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33.交換条件

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 先ほどまで苛立っていたはずのロナウドが、なぜ。
 その理由が分からずとも、つるが絡んだままのロナウドは今までと違って見えた。

「花の相手は、誰か他の隊員だと思っていたが、そうか……そうだったのか。それは……嬉しく、思う」
「あいて……?」

 マルにとって見慣れてきた銀色の花に、意味があるのは知っている。この花をマル以外で見た者は、ロナウドとアニムスとアベルだ。
 ロナウドは、マルが銀の花を生んだときに何を考えていたのかを気にした。アニムスは困っていた。アベルは、マルへ銀の花の意味を知っているのかと訊ねた。
 三人とも反応が違った。手がかりはあるけれど、頭の中に舞い散る花弁のようで、上手くまとめられない。ただ、あまり追求してはいけないのだと、アベルの発言から認識していた。

「花生み自身が気が付いていないとは意外だが……。マル、この花が生まれるのは条件があってだな、私が言うのも照れるが、それは花生みがこ……」
「ダメ! ご主人様、ダメです!」

 言いかけたロナウドの口をマルが両手で封じた。気圧されたロナウドが目を瞬く。
 マルの行為が無礼であっても、背に腹はかえられなかった。

「ごっ、ごめんなさいっ、でも、ダメなんです。あの、ご主人様は知らないんですか? 銀の花に関わると……呪いみたいなものに遭うって! だからそれ以上言わないって約束をしてくれないと、この手はどかせません!」

 ややあってロナウドが頷いたので、マルは「絶対ですよ」と念を押してからそっと手を離す。

「……呪いがあるとは驚きだ。初めて聞くが?」
「俺もご主人様が知らないのに驚きました。俺はアベルにこの前教えてもらったんですけど、実は『竜に蹴られる』呪いなんです……。だから、簡単に口に出したらいけないみたいです」
「待て、それはそういう……」
「ダメです。もうご主人様はこの花のことをしゃべらないでください。約束しましたからね。絶対ですよ。竜に蹴られたら大怪我します。もしかしたらもっと酷いことになるかもしれないし……そんなの俺、嫌です」

 マルが真剣に話せば話すほど、ロナウド目に困惑の色が浮かぶ。
 無理もない。下手をすれば、命を落としかねない呪いなのだからとマルは思った。
 ロナウドは自分の主人でもあり、恩人でもあり、思い人でもある。そんな大事な人を危険にはさらせない。まして、マルが生んだ花が原因になってしまうなど、絶対に避けたい。
 一歩も引かないマルの態度に、最後はロナウドが折れる形となった。

「……分かった。だが、私からも一つ条件がある」
「なんですか?」
「マルは年末の休暇を私の屋敷で過ごす。いいな?」
「それが……条件、ですか?」

 願ってもない話だ。
 ロナウドの屋敷に戻れる。料理長にも、マチルダにも、ホセにも、どんぐりにも会えるし、ロナウドとだって勿論一緒だ。あの愛おしい過去が、再び現実となるのだ。
 自分はロナウドから避けられていない、必要とされている。
 干上がった大地へ慈雨が降り注がれるように、マルのひび割れた心が潤いを取り戻していく。

「そうだ。交換条件なのだから異論は認めない」
「わ……かりました。ご、ご主人様のお屋敷に戻ります。あの、嬉しいです。ありがとうございます」

 頬が緩むと、いまだに絡まっているつるへ追加で花がいくつか生まれた。親指の爪ほどの大きさで、淡く明るいオレンジ色。希望の光のようだった。

「これで年末の宿泊先を募集する必要がなくなったな。彼らには私から返事をしておくので、気にしなくていい。それから……もう『一人でも平気』だなどと言わないでくれ。言われると、寂しい……」

 マルの知る限り、ロナウドはマルよりも幼いころから、人生を切り開いてきた。最年少で竜騎隊へ入隊して、隊長にまでなっている。人格も優れていて、弱きを助け、礼儀も正しい、まごうことなき立派な騎士だ。瑕疵などどこにも見当たらない。そのロナウドが言うのだ、寂しいと。

「ご主人様なのに、寂しくなったりするんですか?」
「あぁ、自分でも驚くほどだ。それに、マルの募集の紙も衝撃だった。掲示板で見付けて剥がしたのに、まさか三枚も貼られるとは思わなかった。そんなにマルは私の屋敷を避けたいのかと……」

 ロナウドは話ながら、巻き付いたつるからそっと手を抜く。それからマルに絡む大量のつるも丁寧にはずそうとしたが、あまりにも複雑になっていて、途中で千切るしかなくなったが、酷く残念そうにしていた。

「もう貼ってはいけない」
「……はい」

 ロナウドは葉の一枚も残らず全て抱え、さりげなく脇机の手紙もさらう。

「夜分に邪魔をした」
「はい……あの、いえ、いいえ、俺は、会えて嬉しかったです」
「そうか」

 ロナウドは部屋の扉の前で見送るマルを振り返ると、小さな頭へ唇を落とした。

「早く休むがいい」

 木が細く鳴いて、扉は閉められた。
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