその回廊に棲息してるんだ? 以前戦ったラーテルははぐれ熊みたいなもんだったのか? うーん、わからんな。
あれ? もしかしてラーテルを倒しすぎると西から侵略軍がやって来るのか? ……がんばれラーテル。応援してるぞ!
しかしエルフはラーテルの生息地を突っ切らなければならないくらい追い詰められたのか。うへえ。ご愁傷様。
『山を越え、時に魔物に襲われ、食料や水もつきかけ、人数が千を下回るころ、ようやく開けた土地に来た。だがここが安住の地ではない。いつか必ずかの地へ戻り我らの国を取り戻す。その意味を込めてここを“望郷”と名付けた』
スーサン。確かクワイの西の方にある領地がそんな名前だったな。どうやらスーサンでは熊が大量に出没するとも言っていた気がする。
間違いなく同じ地名だろう。ヒトモドキのスーサンの漢字は……あれ? 字が違う? 発音は似てるけど字が全く別の字になっている。長い時を経て字が変わったのか、それとも改竄されたのか。
どうもエルフとヒトモドキの文化的接点は多いけど何やら大きな亀裂があるように感じるな。
『我らはひとまず連れてきた家畜を放ち、この地を開拓し、作物をまいた。カイルンからもたらされた知識は紙の他に作物の実らせ方もある。この程度は容易だった。そしてある日、我々は奴らに出会った』
ついに出てきたか。さて、その出会いは誰にとって幸か不幸か。
『我々が出会った奴らは我々と似た容姿をしながら決定的に異なり……』
「ん? どうした?」
今オレは部下の働き蟻に本を読んでもらっている。しかし何故か読むのをやめた。
「紫水。ここには差別的な表現が含まれている」
「ん、まあそうか」
驚くようなことじゃない。エルフはプライドが高そうで差別的らしいというのはおおよそ検討がついていた。
「それを読んでもいいのか? 法律に違反してはいないか?」
「ああそういうことか。別に資料を読むだけなら法律違反じゃないよ。自分の意思から言葉を発したわけじゃないから」
「わかった」
少なくとも差別用語がこれから先含まれているのか。覚悟をしておこう。
『決定的に異なり髪と目の色が黒く、肌の色も違った。それはすなわち――――――――――――――――である』
……あー。これは……うん、アウトですね。地上波放送ならピー音で耳がうるさくなるかな。人権団体が聞けば抗議の電話が殺到疑いなし。アメリカだと訴えられるくらいですむかなあ。
ある種優生学に近いか。まあ一言でいうと黒髪黒目とかチョーダサいんですけどーみたいな感じ。
この黒髪黒目の魔物はほぼ間違いなくヒトモドキだろう。何しろあいつらの大半は黒髪黒目だ。赤毛っぽいのもいたけどごく少数派だった。銀髪は一人だけしか見たことはない。
この辺でもうエルフがどういう価値観を持っているのかはよくわかった。
『我々は未熟な者どもに知恵を授けた。そしてこ奴らも我々を崇めたのでこ奴らをヌイにした』
ヌイ? なんぞそれ。んー、どっかで聞いたことがあるような? どこだっけ?
ま、いっか。ひとまず先に進めよう。
「紫水、目当ての物は見つかりましたか?」
「寧々か。首尾よく見つかった。今読んでるところだ」
「私もご一緒していいですか?」
「ん、いいぞ」
多分見られて困るようなものじゃないし、もしかしたら寧々が何か気付くかもしれないし。
『我々はともに暮らし、ヌイもよく尽くしたので寛大にもヌイの女に我らと床を共にするという慈悲を与えた。中には嫌がる女もいたので、そういう愚か者はこの地の動物と戯れさせた』
……まあそうなりますよね。慈悲という言葉がこいつらの傲慢をよく表している。しかし動物とって……品種交配でもないのにそんなことをさせたのか。
「慈悲とは悪い意味なんですか?」
純粋な瞳が痛い。意味わからないんだろうな。
「この場合の慈悲は……まあ隠語というか暗喩というか……別の言葉だと受け取った方がいい」
「具体的にどういう意味ですか」
……はっきり言えばエルフはヒトモドキを好き放題できる立場にある。そこで男が女をどう扱うか。歴史を紐解くまでもない。
「エルフはヒトモドキを強姦……つまり無理矢理交尾していたんだろうな。戯れさせるっていうのも同じ意味だ」
割とショッキングな発言をしたつもりだと思うけど寧々の反応は薄かった。
「紫水。それは犯罪ですか?」
「あー……お前らにはそう言うのがよくわかんないのか」
蟻には貞操観念なんざないし、そもそも交尾しても何も感じない。だから強姦という犯罪自体がぴんとこない。
