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恋人

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 ぱちっと目が開く。薄羽は自分の頬が何か硬くてぺったりとしたものにくっついていることに瞬きした。硬いけれど、それほど深いではない。部屋が暗い。いつ寝たんだっけ。今日は何曜日だっけ。
 考えながらまだはっきりしない意識を楽しむようにまどろんでいると、そっと前髪をかき分けられた。

「薄羽」
「……っわ!」

 急に何が起きていたか、それこそ寝る前までの意識が戻り、薄羽は狼狽える。こんなに暗くても、はっきり顔の造形が見えるくらい小鳥の顔が近い。こんなことで照れるどころではない姿を見たり見せたりしたはずなのだが、それでもやっぱり小鳥の顔は威力が高い。
 自分が顔を押しつけているのは、小鳥の腕だった。それは確かに硬くてぺったりしているはずだ。

「起きた?」
「おき、起きた……」
「水飲める?」
「うん」

 頭の下から小鳥の腕が抜かれて、枕をあてがわれる。これはこれで、いつものものだからほっと力が抜けた。
 小鳥は薄羽の横から抜け出し、足をぺたぺた言わせながらキッチンへと向かう。上はまだ裸のままで、暗い中にぼんやりと美しい肩甲骨が浮かび上がっている。そこにある傷、というほどではないが、引っ掻かれた痕に、薄羽は一瞬、小鳥の家には猫がいたんだっけ。と考えてしまった。両側に、まるで抱きついた拍子についた、ような。

「おれか!」
「なにが?」

 ペットボトルの水を差し出され、薄羽は礼を言いながら受け取る。キャップを開けるなり、半分以上を一気に飲んでしまった。

「いや、背中、痛かったりしない?」
「別に? 何かある?」
「痛くないならいい。いい。水ありがと!」

 また礼を言い、手を振って話を誤魔化す。いまさらながらに気づいたが、薄羽はシャツとハーフパンツを着ている。汗やら何やらはしっかり拭われているようだった。薄羽は途中からの意識がほとんどない。あるけれど、ほとんどふわふわと現実味のない場所へ押し上げられていて、覚えがない。気づいたら寝ていたという状態なので、後始末も、着替えさせてくれたのは小鳥ということなのだろう。

 小鳥をセックスした、ということをまざまざと理解する。布団を被ってわーっと叫びたい。自分が最中に何を言ったのか、何をしたのか、何を見られたのか。思い返すと正気でいられない。小鳥がどうしたの? と怪訝げな顔をしているのが薄羽は薄羽は不思議だ。どうしてそんな冷静でいられるのか。
 したのか。
 もし小鳥がおらず、ひとりで寝ていたのなら現実とは思えなかったかもしれない。それくらい現実味がない。
 そう考えてから、いや、現実だ、と薄羽はしみじみする。足腰の、普段使わないようなところが軋んで痛む。指先にうまく力が入らない。あと尻。尻だ。痛いというわけではないけれど、熱を持っている。
 尻のことを考えると、薄羽は居たたまれなくなり、やはり布団をひっかぶりたくなる。まさかあんなところを懇切丁寧に弄られるとは。自分でも見ていないし、誰かに見られるなんてここまで生きてきて考えたことはなかった場所だ。
 いやセックスするか、となったときに弄られるというのは分かっていたけれども。そもそも入れられるようにするのにあんなにかかるとか、舐めるとか、そんな舌が。あの小鳥の。
 薄羽は思わずばしっと両手で自分の顔を覆った。これは考えすぎてはいけない。熱のある場所の奥が変に疼いてしまう。

「薄羽?」
「はっ!」
「大丈夫? 体調悪い?」
「いや、もうぜんぜん! ぜんぜん……ってことはないけど」

 小鳥が覗き込んでくるのを、手を勢いよく振って否定することしかできない。むしろなぜ小鳥はこんなしっかり顔が見られるのだろう。薄羽は小鳥の顔を見るだけで色々いっぱいいっぱいだ。目が見られず、思いっきり逸らした。

「薄羽?」
「ん、んん」

 声がかすかすでうまく話せない。薄羽はこほん、と咳き込み、喉を整える。

「あの、小鳥がおれのこと拭いてくれたんだよな。シーツも換えてくれたんだろ? ありがと」
「ううん。無理させたから」
「いや、無理ってことは、えっと、なぃ……けども」

 薄羽はペットボトルの水の残りを喉に流し込み、首を振るような曖昧な仕草をした。

「いまって何時?」
「五時だよ」
「えっ。そうなの? もっと夜かと思った」

 こんなに暗いから。思わず薄羽は窓へと顔を向ける。カーテンは閉まったままだ。だが見なくても、口を閉じるだけで分かった。雨の音が聞こえる。それから、遠くで鳴っている雷の音。

「雨か」

 薄羽が独りごちると、小鳥が少しカーテンを捲ってみせた。そういえば、夕立が来ると天気予報が言っていたのだった。ゲリラ豪雨。いまがちょうどひどいときだろうか。
 薄羽が納得すると同時に、小鳥はカーテンを閉めた。

