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 どうしていままでわからなかったのかが不思議だ。
 竹野にとって、小槙はずっと眩しい相手だった。いつも明るくて、自信に満ちている。好意というよりも、憧れに近いだろうか。
 図書館で微かに結ばれた縁は、小槙が繋ごうとしなければ、切れてしまっていた。あのときは、まだきっと諦められた。時々振り返りながらも、いい思い出として消化することもできた。けれどいまはどうだろうか。竹野は少し考えただけでも首を振ってしまいたくなる。むりだ。

 いまでも小槙は、竹野にとってずいぶんと眩しい相手だ。好きだと言われればそわそわする。時々自分が隣にいていいものかと不安になることもある。だがもう手放せないのだった。そうできるのなら、こんな必死に媚薬を買い求めたりなんかしない。

「こまき」

 手を伸ばし、竹野が抱きつくと小槙はためらいなく受け止め、抱きしめ返す。それが当たり前のようで、竹野は笑ってしまう。両の手で小槙の頬を挟んだ。自分の指先よりもずっと温かい。竹野はもう、この体温も当たり前に知っている。
 くちびるを重ね合わせ、舌を潜り込ませると、小槙は一瞬目を瞠ったようだった。この至近距離で視線を交わす。竹野は自分から深くキスをしたのは初めてかも知れない、と気づいた。小槙の反応もそうだが、このあとどうしたらいいのかわからない。小槙はいつも、どうしていたっけ。

 舌先で小槙の歯を舐めると、がば、と食べられるかと思うくらいに喰らいつかれた。小槙の舌はするりと竹野の舌の側面をくすぐり、器用に絡んでいく。いま、自分の舌がどうなっているのか、小槙の舌がどうなっているのかもわからず、ふっ、ふっ、と鼻から息が漏れる。いつの間にか後頭部も押さえられ、竹野は縋り付くように小槙の胸元をぎゅっと握ってしまっていた。

「ふっ、んんぅ……」

 くちびるが離れるなり、ぷは、と息を吐いてしまった。明らかに空気は足りない。竹野がぜいぜい必死で呼吸していると、小槙が大丈夫かと訊きながら後頭部を撫でた。

「竹野、ちょっと熱が出てるんじゃないか? 媚薬のせいかな……」
「媚薬じゃないよ」

 媚薬じゃないんだ。竹野はようやく、どうして、ひとりで部屋で試したところで無駄なのか、わかった。最初は分からない。けれどいま、ここで小槙に対して触れたくて触れたくて身体が熱いのは、媚薬のせいじゃない。

「小槙が好きだから、こうしたい」

 そのまま小槙の背中に手を回し、懐くように肩口に頬を寄せた。もうほとんど小槙の膝に乗ってしまっている。重いだろうか。竹野が体を一瞬離そうとした瞬間に、小槙はなぜかがばっとシャツを腹から捲りあげ、脱ぎ捨てた。

「えっ、どうし」
「ごめん」
「わっ!?」

 ぐるんと視界が回転し、竹野は一瞬の浮遊感に目を瞬かせた。後頭部と腰にがっちりと手が回っていたため安定していたが、さすがに驚いた。頭の下が少しばかり柔らかいのは、小槙のシャツだろう。脱いだばかりでほの温かく、小槙のにおいがする。頭の芯が痺れるようで、ぽーっとする。においに意識が集中したのかもしれない。

 知らず手を上にあげて小槙のシャツを指先でつまんでいると、竹野の服も脱がされてしまった。小槙の身体がすり寄せられ、素肌って気持ちがいいんだ、と竹野は初めて知った。そして何もないことの心許なさに、小槙と見つめ合いながらも、シャツを強く握る。急に緊張して来て、心臓のドッドッと大きく鳴る音が耳に届くような錯覚がある。

