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転
燕国 1
しおりを挟む荊軻の捜し人について、高漸離は楽人仲間たちに話を振ってみることにした。
斉か衛の出で、楽器を能く奏でることのできる人物を知らないかと――。話はすぐに広く伝わり、いくつかの具体的な名前も聞かされるようになってきた。
ただし、その中から年齢や性別などの条件を当てはめてふるいにかけると、決して多くは残らない。
「皆逃げ回っているからねえ」
旅の一座の芸女はある日、そう言ってため息をついた。
「去年訪れた村が今年はないなんてざらよざら。ここんところ戦ばかり起きているからねえ」
「そうなのか」
「なに言ってんだい」
高漸離ののんきな台詞に、芸女は鼻を鳴らした。
「この街にあふれている人が、一体どこから流れてきたんだと思ってるんだい。まさかボウフラみたいに湧いて出たなんて思っちゃいないだろうね」
「いやそれはさすがに」
そう言われるとこちらは頭を掻くしかない。
確かに、葪の人口は増えつつある。それは何故か。――他国の戦いから逃れた人間が押し寄せてくるからだ。辺境の燕国はまだ本格的な戦いには巻き込まれていないが、その余波はすでに被っている。
「まあでも、もし人捜しをするのならこの国はいい場所かもね。他のみんなに混じってここまで流れてくるかもしれないよ。ま、あたしたちはこれから咸陽へ向かうつもりだけどね」
「秦へ? 大丈夫か、危なくないか?」
「そりゃあ道中は危ないかもしれないが、あちらの王都まで行けば争いなんてさすがにないよ。流民は金がないだろ、ここにいてもあんまり稼ぎにはならないのさ。そろそろ儲ける先を考えなくちゃいけなくってね」
芸女とはもう少ししゃべったあと、高漸離は礼を言って別れた。
荊軻はこんなことを繰り返していたのだろうか。市場を歩きながらそんなことを思った。
行く先々で宛もないまま、僅かな思い出を頼りに友人を捜しまわっていたのだろうか。
だとしたらやはりあいつは莫迦だ。別の楽な道を知らないはずがないのに、こんな苦労する道ばかりを選んで進んでいく。
実際関わってみて思うが、この探索はまるで砂漠から一粒の砂金を捜し当てるようなものだ。もし誰かに相談したとしても、きっと夢物語だと笑われて終わるだろう。
こんな途方もないことに関わりたいと思う奴はまずいまい。――そこまで考えて、思わず憮然とした顔になった。その変わり種こそが自分自身だ。
ついほだされてしまった。今の状況はまさにそれに尽きる。
こんな面倒ごとなど今からでも放ってしまえばいい。もしそうしたとしても、荊軻はきっと文句は言わない。
何故なら、今までがきっとその繰り返しだっただろうから。
「……畜生め」
思わず自分に向かって悪罵する。だとしたらますます彼を見捨てられない。
歩きながら、自分の頬を叩いた。
果たしてこれがどのくらいの時間がかかるのかは分からない。もしかすると何年も腰を据えなければならないかもしれない。
だが、ここで弱音は吐いていられない。荊軻はそれ以上の時間を費やしてきたのだから。
乗り掛かった船だ。岸に辿り着くまで付き合ってやろう。
――このとき自分は、それがほんの数ヶ月で終わるとは思っていなかった。
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