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秋葉夕雲

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第一章

35 去る者に花束を

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 蛇のうち三匹を罠に嵌めることはできたが肝心の親蛇は未だ健在だ。だが奴も無傷じゃない。所々鱗は剥がれており、尻尾の一部は抉れている。
 これなら押し切れる。
 
 蛇はほんの少し首を引いた。次の瞬間には途轍もない速さで<毒弾>が射出された。しかしあらかじめ<錬土>で作った壁に阻まれ投石機の周囲にいた蟻には当たらなかった。山なりに毒液を撃てばいいかもしれないが、蛇にはそれはできない。

 何しろ蛇はまっすぐにしか毒液を飛ばせないからだ。

 蛇の魔法は毒液を飛ばすものだが、より正確には毒液を″直進″させる魔法だ。つまり一度射出された毒液は重力や空気抵抗の影響を受けず、皮膚のような柔らかいものを貫通する性質を与える。これも偵察を続けてわかったことだ。
 そして強力な魔法は連発できない。今が反撃のチャンス!
 いちいち号令をだすまでもない。蛇の魔法が放たれた後に反撃する訓練は積んできた。
 投石機より蛇に近い地点に伏せていた弓兵が一斉に矢を放つ! 矢は蛇に殺到したが、傷を与えることはなかった。
「硬化!? こっちの攻撃を読んだのか!?」
 魔法を連発できず、隙ができることなど承知のうえ。あえて魔法を使うことでこっちの攻撃を誘い、居場所を特定したらしい。
 なるほど、戦士としての経験と力量は明らかに向こうが上らしい。だが勝負には負けてやらん!
 今撃った矢は生姜付きだ。<硬化解除>によって防御力がさがり、負傷も加わればかなり動きづらいはず。
 ……はずなのに蛇は猛然と突進してくる。しぶといなあ!
 「よっしゃ! 隠れろ」
 予め掘っておいた穴に蟻たちが一斉に隠れる。蟻が何とか入れるくらいの小さな穴で巨大な蛇は潜り込めないはずだ。……はずだった。
 その巨体をどうやって縮めたのか蟻一匹しか通れない穴に潜り込み、<毒弾>を放った。どうやらその穴にいた蟻は絶命したらしい。
 馬鹿でかい蛇が暗闇から迫ってくるのか。ちょっとしたホラーだな。だがな、
「ところでお前はもぐら叩きって知ってるか? その名の通り穴から出てくるモグラを叩くゲームだ。実を言うとオレやったことないからお前がちょっとうらやましいよ。ただ今回はルールがちょっと変更されててな。穴に潜った奴を叩けば――減点だぞ?」

 穴から出ようとした蛇の動きが一瞬止まる。ようやく罠に気付いたらしい。
 つまり穴の入り口に仕掛けられた巨大な返し針に。
 穴に入る場合特に抵抗なく潜ることができるが、もし出るならば針が鱗や肉を削ぎ落す。入れなければ蟻の安全は確保され、入ったとしてもただでは返さない二段構えの罠だ。
「さあ、どうする蛇? そのままなら蟻たちに殺される。無理矢理出れば大ダメージだ」
 蛇の選択はやはり、と言うべきだろう。躊躇なくその身を外に晒した。
 流れ出る血は蛇口の壊れた水道のように流れ続ける。このままではいくら魔物でも長くない。
 しかしそれでも蛇は止まらない。毒弾を放ち、蟻に追いすがり、矢の雨を降らせても、罠にかかろうとも止まることはない。
 ……この様子は明らかに何か目的がある。極端に言えばずっと硬化したままでいればダメージは与えにくいし、逃げるという選択肢だってあるはず。やけくそや自暴自棄などではない。狙いは――何だ?
 
 その答えは離れた場所からもたらされた。
「紫水。穴から出ようとしてるよ」
 なるほど。親蛇は囮になろうとしたのか。けなげだな。
「攻撃してから入り口を閉じろ。それから――点けろ」
 投網と石木に押さえつけられた穴は簡単に出られるものではなかったらしい。悪戦苦闘している蛇を再び穴の奥に追い返すのは苦労しなかった。
 そして地下一階にいる蟻たちは覗き穴からある液体を注いだ。それは――酒だ。今頃蛇がいる地下二階には甘ったるいシードルの香りが充満していることだろう。末期の水ならぬ末期の酒か。
「夕べの祈りはすませたか、蛇ども?」
 そして、火は投げ込まれた。酒と予め敷き詰めておいた枯れ葉や枝に引火する。逃げ場は初めから存在しない。蟻たちは巧妙に隠されたもう一つの出入り口から脱出する。今頃最初に罠に引っかかった蛇はどんな気持ちなんだろうか。
 後悔、憤怒?
 まっ、どうでもいいか。蛇の心情なんか気にならない。もちろん今後の戦いの為に考察することは無駄じゃないけど。
 
 親蛇はなおも悪あがきを続けている。すでに自分以外全滅していることを知らないのか、それとも今度こそ自暴自棄になったのか。叩いたところで扉が開くとは限らないのに。
 これだけ入念に準備を整えれば格上相手にも圧勝可能だと証明された。今回はなかなかいい成果が出たな。親蛇が息絶えるのも時間の問題だ。

 それでも予想外のトラブルは起こる。例え慢心していなかったとしても。
「紫水。蛇が逃げようとしてる」
「はあ!? どいつだよ!?」
 穴の中にいる奴は燃えてるし、外にいた奴は投石で死んだはず。
「外にいた蛇。急に起き上がった」
 気絶していたのか? まさかとは思うが死んだふり? 他の蛇たちが暴れていたのはこいつが逃げる時間を稼ぐため?
 ぐるぐると益体のない思考が巡る。その間にも貴重な時間は砂のように零れ落ちる。
「どうすればいい?」
 蟻に聞かれてようやく思考が定まる。……親蛇はもう脅威じゃないよな? なら逃げた奴の追跡に当たってもいいはず……だよな?
「手の空いてる奴は追跡しろ!」
 親蛇は先ほど以上に暴れまわっている。窮鼠猫を嚙むという故事のとおり、手負いが一番面倒だ。
 鎌首をもたげる。尻尾が禍々しい音を立てる。そして――糸が切れたように倒れた。
「……やったか?」
 また死んだふりじゃないよな?
 数匹の蟻が倒れた蛇に駆け寄る。
「いなくなってるよ」
「やったぜ、ヒャッホー」
 遂に親蛇撃破! しぶとすぎだ!
 後は逃げた奴がどこへ行ったのかだが……。
「見失った。探そうか?」
 逃げ切られたらしい。これ以上探すと藪をつついて蛇以外の魔物が出てくるかもしれない。
「戻ってこい。後始末を色々しないとな」
 うーん、圧勝だったけど最後にちょっと傷がついたな。オレがもうちょっと素早く追跡の指示を出せば追い付けたかもしれない。
 けどな、オレだって戦闘指揮なんか経験してないんだよ。喧嘩すら未経験だし。
 バスケとかサッカーの経験者ならこういう指揮を執ることもできるのかなあ?わからんね。
 今回逃げた奴は面倒だな。こっちの武器を把握してるし、罠にも簡単にはかからないだろうし。そのうち一大勢力を築いてオレに報復しに来たりして!
 ……フラグじゃないぞ?
 協調性が高いのは強みだな。やっぱり。今回は上手くその穴を衝けたけど毎度上手くいくとは限らないからな。事前準備はともかく陣頭指揮能力っていう課題も見つかったし(薄々感づいてはいたけど)、まだまだ前途多難だな。
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