「竹野」
「な、なに……うわっ」
「ちょっと勃ってるね」

 小槙が指摘した通り、竹野の性器は膨らみ、少し硬さを持っていた。柔らかく握られ、指先でなぞられて竹野の腰が浮く。だって、と言い訳みたいに言葉が口を突いた。

「だって、何?」
「だって小槙のにおいがするから……小槙?」

 だからこうやって反応してしまうのは仕方のないことだ。竹野の主張に、小槙はぐう、と呻いて沈黙した。倒れこむように竹野の胸から脇の辺りに顔を埋める。くすぐったい。

「小槙? どうし……ひゅああああっ!?」

 顔を覗き込もうとした途端、ちゅうっと強く吸い付かれ、竹野は自分でもびっくりするほどの大声をあげてしまった。変な声が出てしまったと、思わず口を押さえる。はあ、と小槙はそのまま息を吐いた。やっぱりくすぐったくて、竹野は身体を揺らした。

「危なかった」
「なにが」
「俺のにおいがするとか……竹野がかわいいから」

 竹野は口をへの字に曲げる。だって、小槙の部屋で、小槙のシャツを敷いている。それに、ここに小槙がいるのだからにおいがするのは当然だ。竹野にとって、小槙のにおいは小槙と同じように不思議なものだ。落ち着くのに、そわそわする。

「シャツがあるから、におい、するし」
「うん。わかってるけどさ。俺はそれをかわいいと思ったんだよ」

 かわいいと言われるとむずむずして落ち着かない。少なくとも、成人すぎた男子に言うことじゃないだろうと思いつつ、それが嫌ではなかった。
 たぶん、小槙が竹野に対してかわいいと口にするとき、その目に熱が孕むからだ。かわいい、かわいい、とキスをされるだけで、竹野はどれだけ小槙が自分を好きなのか伝えられているみたいに感じてしまう。

「ここからあまいにおいがする」
「あっ」

 小槙は、竹野の脇腹を噛むように舐めた。ちょうど媚薬がかかっていたところかもしれない。竹野はそわそわと手を伸ばし、小槙の頬を撫でた。

「あの、そこ、たぶんあれがかかったところだから……売ってるとはいえ変な薬だったら」
「大丈夫だよ。ちゃんと先輩に確認してるし、パッケージも見たから」
「見たんだ」

 見たよ。応える小槙の声は少しばかり拗ねているようだった。めずらしい。竹野が首を傾げていると、小槙は自分に触れている手のひらにちゅっとキスを落とした。

「俺だって、竹野としたいと思ってたから、調べたりしたよ。準備も」
「う、うん……えと」
「うん」
「あの、僕も、したかった……」
「うん。いま、してるね」
「うん。よかった」

 つい目を合わせ、息を吐くように笑ってしまう。ふたりきりなのに、静かに共有された微笑みだった。
 手のひらをそのままちろりと舐められ、竹野はくすぐったさに身を捩る。知らず小槙の口元に胸を差し出してしまっていたようで、ここも、と乳首にちゅっと吸い付かれた。

「あっ」

 片方をこそぐようにねぶられ、もう片方を指先で挟まれて転がされる。そんなところ、存在になんの意味もないと思っていたのに。くすぐったくてむずがゆく、落ち着かない。やわらかかった皮膚が、引き攣れ、硬くなるのが分かる。身体を捻ると小槙の歯が当たり、しびびっと電気が走るように痺れた。

「んああっ!」

 気づくと腰が浮いていて、身体が反ってがくがくと震えていた。竹野、竹野、と小槙が顔中にくちびるを当てる。はっ、はっ、と短く呼吸を繰り返しながら、竹野はなんとか小槙と視線を合わせた。いま、何が起きたのか。

「イった?」
「イっ……た?」

 自分の身体がどうなっているのか、自分でもよく分からない。指先を動かすにもうまく力が入らないくらいだ。だが、まだ前が痛いくらい張り詰めているのはわかる。

「出てはいないかな」

 ぬるっと根元から絞り出されるように握られ、待って、と竹野は歯を食いしばる。とぷ、と粗相するように先から粘液が零れて行くのが分かる。それを追うように小槙の指が、ゆっくりと竹野の陰嚢の裏を撫で、きつく口を閉じた窄まりへと触れた。

