花喰いの安珠

紺Peki獅子

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愛しい貴女へ

もしも貴女が男だったら

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つづき。

ーーーーーーーーーー

「ふふ、杏花は愛されてるね。」

背後から声がして、振り返る。

「安珠。おはよう」
「おはよう、杏花。」

 優しく笑う安珠に、さっきまでの憂鬱さが晴れていく。安珠は私に無償の愛をくれる。まるで本当の家族みたいや。ああでも、お父は愛してくれないから……言ってみれば、安珠は私を愛してくれる人。大事な大事な私の味方。
 ぎゅっと安珠に抱きつくと、一瞬固まって、暫くしてからふわって抱きしめ返してくる。いつもそうだから、昔嫌なのか聞いたら
「ぜ、全然嫌じゃない!むしろ嬉しいから!」
と食い気味に返してきたこともあったわ。

 っと、それより気になることが。
「……愛されてるって、誰に?」

「あれ?杏花分かんなかった?美里だよ。」
安珠が当然のように言う。
「杏花と仲良くなりたいけど、素直になれない、みたいな。」

「えぇ…。ちょっと信じられんのやけど。」

思わず胡乱な目で腕の中から安珠の顔を見上げる。
 安珠は女の子にしては背が高く、四尺九寸約150センチもある(因みに私は四尺一分約142センチや!)から、いつも下から顔を見ることになる。鼻筋がすっと通ってて、薄桃色の唇、切れ長の目。そのどれもが綺麗で、だけど少し長めの前髪のせいで、こちらから安珠のその目がよく見えんのは残念なんよね。睫毛も長くて綺麗やから近くで見たいのに、顔を近づけると真っ赤になって顔を背けるし。そのくせ、「杏花がかわいすぎて照れる。」とか言って私の肩口に顔を埋めてきたりするし。しかもお花みたいないい匂いがするから、こっちも何故か照れてまう。

「本当のことだよ。美里だけじゃない。村の沢山の人に、杏花は愛されてる。…もちろん、一番愛してるのは私だけど。」
「村のとは言わないんやね。」
「……そりゃあ、人それぞれ育ってきた環境が違うんだから、価値観も人の好みも人それぞれ。全ての人から好かれるのは難しいよ。」

そう……なんかな。
 それでも、みんなに愛されたいと、お父に愛されたいと思うのは、傲慢なんかな。
 無意識のうちに俯いてたらしい。杏花、と優しく呼ばれて顔を上げた。

「全ての人に好かれるのは難しいけど、それでも、心の底から杏花を愛してる人が居ることも、忘れないで。ね?」

私に言い聞かせるように、それでいてどこか懇願するようにそう言って、私と目線を合わせるように、安珠は首を軽く傾げた。
 さらりと前髪が流れて、安珠の目元が明るくなる。初めて目にしたそれに、息を飲んで目を見開いた………が、どれだけ見つめても、変わらない。勝手に黒か茶だと思っていた安珠の目の色は、見た事もないくらい美しい、トンボ玉のような深緑色。そしてそれが、真っ直ぐに、私を見つめていた。

「あ……」

お父だ。いや、お父にして欲しかった目だ。愛されていることを疑いようがない程の真っ直ぐな目。
 安珠は、この土地の人間ではないのかもしれない。何処か異国の人間かもしれない。もしかして、伴天連バテレンの子だったり?でも、私にとって、そんなことは大したことやない。
 そっと、安珠の頬に手を添える。汗で頬がしっとりと冷えていて、気持ちがいい。

 




「……愛してくれて、ありがと。」

小さな声でそう言って、すり、と親指で優しく頬を撫でると、既に前髪に隠れてしまった安珠の目が、柔らかく細められたのが分かった。安珠って、撫でられるの好きなんかな?



 真っ直ぐに自分の愛を伝えるのは難しい。言葉に出来ないような、ぐるぐるふわふわそわそわしたものを、精一杯の語彙力で形作る。



「もし、もしも安珠が男の人やったら、私……」


 今度は安珠が目を見開く番だった。抱きつく時みたいに固まってーーー



そして、へにゃりと笑った。


 嬉しそうに蕩けた笑顔は、何処となく泣きそうに見えた。
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