8 / 57
『まて』をやめました 8
しおりを挟む◆レティシア視点◆
「記憶がなくなったと言っていたが、元気じゃないか。」
「うん、記憶がない以外は元気そのものよ!元気すぎて楽しいくらい。」
「それで、昔みたいに猫かぶりやめたのか。
怪我の巧妙ならず、毒の巧妙だな。ハッハッハッ」
「何いってるんだか?アハハッ」
緑の庭園、その向こうに見える白亜の小振りな宮殿。
そこに笑い声と、乾いた木のぶつかり合う音が響く。
緑広がる庭園の一画が芝を敷き詰められたちょっとした広場になっていた。
その広場のすぐそばには、パラソル立てされた下にテーブルセットがおかれ、その一脚に鮮やかな青い髪の美女が鎮座して広場で戯れる両名をブルーグレイの静かな目で眺めていた。
『美女』は、まるで高名な画家が描いた宗教画のような女神のように神々しい姿をしていた。
来ている服は、清涼で飾りが少ないが高価な生地を使った一級品。慎ましやかさを一層引き立たせていた。
ここは、ネモフィラ国の城内にある離宮の庭。
離宮の主は、女神のごとく美しい、レティシア・ヴィンセント。
聖女だ。
サイドを細く編んで後頭部でリボンを使って一つに結んだだけの飾りの少ない姿。
年齢は20歳になると言うのに、まるで少女のような可憐さがあった。
小さく細い手でティーカップのハンドルをつまんで口につけるその姿は、成熟した貴婦人の様な洗練さがある。アンバランスさも、それこそが芸術作品であるというかのような完成された姿だった。
はあ、まるで子犬がじゃれているようだわ。
レティシアの眼前で繰り広げられてるのは、婚約者たる王弟殿下のヴィクターと訪ねてきたザリエル家の姉弟との戯れ。
「レティシア様!見ましたか、私、一本取りましたよ。」
カンッと一際たかい音と共にヴィクターの手にあった木製の模造刀は、地面に落ちていた。
「まてっ、ちょっと油断しただけだ!最近まで寝たきりだった奴に負けるはずはない!」
「いいえ、負けは負けです。実際、木刀が落ちてるじゃないですか?」
ギャンギャンと言い合う様に、男女の色気などない。
なぜ、この二人を見て周りは似合いの恋人同士などと言っていたのか不思議でならない。
はっきり言って同性の喧嘩友達、異性にしても兄妹くらいにしか見えない。
まったく、思い込みというものは・・・
以前までの自分の考えに思わず溜息が出る。
「申し訳ございません、レティシア様。折角招いていただいたというのに、お茶を頂くことなく剣を振り回して・・・」
レティシアの一つ開けた先の椅子に座るのはジェイク。
申し訳なさそうに言いながらも、元気いっぱいに楽しそうなクラウディアを誰よりも嬉しそうな目でみている。
「いいのよ。今回はお礼も兼ねて招いたのですもの。それに、ヴィクター様もたのしそうですしね。」
そういいながら、視線は煌めく金色の髪の少年、いや、同じ年齢の男性よりも大人に近い姿の男性。
王弟殿下であり、婚約者のヴィクター。
兄王の政務の手助けをしながら自身も次期国王として日々忙しく学んでいるその人は、普段の厳しい顔つきを崩し幼いころからの幼馴染と屈託なく笑っている。
クラウディアの訪問を5日前に受けていなかったら、この笑顔も誤解したままだっただろう。
今では、男女の情はそこには全くないことをしった。
あの日から毎日、埋めるかのようにたくさん話した。
そして、お互いの気持ちに寄り添うことができたからこそ、穏やかに居られる。
王弟であり、次期国王に指名されているヴィクターは、15歳。
そして、婚約者のレティシアは20歳になる。
ネモフィラ王家は、現国王が病弱なため世継ぎが望めない。だから前国王が存命のときからヴィクターが兄王の次に王位を継ぐときまっていた。そのころは世継ぎどころか、成人まで生きられるかどうかといわれていたほど今の陛下の容態は危ぶまれていた。
しかし前国王は、皇太子を変えないと言い、その後継は若い側室から生まれたばかりの異母弟にと回りを固めた上、旅立って逝った。
その後国王となった今陛下は、体調の許す限り政務を熟しその傍らには幼少よりの婚約者であった、心を通い合わせた王妃が補助をしていた。
現国王の治世は、穏やかだ。それというのも国内で政権争いが起こることがないように、近隣諸国に攻め込まれないようにと優秀で信頼置ける重臣で固めた結果だった。
その重臣筆頭、宰相の娘で国に二人といない聖女のレティシアが次期国王たる王弟の伴侶に選ばれるのは至極当たり前だった。
