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45.英雄になろう
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王都の一角に存在する、とある森を立ち入り禁止にしたのは少し前のことだ。高地を好むはずの竜が森の中で卵を産んでしまい、母竜の気が立っていて危険だったためだ。
マルがその説明をすると、アベルは「だから? それは僕も知ってるけど、それと黒竜の話は別だろ。森で巣を作っちゃった竜は、青竜じゃないか」と素気なく返す。
「あの黒竜が、青竜の卵のパパだったら? 巣で何かあったのかもしれないじゃん!」
空から雷雲のような黒竜の咆哮が届く。地上にいるマルたちの指先まで振動がびりびりと響いてくるようだ。
都市や小国をも滅ぼせるほどの力を持つ黒竜。王都を脅かす理由が、青竜の巣と繋がっている気がした。
「……命知らずのどっかのばかが巣に悪さでもして、卵の父親が怒ったって話になるのか。そういや森に居着いたごろつきどもの討伐もあったな」
「うん」
青竜の巣の付近を立ち入り禁止にしたとき、同時に行われていた討伐だ。
「そうだとしても、マルは誰かに追われてるんだろ? 竜のことは放っといて逃げろよ」
「そうだよ。だからすぐ出発する。俺、先に森に行って巣を確認してから逃げることにしたから、急がなきゃ」
「おいマル、危ないから森は立ち入り禁止だってマルだって知ってるだろ。なのに何で行くんだよ! 青竜だって大型の凶暴な種なんだ。巣に近寄るだけでも相当危ないんだからな」
アベルがマルの両肩を掴み、目を覚ませと訴える。
そうだ。黒竜は別格だけれど、青竜も竜の中では上位種で、人と馴れ合うことなどない生き物なのだ。
「でも、アベルの言うとおり、俺たちは『花生み』だから、相手が竜ならできることあると思うんだ」
「ない! 絶対ないったらない! せいぜい美味しいディナーにされるだけだって! 生で食べられるか、焼かれて食べられるかの違いだろ!」
「あるもん! あるったらある! あんな危ないことしてるご主人様を助けられるかもしれないんだから、俺行かなきゃ!」
空を見上げると、黒竜は相変わらずそこにいた。違ったことは、息をする度に炎が口から漏れていて、いつロナウドたちへ襲いかかってもおかしくないほど緊迫していることだ。
竜騎隊は黒竜を王都から山間部へ誘導するのだろう。災害級の黒竜を相手に無謀だが、やらなければ王都が、カエルム王国が滅亡するかもしれない。空を飛ぶ黒竜を相手にできるのは、竜を従える竜騎隊しかいないのだ。
黒い煙が何カ所からか、空へ向かって上がっていた。おそらく黒竜の火の粉でも被ったに違いない。
「マルのばかっ! わざわざそんなことするなんて、ばかだ! ほんとばかっ!」
「大丈夫、俺一人で行くから」
頑として森に行こうとするマルへ、アベルがしかめっ面で唸ったり、じれったそうにその場を踏みならす。そして「あぁ、もうっ!」と叫んでから、マルへ再び向き合った。
「くっそぉおぉお……仕方ないっ……から、僕も一緒に行ってやるぅうううう」
「いいよ、危ないからやめときなよ」
『美味しいディナー』と言った張本人が、その通りに食べられてしまうかもしれない。
「お前が言うなーーっ! ありがたく僕を受け入れろよ!」
「だって、すごく危ないんだよ? なのにどうしてアベルは俺に付き合ってくれるの?」
青竜が危険だと散々反対した上で付き合う。それは相当な理由があるはずだ。
訊ねると、アベルはぐっと唇に力を入れて、それから答えた。
「……ぼくは……僕を一度でも『にいちゃん』て呼んだ奴が……この世からいなくなるのは嫌なんだ……。マルのためじゃないぞ、僕自身のためなんだ」
マルは、あの夜を思い出した。
今でこそ気の置けない仲となったアベルとマルだが、竜騎隊で出会った当初は、アベルからの人当たりがきつかった。それが一転したのが、冬の嵐と呼ばれる一夜だった。
アベルは亡くなった家族の話をした。カインという弟がいたことを。
そしてマルへ『にいちゃん』と呼ばせたのだ。
――お……おい、お前さ『にいちゃん』って試しに言ってみろよ。試しにだ、試し。本気にすんなよ?
