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第二章

21話 お母様にも同じ苦しみを②

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「……ありえない。ありえないわっ!」

突如、今まで静かだったビアンカ姉様がわなわなと口を震わせて叫んだ。

美しい顔も台無しで、ひどく醜くくなっている。
フィリップ様も思わず後退りしてしまっているくらいだ。

ビアンカ姉様はハリスさんを睨む。

「撤回して!」

「え……? ビアンカ?」

「気安く私の名前を呼ばないで! 私がただの平民の娘だなんて絶対にありえない!」

ビアンカ姉様は、ハリスさんを突き飛ばす。ハリスさんは自身の娘の様子を見てひどく驚いていた。

「これでわかったでしょう? 男爵家の血も通っていないただの贅沢な平民の娘を嫁として迎えるだなんて言いませんよね」

キース夫人は、隣でおろおろしているキース伯爵をねめつける。

「あ、ああ」

「お父様!!」

フィリップ様が血相を変えて抗議する。

「ビアンカに罪はありません! そんな理由で婚約破棄なんてあんまりです!」

「うーむ……」

キース伯爵は、気まずそうに目を逸らし、頭をかいた。ほんとにこの人は甲斐性なしという言葉が似合う人だな。

「フィリップ様」

ビアンカ姉様の方を見ると、彼女は先程取り乱していたとは思えないような、美しい微笑をたたえていた。目を細めて、フィリップ様の手を握る。

「ビアンカ……」

フィリップ様が姉様を抱きしめ、なんか寒い茶番を見せられてるなぁと思っていたが、さすが姉様である。私の予想を遥かに超えてくる。

突如、姉様はフィリップ様を突き放し、キース夫人の前に来て、彼女の目を見据えた。

「フィリップ様のためです。婚約破棄は受け入れます」

彼女は涼しい表情で言った。
意外だ。もっと慌てると思っていたのに。何を企んでるの?

それはキース夫人も同じだったようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまっている。

「ビアンカ!? 嘘だろ!? 僕はこんなの気にしないよ」

フィリップ様が必死で姉様に縋りついた。なんだかその姿は滑稽で、これが初恋の人とか私の目は腐ってたんだなと思った。

ふと、ノアの様子が気になって見てみると彼はお菓子が大量によそってあるお皿を三枚ほどテーブルに広げて、目をキラキラさせながら、それらを頬張っている。こちらの様子には興味すらないようだ。
一瞬、表情が緩みかけたがすぐに引き締める。

「そうだ! 私がダメならフィリップ様の婚約者はレイラでどうですか? あなたフィリップ様のこと好きだったじゃない」

「は?」

能天気に笑う姉様を見ていると、ほんとに理解できなくて怖ささえある。

ノアと目があったが、すぐに逸らされてしまう。それがなぜか私に焦りのようなものを与えた。

「何言ってるんですか? 前に姉様は魔女である私とフィリップ様では釣り合わないと仰っていたでしょ?」

「今考えたら二人はお似合いだなって! そう思いませんか? お義父様!」

姉様は、キース伯爵に擦り寄った。伯爵はだらしない顔で頷く。

「たしかになぁ」

フィリップ様は唖然として、言葉すら出てこないようだ。

「その話はまた今度にしましょう」

キース夫人の有無を言わせない芯の通った声がその場に響く。姉様は少しだけ悔しそうに唇を噛んだ。

「……そろそろ私たちはお暇させていただきます」

ふらついた足取りでお父様が、キース夫人の元まで行ってお辞儀する。
地べたに座るお母様には見向きもしない。

「サ、サイラス様……」

涙で目を真っ黒にしたお母様がお父様に縋りついた。しかし、お父様は厳しい目つきでお母様を足蹴にした。

「この、売女めが……」

そう吐き捨てると、お父様は会場を去っていく。ビアンカ姉様はお母様とお父様を見比べた後、慌ててお父様を追いかけた。

ハリスさんがビアンカ姉様の名前を呼ぶが、姉様は振り返ることもなかった。
ハリスさんは力なく手をぶら下りとげ、茫然とそこに立っていた。

私はお母様のそばまで行き、そっと耳元で囁いた。

「どうですか? 家族から罵られる気分は?」

「あんたのその目が嫌いなのよ……昔からずっと」

お母様は私を汚らわしいものでも見るかのように、顔を顰めた。

「私も、お母様のその目が大嫌いです」

私はお母様に背を向ける。涙を啜る音が、私の耳に強く入ってきた。

「みなさま、お騒がせしました。どうぞ料理やダンスだけでも楽しんでいってください」

キース夫人が会場に笑いかけるが、周囲の貴族たちのどよめきが止むことはなかった。

「そろそろ帰るか」

満足げな顔をしたノアが私に言う。

「うん、帰ろう」

一瞬、お母様の肩を抱くハリスさんの姿が目に入ったが、私にはもうどうでもいいことだった。

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