「そいつの意思を無視して交尾を迫るのは立派な犯罪だ。ましてや動物と行為をさせるなんてな。これも後で法律にしておかないとだめだな」
「わかりました」
人間だと当たり前のことだけど……種族が違うとこういう事態が発生する。蟻は自力で交尾できるから性に関する感覚が人間とはだいぶ違う。ヒトモドキも発情期があるからそれ以外だと性犯罪があまり起きないかもしれないけどその分期間中はすごいのかもね。エルフもそういう理由でヒトモドキとあれやこれやしてるのかね。
つってもエルフとヒトモドキが同種なのかはわからないんだよな。エルフの容姿に関する記述があまりないし。子供でもできれば判断できるけど。
『我々とヌイの間で子供が生まれた。残念ながら我らの気高い金色を受け継いでいない子供はヌイにした』
できるんかい。そうなるとエルフとヒトモドキは同種、ないしは近縁種かな。しかしこいつら近い種族の生物を傷つけているのか? ま、珍しいことでもないけど。
「紫水。これは差別ですか?」
「完全に差別だな。能力に差があるのかもしれないけど、エルフがヒトモドキを見下す理由がそもそも髪と目の色だからな。多分こいつらは優秀なヒトモドキがいても見下すぞ」
にしても何だってどいつもこいつも外見だけでそんなに区別したがるのかね。本能なのか文化なのか。前者ならともかく後者は論理的じゃないと思うけど。
「ではエルフたちは犯罪者ですか?」
「オレたちにとってはな。でもこいつらにとってそれは犯罪じゃないんだろう」
オレにとってみればエルフとヒトモドキが近い生物なのは疑いようがない。しかしエルフにとっては髪と目の色、あるいは肌の色が違うのはそれほどまでに重要なことで、それが違えば全く別の生き物だと判断してしまうんだろう。
「エルフと我々ではルールが異なるということですか?」
「そういうこと。エルフのルールにオレらが文句を言う権利はないしな」
価値観が違うことそのものには誰もケチをつけられない。ただ明らかに害があるのなら対立するか無理矢理変更させるしかなくなる。
今わかるのはエルフと仲良くするのは難しかっただろうってことだ。言い方は悪いけど正直滅亡してくれてよかった。ヒトモドキでさえこれなら蟻相手にはもっとろくでもない対応を……あれ? そもそもこいつら蟻と会話できるのか? 会話できないなら樹海蟻に知識を与えるなんてできないはず。ヒトモドキと同種なら女王蟻とは会話できるはずだけど……?
その疑問は次で解消された。
『さらにヌイと現地の動物の間に子供が生まれた。それらは動物と会話する魔法を持っていた。これらもまたヌイにした』
――――は?
え、ちょっと待って!? いや、動物ってどんな動物だよ!? 少なくともヒトモドキとは違うはずだよな!? それに、魔法の種類が変わっている!? 何で!?
しかしその瞬間に思い出すものがあった。例えばカミキリス。例えばアリツカマーゲイ。
こいつらは地球の価値基準からするとキメラ、つまり複数の動物の特徴を持つ。ただそれは自然にそうなっただけだと思っていた。確かにこの世界の魔物は外見や生態などに複数の生物の特徴を持っている魔物が多かった。
それが偶然ではなければどうだろうか。もっと直接的に言うと、哺乳類に見える魔物と昆虫にみえる魔物が交尾して生まれた生物なら? 特にカミキリスだ。あれは紙づくりにとても有効な魔法だ。オレはどこかから見つけてきた魔物だと思っていた。
しかし、実は人為的な交配の結果によるものだとしたら?
そこでさらにひらめくのは米などの魔法が確認できない作物。あれの品種はなんだ? あれは魔法を確認できないのではなく、人為的に魔法が使えない、ないしはほとんど効果がない魔法になるように品種改良されたのだとしたら?
つまり、魔物は作れる。魔法は作れる。育種学という極めて生物学よりの学問で。
いやいや全く情けない。見た目で区別していたのはどうやらオレだったらしい。こんなに見た目が違うなら交配なんてできないと勝手に思い込んでいた。ふがいない。実に浅薄千万。
早急に交配可能な魔物を調べないと。もしかしたらとんでもなく有用な魔法ができるかもしれない。
……あ、でも無理矢理はダメだな。きちんと同意のうえで交配させないと自分自身がルールを破ることになる。
しかしこれでどうやって蟻と会話したのかはわかった。
そしてこの動物とヒトモドキのミックスはどうなったのかな。ヒトモドキ……というかセイノス教の価値観からすると存在すら許されないはずだ。絶滅させられたか、それとも……?
それももう少し先を読み進めたらわかるかな。もうおおよその結末は推測できるけどな。
樹海蟻の文明は逃れたエルフたちからもたらされた知識だった。まあまだエルフかどうかは確定してないけど、多分一緒に農作物なんかも手渡されたに違いない。しかし見つけてくれときたか。相当切羽詰まってたようだな。いつか誰かがここを訪れる保証なんてないだろうに。さて何が書いてあるのやら。できれば銀髪の倒し方とか書いてあるといいなあ。……そんな都合いいことはないだろうけど。
「それじゃあ読んでくれるか?」
「わかった」
一応オレも中国語……というかクワイ語は読めなくもないけどちゃんと勉強した奴らの方がよく読める。……というかここもクワイ語で書かれているのか? エルフ(仮定)たちの母語で書かれていると思ってたけど……まあその辺りも読み続ければわかるかな。
『今ここでこれを読んでいる君が何者かは私たちにはわからない。しかし君が、あるいは君たちが善なる者であることを祈る。まず我々について話そう。いと気高き我々がいかにして下賤にして卑劣なる愚者どもから屈辱を受けたかを聞けば君たちは我々の正しさを記憶し、必ずやあの無知蒙昧なる奴らめに鉄槌を下してくれることだろう』
……序文の時点でいい予感がしないな。純度二百パーセントで人のこと見下してるぞこいつら。特に何でオレが……ていうか読者が仇を討ってくれると確信してるあたり自分が正しいと信じ切ってる感じがすごい。そういう連中は大体ろくでもないからな。なんとなくエルフは高飛車っていうイメージがあるけど。
まあいいや。続きだ続き。
『我々はここから西にある国で平和に暮らしていた。誰もが聖人カイルンや聖人カンツの教えを守り豊かに暮らしていた』
ん? カイルン? どっかで聞いたことがあるような……?
ええっと……どこだ? そう確か……
「海老たちと会話した時だ! そうだそうだ! 確か紙を作った聖人がどうのこうのって言ってたな!」
おんやあ? エルフとヒトモドキが同じ聖人を信仰しているのか? こいつはどういうことだ?
そして西から来たという発言からヒトモドキが憎んでいる金髪で耳の長い種族、ここではエルフと呼ぶけど、はこいつらであるのは間違いなさそうだ。
『しかし我々でさえ抗しえない敵が現れた。それこそが藍人。血の通わぬ悪鬼である』
藍色の人? なんじゃそりゃ。魔物……だよな? ただこの読みだとあいじんと読めるからちょっと日本語には適さないな。藍色……西……じゃあ西藍(せいらん)でいいかな。そいつらがエルフを滅ぼす、ないしは追い出したのか?
『西藍は強大で聖人の教えを受け継ぐ我々でさえ手を焼いた。何故なら奴らはいくつもの魔法を操るからだ』
……は?
「はああああ!? なんじゃそりゃ! チートだ! チートだ! チーターじゃねえか!? 魔法は一つの魔物に一種類のはずだろ!?」
今まで複数の魔法を使った魔物に出会ったことはない。いろんな効果があっても一つの魔法の応用だった。あの銀髪でさえその原則からは逃れられなかったぞ?
しかしこの西藍はそのルールをあっさり突き破った。そら負けるわ。魔法は相性によって大きく勝敗が左右される。複数の魔法を使えるなら一対一ならまず負けないだろう。その弱点を武器で補うことができればいいかもしれないけど……そこまで強力な武器はまだ開発できていなかったのかもな。
『あのあさましい西藍は気高き我々に歯向かい、人々を殺し、土地を汚した。それゆえ我々はこの東の地に移住せざるをえなかった。この地があることは以前から示唆されていたが、本当に人が暮らすことのできる土地なのかどうかは確信を持てずにいた。この地につながる回廊付近には多数の熊が生息しているからだ』
熊。ラーテルのことだよな。
なるほど。どうしてここに来ることができないのか疑問だったけど……ラーテルが防波堤の役割をしていたのか。……だとしてもどうしてラーテルはその回廊に棲息してるんだ? 以前戦ったラーテルははぐれ熊みたいなもんだったのか? うーん、わからんな。
あれ? もしかしてラーテルを倒しすぎると西から侵略軍がやって来るのか? ……がんばれラーテル。応援してるぞ!
