アラフォー料理人が始める異世界スローライフ

料理人は人々と交流する

新しい宿

ハクの気持ちを知った俺は、仕事の邪魔にならないように兵舎から退散する。

そして、尻尾を振ってご機嫌のハクを連れて宿へと歩いていく。

理由は簡単で、最後にアリアさんに抱っこしてもらったからである。

……少し厳しくするか。

「クンククーン～」

「まったく、おまえってやつは」

「ワフッ？」

「とりあえず、お前の気持ちはわかった。明日から、色々と考えるとしよう」

「キャン！」

「さて、どうする？」

俺はランクが上がったとはいえ、この世界のハンターしては素人同然だ。
危険な区域の把握もしてないし、仲間のハンターがいるわけでもない。
早いところ、ハクに適した鍛錬の場を見つけなくては。

「そういえば、近くにダンジョンがあるんだったな。ハンターランクC級の俺は、同行者なしでも入れるとか」

そこは特殊な空間らしく、亜空間になっているとか。
洞窟だったり、地下なのに空があったり海があったり。
様々な魔物や魔獣も現れ、お宝も手に入るとか。
ただし、危険な場所で命の保証もない。

「ただ下の階に行くほど難易度が上がるというから、徐々に強くなるには良い場所だな。開業資金や運営資金を調達できるし……ただ、一度入ったら数日は出れないとか。そうなると、カイルとエルルを放っておくことになる」

今のあの二人は不安定なので、出来れば日帰りで帰ってきたいところだ。
そうなると、ダンジョンは難しい。
誰か、見てくれる者でもいれば良いのだが。







そんなことを考えていると、数日前から泊まっている宿へと到着する。

前の宿では四人では狭いのと、自分で料理を作りたいので借りた宿だ。

夕日が沈む中、その前でカイルとエルルが待っていた。

「あっ！ タツマさん！」

「にいちゃん！ 帰ってきた！」

「おいおい、中に入ってなさいって言ったろ？ スラム街ではないが、子供二人では危ない」

「だ、だって、帰ってくるか不安だったから……」

「それに、部屋が綺麗で落ち着かないんだ……」

その気持ちは痛いほどにわかる……俺も親父さんに引き取られた時、まったく同じことを思っていたから。
親父さんが帰ってくるまで扉の前で待ち、暖かい寝床が気持ち悪かったっけ。
やはり、二人を放っていくわけにはいかないか。

「そのうち慣れるさ。さあ、とりあえず中に入ろう。ハク、二人を連れて部屋に行きなさい。ついでに、お風呂でも入ってくるといい。その間に、俺は夕飯の支度をするから」

「ワフッ！」

「ハクちゃん！ いこっ！」

「おい！ 俺も行くって！」

三人を見送った後、俺も宿へと入る。
ここは三階建の宿で、テイマー協会から紹介された宿だ。
魔獣も自由に動いて良いし、二階には共同キッチンもあり自由に使って良い。
魔獣や種族によって食べる物が違うので、そのような形をとってるとか。
その代わり、安く泊まることができる。
ちなみに一階にはラウンジもあり、そこでお茶をしたりもできる。

「あの二人が気後れするのも仕方ないよなぁ……前の住処とは雲泥の差だろうし」

「タツマ様、お帰りなさいませ」

「あっ、セバスさん、ただいまです」

この宿のオーナーであるセバスさんが出迎えてくれた。
背筋の伸びた白髪の老紳士で、杖をついているがその佇まいには意外と隙がない。
おそらく、何かしらの武芸をやっていたと思う。
優しく穏やかな人で、ハクなんかすぐに懐いてしまった。

「ほほっ、それにしても今日も元気ですな」

「すみません、喧しくて」

「いえいえ、最近はお客さんも少ないですから楽しいですよ。獣人の二人には、まだ警戒されてしまいますが……無理もないことです」

「ご理解いただきありがとうございます」

「本当なら、私が見ていれば良いのですが……」

「いえいえ、十分に助かってますから。あの二人も、すぐに慣れてくれるでしょう」

そもそも、怖がってないだけ凄い。
それも、この方が優しい雰囲気を醸し出しているからだろう。
ただ、この人に護衛まで頼むことはできない。
当然、オーナーとしての仕事がある。

「そうだと良いのですが……」

「そうだ、もしよろしければ今日の夕飯をご一緒しませんか？」

「……良いのですか？」

「ええ、セバスさんさえ良ければ。少なくとも、 一ヶ月はお世話になるはずですから」

「それは嬉しいお誘いですな。それでは、有り難くお受けいたします」

「良かった。それじゃ、俺は夕飯を作りに行きますね」

よし、これで二人も俺以外の人族に慣れてくれたからいい。

セバスさんに挨拶をし、俺は二階へと上がっていくのだった。