こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

文字の大きさ
上 下
170 / 509
第三章

165 ザ・不死身

しおりを挟む
 厄介だった魔法さえなくなればアメーバはただのぶよぶよした肉塊にすぎない。あーでもプラスチックは欲しかったかな。できれば生け捕りが良かったけどあいつ会話できないからなあ。
 餌付けさえできそうにない。さくっと殺したほうがよかったな。もし次があれば生け捕りの算段でも整えて――――
「王!」
 翼の鬼気迫る言葉に思考を待機から戦闘に切り替える。
「どうした!?」
「あちらを!」
 翼が爪差した方向を見るとボコボコと沸騰しているように気泡を浮かべるアメーバがいた。どうやら翼が分断したアメーバの一部が再生し始めているらしい。しかも、探知能力に反応がある。つまり、宝石があるということ。
「すぐに潰せ!」
 あれはまだ再生しきっていない。今ならすぐに倒せるはずだ!
 その場にいたほぼ全員が個々人の最大の攻撃を開始する。ある者は爪を光らせながら走り、ある者は弓を構え、ある者は糸を伸ばす。
 しかし次の現象は誰にも予想できなかった。

 パンっ!

 軽快な音と共にアメーバが破裂した。誰もが一瞬呆けたように動きを止める。まるで自滅したかのように体が飛散した。
 しかし体は飛散したように見えたが実際にはひも状になりながらもかろうじて繋がっていた。体をまるで投網のように広げ、散らばっている体に強引に届かせた。
 一部の植物は種子を遠くに飛散させるために破裂するという。つまりこれは生息域を拡大、ないしは仲間と合流するための行為。

「構わず本体を狙え!」
 わずかに遅れて攻撃が届くが……濁った色の壁、プラスチックに阻まれた。しかもそれはアメーバ全体で起こっている。蠢く沼が再び鎧を纏い始めた。

「ふざけんなああああ! しれっと完全復活してんじゃねえええええ!」
 ダメだこいつ。どうにもならない。しぶとすぎる。不死身すぎる!
 決して強いわけじゃない。むしろ本当に強い魔物に比べれば弱い方だ。しかし、殺せない。その一点においてアメーバはずば抜けすぎている、異常すぎる!

「全員一旦離れろ!」
 とりあえず離れさせる。しかし中にはまだアメーバの沼のような体の真ん中にいる味方もいる。救助しないと……?
 シュルシュルと糸が道を作る。蜘蛛じゃない。これは、豚羊の<毛舞>? どうもゆっくり移動するものに対してアメーバは反応しにくいらしい。
「茜? 協力してくれるのか?」
「救うことは誰かを殺すことではありませんので」
 ありがたい。ほぼ無傷だった豚羊はまだ余力がある。多分無事に避難させてくれるはずだ。
 アメーバはもうまともに戦って殺せるとは思えない。いや、もしかすると殺してはいけないのかもしれない。こいつが何故今復活したのか。もしかするとアメーバ本体を殺したからこいつが起動したんじゃないか?
 植物にはアレロパシーという機能がある。他の植物や微生物を成長させないようにする作用だ。普通他種に対して用いられるけどこいつの場合、自分以外のアメーバが活動しないように何らかの方法で制御しているのかもしれない。
 もしそうなら下手に殺せない。火で一片残らず炭化させれば流石に復活はできないだろうけど……
 くそ、まじでどうする!?
 このままだとせっかく作った巣を放棄しないといけない。有効そうなのはやっぱり毒か? けどどんな毒なら通用するんだ? 
 相手は核らしき宝石をぶっ壊しても復活する奴だぞ? 
 理不尽なほどの再生能力。何か……地球でもこの世界でもいい。それこそファンタジーでもいい。不死身の敵を、殺す……方……法?
 ? ?
 あれ?
 これでいいのか? こんな方法で?
 たった一つだけ、解決方法を思いついた。ひどく、シンプルな方法。
 そのためには、あいつの協力が必要だ。