しかし、嘗ては候補が数人いたのも事実。
レティシアは、人格身分ともに問題なくとも年齢がと言われていた過去がある。
そして、レティシアの次席で王子妃に近いのがクラウディアだった。
外交ルートで功績が高い、ザリエル伯爵家の令嬢クラウディアはヴィクターと同年齢なことと、幼き頃よりの幼馴染とのこともあってレティシアが聖女でなければあちらが選ばれたであろうと多くの宮廷人が噂していた。
実際、最近までは、ヴィクターの思い人はクラウディアであるとレティシアも勘違いしていたくらいだった。
その勘違いを正してくれたクラウディアには、感謝しかないのが今のレティシアの本心だった。
それを思うと、レティシアの婚約を確実なものにするためだけに結んだエドワードとの婚約を申し訳なくおもう。
あれは宰相の父がザリエル伯爵側に、無理やり結ばせたものだと聞いている。
本来、社交的で人見知りを知らないクラウディアが、借りてきた猫のようにおとなしくなったのも、ヴィンセント家の家風に合わせたものでクラウディアの魅力を押し殺すこととなった。
もっともレティシアは、以前のクラウディアとはお茶会などでしか会ったことがないので猫かぶりの大人しいクラウディアしか知らない。
病み上がりすぐに訪ねてくれたクラウディアの行動は、猫かぶりしか知らないものからすれば天地がひっくりかえるほど驚くものだった。
その彼女がもたらした、モノは驚きの連続だった。
でも、そのおかげで10年越しの誤解は解けて今までよりも親密になった。
クラウディアと一緒にこっちにやってくるヴィクター殿下は、今までとはちがって熱くとろけるような情熱と優しい目をして歩いてくる。
それをわたくしも微笑と、今までよりもドキドキと大きく波打つときめきと共にむかえいれた。
◇
48
お気に入りに追加
3,744
あなたにおすすめの小説
妹に呪われてモフモフにされたら、王子に捕まった
秋月乃衣
恋愛
「お姉様、貴女の事がずっと嫌いでした」
満月の夜。王宮の庭園で、妹に呪いをかけられた公爵令嬢リディアは、ウサギの姿に変えられてしまった。
声を発する事すら出来ず、途方に暮れながら王宮の庭園を彷徨っているリディアを拾ったのは……王太子、シオンだった。
※サクッと読んでいただけるように短め。
そのうち後日談など書きたいです。
他サイト様でも公開しております。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜
シアノ
恋愛
伯爵令嬢のグレイスに婚約が決まった。しかしその相手は幼い頃にグレイスに意地悪をしたいじめっ子、公爵令息のレオンだったのだ。レオンと結婚したら一生いじめられると誤解したグレイスは、レオンに直談判して「今までの分をやり返して、俺がグレイスを嫌いになったら婚約破棄をする」という約束を取り付ける。やり返すことにしたグレイスだが、レオンは妙に優しくて……なんだか溺愛されているような……?
嫌われるためにレオンとデートをしたり、初恋の人に再会してしまったり、さらには事件が没発して──
さてさてグレイスの婚約は果たしてどうなるか。
勘違いと鈍感が重なったすれ違い溺愛ラブ。
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢エレノアは、容姿端麗で優秀な兄姉とは違い、容姿は平凡、
ピアノや刺繍も苦手で、得意な事といえば庭仕事だけ。
家族や周囲からは「出来損ない」と言われてきた。
十九歳を迎えたエレノアは、侯爵家の跡取り子息ネイサンと婚約した。
次期侯爵夫人という事で、厳しい教育を受ける事になったが、
両親の為、ネイサンの為にと、エレノアは自分を殺し耐えてきた。
だが、結婚式の日、ネイサンの浮気を目撃してしまう。
愚行を侯爵に知られたくないネイサンにより、エレノアは階段から突き落とされた___
『死んだ』と思ったエレノアだったが、目を覚ますと、十九歳の誕生日に戻っていた。
与えられたチャンス、次こそは自分らしく生きる!と誓うエレノアに、曾祖母の遺言が届く。
遺言に従い、オースグリーン館を相続したエレノアを、隣人は神・精霊と思っているらしく…??
異世界恋愛☆ ※元さやではありません。《完結しました》
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる