こちら!蟻の王国です!

秋葉夕雲

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第一章

25 糸車は回りだす

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 うっげええぇぇぇぇ。
 気分悪い。のっけから汚くてすまん。でも丸呑みにされたんだぞ? 気分がいいわけがない。
 しかもがっちり感覚共有してたから蛇の腸の感触が残っている気がする。うええぇぇぇぇ。
 久々に死の恐怖を味わったな。もし働き蟻に転生してたら今ので終わりだった。女王蟻に生まれ変わってまだラッキーだったかもしれない
 それにしても何で毒が効いた? 少なくとも噛まれてはいない。
 主にコブラ科に分類される毒蛇の中には毒液を飛ばす種類がいたはずだ。それがあの魔法の正体だ。地球の毒蛇なら皮膚に当たっただけで毒が回るはずはない。この世界の毒が異常に強力で皮膚に当たっただけで効果がある……いや違うな。一発目は直撃しなかったとはいえ飛沫は体に当たっていたはず。二発目だけが効果があったことを考えれば何らかの魔法の効果と見るべきだ。触った瞬間に毒が全身に回るとか? それだと二種類の魔法を使えることになっちゃうな。
 しかも探知能力が効かないってどういうことだよ。そのせいで不意打ち二発も食らったし。くそ、あの蛇だけイレギュラーが多すぎるぞ。
 それにしても巣が乗っ取られていたとはな。逆に言えばそれだけいい立地なはず。何としても取り返す。いやそれじゃあまだ甘い。あいつを殺して奪い返す。そうと決まればまず腹ごしらえだ。



 せっかくだから今日採ってきた生姜を使おう。ただ麻痺の魔法が怖いので部下に料理をさせよう。そのうちコック役を作るのもありだな。
 採取した生姜はやや小さいがそれでも蟻を麻痺させることはできるらしい。でかいやつの方が強力みたいだけどな。見た目だとこいつは他の植物の性質は混じっていないかな? でも植物って動物以上に色々な形があるから断定はできないな。
 そういえば地球でも生姜の原種ははっきりしてないんだよな。実はこの世界の生姜が地球に持ち込まれたんだったりして。ま、ただの妄想だけど。

 まずは葉を剪定鋏のようなもので切り取って隣の蟻に触らせてみる。
「動けない」
 うげ、本体から離れても魔法は発動するのか。やべえ、生で食べたら吐き戻すことすらできずに死んだかもしれない。驚いたことに細かく刻んだり、しぼり汁のような体液に触れても魔法が発動した。
 なら加熱してみるとどうなるだろうか?

 熱湯で湯がくこと数分。あら不思議! 触っても何も起こらない。加熱すると生物として"死亡した"と判断されるのかもしれない。アルコールや酸で処理するとどうなるんだろう。プチ化学実験みたいで楽しいな。
 しかしこの魔法は使える。例えば欠片やしぼり汁を矢につければ毒矢として利用できる。植物だから文句を言うこともない。ヒトモドキのように色々な魔物の力を借りることの第一歩だ。

