こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第二章

71 伝統と文化と習慣と本能

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 あーりーのー学校はーつーちーのーなかー
 そーっと覗いてみてごらん
 今夜のおかずが増えました

 ……うん。オレに作曲の才能はないな。

「起立、気おつけ、礼」
 着席がないのは椅子を使っている奴がいないから。
 目の前には蟻、語り部の蜘蛛、ドードー、青虫、最後にこの前産まれた女王蟻。
 教壇から改めて見てみるとごった煮感というかカオスっぷりが凄まじい。
「これからお前らには今からころ……じゃなかった授業を受けてもらう。何か質問は?」
「は~い」
「はい、蜘蛛さん」
「ご飯を食べていい~?」
 そういうとこだぞ蜘蛛。
 返答として事実を述べよう。

「お前らにはまず我慢することを覚えてもらう。具体的に言うと授業の出来が悪ければ飯抜きな」
 ブーイングのようなテレパシーが聞こえたけどもちろん黙殺する。てかオレの場合テストで悪い点を取ったら飯抜きにされるくらい珍しくもなかったぞ。
「まずはあいうえおだ。文字の読み方そして書き方を覚えてもらう」
 五十音を並べた石板を全員に配る。そしてそれを声に出して読んでもらう。
 蟻達は何の文句も言わずに従っているけど他はどうだ?

 青虫は意外にも素直に従っている。飯抜きがよほど効いたのか? 青虫には手がないので読むことしかできないけど何かの役には立つかもしれない。
 ドードーは……また謎ポエムを呟き始めた。こいつのポエムをツイッターとかで呟いたらどうなるだろ。
 蜘蛛はぶちぶち文句を垂れながらも文字を読んでいる。
「ねーねー」
「何だ蜘蛛」
「何でこんなことするの?」
「ちゃんと記録して他の奴らと知識を共有するためだ」
「そうじゃなくて、どうして糸に記録しないの?」
 ??? 意味が分からない。糸に記録?
 いや待てよ? 蜘蛛は何らかの方法で糸に意味を付与できるみたいだ。以前糸に文字でも書けるのかと思ったことがあったけどそうなのか?
 蜘蛛から話を聞いた結果興味深い事実が判明した。

 蜘蛛の魔法は糸の成分や構造を変化させるだけじゃなく、分析することも可能らしい。
 その能力により糸を特定の構造に変容させることで意味を持たせることができるようだ。モールス信号みたいなものか?
 本能なのかそれとも教えられて身につくのか……どうも前者らしい。これもまた蜘蛛が社会性と優れた知性を持つことの証明だ。
 ただ問題なのは……オレたちには全く読めないことだ。
 もっと厄介なのは蜘蛛がその事実を理解できなかったことだ。

「どうして読めないの~? こっちの方が簡単じゃない?」
「だから魔物が使える魔法は一つだけなんだって。だからオレたちにはお前らの糸にどんな意味があるかわからないんだって」
「そもそもなんでこんなことするの? 糸に記録したほうがいいよね~」
「さっきから言ってるけど誰にでも読めた方がいいんだって! 蜘蛛だけで読めるだけじゃ困るんだよ!」
 文字の重要性は視力があるならだれにでも読めることだ。多分蜘蛛もそれは理解できているはずなんだけど……こいつらの場合どうも宗教が絡んでるみたいだ。
 蜘蛛にとって記録とは糸に記すものであり、石板に文字を刻むことには抵抗が強いらしい。
 確かに今の蜘蛛の状況から考えたらオレは無理矢理他国の言葉を習わせようとする侵略者みたいなもんか。
 ちょっと時期尚早だったかもしれない。

 打って変わって女王蟻と働き蟻。こちらはすこぶる順調だ。
「紫水。できたよ」
 あいうえおを暗唱させ終えると次に何も見させずに文字を書かせた。正確に言うなら石板をひっかいてそこを蟻の魔法でくぼませるやり方だけど、これまた問題なし。我がクラスの優等生だ。
「よろしい。次は数字でも書くか」
「わかったー」
 他の奴もこの10%くらいやりやすければな。
「ね~私にも教えてよ~」
「さっきから教えてるだろ? まずはちゃんと文字を読めるようになってからだ」
 何故かオレが女王蟻と話していると語り部は話しかけてくる。ちょいうっとおしい。

 意外というかなんというか蟻以外では一番順調だったのは青虫で蜘蛛は説得して何とか授業を受けさせることができただけ。ドードーは……まあ無視していい。

「ねーねー紫水」
「ん? 何だ?」
「さっきのつーちーのーなかー、って何?」
「……あー。ただの替え歌だよ」
 つーか心の中で思ったことも聞こえんのか。ちょっと恥ずいな。
「替え歌って何?」
 生まれたてのつぶらな瞳が眩しいぜ。テレパシーがあるからってなんでもわかるわけじゃないのか。
「歌を改ざんしたというか……そもそも歌って理解できるのか?」
「歌ってなーにー」
 ごめんその純真無垢な瞳止めて! なんか見づらい!
「言葉にテンポとかリズムをつけて声に出すもの……かな?」
 改めて説明しろと言われると難しい。聞いた方が早いだろうな。
「じゃあ、やってみてー」
「いやまた人の心を……え?」
「やってみて?」
 おかしいな。何故か全員から視線を向けられている気がするぞ?
「いやオレはあんまり歌が得意じゃ……そもそも蟻の声帯じゃ歌にならないけど」
 あかん。生まれたての女王蟻以外からも凝視されてまんがな。逃げ切れねえ。
「えっと、それじゃあ春よ来いでも歌うか」
 まっつんのじゃなくて童謡のほうね。
「はーるよこい、はーやくこい」
 歌い始めると、ドードーが口笛? を吹き出した。……こいつ妙に器用……というか何でいきなりやる気だしてんだ?
 ドードーの伴奏? と共に一曲歌い切った。
「ねー私もうたっていい?」
「うむ。妾も」
 あれえ? 予想外に食いつきがいい? 何故か学校が音楽教室になってしまった。……まあいいか。何曲か歌ううちに歌詞などはすぐに覚えてしまった。

 やっぱり魔物は学習能力が高い。それゆえに以前の習慣や知識が足を引っ張ってしまうこともある……まあ人間にもままあることだ。それを学べただけでも僥倖か。

 初めての学校は順調とはとても言えなかったけどもし上手くいけばオレの仕事量は激減するはずだ。少なくとも蟻に関してはすぐに立派な事務職になるだろう。
 多分、きっと、恐らく余裕が生まれるはずなのでここは外に目を向けてみよう。
 以前訪問したヒトモドキの村を再び訪ねることにした。



 思いのほか順調に以前進んだ道を行くことができた。
 明らかに木がなぎ倒された道ができているのはラーテルがここを通ったことの証だろう。場合によっては村が全滅している可能性がある。むしろその可能性は高い。
 そう身構えていたけど……意外や意外。村人たちは元気に春を謳歌していた。
 明らかに抉られた地面や叩き潰された家の残骸はかなり激しい戦闘があったことを思い起こさせる。
 それでも生き延びた村人がいるのは上手く逃げ延びたか、それともラーテルを倒したのか?
 正直、あれを倒せるとは思えないけどここに長く住んでいた住人だ。何か撃退する方法があったのか、どこかから援軍を呼んで倒した可能性はある。
 ヒトモドキの魔法はラーテルの魔法と相性がいい。数さえいれば対抗できる可能性はある。それでも何人必要かは想像できないし、地球での獣害事件が可愛らしくなるほどの被害が出たことは疑いようがない。
 この村の住人に思うところはいくらでもあるし、何らかの宗教を熱烈に信仰している点では相容れないけど別に死んでほしいとまでは思わない。ここは流石だといっておこう。

 で、だ。
 あー、その、なんだ。
 春を謳歌していると言ったじゃないか。
 その、物理的といいますか、生物的といいますか……謳歌していらっしゃるようですね。
 ああもうぶっちゃけると――――
 お盛んですね!

 まあ春ですし?
 そういうこともあるでしょう。でもさあ外でってのはどうなのよ? 現代人からしてみれば理解しがたい。プライベートとか羞恥心なんてものが根本的に違うのかもしれない。
 当然だけど以前はこんなことはなかった。ならどうしてこんなことになっているのか。
 それは多分春だからだ。
 春の陽気に当てられたとかそんな曖昧な表現は相応しくない。

 この村の様子から導き出される結論は一つ。
 ヒトモドキには発情期が存在する。地球の人間には存在しないものが存在する。
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