31 / 44
オルテンシアの勇者①
しおりを挟む
二ヶ月間居候をして、初めて入るビオレッタの部屋。
階段をあがってすぐのドアを開けると、やわからかなビオレッタの香りがした。薬草と花の香りが入り交じった、落ち着く香りだ。ラウレルはこの香りが好きだった。
こじんまりとしたベッドはきれいに整えられ、脇にある机の上には道具屋の帳簿が置いてある。どうやら、部屋でも仕事をしていたようだ。
(こんな……隠れてまで、無理をして)
ラウレルはプルガの上で眠ってしまったビオレッタを抱き抱えたまま、そっと彼女の部屋へと足を踏み入れた。
眠っている間に部屋へ入るなんて……そこはかとない背徳感がラウレルを襲う。
しかし、どうか起こさぬまま横にしてやりたかった。このところ、彼女は寝不足だったようだから。
甘い香りに耐えながらも、ビオレッタを刺激しないように……その身体をそっとベッドに横たえる。
(おやすみ、ビオレッタ)
寝不足になるほど、夜中も仕事をしていたのだろうか。それとも……もしかしてビオレッタにも、隣の部屋を想って眠れぬ夜があったのだろうか。
この二ヶ月間のラウレルと同じように。
ベッドの脇に座り込み、ここぞとばかりにビオレッタの無防備な寝顔を眺めた。
白い頬、赤い唇。閉じられたまぶたは、長い睫毛で彩られている。
綺麗だ。世界中の誰よりも。
つい先ほど、この美しい人と想いが通じ合った。
プルガの背で見つめ合った。震える唇を重ねた。ラウレルにとって、それは夢のようなひとときだった。
あの予知夢が現実のものとなるまで、あと少し……まだラウレルにはやるべきことが残っている――
オルテンシアの街で、孤児として生きてきたラウレルは、昔から何でも良く出来た男だった。
生まれながらにして魔力は人より強かったし、身体能力も高く何をするにも要領が良かった。おまけに幸か不幸か見た目がすこぶる良いらしく、それだけでも人々の目を引いた。
『人よりも少し優れている』ラウレルを、「すごい奴が現れた」とオルテンシアの街の者達は大袈裟にもてはやした。
「百年に一人の逸材だ」
「こんな男は前代未聞だ」
次第に尾ひれをつけて広がる噂は城にまで届き、ラウレルはある日突然オルテンシア城から呼び出しを受けた。
そしてオルテンシア王より告げられたのだ。
「勇者ラウレルよ、魔王を倒すのだ」と。
「え……勇者? 俺が?」
「そうだ、そなたは紛れも無く勇者である。魔王を倒す使命を持って生まれてきたのだ」
「俺は普通の人間です。勇者だなんて――」
「さあ行くのだ、勇者ラウレル。この世に平和をもたらすのだ」
戸惑うラウレルに、なぜ『勇者』として選ばれたのか、誰も教えてはくれなかった。
王が『勇者』と言ってしまえば、その者は『勇者』となるのだそうだ。根拠は未だ闇のまま。
日に日に強くなる魔王の力。増えていくモンスター。
オルテンシア王は国民の不安を取り除くために、適当な者に白羽の矢を立てることにしたのだ。そうとしか思えない。
こうしてラウレルは訳も分からぬままに『勇者』に仕立て上げられた。
その日から、ラウレルを取り巻く世界はガラリと変わることになる。
階段をあがってすぐのドアを開けると、やわからかなビオレッタの香りがした。薬草と花の香りが入り交じった、落ち着く香りだ。ラウレルはこの香りが好きだった。
こじんまりとしたベッドはきれいに整えられ、脇にある机の上には道具屋の帳簿が置いてある。どうやら、部屋でも仕事をしていたようだ。
(こんな……隠れてまで、無理をして)
ラウレルはプルガの上で眠ってしまったビオレッタを抱き抱えたまま、そっと彼女の部屋へと足を踏み入れた。
眠っている間に部屋へ入るなんて……そこはかとない背徳感がラウレルを襲う。
しかし、どうか起こさぬまま横にしてやりたかった。このところ、彼女は寝不足だったようだから。
甘い香りに耐えながらも、ビオレッタを刺激しないように……その身体をそっとベッドに横たえる。
(おやすみ、ビオレッタ)
寝不足になるほど、夜中も仕事をしていたのだろうか。それとも……もしかしてビオレッタにも、隣の部屋を想って眠れぬ夜があったのだろうか。
この二ヶ月間のラウレルと同じように。
ベッドの脇に座り込み、ここぞとばかりにビオレッタの無防備な寝顔を眺めた。
白い頬、赤い唇。閉じられたまぶたは、長い睫毛で彩られている。
綺麗だ。世界中の誰よりも。
つい先ほど、この美しい人と想いが通じ合った。
プルガの背で見つめ合った。震える唇を重ねた。ラウレルにとって、それは夢のようなひとときだった。
あの予知夢が現実のものとなるまで、あと少し……まだラウレルにはやるべきことが残っている――
オルテンシアの街で、孤児として生きてきたラウレルは、昔から何でも良く出来た男だった。
生まれながらにして魔力は人より強かったし、身体能力も高く何をするにも要領が良かった。おまけに幸か不幸か見た目がすこぶる良いらしく、それだけでも人々の目を引いた。
『人よりも少し優れている』ラウレルを、「すごい奴が現れた」とオルテンシアの街の者達は大袈裟にもてはやした。
「百年に一人の逸材だ」
「こんな男は前代未聞だ」
次第に尾ひれをつけて広がる噂は城にまで届き、ラウレルはある日突然オルテンシア城から呼び出しを受けた。
そしてオルテンシア王より告げられたのだ。
「勇者ラウレルよ、魔王を倒すのだ」と。
「え……勇者? 俺が?」
「そうだ、そなたは紛れも無く勇者である。魔王を倒す使命を持って生まれてきたのだ」
「俺は普通の人間です。勇者だなんて――」
「さあ行くのだ、勇者ラウレル。この世に平和をもたらすのだ」
戸惑うラウレルに、なぜ『勇者』として選ばれたのか、誰も教えてはくれなかった。
王が『勇者』と言ってしまえば、その者は『勇者』となるのだそうだ。根拠は未だ闇のまま。
日に日に強くなる魔王の力。増えていくモンスター。
オルテンシア王は国民の不安を取り除くために、適当な者に白羽の矢を立てることにしたのだ。そうとしか思えない。
こうしてラウレルは訳も分からぬままに『勇者』に仕立て上げられた。
その日から、ラウレルを取り巻く世界はガラリと変わることになる。
1
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる