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 ユアンはずっとゼシーを見ていた。とはいえ、学園で見かけられる場所は限られている。ゼシーは食堂を使わないとか、この時間は講義室を移動するからあの廊下を通るだろうとか、図書室だとどのあたりに座っていることが多いとか。そんなことを、少しずつ知っていった。ゼシーはいつでも一人で、常に前を向いて背筋を伸ばしていた。広いけれど、薄い背中は寒々しく、痛みさえ覚えるくらいに高潔だった。
 ゼシーは近くでも遠くでも、誰のことも認識していないようだった。どんなにユアンが見つめていても、ユアン以外の人間が近くで睨んでいようとも、誰のことも見ているようで見ていない。だからユアンは、ある意味安心してゼシーを見ていることができた。それにゼシーはどんどんやつれていっているように見えた。背筋の伸ばし方は変わらない。前を見る瞳の強さも変わらない。なのに身体はますます薄くなっているように見えた。病的な儚さに、ますます目が離せなくなっていった。

 だからおかしいと気づいたのは、ユアンが一番初めだったはずだ。

 いつでもしわの寄っていた眉間はなだらかになり、微笑んでさえ見せる。いや、微笑みというにはもっと豪快で、年相応のもの。友人たちとふざけて口を開けて笑うようになったのだ。
 あれは誰だ。
 ユアンは震えが止まらなかった。
 誰だ、と思った相手がその友人だったのか。ゼシーに対してだったのか。
 ユアンの知る限りゼシーには友人はいなかったが、その変化が見られた日にはもう大勢の友人ができていた。ユアンは知っている。本当は、ゼシーと親しくなりたい人間は多い。あの美しさと、公爵家令息の肩書き。皆がゼシーを嫌っていたのは、そもそもが恋情で近づいて手酷くあしらわれたからだ。手に入らない葡萄を酸っぱいものだと思い込み、自分の感情から目を逸らしていた。だからふいに目の前に甘く差し出されれば、あっという間に陥落してしまう。
 ユアンは、まるでゼシーのしわが移ったように、眉間に不穏をにじませ思い悩んだ。
 あれはゼシーではない。
 ユアンはずっとゼシーを見ていた。ゼシーの癖や行動を、ある程度把握していた。褒められたことではないが、そうすることをやめられなかった。
 ずっと見ていた。あんなふうになりたいとひどく憧れていた。
 だからわかる。
 あれはゼシーではない。

 ならゼシーはどこへ行ったのか。

 あのゼシーが、今成り代わっているゼシーと呼ばれている誰かが、何か危害を加えたのではないだろうか。だからいま、こんなことになっている。ユアンは疑いはしたが、誰かにそれを相談することはできなかった。
 もともとゼシーは嫌われていた。性格が変わったことを行為的に受けとめられているくらいだ。改心したんだろう、なんていう人も少なくない。
 ちがう。ユアンは歯噛みする。ゼシーは改心なんて必要なかった。いまのゼシーは、あれは、ゼシーじゃない。
 だがどうやってそれを、誰に訴えればいいのだろう。
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