8 / 28
取り囲まれる女
しおりを挟む
男子寮へ招かれたその翌朝、思いがけずピンチは訪れた。
校舎へ足を踏み入れた途端、なぜか華やかなご令嬢達に取り囲まれてしまったのである。
左右から腕を捕まれ、身動きも取れないまま強引に裏庭へと連れていかれてしまった。まさか真面目しか取り柄のない自分が、こんな事態に陥ろうとは。
身に覚えがあるとすれば、それは昨日の――
「ねえ、あなた。エドゥアルド様に呼ばれて男子寮へ行ったのですって?」
(やっぱり……)
乱暴に壁へと押し付けられ、バランスを崩したフランシーナはその場にへたりこんだ。
見上げるフランシーナを取り囲むのは、見覚えのある女生徒が三人。
よく目立つ、きれいどころのご令嬢達だ。泣きボクロのご令嬢と、長身のご令嬢、そして――
(真ん中の巻き毛のご令嬢は、たしかエドゥアルド様とよく一緒にいらっしゃるような……)
彼女達は、昨日も講堂でエドゥアルドの話をしていた。『私達も男子寮へ行ってみる?』なんて言っていたのに、結局来なかった三人組だ。
「ちょっと招待されたからって、本当に行くなんてね」
「図々しくない?」
「あなた、ご自分がエドゥアルド様と釣り合い取れるとでも思ってるの?」
三人から矢継ぎ早に責め立てられるので、弁解する隙もない。
昨日の放課後は、エドゥアルドがわざわざ迎えにやって来た。
そのためフランシーナには行くしか選択肢は無かったし、図々しいと言われても困ってしまう。もちろん、彼との釣り合いなんて考えるまでもない。
「……昨日は、エドゥアルド様から問題集を頂いただけです。皆さんがご心配に及ぶことは何もありませんでした」
「それだけなら、なぜあなたを男子寮まで呼ぶ必要があるの!?」
「あなたが言い寄ったりしたんじゃないの?」
「エドゥアルド様はお優しいから、断れなかっただけなのだわ」
やっと言い返せたと思ったら、彼女達からは罵声が三倍になって返ってきた。しかもフランシーナの言い分など聞いてはいない。
「言い寄ったりなんかしていませんよ。ご招待頂いたので、お茶をご一緒しただけです」
「招待を真に受けたりして、社交辞令も分からないの? 話に聞けば、エドゥアルド様にお茶を用意させたとか」
「ひどい! あなた何様なの!」
「前代未聞だわ。エドゥアルド様をアゴで使う女なんて」
彼女達の勝手な憶測はエスカレートして止まらない。
『エドゥアルドに思いを寄せるフランシーナが、しつこく頼み込んで男子寮へ招待してもらった』
どうしても、そのように思い込まれてしまっている。
「問題集だって、なぜエドゥアルド様から貰えるの?」
「あなたなら問題集なんて必要ないじゃない!」
「エドゥアルド様から一位の座を奪っておいて、本当に厚かましい……」
彼女達の顔はますます険しくなっていく。
どうやら問題集を貰ったことも癇に障ったらしい。わざわざ彼女達に言うことじゃなかった。
もしかすると何を言っても言うだけ無駄なのかもしれなくて、フランシーナはとうとう口を噤んだ。
しかしこれはいつまで続くのだろうか……
「そもそも、いつまで一位に居座り続けるつもりよ」
「エドゥアルド様のお気持ちを考えたことはあって? 一位は彼のような方にこそふさわしいのに」
「あなたも、たまには気を遣いなさいよ」
(……ん?)
「それってどういう意味ですか」
沈黙を貫くつもりだったフランシーナであったが、思わず聞き返してしまった。彼女達の言っていることが腑に落ちなかったのだ。
「なによ。エドゥアルド様を一位になさいって言ってるのよ」
「あなたがいるからエドゥアルド様が二位になってしまうのでしょ」
「毎回毎回、生意気なのよ」
聞けば聞くほど理解できないが、彼女達の言っていることはもしかして。
「つまり、私に『手加減しろ』と仰ってるのですか?」
「え……」
「手加減してわざと試験の点を落として、エドゥアルド様を一位にして差し上げろと? そういうことですか」
「べつに、そうとは……」
突然立ち上がったフランシーナに、令嬢達は後ずさり、気まずそうに口ごもる。
彼女達はエドゥアルドのためを思って口にしたのかもしれないが、つまりはそういうことなのではないだろうか。
彼が一位になるためにはフランシーナの存在が邪魔で。だから『気を遣え』と詰め寄った。