しかしエルフはラーテルの生息地を突っ切らなければならないくらい追い詰められたのか。うへえ。ご愁傷様。
『山を越え、時に魔物に襲われ、食料や水もつきかけ、人数が千を下回るころ、ようやく開けた土地に来た。だがここが安住の地ではない。いつか必ずかの地へ戻り我らの国を取り戻す。その意味を込めてここを“望郷”と名付けた』
スーサン。確かクワイの西の方にある領地がそんな名前だったな。どうやらスーサンでは熊が大量に出没するとも言っていた気がする。
間違いなく同じ地名だろう。ヒトモドキのスーサンの漢字は……あれ? 字が違う? 発音は似てるけど字が全く別の字になっている。長い時を経て字が変わったのか、それとも改竄されたのか。
どうもエルフとヒトモドキの文化的接点は多いけど何やら大きな亀裂があるように感じるな。
『我らはひとまず連れてきた家畜を放ち、この地を開拓し、作物をまいた。カイルンからもたらされた知識は紙の他に作物の実らせ方もある。この程度は容易だった。そしてある日、我々は奴らに出会った』
ついに出てきたか。さて、その出会いは誰にとって幸か不幸か。
『我々が出会った奴らは我々と似た容姿をしながら決定的に異なり……』
「ん? どうした?」
今オレは部下の働き蟻に本を読んでもらっている。しかし何故か読むのをやめた。
「紫水。ここには差別的な表現が含まれている」
「ん、まあそうか」
驚くようなことじゃない。エルフはプライドが高そうで差別的らしいというのはおおよそ検討がついていた。
「それを読んでもいいのか? 法律に違反してはいないか?」
「ああそういうことか。別に資料を読むだけなら法律違反じゃないよ。自分の意思から言葉を発したわけじゃないから」
「わかった」
少なくとも差別用語がこれから先含まれているのか。覚悟をしておこう。
『決定的に異なり髪と目の色が黒く、肌の色も違った。それはすなわち――――――――――――――――である』
……あー。これは……うん、アウトですね。地上波放送ならピー音で耳がうるさくなるかな。人権団体が聞けば抗議の電話が殺到疑いなし。アメリカだと訴えられるくらいですむかなあ。
ある種優生学に近いか。まあ一言でいうと黒髪黒目とかチョーダサいんですけどーみたいな感じ。
この黒髪黒目の魔物はほぼ間違いなくヒトモドキだろう。何しろあいつらの大半は黒髪黒目だ。赤毛っぽいのもいたけどごく少数派だった。銀髪は一人だけしか見たことはない。
この辺でもうエルフがどういう価値観を持っているのかはよくわかった。
『我々は未熟な者どもに知恵を授けた。そしてこ奴らも我々を崇めたのでこ奴らをヌイにした』
ヌイ? なんぞそれ。んー、どっかで聞いたことがあるような? どこだっけ?
ま、いっか。ひとまず先に進めよう。
「紫水、目当ての物は見つかりましたか?」
「寧々か。首尾よく見つかった。今読んでるところだ」
「私もご一緒していいですか?」
「ん、いいぞ」
多分見られて困るようなものじゃないし、もしかしたら寧々が何か気付くかもしれないし。
『我々はともに暮らし、ヌイもよく尽くしたので寛大にもヌイの女に我らと床を共にするという慈悲を与えた。中には嫌がる女もいたので、そういう愚か者はこの地の動物と戯れさせた』
……まあそうなりますよね。慈悲という言葉がこいつらの傲慢をよく表している。しかし動物とって……品種交配でもないのにそんなことをさせたのか。
「慈悲とは悪い意味なんですか?」
純粋な瞳が痛い。意味わからないんだろうな。
「この場合の慈悲は……まあ隠語というか暗喩というか……別の言葉だと受け取った方がいい」
「具体的にどういう意味ですか」
……はっきり言えばエルフはヒトモドキを好き放題できる立場にある。そこで男が女をどう扱うか。歴史を紐解くまでもない。
「エルフはヒトモドキを強姦……つまり無理矢理交尾していたんだろうな。戯れさせるっていうのも同じ意味だ」
割とショッキングな発言をしたつもりだと思うけど寧々の反応は薄かった。
「紫水。それは犯罪ですか?」
「あー……お前らにはそう言うのがよくわかんないのか」
蟻には貞操観念なんざないし、そもそも交尾しても何も感じない。だから強姦という犯罪自体がぴんとこない。
「そいつの意思を無視して交尾を迫るのは立派な犯罪だ。ましてや動物と行為をさせるなんてな。これも後で法律にしておかないとだめだな」
「わかりました」
