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遠い人
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エドゥアルドとは話すことが出来ぬまま、慌ただしく日々は過ぎていった。
着々と進む新年祭準備のなかで、最近はちらほらと卒業後の話題も耳にする。
皆が前へ進んでいるというのに、フランシーナはまだ目の前のことに囚われたまま――なんだか自分だけが取り残されているようだった。
放課後の職員室。
フランシーナは、以前借りた解説集をゲオルグへ返しにやってきた。
「こちら、お借りしていた解説集です。ありがとうございました」
「わざわざ持ってきてくれたのか。いよいよ明日だな」
「はい。ゲオルグ先生」
いつもフラリと姿を消してはサボっているゲオルグだが、今日は職員室にいてくれて助かった。
珍しいこともあるものだ……と思ったら、明日は新年祭。さすがのゲオルグも、忙しくてサボるどころではなさそうである。
「参加できず残念だったな。君にとっては学園生活最後の新年祭なんだが」
「しょうがないです。試験のほうが大事ですから」
「いつも通り、頑張ってこいよ。ほら見ろ。彼氏も頑張ってる」
ゲオルグに促されて窓から外を見下ろすと、テラスではちょうど音楽隊の総合練習が始まった。
華やかな演奏が学園中に響き渡り、皆立ち止まってはテラスへ耳を傾けている。
その後方では、エドゥアルドと音楽隊隊長が寒空の中、明日の打ち合わせを行っていた。
(……また仕事しているわ)
今日一日だけでも、エドゥアルドのことは度々見かけていた。
たしか今朝、彼はエントランスで立て看板の設置をしていたはずだ。
昼の講堂前ですれ違った時には、教師陣と座席の最終確認をしていた。
つまり、授業以外の時間を、ほとんど仕事に費やしている。
大丈夫なのだろうか。もしかしてまた寝ていないのではないか――
「エドゥアルド・ロブレス、いつ見ても何かやってるなあ」
「そうですね。少しでも休めていたら良いんですが……」
「心配?」
「まあ……そうですね」
エドゥアルドとはたった数日会わなかっただけなのに、もうずっと会っていないような錯覚に陥った。
久しぶりに見た彼は、相変わらず疲れを感じさせない爽やかさで、立ち振舞いも美しく――そして、その完璧な表情からは何を考えているのか分からない。
以前はこんなこと、気にもしなかった。
エドゥアルドがどんな人なのか、何を考えて生きているのか。彼はただ素晴らしく優れた人で、皆の頂点に立つ人で――自分とは天と地ほど差がある人間の考えていることなど、知りたいだなんて思いもしなかったのに。
けれど、フランシーナは知ってしまった。
皆の期待を背負う苦労も、陰ながら抱えている仕事も。二人きりの時は意外と子供っぽいところも、自分に厳しく頑固な一面も。
彼が、あまり疲れていなければいいと思う。そばにいる誰かが、どうかエドゥアルドの不器用さに気付いて、助けていてくれたら。
「三年間で、君も変わったなあ」
「わ、私? どこか変わりましたか?」
「入学したばかりの頃は、勉強できてりゃそれで良し! みたいな生徒だったけど」
「えっ……そんな……」
その言葉は何気に傷付く。
ただし、その通りではあったけれど。
「まさか君が、一人前に恋人の心配をするようになるなんてな」
「……父親みたいなことを言わないでくださいよ」
「フランシーナ君の成長が嬉しいんだよ、教師としてね」
ゲオルグはしみじみと無精ひげをさすりながら、本当に父のような笑顔をくれた。
この変化には自分でも驚いている。まさか、あのエドゥアルドの心配をする日が来るなんて。
本当は恋人でも無いのに傲慢だろうか。けれど、心配せずにはいられないのだ。たとえ自分がただの取引相手だったとしても。
ふと、視線を感じて――エドゥアルドに視線を戻すと、彼もいつの間にかこちらを見上げていた。
音楽隊の練習は終わり、隊員達が慌ただしく楽器の片付けを始めたテラスで、一人だけ気が抜けたようにこちらを見ている。
(エドゥアルド様……)
目が合ったのはいつぶりだろうか。
彼が迎えに来なくなってしまえば、会うことも少なくて。
クラスも違う、住む世界も違う。その気がなければ話すことなんて出来ない人だったことを、ここ数日で思い知らされた。
校舎内で一方的に見かけることはあっても、忙しいエドゥアルドがこちらを振り向くことは無い。以前のように、話しかけてくることも無くなってしまった。
(……ずっと見ていた、って言っていたのに)
この数日間で、いつの間にかフランシーナばかりが彼の姿を探していることに気がついた。
廊下で、講堂で、エントランスで。エドゥアルドの姿を見つけては、モヤモヤと彼のことを心配してしまう。
そして今、目が合っているのに見ているだけというのは、なんてやるせないのだろう。