しかし――
「仮に次の試験、私が故意に手を抜いて、エドゥアルド様が一位になられたとしましょう。けれど、果たしてその結果に意味はあるでしょうか」
「あなた、何を仰ってるの……」
「私なら、その一位に何の価値も見出せません。むしろ虚しくはないですか。造り上げられた結果なんて」
実力でなければ、順位なんて意味が無いのでは。
たとえ一位だろうが二位だろうが、自分の力で掴み取ったものでは無いのなら、フランシーナにとってそれはただの飾りでしかなかった。
エドゥアルドにだって、失礼なのでは無いだろうか。
彼は遥かに立派な人間なのに、あらかじめ用意された一位に据えるなんて。
考えただけでも嫌悪感でいっぱいになる。
「僕も同感だね」
フランシーナが令嬢達を黙り込ませたその時、校舎の脇から声がして。
いつも爽やかな彼の声色が、この時ばかりは僅かに堅い。
「エドゥアルド様……」
一体、いつからそこにいたのだろうか。
静かに微笑むエドゥアルドが、こちらを見ていた。
校舎へ足を踏み入れた途端、なぜか華やかなご令嬢達に取り囲まれてしまったのである。
左右から腕を捕まれ、身動きも取れないまま強引に裏庭へと連れていかれてしまった。まさか真面目しか取り柄のない自分が、こんな事態に陥ろうとは。
身に覚えがあるとすれば、それは昨日の――
「ねえ、あなた。エドゥアルド様に呼ばれて男子寮へ行ったのですって?」
(やっぱり……)
乱暴に壁へと押し付けられ、バランスを崩したフランシーナはその場にへたりこんだ。
見上げるフランシーナを取り囲むのは、見覚えのある女生徒が三人。
よく目立つ、きれいどころのご令嬢達だ。泣きボクロのご令嬢と、長身のご令嬢、そして――
(真ん中の巻き毛のご令嬢は、たしかエドゥアルド様とよく一緒にいらっしゃるような……)
彼女達は、昨日も講堂でエドゥアルドの話をしていた。『私達も男子寮へ行ってみる?』なんて言っていたのに、結局来なかった三人組だ。
「ちょっと招待されたからって、本当に行くなんてね」
「図々しくない?」
「あなた、ご自分がエドゥアルド様と釣り合い取れるとでも思ってるの?」
三人から矢継ぎ早に責め立てられるので、弁解する隙もない。
昨日の放課後は、エドゥアルドがわざわざ迎えにやって来た。
そのためフランシーナには行くしか選択肢は無かったし、図々しいと言われても困ってしまう。もちろん、彼との釣り合いなんて考えるまでもない。
「……昨日は、エドゥアルド様から問題集を頂いただけです。皆さんがご心配に及ぶことは何もありませんでした」
「それだけなら、なぜあなたを男子寮まで呼ぶ必要があるの!?」
「あなたが言い寄ったりしたんじゃないの?」
「エドゥアルド様はお優しいから、断れなかっただけなのだわ」
やっと言い返せたと思ったら、彼女達からは罵声が三倍になって返ってきた。しかもフランシーナの言い分など聞いてはいない。
「言い寄ったりなんかしていませんよ。ご招待頂いたので、お茶をご一緒しただけです」
「招待を真に受けたりして、社交辞令も分からないの? 話に聞けば、エドゥアルド様にお茶を用意させたとか」
「ひどい! あなた何様なの!」
「前代未聞だわ。エドゥアルド様をアゴで使う女なんて」
彼女達の勝手な憶測はエスカレートして止まらない。
『エドゥアルドに思いを寄せるフランシーナが、しつこく頼み込んで男子寮へ招待してもらった』
どうしても、そのように思い込まれてしまっている。
「問題集だって、なぜエドゥアルド様から貰えるの?」
「あなたなら問題集なんて必要ないじゃない!」
「エドゥアルド様から一位の座を奪っておいて、本当に厚かましい……」
彼女達の顔はますます険しくなっていく。
どうやら問題集を貰ったことも癇に障ったらしい。わざわざ彼女達に言うことじゃなかった。
もしかすると何を言っても言うだけ無駄なのかもしれなくて、フランシーナはとうとう口を噤んだ。
しかしこれはいつまで続くのだろうか……
「そもそも、いつまで一位に居座り続けるつもりよ」
「エドゥアルド様のお気持ちを考えたことはあって? 一位は彼のような方にこそふさわしいのに」
「あなたも、たまには気を遣いなさいよ」
(……ん?)