 さてそれでは本番の根茎を調べよう。普段スーパーで売っていたり、食卓に上るのはほとんどこの根茎部分だろう。茎も食べられなくはないらしいけどオレは食べ方を知らないのでひとまず根茎を食べよう。それにしてもでかいな。地球ならこの割と小さい生姜でもギネスブックに載せられそうなほどでかい。まず一欠片切ってみて、と。
 土と刺激のある独特な香りは紛れもなく生姜だ。地球の生姜と比べるとこちらの方が鮮烈な香りを放っている気がする。蟻の嗅覚が人間より優れているからそう感じるのかもしれない。では湯がいてみるか。欠片をぐらぐら鍋で踊らせること数分。生姜の生姜煮完成! 料理じゃないだろそれ。
 ふんふんと鼻を鳴らして、いや触覚を揺らして蟻が香りを確かめる。生の方が香りを楽しめるかもしれないな。ちょんちょんと指でつついても変化なし。やはり加熱すると魔法は発動しない。これなら食べても大丈夫だ。がぶっと一口。
「んー生姜の辛味っっっ!!???……!・・?!???」
 な、ナニコレ???!! 辛!!! 辛いいいい!!
 あまりの辛さに七転八倒。ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。駄々をこねる子供のように転げまわること数秒。
「辛いわああああああああ!」
 ふう。ようやく声が出た。あまりの辛さに声を失っていた。いやちょっとまってまだ舌がひりひりする。この舌を刺すような、あるいは燃えるような痛みにも似た後を引く辛味。生姜の辛さじゃない。これは恐らく――唐辛子の辛さだ。なんで生姜にそんな辛さがあるんだよ!
 唐辛子の辛さはカプサイシンによるもの。生姜の辛味はジンゲロールやショウガオールが原因だったはず。要するに全く違う物質だ。なんてこった。この見た目は生姜の植物は生姜と唐辛子が混じった植物なのか? もしそうだとしたらそりゃめちゃくちゃ辛いはずだ。ひーひー、まだピリピリする。
 くっ、やむを得ない。これは決して自分の身が可愛いわけであって裏切ったりだましたりしたわけではない。というわけで感覚共有遮断。食った蟻よ、すまん。オレは一足先に解放されるよ。あーやっぱこの魔法便利だな。
 唐辛子と生姜か。どっちも香辛料だ。つまりこの植物が香辛料として優秀なのは疑いようもない。しかしこの辛味は現状で料理に使えるのか?いやいや。何事も工夫が大事。足りない頭でも考えることはできる。
 ぽくぽくぽくぽくちーん。よし閃いた! 焼き鳥ならぬ焼きネズミにしよう。

 ここからはオレ自身で料理をしよう。まず加熱した生姜をすりおろす。鍋に少しだけ水を張り、塩代わりの血を少し入れる。さらに生姜を入れてひと煮立ちさせる。これでタレは完成。生姜はそのまま食べると辛すぎるので水で薄める作戦だ。
 次にネズミを一口大に切ってそれを石串に刺す。ついでに香草モドキも刻んでおこう。その間にかまどを改造させて石網を敷く。さらっとこなしているけどかまどの形を変えるなんてかなりの重労働だよな。本来は。
 かまどの火加減は難しく、火傷を負った蟻もいる。それでも薪をくべたり空気を送り込むことを嫌がらないのはオレの命令を絶対遵守する性質故かそれとも単に美味いものを食いたいだけかなのか……。
 いずれにせよ火はパチパチと小気味よい音をたてながら肉を焼いている。ちなみにオレはネズミの皮で作ったタオルを少し濡らせてから手に巻きつけている。火傷なんてしたくないし。生姜対策も含めて手袋とかも必要かなー。まあその前に服が一着欲しいよな。いまだに全裸だしね。
 時折石串をひっくり返しつつタレをかける。肉とタレが焼ける香りがなんとも香ばしい。これは正直に言って期待できそうだ。

 よし完成。前に比べるとかなり料理らしくなったんじゃないか? では手を合わせていただきます。
「いただきます」
 蟻たちも真似をして手を合わせる。やっぱり情緒豊かになったよな。それはともかく食べろ食べろ!
 石串からひったくるようにネズミ肉にかぶりつく。
「辛っ!!! 薄めてもまだ辛いか!」
 でも悪くない。ところどころ焦げてるけどそれがまたいい感じだ。臭みも感じない、いや正確には辛くてくさみを感じる余裕なんてないのかもしれない。ちょっと残念なのはネズミ肉だと鶏肉のプリッとした食感やジューシーさに欠けることか。でも今までの料理未満の食事に比べると千倍ましだ。ヒャッホー箸、いや串が進むぜー。蟻たちも最初は戸惑っていたが、そのうちがつがつ食べ始めた。あっという間に完食。
 食後のデザートに干しリンを食べるとより甘さが際立つ気がする。うむ。まずまずの出来だ。しかし、

「白飯食いてえええぇぇぇえぇぇ! タレを回しかけながら焼きネズミと一緒にかき込みてええええ」
 おっさん臭いとなんと言われようとこの味ならご飯五杯くらいおかわりできるぞ! どっかに落ちてないか!? ない? ですよねー。
 しかも焼き鳥と言えば醤油だろ!? ここには塩すらない! こう、都合よく岩塩が埋まってたりしないのか? 無茶言うな? そだねー。