「……ゲオルグ先生。私、そろそろ失礼します」
「うん? 彼氏に用事か」
「そうです……!」
フランシーナはゲオルグに声をかけると、人てごった返す職員室を飛び出した。
着々と進む新年祭準備のなかで、最近はちらほらと卒業後の話題も耳にする。
皆が前へ進んでいるというのに、フランシーナはまだ目の前のことに囚われたまま――なんだか自分だけが取り残されているようだった。
放課後の職員室。
フランシーナは、以前借りた解説集をゲオルグへ返しにやってきた。
「こちら、お借りしていた解説集です。ありがとうございました」
「わざわざ持ってきてくれたのか。いよいよ明日だな」
「はい。ゲオルグ先生」
いつもフラリと姿を消してはサボっているゲオルグだが、今日は職員室にいてくれて助かった。
珍しいこともあるものだ……と思ったら、明日は新年祭。さすがのゲオルグも、忙しくてサボるどころではなさそうである。
「参加できず残念だったな。君にとっては学園生活最後の新年祭なんだが」
「しょうがないです。試験のほうが大事ですから」
「いつも通り、頑張ってこいよ。ほら見ろ。彼氏も頑張ってる」
ゲオルグに促されて窓から外を見下ろすと、テラスではちょうど音楽隊の総合練習が始まった。
華やかな演奏が学園中に響き渡り、皆立ち止まってはテラスへ耳を傾けている。
その後方では、エドゥアルドと音楽隊隊長が寒空の中、明日の打ち合わせを行っていた。
(……また仕事しているわ)
今日一日だけでも、エドゥアルドのことは度々見かけていた。
たしか今朝、彼はエントランスで立て看板の設置をしていたはずだ。
昼の講堂前ですれ違った時には、教師陣と座席の最終確認をしていた。
つまり、授業以外の時間を、ほとんど仕事に費やしている。
大丈夫なのだろうか。もしかしてまた寝ていないのではないか――
「エドゥアルド・ロブレス、いつ見ても何かやってるなあ」
「そうですね。少しでも休めていたら良いんですが……」
「心配?」
「まあ……そうですね」
エドゥアルドとはたった数日会わなかっただけなのに、もうずっと会っていないような錯覚に陥った。
久しぶりに見た彼は、相変わらず疲れを感じさせない爽やかさで、立ち振舞いも美しく――そして、その完璧な表情からは何を考えているのか分からない。
以前はこんなこと、気にもしなかった。
エドゥアルドがどんな人なのか、何を考えて生きているのか。彼はただ素晴らしく優れた人で、皆の頂点に立つ人で――自分とは天と地ほど差がある人間の考えていることなど、知りたいだなんて思いもしなかったのに。
けれど、フランシーナは知ってしまった。
皆の期待を背負う苦労も、陰ながら抱えている仕事も。二人きりの時は意外と子供っぽいところも、自分に厳しく頑固な一面も。
彼が、あまり疲れていなければいいと思う。そばにいる誰かが、どうかエドゥアルドの不器用さに気付いて、助けていてくれたら。
「三年間で、君も変わったなあ」
「わ、私? どこか変わりましたか?」
「入学したばかりの頃は、勉強できてりゃそれで良し! みたいな生徒だったけど」
「えっ……そんな……」
その言葉は何気に傷付く。
ただし、その通りではあったけれど。
「まさか君が、一人前に恋人の心配をするようになるなんてな」
「……父親みたいなことを言わないでくださいよ」
「フランシーナ君の成長が嬉しいんだよ、教師としてね」
ゲオルグはしみじみと無精ひげをさすりながら、本当に父のような笑顔をくれた。
この変化には自分でも驚いている。まさか、あのエドゥアルドの心配をする日が来るなんて。
本当は恋人でも無いのに傲慢だろうか。けれど、心配せずにはいられないのだ。たとえ自分がただの取引相手だったとしても。
ふと、視線を感じて――エドゥアルドに視線を戻すと、彼もいつの間にかこちらを見上げていた。
音楽隊の練習は終わり、隊員達が慌ただしく楽器の片付けを始めたテラスで、一人だけ気が抜けたようにこちらを見ている。
(エドゥアルド様……)
目が合ったのはいつぶりだろうか。
彼が迎えに来なくなってしまえば、会うことも少なくて。
クラスも違う、住む世界も違う。その気がなければ話すことなんて出来ない人だったことを、ここ数日で思い知らされた。
校舎内で一方的に見かけることはあっても、忙しいエドゥアルドがこちらを振り向くことは無い。以前のように、話しかけてくることも無くなってしまった。
(……ずっと見ていた、って言っていたのに)
この数日間で、いつの間にかフランシーナばかりが彼の姿を探していることに気がついた。
廊下で、講堂で、エントランスで。エドゥアルドの姿を見つけては、モヤモヤと彼のことを心配してしまう。
そして今、目が合っているのに見ているだけというのは、なんてやるせないのだろう。
「……ゲオルグ先生。私、そろそろ失礼します」
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