「瑞江、いいか!?」
「声を荒げないでください。何だというのです?」
「協力してほしい。樹海にいる海老に命令してくれ」
 海老はオレの命令よりも瑞江の命令を優先する。だからどうしてもこいつから話してもらわないといけない。急いで作戦を説明する。
「何故そんなことをしなくてはいけないのです? それもワタクシの子供を危険に晒して」
「気持ちはわかるけど頼むから言うことを聞いてくれ」
 自分でもこんな作戦を聞かされても首を捻るとは思う。しかし何とかして納得してもらわないと。
「わかりました。ですが我が子をなるべく危険な目にはあわせないように」
「ありがと! 恩に着る!」
 後はうまくいくかどうかだ。ぶっつけ本番にしかならない。

 海老たちが一列に並んでそのハサミには壺を持っている。アメーバは目と鼻の先だ。
「翼。アメーバの体に少しでいいから穴を開けてくれ。そこからこれを流し込む」
「そうすれば奴を倒せると?」
 流石の翼にも疑問の色が濃い。
「言ったろ? 勝ち方を教えるって。殴るだけが戦いじゃないさ」
「了解いたしました」
 もしもこれが上手くいかないとこいつの信頼を失うかもな。それは避けたい。
 ラプトルも、蟻も、必死になってアメーバの気を引き、隙を見て風穴を開けた。
「海老ども。ゆっくりだ。ナメクジよりもゆっくりと中身を注げ」
 ゆっくりとアメーバが反応しないように壺の中の液体を魔法で操ってアメーバの中にしみこませる。ありがたいことに傷口を閉じようとはしない。恐らく傷口が空気に触れていないと傷を負っているとは感じないからだろう。
 時間が経過する。壺の中身は徐々に空に近くなる。不安になり始めた頃に、変化は現れた。
 アメーバの動きが、<プラスティ>の精度が明らかに下がる。でたらめな方向に進もうとして体はバラバラになっていき、あれほど苦戦したのが嘘のようにもろく崩れ始めた。
 翼はあっけにとられている。
「これは……一体……? 王、それは何ですか?」
 それ、とは壺の中身だろう。翼にとっては神か悪魔が宿っているように見えるのかもしれない。
「大したもんじゃない。ただのお酢と酒だよ」
「お酢ですか? あのツーンとした? 酒もただのシードルですか」
「うん。その通り」
 非常用の飲料や発酵の実験として樹海の巣にも持ち込んでおいたのが良かった。
 アメーバにアルコールやお酢を無理矢理飲ませただけだ。注射したといった方が適切かもな。
 実はこれ、地球においてとある不死身に近い生物の駆除方法を参考にしている。その生物はヒトデだ。たしかオニヒトデだっけ。
 ヒトデはとても生命力が強く、五体がバラバラになったくらいでは死なず、それどころか分裂して増殖する。おまけに毒も持っていたはずだ。
 このように地球にも不死身に思える生き物はいる。ギリシャ神話のヒュドラは全くの妄想の産物でもない。
 このヒトデはサンゴ礁の減少の一因になるなど問題になっていたが、前述の通り驚くほどしぶといため駆除にかかる手間や費用がかなり多かった。
 そこで比較的低予算で駆除できる方法が考案された。それがヒトデに酢酸を注射する方法だ。そうするとヒトデを確実に駆除できたらしい。
 まあ要するに毒じゃないけど適当に体に悪そうなもんぶち込んでアメーバを弱らせようって作戦だ。
 思った以上に効果があったけどな。
「……感服しました。そしてお役に立てず申し訳ありません」
「謝る必要はないよ」
「そうは申しましても敵を倒せぬとは戦士としてふがいない限りです」
 どうもラプトルは自分が戦士や将軍として活躍、つまり武功を挙げることを重要視しているらしい。こう、役割をはっきりさせたがっているのかな?
「倒せなくてもきっちり頑張ってくれてたし敵が異常すぎただけだろあれは」
「いかに努力しようとも結果が伴わなければ意味がありません」
 なかなか自分に厳しいね。
「オレは努力した奴は評価するべきだと思ってるよ」
 まあその評価が高いかどうかは結果で判断するしかない。
「ついでに言うなら直接敵を倒せなくてもそれが敵の打倒に繋がるならそれも結果だと判断するよ」
「寛大な御言葉、感謝します」
 ひとまず納得したらしい。
「とりあえず宝石を回収してアメーバを捕獲してくれ。あいつにはまだ用がある」
「はっ!」
 気持ちのいい返事だ。今のところ裏切る様子はなさそうかな。
 はあ、疲れた。それにしても……
「シードルとリンゴ酢、作っておいてよかった……」
 この世界に来て最初に作ったものが役に立つというのはなかなか感慨深い。疲労を感じながらも組織としての成長を実感していた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

