上 下
11 / 46

11.ロナウドの強さ

しおりを挟む
「……続けられそうなら良かった。よろしく頼む」
「は……はいっ! 続けますっ。続けられます! ありがとうございます! 俺、たくさん食べて大きくなりますっ!」

 勢いで口から出たのは、やはりおかしな答えだった。だがロナウドは気にする様子もなくいつも通りで。「期待している」と返す。
 ところで、とロナウドは続けた。マルから何か気になることや訊ねたいことはないか、と。
 昨日来たばかりの身では、疑問に思うほどこの屋敷のことを知らない。

「う……。え、えっと。そうですね、うーんと……」

 しゅる、るる、と細いつるが思案するマルの首にそって絡まる。

「ないのなら無理して考えなくてもいい」
「ま、待ってください、えーと……」

 考えようとしても、これからも屋敷にいられる喜びが先行して疑問も悩みも思いつかない。その間もつるはしゅるるると長く伸びていく。

「分かった。思いついたときに教えてくれ。……だいぶつるが伸びているが、大丈夫なのか?」

 幾重にも首を飾るネックレスのように、つるはマルを彩って腕から手首にまで絡みついている。

「あ、大丈夫です。いつもってわけじゃないんですけど、悩んだり考え事してたりすると、俺はつるが出やすいんです。……他の花生みと違って、そんなに花が生めなくて。代わりにつるとか葉っぱばっかりなんです……」
「そうか、そのつるも明日カシスにやってくれ。いや、私が朝出かける前にやろう。取ってもいいだろうか?」

 マルが承知すると、ロナウドがそうと首筋に触れた。マルが自分で摘むときは、ぶちぶちと引きちぎっている。けれどロナウドは丁寧に、つるの根元を一本一本摘まんでいく。
 こういうところだ。感情を表に出さなくても、多くを語らなくても、行いが如実に物語る。男爵家に生まれ、そこから生家とどうなったかは知らないが、先月成人したばかりなら料理長たちとの出会いはおそらく子どものころだ。
 一体いくつのときだったのか。幼い姿を想像してはみたが、どうも今と同じような気がした。

「あの……ご主人様は、どんな子どもだったんですか?」

 丁度気になることができたので、訊ねてみた。

「私か。そうだな……父や兄たちが言うには、無表情で子どもらしくなかったそうだ。父は爵位を兄へ譲って地方に住んでいるのでな、会うのは母の命日くらいだが、毎年その話を持ち出される。今の私をそのまま小さくしただけらしい」

 ロナウドの母は父男爵の愛人だったそうだ。母が亡くなって男爵家に引き取られた後にカシスと出会い、剣の腕を磨いて竜騎隊へ最年少で入隊したという。この屋敷もその際に再び移り住んだのだと、他人事のように話した。

「カシスに乗って、散々空を飛び回って遊んだのが良かった。剣よりも操竜の技術を買われたからな」

 ロナウドがカシスを大切にするのは、自分の竜としてだけでなく、深い意味があるのだろう。母が遺した可憐な屋敷で、少年と竜が寄り添って暮らしている。そんな姿を思い浮かべて、マルは鼻の奥がつんとした。
 無表情な子どもだった理由は、もしかしたらそういった事情からきているのかもしれない。
 マルだって平穏とは真逆の生活を強いられていた。花生みに生まれたことを忌々しいと恨み、他人など信用しなかった。
 けれどロナウドの小さな手は、料理長、マチルダ、ホセへと差し出され、彼らを救った。マルもそうだ。
 ロナウドの清廉さは心が痛くなるほどだ。鋼のように強くて、磨かれた剣のように美しい。
 生きる場所を与えてくれた恩に報いたい。ここにいられるのなら何でもしよう、と思った気持ちに間違いはない。今はもっと強く思っている。

「俺……いっぱい悩むことにします」

 マルに絡みついたつるは手繰られて、ロナウドの手の中へ収まっていく。全てを取り除くと、両掌から少し垂れるほどあった。

「何の話だ?」
「いっぱい悩んで、難しいこともたくさん考えます。それでつるが生まれたら、カシスにあげます。俺、カシスと友達になろうって決めたんです」

 ロナウドが大切にしているものを、自分も大切にしよう。それが正しい。

「……そうか。それは頼もしいが、悩むのはほどほどにしておくといい。あぁ、そうだ、マルはチーズが好きだっただろう。まだ手を付けてないから、よければ食べないか? ワインのつまみに用意されたのだが、もうワインは飲みきってしまったからな」

 そう薦められたのは、チーズの載った皿だ。穴の空いたもの、オレンジ色をしたもの、ナッツが混じるもの、とろけているもの。真っ白な皿に数切れずつ整列している。この全部がチーズらしい。
 どれも初めて見るチーズだ。
 マルの知っているチーズとは、孤児院がチーズ屋から廃棄寸前のものを善意で貰うものだったので、中途半端にカットした余り物や、固くなった端っこだった。それでも食べられないことはないし、口の中で長持ちするから好きだった。

「すまんな、このままは食べられなかったな」

 ロナウドがくるまったナプキンを広げて、そこから細いフォークを取り出す。チーズを射すとひょいとマルの目の前に出した。
 食べたい。けれどマルの手は、ランプの掃除をしていたので粘りつく煤で黒く汚れている。ぴかぴかに磨かれたいかにも高そうなフォークを汚したくなかった。
 だから。

 ぱくり。

 マルはフォークの先に刺さったチーズを咥えた。これならフォークを汚さずに済む。
 口の中に入ってきたのは、とんでもなく美味しいチーズだ。むっちりしていて、ミルクの香りがする。こんなに上等な食べ物、急に飲み込んだら腹が驚くに違いない。よく噛んでおかなければ、と丹念に隅から隅まですりつぶすように噛んでいると、ロナウドが額に手を当てて俯いていた。

「ごめんなさい、俺、何か間違えましたか?」
「……いや、いい。間違っていないから気にするな……。それより、味はどうだ? 好きか?」
「はい! とっても美味しかったですっ!」

 ほのかに黄身を帯びた白い小花が首元に生まれた。
 チーズ色の花だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

龍は精霊の愛し子を愛でる

林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。 その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。 王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

貧乏貴族の末っ子は、取り巻きのひとりをやめようと思う

まと
BL
色々と煩わしい為、そろそろ公爵家跡取りエルの取り巻きをこっそりやめようかなと一人立ちを決心するファヌ。 新たな出逢いやモテ道に期待を胸に膨らませ、ファヌは輝く学園生活をおくれるのか??!! ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...