――ダメだ、どこも似ていねぇ。俺の弟の方がずっとかわいいわ。この下手くそが。
同じ花生みで、家族がいなくて、心に傷を持っているもの同士。狭いマルのベッドで震える身体を寄せ合い、手を繋いで眠った。
それからだった。アベルがマルへの態度を変えたのは。年末の休暇を過ごす家を探す手伝いをしてくれたし、町へ二人で出かけたりもした。背中の入れ墨を見ても、マルが犯した罪についても追求しないでくれている。
危険な青竜の巣に行くことさえ、アベルは付き合うと言うのだ。
「いいか、二人で行くけど、隊長は僕だ。マルは勝手なことするなよ」
「分かった!」
「よし、黒竜が大暴れする前に早いとこ青竜の森へ行こう。でも、絶対に無理だと思ったらすぐに引き返す。そのときは僕だけじゃない、マルも一緒に帰るんだ」
「うん!」
「……でも、でも万が一、僕たちでなんとかなりそうだったら……全力で対応する。そのときはちょっとぐらい危なくても、頑張るんだ。僕も逃げない。マルも逃げない。いいな?」
マルが森へ行くのをあれだけ反対していたにも関わらず、多少の無理は覚悟の上の口ぶりだ。アベルの力のこもった目は、しっかりと確認するようにマルを見つめる。
「分かった。逃げない。ねえアベル、俺たち英雄みたいだ」
「……そうだよ。英雄になるんだ。今ってさ、王都だけじゃなくて、カエルム王国そのものが危機なんだ。さっきの隊員も言っていただろ? 王都が潰れたら諸外国が襲ってきて、みんな奴隷になるかもって。だからもし僕たちがこの一大事を解決できたら、国を救った英雄になる。そしたら……」
「そしたら?」
「……恩赦が出るかもしれない」
カエルム王国において恩赦とは、罪人の罰が赦されることだ。国の慶事があると下される場合もあるし、特別な貢献をすればその者の過去の罪が消えたり、市民権が復権したりする。
「マルはやばいことしたんだろ? どんなことか知らないけど、国を救った英雄になれば帳消しになるはずだ。そうしたら逃げないでいいんだ! 正々堂々とここに居られるんだよ!」
マルは全身が総毛立った。
マルがその説明をすると、アベルは「だから? それは僕も知ってるけど、それと黒竜の話は別だろ。森で巣を作っちゃった竜は、青竜じゃないか」と素気なく返す。
「あの黒竜が、青竜の卵のパパだったら? 巣で何かあったのかもしれないじゃん!」
空から雷雲のような黒竜の咆哮が届く。地上にいるマルたちの指先まで振動がびりびりと響いてくるようだ。
都市や小国をも滅ぼせるほどの力を持つ黒竜。王都を脅かす理由が、青竜の巣と繋がっている気がした。
「……命知らずのどっかのばかが巣に悪さでもして、卵の父親が怒ったって話になるのか。そういや森に居着いたごろつきどもの討伐もあったな」
「うん」
青竜の巣の付近を立ち入り禁止にしたとき、同時に行われていた討伐だ。
「そうだとしても、マルは誰かに追われてるんだろ? 竜のことは放っといて逃げろよ」
「そうだよ。だからすぐ出発する。俺、先に森に行って巣を確認してから逃げることにしたから、急がなきゃ」
「おいマル、危ないから森は立ち入り禁止だってマルだって知ってるだろ。なのに何で行くんだよ! 青竜だって大型の凶暴な種なんだ。巣に近寄るだけでも相当危ないんだからな」
アベルがマルの両肩を掴み、目を覚ませと訴える。
そうだ。黒竜は別格だけれど、青竜も竜の中では上位種で、人と馴れ合うことなどない生き物なのだ。
「でも、アベルの言うとおり、俺たちは『花生み』だから、相手が竜ならできることあると思うんだ」
「ない! 絶対ないったらない! せいぜい美味しいディナーにされるだけだって! 生で食べられるか、焼かれて食べられるかの違いだろ!」
「あるもん! あるったらある! あんな危ないことしてるご主人様を助けられるかもしれないんだから、俺行かなきゃ!」
空を見上げると、黒竜は相変わらずそこにいた。違ったことは、息をする度に炎が口から漏れていて、いつロナウドたちへ襲いかかってもおかしくないほど緊迫していることだ。
