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友人

仲良くなるときのルール

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 最近は気温が大分高くなってきて、そろそろ衣替えかと薄羽は考えていた。引っ越しのときの荷物整理が適当だったから、ちゃんと夏服が見つかるかが不安だ。薄羽はふあっとあくびをしながら、空を見上げた。今日は昼前の、この時間の講義がないので暇だ。混む前に食堂に行こうとスマートフォンをポケットから取り出す。秋月たちや、小鳥は選択科目を取っている日だったか。誰か一緒にメシ食うかなとメッセージを確認する。小鳥が今日の日替わりランチオムライスなんだよね、なんて昨日言っていたなと思い出す。
 じゃあおれはカレーでも食べようなんて思いながら、薄羽はまたあくびをした。それくらい気が抜けていた。
 だからちょっと! と鋭い声と腕を掴む強い力に、ものすごく驚くことになった。

「うおっ」

 つんのめったが、なんとか堪えて振り返った先には、細身のかわいらしい女子がいた。爪が長いのか薄羽の腕に食い込んでいてたいへん痛い。
 薄羽はもともと身長が低めだ。ヒールを履いている女子には身長を抜かされることもある。今日は同じくらいの身長だった。だがぐいぐい引っ張られれば、踏みとどまりきれない。

「えっ。誰?」
「アンタに言いたいことがあるの!」
「はえ……」

 誰だよ。
 薄羽はもう一度訊ねたかったが、それよりも相手の剣幕が激しいあまり疑問を飲み込んでしまった。ヒールで足を踏まれかねない雰囲気がある。

「コーくんにベタベタしすぎ! ほんっとアンタ邪魔なんだけど!」
「コーくん? ……もしかして小鳥のこと?」
「何呼び捨てにしてんのよ!」
「イテッ」

 足は踏まれなかったがすねを蹴られた。驚きすぎて薄羽はもはや言葉もない。いままで誰かと喧嘩になったところで、そんなことされたことがない。

「コーくんが優しいからって調子乗らないでよ! ちょっと声かけられたくらいでうろちょろしやがって!」
「う、うろちょろって、いや友だちだし普通に」
「はあ!? そんなわけないでしょ!」
「ええ……」

 なぜこんなに怒鳴られなければならないのか。怒ってもいいところだと薄羽も思うのだが、とにかく相手がキンキン怒鳴るのを止めさせたい。おそらくまともにこちらの言葉が届かないだろう。薄羽はとりあえず相手に向き合う。
 いまは講義のある時間だが、食堂が近かったからだろう、学生も多い。相手の声が大きすぎて、ちらちらと何人かが振り返っている。誰か共通の知り合いでもいれば、仲裁してもらえるかもしれない。薄羽は思ったが、探す前に聞いてるのか、と更に怒鳴られて諦めた。

「コーくんと仲良くなるにはルールがあるの! ルールも守ってないアンタが友だちとか簡単に言わないで!」
「ル、ルール?」

 ルールってなんだ? 薄羽は首を傾げる。小鳥はそんなルールの話はしていなかったし、誰かと親しくなるためのルールなどと言われても、薄羽は理解ができない。
 わかったかと訊ねられたところで頷くこともできない。

「あのー、結局きみは誰なの」
「コーくんのカノジョよ!! 決まってんでしょ!」

 怒鳴るだけ怒鳴り、カノジョと言い切った女子は薄羽の腕を振り払うように離した。空いた手で自分の胸の前で腕を組むと、フン、と薄羽に向かって鼻を鳴らす。

 決まってるのかなあ。薄羽は頬をかくしかない。とにかく間近で大きな声で散々怒鳴られ、耳が痛い。相手のほうも怒鳴り疲れているのではないだろうか。最後はもはや声が枯れていたし。

 カノジョと言って名乗りもしなかった相手は、結局薄羽の返事を必要としてはいなかったようだ。ヒールをガツガツ鳴らしながら去って行った。
 思い返してみれば、小鳥と一緒にいるとき、薄羽を睨んでいる面々の中にいたかもしれない。どうだろうか。薄羽も、睨まれているときだったので、ぼんやりとしか相手の顔を把握していない。

「小鳥のカノジョかあ……」

 確かに友だちはいないと言ったが、カノジョがいないとは言っていなかったな。薄羽はスマートフォンを顔の前に掲げ、小鳥とのメッセージ欄を見ながらどうしたものかと溜息を吐いた。
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