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恋人

意外な繋がり

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 小鳥とは、学科が同じで同級生と言うこともあり、大体の講義は被っている。だがさすがにすべてではない。今日は珍しく、小鳥が受けていない講義の日だった。最近はどこへ行くのも小鳥が一緒だったので、なんだかひとりで廊下を歩いているというのが不思議だ。薄羽は思う。初めて見たときは目を奪われて、いまでもふとした瞬間に見入ってしまうのに、いなければ違和感を覚えるほど馴染んでいる。

「あ。相沢じゃーん」
「河名。おはよ」
「おっす」

 講義室前で出くわしたのは、河名だった。朝一の講義だからだろうか、あくびを何度も噛み殺しながら、目を擦っている。

「なんか、久しぶり?」
「おー。そうかも」

 河名はくああっと最後に大きなあくびをすると、ようやくしっかりと目を開いた。夏休みに入る前までは、小鳥を見かけるとすぐ近寄るくらいの距離感だったはずなのに、最近は視界にもあまり入らない。小鳥とは、もとより仲が良かったわけではないが、喧嘩などもしていないはずだ。そういうこともあるか、と思っていたが、ほんの少しひっかかるものがある。夏休み明けの一日目は、同じように話しかけてきていたからだ。
 いまでは、河名がいないぶんというわけではないだろうが、葉山がよく話しかけてきている。葉山はやはり社交性が高く、小鳥が返事どころか一瞥もしないのに気にした様子はない。そんな態度を取られても、薄羽を挟んでほがらかに笑むばかりだ。
 薄羽の知っている女子というのは、ずけずけものをいうタイプが多かった。薄羽を恋愛対象に見ていないからだ。ちゃんと相手によっては態度を考えている。女子から見たら、薄羽はハムスターのような存在でしかなかった。
 葉山のように朗らかに接してくるタイプは初めてで、薄羽はどう考えていいのかわからない。わからないながらに、葉山は、もしかして小鳥のことが好きなんじゃないか、ということに最近ようやく気づいた。だからさして親しくもない薄羽に話しかけてくるし、小鳥を見つめている。
 そう考えると、胃の辺りが重くなる。
 小鳥が好きなのは薄羽だ。付き合っている。だがそれを、誰かに言うつもりはなかった。小鳥が目立つ存在であることもそうだが、男同士で付き合っていることを公言したときにどうなるのか。テレビで見るばかりだった、アウティングによる事件のニュースが身近に感じられる。
 だが、黙ったまま葉山が小鳥に近づくのを見ているのも卑怯ではないのか。薄羽は溜息を吐きながら、鞄を置き、椅子を引いた。隣で河名が同じように、ゆったりと座っている。

「相沢疲れてんの?」
「いやちょっと考え事。河名、今日はこっち座るのか?」
「うん。あ、てか、相沢、今度あいつら紹介していい?」

 あいつら、と言いながら河名はいつも一緒にいる面々のほうを指し示した。薄羽が振り返ると、ちょっと大袈裟なくらいに手を振っている。薄羽は自分も大袈裟にふり返す。河名は友人たちに変顔をしたり中指を立て合ったりと、ひとしきジェスチャーでのやりとりを済ませてから薄羽へ向き直る。

「紹介ってわざわざ言われるとへんなかんじ」
「コーくんの懐刀! ってみんな興味津々でさ」
「懐刀?」

 薄羽は眉根を寄せた。小鳥を守るために誰かを攻撃した覚えはないのだが。首を捻る薄羽を前に、河名が笑いながら手をひらひらと振り否定した。

「そういうんじゃなくって。コーくんがめちゃ背ぇ高くて、相沢が小さいだろ?」
「いやこれから伸びるし。え、なに、サイズの話なのか?」

 河名は笑って誤魔化している。身長が伸びると主張する薄羽から目まで逸らした。

「小鳥の近くにいるのは知られてるのか」

 思わずというように薄羽が零すと、当然だろうと河名が呆れた顔を見せた。

「コーくんと一緒にいたらそりゃ知られるっしょ」
「小鳥が目立ちすぎるから。おれのことは視界に入らないと思ってた」
「あーね。それはある」

 ノートを見ていいかと断りを入れ、河名が薄羽のノートをペラペラと捲る。この講義は試験にノートの持ち込みができるので、薄羽は欠講気合いを入れて書いている。そのせいだろうか、河名が感心したように、いいな、と呟いた。

