花喰いの安珠

紺Peki獅子

文字の大きさ
上 下
12 / 14
愛しい貴女へ

私の愛、

しおりを挟む
 愛。
 愛って、私の役割これのことやないんやろか?やったら、今まで私がやってきたことの意味は?私がずっと信じてきた愛は、間違ってたんやろか?

 さっきから、胸が苦しい。頭が真っ白になって何も考えられない。考えたくない。自分という存在が、足下から崩れてしまいそうや。

 嗚呼早く、はやく椙山さまの望む"婚約者"の役割を果たさんと。"役割"だけが、私の救い。
 喩え、私の人生を一瞬で分からなくしてしまう人なんやとしても。この人は茄子や。茄子ただ苦手なだけや。嫌いになんか、なってない。

 ちゃんと受け入れんと。どんな人でも、すべて、受け入れんと。"村長の娘"に出来るのはそれだけしかーーーーーーーーーー。






「っ、?!」

何っ?!く、ぐるじい…!いきなり顔に柔らかいものが押し付けられて、息が…っ!
 焦ってもがくと、少し力が弱まる。息を吸い込めば、ふわりと花の香り。これは……

「安珠ちょっと、人前……」

ていうか、椙山さまの前……婚約者がいるのにくっつくのは良くないて。離れて。安珠の背中を軽く叩く。

「ねぇ杏花、杏花聞いて。」

 安珠の、やさしいのにどこか硬い声が耳に注がれる。顔を上げるが、あの綺麗な深緑は長い前髪に隠れている。

「すべてを受け入れようとするのは、相手のことを知らずに接するの食わず嫌いが嫌だから。

相手に合わせてしまうのは、それをする事で他の人に良い気持ちで居て欲しいから。誰かが嬉しいと、杏花も嬉しくなるから。

みんなが幸せなら、杏花も幸せなんだよね。
……だから杏花は、人を嫌いになってしまうのが怖かったんだよね。」

怖い……?
確かに、心のどこかで恐れていたのかもしれん。絶対に嫌いにならないように、って。
でもやめて。やめて安珠。その先を言わないで。

だってそれは、その意味は、






「人を嫌いになった自分が、他人から嫌われてしまうのが怖かったから。」







「……っ」
息が止まる。

 やっぱり、なんて酷い響きなんやろ。他の人を大事にしてるように見せかけて、自分のことしか考えてない。
 
 今までに、私にとって受け入れ難い人はたくさん居った。相手が、私を、見た目だけで判断して受け入れようとしなかった人も居った。

「どんな人でも受け入れようと頑張ってる杏花を、私は尊敬する。」

 ……そんな、違うの、安珠。
 私は、私が受け入れられないことが悲しかった。嫌やった。その嫌なことを、私自身が他人にしていることが、許せんかった。
 ただそれだけ。私が受け入れれば、相手も私を受け入れてくれると思っただけなんや。

「……他の人への愛も、自分への愛も、ちゃんとある。気持ち悪い自己犠牲なんかより、よっぽど健全じゃん。」

「でも……」
視線が泳ぐ。
 私は今、椙山さまを受け入れることが出来そうにない。"村長の娘として、すべてを受け入れる" という救いの"役割"さえ、果たせそうにないんや。
 こんなこと初めてで、どう対処すれば良いのか分からない。

「大丈夫、落ち着いて。私の目を見て。」

両頬を包み込まれ、目線を上げる。

「きっと、杏花の愛は、"すべてを受け入れる" ことじゃなくて、"食わず嫌いをしない" ことなんだよ。
一度食べてみて、やっぱり苦手で、で、食べられないものがあるのと同じこと。」

ざあ…と生暖かい風が吹く。
顕になったその深緑の目に、浸食される。




「杏花、」






「人を、嫌いになっても、いいんだよ。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

カジュアルセックスチェンジ

フロイライン
恋愛
一流企業に勤める吉岡智は、ふとした事からニューハーフとして生きることとなり、順風満帆だった人生が大幅に狂い出す。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

男性向け(女声)シチュエーションボイス台本

しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。 関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください ご自由にお使いください。 イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました

処理中です...