「それってどういう意味ですか」
沈黙を貫くつもりだったフランシーナであったが、思わず聞き返してしまった。彼女達の言っていることが腑に落ちなかったのだ。
「なによ。エドゥアルド様を一位になさいって言ってるのよ」
「あなたがいるからエドゥアルド様が二位になってしまうのでしょ」
「毎回毎回、生意気なのよ」
聞けば聞くほど理解できないが、彼女達の言っていることはもしかして。
「つまり、私に『手加減しろ』と仰ってるのですか?」
「え……」
「手加減してわざと試験の点を落として、エドゥアルド様を一位にして差し上げろと? そういうことですか」
「べつに、そうとは……」
突然立ち上がったフランシーナに、令嬢達は後ずさり、気まずそうに口ごもる。
彼女達はエドゥアルドのためを思って口にしたのかもしれないが、つまりはそういうことなのではないだろうか。
彼が一位になるためにはフランシーナの存在が邪魔で。だから『気を遣え』と詰め寄った。
しかし――
「仮に次の試験、私が故意に手を抜いて、エドゥアルド様が一位になられたとしましょう。けれど、果たしてその結果に意味はあるでしょうか」
「あなた、何を仰ってるの……」
「私なら、その一位に何の価値も見出せません。むしろ虚しくはないですか。造り上げられた結果なんて」
実力でなければ、順位なんて意味が無いのでは。
たとえ一位だろうが二位だろうが、自分の力で掴み取ったものでは無いのなら、フランシーナにとってそれはただの飾りでしかなかった。
エドゥアルドにだって、失礼なのでは無いだろうか。
彼は遥かに立派な人間なのに、あらかじめ用意された一位に据えるなんて。
考えただけでも嫌悪感でいっぱいになる。
「僕も同感だね」
フランシーナが令嬢達を黙り込ませたその時、校舎の脇から声がして。
いつも爽やかな彼の声色が、この時ばかりは僅かに堅い。
「エドゥアルド様……」
一体、いつからそこにいたのだろうか。
静かに微笑むエドゥアルドが、こちらを見ていた。
1
お気に入りに追加
157
あなたにおすすめの小説
義妹を溺愛するクズ王太子達のせいで国が滅びそうなので、ヒロインは義妹と愉快な仲間達と共にクズ達を容赦なく潰す事としました
やみなべ
恋愛
<最終話まで執筆済。毎日1話更新。完結保障有>
フランクフルト王国の辺境伯令嬢アーデルは王家からほぼ選択肢のない一方的な命令でクズな王太子デルフリと婚約を結ばされた。
アーデル自身は様々な政治的背景を理解した上で政略結婚を受け入れるも、クズは可愛げのないアーデルではなく天真爛漫な義妹のクラーラを溺愛する。
貴族令嬢達も田舎娘が無理やり王太子妃の座を奪い取ったと勘違いし、事あるごとにアーデルを侮辱。いつしか社交界でアーデルは『悪役令嬢』と称され、義姉から虐げられるクラーラこそが王太子妃に相応しいっとささやかれ始める。
そんな四面楚歌な中でアーデルはパーティー会場内でクズから冤罪の後に婚約破棄宣言。義妹に全てを奪われるという、味方が誰一人居ない幸薄い悪役令嬢系ヒロインの悲劇っと思いきや……
蓋を開ければ、超人のようなつよつよヒロインがお義姉ちゃん大好きっ子な義妹を筆頭とした愉快な仲間達と共にクズ達をぺんぺん草一本生えないぐらい徹底的に叩き潰す蹂躙劇だった。
もっとも、現実は小説より奇とはよく言ったもの。
「アーデル!!貴様、クラーラをどこにやった!!」
「…………はぁ?」
断罪劇直前にアーデル陣営であったはずのクラーラが突如行方をくらますという、ヒロインの予想外な展開ばかりが続いたせいで結果論での蹂躙劇だったのである。
義妹はなぜ消えたのか……?
ヒロインは無事にクズ王太子達をざまぁできるのか……?
義妹の隠された真実を知ったクズが取った選択肢は……?
そして、不穏なタグだらけなざまぁの正体とは……?
そんなお話となる予定です。
残虐描写もそれなりにある上、クズの末路は『ざまぁ』なんて言葉では済まない『ざまぁを超えるざまぁ』というか……
これ以上のひどい目ってないのではと思うぐらいの『限界突破に挑戦したざまぁ』という『稀にみる酷いざまぁ』な展開となっているので、そういうのが苦手な方はご注意ください。
逆に三度の飯よりざまぁ劇が大好きなドS読者様なら……
多分、期待に添えれる……かも?
※ このお話は『いつか桜の木の下で』の約120年後の隣国が舞台です。向こうを読んでればにやりと察せられる程度の繋がりしか持たせてないので、これ単体でも十分楽しめる内容にしてます。
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。
だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。
そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
今日で都合の良い嫁は辞めます!後は家族で仲良くしてください!
ユウ
恋愛
三年前、夫の願いにより義両親との同居を求められた私はは悩みながらも同意した。
苦労すると周りから止められながらも受け入れたけれど、待っていたのは我慢を強いられる日々だった。
それでもなんとななれ始めたのだが、
目下の悩みは子供がなかなか授からない事だった。
そんなある日、義姉が里帰りをするようになり、生活は一変した。
義姉は子供を私に預け、育児を丸投げをするようになった。
仕事と家事と育児すべてをこなすのが困難になった夫に助けを求めるも。
「子供一人ぐらい楽勝だろ」
夫はリサに残酷な事を言葉を投げ。
「家族なんだから助けてあげないと」
「家族なんだから助けあうべきだ」
夫のみならず、義両親までもリサの味方をすることなく行動はエスカレートする。
「仕事を少し休んでくれる?娘が旅行にいきたいそうだから」
「あの子は大変なんだ」
「母親ならできて当然よ」
シンパシー家は私が黙っていることをいいことに育児をすべて丸投げさせ、義姉を大事にするあまり家族の団欒から外され、我慢できなくなり夫と口論となる。
その末に。
「母性がなさすぎるよ!家族なんだから協力すべきだろ」
この言葉でもう無理だと思った私は決断をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる