上 下
16 / 61
第二章

14話 ハリスさんの話

しおりを挟む
今日は、午前中ノアたちと魔物祓いをして、その後ハリスさんの家を訪ねた。

騎士団のマントではなく、姉様からもらったウィッグを被って行った。リズも一緒にいる。

「どちら様で?」

扉を開けたハリスさんは、私たちの様子を伺っていた。

「この町を納めているローズブレイド家の次女、レイラ・ローズブレイドと申します」

「え……。今はここはローズブレイド家が治めてるのか?」

ハリスさんは、驚きの表情で私を見る。まだこの町に来て数日しか経っていないので知らなかったのだろう。

「はい。風の噂であなたがビアンカ・ローズブレイドを探しているとお聞きしました」

「とりあえず、中に入ってください」

ハリスさんは頷くと、私たちを部屋に招き入れた。
私は昨日と同じ椅子に座った。でもなぜか昨日の自分と今日の自分が別人のように思えた。

ハリスさんはしばらく俯いていたが、ようやく重い口を開いた。

「あの女は……まだ生きてるんですね」

「あの女?」

「ケイトリンですよ。貴方の母だ」

「ええ、生きてますよ。お母様のこと恨んでるんですか?」

その言葉に、ハリスさんはちらりとこちらを見たがすぐに俯いて眉間に皺を寄せた。

「憎いですよ。愛してたんだから」

「今日はそのお話を伺いに来たんです。聞かせてくれませんか。あなたと母の間に何が起こったのか」

ハリスさんは少し考えた後、静かに頷いた。

「わかりました。娘のあなたには聞く権利がある」

そうしてハリスさんは語りはじめた。彼がなぜお母様を恨むのか。


■■■


俺とケイトリンは、幼馴染だった。俺たちはお互いに想いあっていて、自然な流れで恋人同士になった。
俺の家は酪農家で、チーズ作りを生業としていた。

俺は、彼女と結婚するつもりだった。貧しくとも、彼女となら幸せになれると思っていた。

それなのに……。

「ねぇ、ハリス。私と別れてほしいの」

「え……? どうしてだ?」

「私はローズブレイド男爵と結婚するの」

「冗談だよな? だって君は俺を愛してるって……」

「私が愛してるのはお金よ。男爵はね、結婚したら好きなものをなんでも買ってくれると言ってるの」

それは、俺が知っているケイトリンではなくなっていた。俺が作ったチーズを食べておいしいと笑った彼女はもうどこにもいなかったのだ。

ケイトリンに捨てられた俺は彼女を憎み続けた。だけど、彼女を忘れることなんてできなかった。
風の噂で、彼女がローズブレイドとの息子を産んだという話を耳にすると、俺の心は深く傷ついた。彼女が憎いはずなのに……。

しかし、その後すぐにケイトリンが俺の家に押しかけてきた。彼女はやはり俺のことを愛しているのだと言った。
あの日のことは思い出したくもない。俺が生きてきた中で最大の過ちをおかしてしまった日だ。

その日から間もなくして彼女がまた家にやってきて、妊娠したことを知らされた。
タイミング的に俺の子供である可能性が高いと言う。

「俺たちの子供なのか? そうか……そうか」

愚かな俺はその知らせを聞いてどこかで喜んでいた。俺の頭の鱗片には彼女と共にその子を育てるビジョンすらできていたのだ。
だけど、彼女は違った。

「最悪よ。サイラス様に知られたらどうすればいいのよ!?」

なぜか彼女は俺の家で泣き喚いた。

それから彼女は、夜中に俺の家に来るのが習慣になっていた。ビアンカを産んだ後もそれは続いた。

一度だけ、赤ん坊のビアンカを彼女が連れてきたことがあった。俺によく似た可愛らしい赤ちゃんだった。
この目でこの子の成長が見られたらどれだけ幸せだろうか。でも、それは叶わない。

俺はさらにケイトリンを憎んだ。だけど、毎週夜中にやってくる彼女を拒むことはどうしてもできなかったのだ。

今から十年ほど前、ケイトリンは夜中にやってきて、俺に別れを告げた。別の町に住むことになったと。
彼女は、どの町に移るのかけっして教えてくれなかった。
そして俺は、実の娘に永遠に会えなくなってしまったのだ。

ケイトリンのことは今でも憎くて憎くてしょうがない。だけど、それと同じくらい彼女のことを愛おしく思う自分がいる。

憎くて憎くて愛おしい存在。
それが俺にとってのケイトリンだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

処理中です...