竜騎隊は黒竜を王都から山間部へ誘導するのだろう。災害級の黒竜を相手に無謀だが、やらなければ王都が、カエルム王国が滅亡するかもしれない。空を飛ぶ黒竜を相手にできるのは、竜を従える竜騎隊しかいないのだ。
黒い煙が何カ所からか、空へ向かって上がっていた。おそらく黒竜の火の粉でも被ったに違いない。
「マルのばかっ! わざわざそんなことするなんて、ばかだ! ほんとばかっ!」
「大丈夫、俺一人で行くから」
頑として森に行こうとするマルへ、アベルがしかめっ面で唸ったり、じれったそうにその場を踏みならす。そして「あぁ、もうっ!」と叫んでから、マルへ再び向き合った。
「くっそぉおぉお……仕方ないっ……から、僕も一緒に行ってやるぅうううう」
「いいよ、危ないからやめときなよ」
『美味しいディナー』と言った張本人が、その通りに食べられてしまうかもしれない。
「お前が言うなーーっ! ありがたく僕を受け入れろよ!」
「だって、すごく危ないんだよ? なのにどうしてアベルは俺に付き合ってくれるの?」
青竜が危険だと散々反対した上で付き合う。それは相当な理由があるはずだ。
訊ねると、アベルはぐっと唇に力を入れて、それから答えた。
「……ぼくは……僕を一度でも『にいちゃん』て呼んだ奴が……この世からいなくなるのは嫌なんだ……。マルのためじゃないぞ、僕自身のためなんだ」
マルは、あの夜を思い出した。
今でこそ気の置けない仲となったアベルとマルだが、竜騎隊で出会った当初は、アベルからの人当たりがきつかった。それが一転したのが、冬の嵐と呼ばれる一夜だった。
アベルは亡くなった家族の話をした。カインという弟がいたことを。
そしてマルへ『にいちゃん』と呼ばせたのだ。
――お……おい、お前さ『にいちゃん』って試しに言ってみろよ。試しにだ、試し。本気にすんなよ?
――ダメだ、どこも似ていねぇ。俺の弟の方がずっとかわいいわ。この下手くそが。
同じ花生みで、家族がいなくて、心に傷を持っているもの同士。狭いマルのベッドで震える身体を寄せ合い、手を繋いで眠った。
それからだった。アベルがマルへの態度を変えたのは。年末の休暇を過ごす家を探す手伝いをしてくれたし、町へ二人で出かけたりもした。背中の入れ墨を見ても、マルが犯した罪についても追求しないでくれている。
危険な青竜の巣に行くことさえ、アベルは付き合うと言うのだ。
「いいか、二人で行くけど、隊長は僕だ。マルは勝手なことするなよ」
「分かった!」
「よし、黒竜が大暴れする前に早いとこ青竜の森へ行こう。でも、絶対に無理だと思ったらすぐに引き返す。そのときは僕だけじゃない、マルも一緒に帰るんだ」
「うん!」
「……でも、でも万が一、僕たちでなんとかなりそうだったら……全力で対応する。そのときはちょっとぐらい危なくても、頑張るんだ。僕も逃げない。マルも逃げない。いいな?」
マルが森へ行くのをあれだけ反対していたにも関わらず、多少の無理は覚悟の上の口ぶりだ。アベルの力のこもった目は、しっかりと確認するようにマルを見つめる。
「分かった。逃げない。ねえアベル、俺たち英雄みたいだ」
「……そうだよ。英雄になるんだ。今ってさ、王都だけじゃなくて、カエルム王国そのものが危機なんだ。さっきの隊員も言っていただろ? 王都が潰れたら諸外国が襲ってきて、みんな奴隷になるかもって。だからもし僕たちがこの一大事を解決できたら、国を救った英雄になる。そしたら……」
「そしたら?」
「……恩赦が出るかもしれない」
カエルム王国において恩赦とは、罪人の罰が赦されることだ。国の慶事があると下される場合もあるし、特別な貢献をすればその者の過去の罪が消えたり、市民権が復権したりする。
「マルはやばいことしたんだろ? どんなことか知らないけど、国を救った英雄になれば帳消しになるはずだ。そうしたら逃げないでいいんだ! 正々堂々とここに居られるんだよ!」
マルは全身が総毛立った。
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