「相沢って真面目だよな」
「どういう意味だ?」
「悪い意味じゃなくて、コーくんも真面目だって分かったからさ、だからふたり気が合うんだろうなと思ったんだよ」

 河名は礼を言い、薄羽にノートを返す。
 薄羽は河名をまじまじと見返した。なんだよ、と言われて首を振る。河名は、小鳥を利用しているそぶりを見せたこともあったが、いまはどうなのだろう。薄羽はどう聞いたものかと考えつつも、結局は直球に尋ねた。特に、河名に対して思うところはなかったからだ。

「最近は小鳥の近くにいないんだな」

 訊かれると分かっていたのか、河名は苦笑しながらも頷く。

「美篠、あ、いや、ハヤマサンが最近一緒にいるだろ?」
「あ、ああ……」

 当然のように名前を呼び、そのあとに名字で呼び直したが妙にわざとらしい。先日も同じように、河名は美篠、と名前で呼んだのではなかったか。

「元カノなんだよね。って言ってもほんの一瞬くらいの付き合いなんだけどさ」
「あー、じゃあ、気まずいとかか」

 薄羽は恋人と分かれたことはないが、想像することくらいはできる。葉山も河名も表立って険悪ではないが、一緒に笑い合う心境にはならないのだろう。
 だが、それもあるけど、と河名は言いにくそうに口を開いた。

「付き合ってたときも、別れたときも、変な噂が立ったから。それでみし、ハヤマサンに近寄りたくない」
「変な噂?」
「ヤリチンで二股三股してるとか、俺の浮気が原因で破局したんだとか」

 どこかで聞いた噂だ。どこでだったか。思い出せずに薄羽は顔を顰めたまま、浮気したのか? と訊ねる。

「してないしてない! お互い知り合ってすぐ付き合ったら、なんか違うかも? ってなっただけなんだって」

 河名の慌てぶりに薄羽は思わず噴き出してしまう。確かに、河名は見た目は派手だ。だが一緒にいるかぎり、女っ気がまるでなかった。薄羽や小鳥と一緒にいるか、他の男友だちとふざけあって笑っているところしか見ていない。

「……葉山さんが、別れた原因をそう言った、とかなのか?」
「いやー、ハヤマサン、取り巻きって言ったら悪いけど、人気があるから、周囲の人間が俺を貶めたくてそう広めたんじゃない?」

 なるほど。薄羽は納得する。噂を広める人間は、それが本当でも嘘でも構わないのだろう。だから、大袈裟なくらいの噂を立てる。そこまで考えて、ハッと薄羽は顔を上げた。

「あっ!」
「あ?」
「おれ、ヤリチンがいるって噂聞いたことあった!」

 秋川が散々言っていた、芸能人みたいな噂の酷いホストのような男。あれだけとんでもない噂だ。近づきたくないというのも当然かもしれない。
 河名は頭を抱え、机に突っ伏した。

「マジか。相沢もかあ」
「でもそれが河名とは思わなかったな。そういう雰囲気、なかったし」

 薄羽が慰めるでもなくそう呟くと、ちら、と河名は机から顔を上げた。ありがと、と深く溜息を吐いている。

「まあ入学直後くらいだけだったから。あとは俺が大人しくしてれば消えると思うんだけどさ」

 河名の諦めにも似た吐き出しに、薄羽は何かが引っかかった。だがそれを追う前に講義が始まってしまい、その何かについてはすっかり忘れてしまったのだった。
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