「あっ、小槙……」
「入れてもいい?」
「ん……でも、入らないかも」
「ん?」

 話ながらも触れたままの指が気になり、竹野はもぞもぞと身体を揺らした。指は離れない。

「自分で試したときは、入らなかったから……」
「試した?」
「ん?」

 小槙の声が低くくぐもって感じられ、竹野は曖昧に頷く。かと思えば尻の狭間をゆっくりと上下する指に気を取られる。

「試したの? 自分で」
「だってセッ……クスするってそ、そういうことかと思ったし……しり、尻はい、入らないとって……」
「竹野、ごめん、入れるね」
「え? ぅあっ……あ、あひっ」

 じゅぷ、と液体の音がしたかと思うと、性急に指が押し込まれた。ごとん、と透明な液体が入ったボトルが床に放られたのが分かる。目を凝らすまでもなく、ローションと記載されているのが見えた。いまさらながら、自分だってしたかった、準備をしたと口にした小槙の言葉を実感し、竹野は内心じたばたと暴れたくなる。
 だが実際には暴れる余裕はなかった。ずいぶんな質量のものが身体のなかに潜り込んできて、息を吐いては呻いてしまう。思わず恨めしげな声が漏れた。

「ふ、ふとい……」
「竹野……」

 自分もいっぱいいっぱいだが、小槙もなんだか息を詰めている。
 入ってきた指は先端だけだ。馴染ませるためか、入り口の辺りを揉んでいる。ちゅぽちゅぽと出し入れされているだけだと分かるのに、排泄感があってひどく羞恥心が刺激される。入り口付近の粘膜を指の腹で擦られるだけで、どっと先端から零れる液体の量が増す。

 指がゆっくりと根元まで押し込まれる。自分のものではない指がなかに入ってくる感覚が不思議だ。竹野は頭を上げてそこを見ようとしては、射精してしまいそうな刺激に頭を小槙のシャツに擦りつける。小槙がつらいかと訊ねながらキスをしてくるのに、苦しいながら応えてしまう。大丈夫、と自然と返していた。

 耳をかじられ喉を晒すように身体を反らせば乳首を食まれ、あちこち吸い付かれている。気づけば先しか入っていなかったはずの指はぐっぽりうまっていて、本数も増えていた。

「あっ、そこ、そこっ、だめ、イくっ」
「うん」

 だめだという竹野に頷きながら、小槙は竹野が強く反応したところを刺激し続ける。まるでペニスを奥から叩かれているようで、竹野は我慢のしようがなかった。達さないようにと思って身体に力が入れば、ますます小槙の指を締め付けてしまう。食い入るように見つめる小槙の前で、竹野はびゅ、と精液を飛ばした。自分の腹にも、小槙の胸元にも飛び、とろりと肌を伝っていく。

「竹野」
「も、そこ、だめ、だめだから、こまき、」

 ぐちゅぐちゅ水音がするのはローションだけでなく、竹野が零している液体のせいもあるのだろう。小刻みにそこを指の腹で撫でられて、竹野の腰ががくがくと揺れる。またいってしまう、と思ったところで、ずるりと指が抜かれた。ほっと身体から力が抜けるのと同時に、達せられなかったもどかしさで腰が揺れる。

 どうして、と竹野が小槙を見ると、ちゅぷ、と先端が押しつけられているのが見えた。何か膜のようなものに覆われている。それがコンドームだと気づき、これもあれと一緒に準備したものなのだろうかとローションを横目で見てしまった。

「あ……」
「入れるよ」

 竹野は小槙が押し入ってくるところから目が離せない。あ、あ、と声を漏らしながら、拳を握った。本当に入ってしまうということが不思議だ。圧迫してくる苦しさも、みちみちと広げられる痛みもあるのに、どこか頭がふわふわする。小槙もつらいのか、苦しそうに眉を潜めているのがひどく色っぽい。小槙でもこんな顔をするのか。竹野はひとり胸の奥がぎゅう、と締まるような感覚を覚える。

 余裕などなさそうなのに、小槙は歯を食いしばるようにゆっくりと竹野を貫いていった。小刻みに中を刺激され、あちこちをゆるりと撫でられると、竹野は否応なく自分の快感に向き合わなくてはならなかった。顔中を涙だけでない液体でぐちゃぐちゃにしながら、必死に小槙のシャツに縋る。いっそ自分本位に激しく一気に貫いてくれたらいいのにとさえ思ってしまう。