 生姜はそこそこ使えるがやはり主食には成り得ない。料理や毒矢以外の使い道は……あるな。例えば殺虫剤だ。この生姜に含まれている可能性が高いカプサイシンは大量に存在すると毒薬になる。カプサイシンは水には溶けないがアルコールや酢には溶ける。前作ったシードルにこの生姜を漬けておけば100%天然の防虫剤の完成! 強力だから目に入ると失明したり、植物を枯らす危険もあるらしい。
 いつまでもこの生姜とか異世界の生姜なんて呼び方はまだるっこしいな。辛い生姜だから辛生姜? それとも唐辛子の性質を持った生姜だから生姜らしとか? ……辛生姜だな。生姜らしはちょっとオヤジギャグっぽい。
 しかし農学の講義サボらなくて良かった。小学生くらいで転生なんかしてたら三日たたずに死んでいただろう。農学だけじゃない。生物学も化学も世界史も料理も役に立たない知識なんてめったにない。
 これから異世界転生するかもしれないみんな!しっかり勉強しろよ! まじで勉強しないと後悔するぞ! オレみたいに! まあ役に立たない知識もありますけどね。英語とか中国語なんてどうやって使うんだ。はー勉強して損した。

 焼き鳥で思い出したけど炭もいるな。炭で焼いた肉。想像するだけでよだれ出そう。さらに暖房器具として優秀だし土壌の改良や水の浄化が必要なこともあるかもしれない。一度体験学習で炭の作り方を学んでいるから作れなくはない。
 問題は煙だな。鷲や人間にこの巣の位置を悟られるのは避けたい。煙をなんとかして……あ、とそっか。炭焼きの煙は木酢液とタールになるんだ。上手いことドームで覆ったりすれば煙も隠せて木酢液なども手に入るかもしれない。でもこれらの道具は武器には成り得ない。蛇を倒すにはもっと別の武器がいる。
 正直今の戦力で蛇を倒すのはかなり厳しい。単純に蛇が強いのはもちろん、探知能力が効かないから敵の数が全く分からないのも厳しい。
 ただ朗報もある。蛇の毒弾は蟻の土の魔法と相性がいい。何故なら蛇の毒では決して土の鎧や壁を破壊できないからだ。
 この世界の魔物は恐らく一種につき一つの魔法しか使えない。そのため魔法による相性はかなり戦闘に影響を与える。問答無用でこっちのガードを破壊してくる蟷螂やヤシガニには相性が悪いが、蛇の魔法ならきちんと土の鎧を纏えばかなりの確率で無力化してくれるはずだ。
 しかしそれでも蛇の巨体から繰り出される攻撃を防げるかどうかは怪しい。どれだけ鎧を纏っても衝撃の全てを無かったことにはできない。つまりどれだけ敵の近接攻撃を無力化しつつこちらの攻撃を当てられるか。打たせずに打つ、戦術の基本にして極意を実践しろということだ。それができたら誰も苦労しないっつーの。
 うーん。やっぱり飛び道具を強化しなければ。スリングは命中率が低い。石を振り回さなければならないため、周りに木があったり、味方がいると使いづらい。ヤシガニとは違いアウェイで戦うことになるためもう少し取り回しのいい武器が欲しい。
 やっぱり弓だな。いろいろ試したけど今入手できる材料では前より多少強い弓にしかならない。弓を強化する方法はいくつかあるが一番手っ取り早いのは偵察中に見つけたこの糸だ。
 この糸はせいぜい輪ゴム程の太さなのに恐ろしく頑丈だ。ゴムのようによく伸び、それでいてどれだけ伸ばしても一人分の力ではちぎれない。現代ですらこれほど頑丈な糸はそうそうお目にかかれないだろう。これを使えば間違いなく強力な弓ができる。
 この糸を作ることができる生物は誰もが知っている。見たことがない人間はそういないだろう。次のターゲットはこれを作ることができるあいつだ。



 数日後、オレは蟻たちをある場所へと向かわせていた。あの糸を見つけた更に奥へ、魔物の反応があるその場所へと。
 樹上に張り巡らされた糸はさながら城のように難攻不落だろう。そしてその城に鎮座する一匹の魔物は黄色と黒のまだらの8本足と黒い8つの目を持つ。もうお分かりだろう。

 こいつこそ―――蜘蛛だ。


 そしてオレの初めての戦いが始まった。自分の意思で自分から攻め込んだ初めての戦いだ。身を守るだけでなく、自らの利益を求めての闘争を開始した。人のように、あるいは蟻のように。
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