運命の魔法使い / トゥ・ルース戦記

天柳 辰水
ファンタジー
 異世界《パラレルトゥ・ルース》に迷い混んだ中年おじさんと女子大生。現実世界とかけ離れた異世界から、現実世界へと戻るための手段を探すために、仲間と共に旅を始める。  しかし、その為にはこの世界で新たに名前を登録し、何かしらの仕事に就かなければいけないというルールが。おじさんは魔法使い見習いに、女子大生は僧侶に決まったが、魔法使いの師匠は幽霊となった大魔導士、僧侶の彼女は無所属と波乱が待ち受ける。  果たして、二人は現実世界へ無事に戻れるのか?  そんな彼らを戦いに引き込む闇の魔法使いが現れる・・・。

僕のスライムは世界最強~捕食チートで超成長しちゃいます~

空 水城
ファンタジー
15になると女神様から従魔を授かることができる世界。 辺境の田舎村に住む少年ルゥは、幼馴染のファナと共に従魔を手に入れるための『召喚の儀』を受けた。ファナは最高ランクのAランクモンスター《ドラゴン》を召喚するが、反対にルゥは最弱のFランクモンスター《スライム》を召喚してしまう。ファナが冒険者を目指して旅立つ中、たったひとり村に残されたルゥは、地道にスライムを育てていく。その中で彼は、自身のスライムの真価に気が付くことになる。 小説家になろう様のサイトで投稿していた作品です。

異世界ニートを生贄に。

ハマハマ
ファンタジー
『勇者ファネルの寿命がそろそろやばい。あいつだけ人族だから当たり前だったんだが』  五英雄の一人、人族の勇者ファネルの寿命は尽きかけていた。  その代わりとして、地球という名の異世界から新たな『生贄』に選ばれた日本出身ニートの京野太郎。  その世界は七十年前、世界の希望・五英雄と、昏き世界から来た神との戦いの際、辛くも昏き世界から来た神を倒したが、世界の核を破壊され、1/4を残して崩壊。  残された1/4の世界を守るため、五英雄は結界を張り、結界を維持する為にそれぞれが結界の礎となった。  そして七十年後の今。  結界の新たな礎とされるべく連れて来られた日本のニート京野太郎。  そんな太郎のニート生活はどうなってしまう? というお話なんですが、主人公は五英雄の一人、真祖の吸血鬼ブラムの子だったりします。

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜

ハマハマ
ファンタジー
 ファンタジー×お侍×父と子の物語。   戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。  そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。 「この父に任せておけ」  そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。 ※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

剣と魔法の世界で俺だけロボット

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。 転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。 ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。 だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。 使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。 この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!? 剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。 当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……? 小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

転生したらデュラハンだった。首取れてたけど楽しく暮らしてるん。

Tempp
ファンタジー
*試しにタイトル変更(旧:デュラはんは心の友 【あらすじ】 俺、デュラハンのデュラはん。 異世界にトラック転生したら、何故かデュラハンになってた。仕事放り出してプラプラしてたら拾ってくれたのがキウィタス村のボニたん。ボニたんめっちゃええ人で、同僚から匿ってくれるん。俺は代わりに村の周りの魔物倒したりしてるん。 でもなんか最近不穏なんよな。

処理中です...