人間だと当たり前のことだけど……種族が違うとこういう事態が発生する。蟻は自力で交尾できるから性に関する感覚が人間とはだいぶ違う。ヒトモドキも発情期があるからそれ以外だと性犯罪があまり起きないかもしれないけどその分期間中はすごいのかもね。エルフもそういう理由でヒトモドキとあれやこれやしてるのかね。
つってもエルフとヒトモドキが同種なのかはわからないんだよな。エルフの容姿に関する記述があまりないし。子供でもできれば判断できるけど。
『我々とヌイの間で子供が生まれた。残念ながら我らの気高い金色を受け継いでいない子供はヌイにした』
できるんかい。そうなるとエルフとヒトモドキは同種、ないしは近縁種かな。しかしこいつら近い種族の生物を傷つけているのか? ま、珍しいことでもないけど。
「紫水。これは差別ですか?」
「完全に差別だな。能力に差があるのかもしれないけど、エルフがヒトモドキを見下す理由がそもそも髪と目の色だからな。多分こいつらは優秀なヒトモドキがいても見下すぞ」
にしても何だってどいつもこいつも外見だけでそんなに区別したがるのかね。本能なのか文化なのか。前者ならともかく後者は論理的じゃないと思うけど。
「ではエルフたちは犯罪者ですか?」
「オレたちにとってはな。でもこいつらにとってそれは犯罪じゃないんだろう」
オレにとってみればエルフとヒトモドキが近い生物なのは疑いようがない。しかしエルフにとっては髪と目の色、あるいは肌の色が違うのはそれほどまでに重要なことで、それが違えば全く別の生き物だと判断してしまうんだろう。
「エルフと我々ではルールが異なるということですか?」
「そういうこと。エルフのルールにオレらが文句を言う権利はないしな」
価値観が違うことそのものには誰もケチをつけられない。ただ明らかに害があるのなら対立するか無理矢理変更させるしかなくなる。
今わかるのはエルフと仲良くするのは難しかっただろうってことだ。言い方は悪いけど正直滅亡してくれてよかった。ヒトモドキでさえこれなら蟻相手にはもっとろくでもない対応を……あれ? そもそもこいつら蟻と会話できるのか? 会話できないなら樹海蟻に知識を与えるなんてできないはず。ヒトモドキと同種なら女王蟻とは会話できるはずだけど……?
その疑問は次で解消された。
『さらにヌイと現地の動物の間に子供が生まれた。それらは動物と会話する魔法を持っていた。これらもまたヌイにした』
――――は?
え、ちょっと待って!? いや、動物ってどんな動物だよ!? 少なくともヒトモドキとは違うはずだよな!? それに、魔法の種類が変わっている!? 何で!?
しかしその瞬間に思い出すものがあった。例えばカミキリス。例えばアリツカマーゲイ。
こいつらは地球の価値基準からするとキメラ、つまり複数の動物の特徴を持つ。ただそれは自然にそうなっただけだと思っていた。確かにこの世界の魔物は外見や生態などに複数の生物の特徴を持っている魔物が多かった。
それが偶然ではなければどうだろうか。もっと直接的に言うと、哺乳類に見える魔物と昆虫にみえる魔物が交尾して生まれた生物なら? 特にカミキリスだ。あれは紙づくりにとても有効な魔法だ。オレはどこかから見つけてきた魔物だと思っていた。
しかし、実は人為的な交配の結果によるものだとしたら?
そこでさらにひらめくのは米などの魔法が確認できない作物。あれの品種はなんだ? あれは魔法を確認できないのではなく、人為的に魔法が使えない、ないしはほとんど効果がない魔法になるように品種改良されたのだとしたら?
つまり、魔物は作れる。魔法は作れる。育種学という極めて生物学よりの学問で。
いやいや全く情けない。見た目で区別していたのはどうやらオレだったらしい。こんなに見た目が違うなら交配なんてできないと勝手に思い込んでいた。ふがいない。実に浅薄千万。
早急に交配可能な魔物を調べないと。もしかしたらとんでもなく有用な魔法ができるかもしれない。
……あ、でも無理矢理はダメだな。きちんと同意のうえで交配させないと自分自身がルールを破ることになる。
しかしこれでどうやって蟻と会話したのかはわかった。
そしてこの動物とヒトモドキのミックスはどうなったのかな。ヒトモドキ……というかセイノス教の価値観からすると存在すら許されないはずだ。絶滅させられたか、それとも……?
それももう少し先を読み進めたらわかるかな。もうおおよその結末は推測できるけどな。
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