「電気つける?」
「んー。もうちょい」

 ペットボトルのキャップをしっかり閉めると、薄羽はまたごろん、と布団の上に転がった。まだ体力が戻りきっていない。気だるさがある。

「小鳥はもう眠くない?」

 一緒に寝ようとばかりに薄羽が隣をぺしぺしと叩くと、小鳥は一瞬固まり、ぎこちない動きで膝をついた。

「あの、薄羽、いやじゃなかった?」
「やじゃなかったよ」

 薄羽は目を瞬いた。小鳥はいまのいままで平然としていたから、気にしていないのかと思っていた。事の最中だってそうだ。小鳥がどう思っているか、どう考えているか。そんなことを考える余裕は薄羽からは消え去ってしまっていたが、小鳥は小鳥で、それほど余裕はなかったのかもしれない。そんなことにいまさら気づく。

「正直、めちゃくちゃ恥ずかしかったし、痛かったし、こんなことすんの!? って思ったけど」
「痛かった?」
「そこかよ。サイズ的にそれは、なんだ、しゃーないんじゃん」

 小鳥がおろおろと痛みを訴えた場所を見ようとしてくる。薄羽はストップストップと両手でその胸を押した。

「いやではなかった」
「え?」
「だから、つまり、よかっ……えっと、きもちよかったっていうか」
「……じゃあ、恋人になってくれる?」

 小鳥が上目遣いで訊ねてくるので、小鳥は一瞬首を傾げてしまった。小鳥は上目遣いも似合うということを考えていたら、何を一瞬言われたのかわからなかった。分かってからもよくわからない。

「え?」

 そういえば、そういう話だった。薄羽が微かな疑問が零れただけで、小鳥の纏う雰囲気が重くなる。

「えっとよろしくお願いします? え? おれと小鳥が付き合うのか?」
「うん。よろしくね薄羽」

 小鳥に抱きつかれ、薄羽はふにゃふにゃと返事をした。薄羽としても、小鳥が好きだ。問題はないのだが、セックスのイメージが自分が思っていたよりも激しく、付き合うというところと結びつかない。
 とはいえ、付き合うということで、いままで一緒に過ごしてきた時間のやりとりが変わるわけではないだろう。薄羽は問題をひとまず見ないことにした。

「小鳥は時間大丈夫か? 腹減ってない?」
「うん。いや、あの……」
「悪い。これ、一人用のやつだからはみ出ないか?もっと近く寄った方がいい」

 もしかしたらさっき寝ているときも、だいぶはみ出ていたのではないだろうか。薄羽はしっかり布団の中にいたので、小鳥はほぼ布団に入っていなかったのかもしれない。夏だからよかったが、冬だったら風を引いているだろう。
 小鳥の家で見た小鳥のベッドは、体格に見合ったサイズだった。それを考えれば、この薄羽にちょうどいい布団に小鳥が収まるはずもない。
 ベッドを買い換えることは難しいが、布団を買い足すことはできるかもしれない。今度近所の家具量販店に、小鳥と一緒に行ったほうがいいだろう。薄羽は思う。
 思いながら、薄羽は身じろいだ。ふたりの間に気まずい沈黙が落ちる。

「……小鳥、また勃ってない?」
「……俺もびっくりしたんだけど、薄羽に触っていいと思ったら、勃った」
「なんで?」

 小鳥が苦笑する。頬をすりっと撫でられて、そんなことをされたのは本当に今日が初めてのはずなのに、当然のようにすり寄ってしまった。

「薄羽のことがすきだから」
「お、おお……」
「薄羽のことがすきで、さっきも、薄羽と初めてできてうれしかったから」
「うう……」

 小鳥の言葉は飾りがない。朴訥なほどに素直だ。そのぶん取り繕おうとする薄羽に鋭く突き刺さる。
 何より、そう素直に伝えられることがぜんぜんいやではなかった。
 薄羽の腿に当たっているこれが、自分を貫き、蹂躙したのか。薄羽はそう考えたせいか、意識がすべて腿に集中してしまう。小鳥はしっかりしている。気遣いもあって、優しさがある。誰にでも向けられるものではないが、薄羽にはしっかり与えてくれている。
 それなのに止められないんだ。そう思うと、背筋がちりちりと震えた。
 薄羽は寝返りを打つ。いいとか悪いとか、口に出しては言うのは難しい。期待するように見つめている小鳥を、薄羽も見返す。きっと同じような目をしているのだろう。
 部屋の明かりを付けなくてよかった。薄羽は小鳥の目を見たまま、そのペニスをそっと握る。
 時間はいいのかと聞こうと思ったのに、すっかり頭から飛んでいた。部屋が暗いから、なおのこと鼻がしっかりと小鳥のにおいを捉えるようだった。雨のにおいに馴染んで、重く薄羽の下腹に響いた。
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