「はっ……ぅぐ……ああ……」

 受け止めるだけで頭がおかしくなりそうだった。息もできない。溺れてしまう錯覚に、竹野は小槙に手を伸ばす。
 すぐに気づいた小槙にぎゅっと指を絡め取られ、繋がれるように握られてひどく安心する。それでも中を割り開かれる感覚には耐えられず、竹野は脚で小槙を挟んだ。ぎゅう、と更に強く手が握られる。
 ペニスに直結するような場所をぐっと押し上げられ、顎が上がった。唾液が顎からしたたっていく。小槙がその顎にくちびるを寄せ、耳朶を吸う。
 竹野が身体の力の入れ方も抜き方も分からないままに翻弄されているうちに、小槙がほっと息を吐いた。竹野の額に、汗で張り付いた前髪を指でよける。

「入った」
「ぇっ」

 本当に? 見やろうと首を回そうとしたがうまくいかない。あんなに大きいのに、と思わず声に出ていた。

「あっ!?」
「竹野……」

 みっしりと中を埋める質量が増したようで、息が押し出されるように声が出た。涙に歪む視界で小槙を睨むように見上げると、小槙は小槙で眉を潜めている。

「あっこまきっ! うそっ……まっ……あっ! あーっ……!」

 ゆっくりと中を小刻みに刺激され、押し込まれるたびに息と共に声が漏れた。身体の中が浸食されているのに、苦しいばかりではないのが信じられない。竹野が快感を拾う場所を小槙は確実に学び、刺激してくる。そのたびに身体の奥が小槙を締め付け、さらには腕が小槙を引き寄せてしまう。苦しい、助けて、もっとしてほしい。それらすべての感情が同時に存在していて混乱する。
 もっと、と譫言のように竹野が告げると、小槙は嬉しそうに顔を寄せた。

「すき」

 キスの合間にとてもやわらかい声音ですきだよ、と伝えられ、その言葉をしっかり受け止める前に、どっと涙が溢れてしまった。感極まって止まらない。ああ、本当だ。竹野は思う。

 小槙に腕の中に閉じ込められるかのように抱きしめられ、ぐ、ぐっと何度も奥を突かれた。自分だけではなく、小槙も、は、は、と呼吸が乱れている。
 走っているときでさえあんなに余裕そうなのに、こんな顔をするんだ。竹野はいまだに泣きながらも、じっとその顔を見つめてしまう。一瞬でも見逃したくなかった。小槙も竹野から視線を逸らさない。自然と顔が近づき、くちびるが触れあう。何度も絡まる舌が柔らかくて熱くて、気持ちがいい。もっと、もっと、と竹野は小槙の首に腕を回す。

「あっ!?」

 小槙の動きに一緒に揺れていた自分の中心を握られ、竹野は脚で小槙を挟んでしまった。親指で裏筋を擦られ、とろとろと先端から零れる液体が白色混じりになる。

「こまき、イくっ……イっちゃうからっ」
「うん。俺も……っ」
「んああああっ!」

 一緒に、と耳元に囁かれて、自分でも驚くほど小槙を締め付けてしまった。ぐう、と小槙の腰が深く押しつけられ、下生えが尻に当たる。自分が放つのと同時に、小槙が中で達したのが分かった。
 竹野はびくびくと余韻に身体を震わせつつ、小槙を呼んだ。自分から起き上がる力は無いので、小槙の首の後ろに腕を回し、引き寄せる。自分を潰すようになってしまったが、それは心地のいい重みと熱さだった。

「こまき、あのさ」
「竹野?」
「あのさ、僕も小槙のことすきだよ」

 伝えられて心の底から嬉しいと思う。湧き上がる感情に、頬が上がる。あのとき、小槙が自分にすきだと言ってくれてよかった、といまさらながらにしみじみと思う。
 小槙が目を見開いているのは驚いているからだろうか。
 やっぱり小槙を驚かせられるのは、ちょっと楽しいかもしれない。竹野は気だるさから微睡が来るのを感じながら微笑んでしまう。竹野が見つめる先で、小槙はぶるぶる震えていた。

「竹野!」
「ぐえ」

 感極まったせいか、加減ができなかったらしい。
 小槙に力強く抱きしめられ、竹野はカエルのように潰れた。
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