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『まて』をやめました 8

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◆レティシア視点◆




「記憶がなくなったと言っていたが、元気じゃないか。」

「うん、記憶がない以外は元気そのものよ!元気すぎて楽しいくらい。」

「それで、昔みたいに猫かぶりやめたのか。
怪我の巧妙ならず、毒の巧妙だな。ハッハッハッ」

「何いってるんだか?アハハッ」

緑の庭園、その向こうに見える白亜の小振りな宮殿。
そこに笑い声と、乾いた木のぶつかり合う音が響く。

緑広がる庭園の一画が芝を敷き詰められたちょっとした広場になっていた。

その広場のすぐそばには、パラソル立てされた下にテーブルセットがおかれ、その一脚に鮮やかな青い髪の美女が鎮座して広場で戯れる両名をブルーグレイの静かな目で眺めていた。
『美女』は、まるで高名な画家が描いた宗教画のような女神のように神々しい姿をしていた。
来ている服は、清涼で飾りが少ないが高価な生地を使った一級品。慎ましやかさを一層引き立たせていた。

ここは、ネモフィラ国の城内にある離宮の庭。
離宮の主は、女神のごとく美しい、レティシア・ヴィンセント。
聖女だ。

サイドを細く編んで後頭部でリボンを使って一つに結んだだけの飾りの少ない姿。
年齢は20歳になると言うのに、まるで少女のような可憐さがあった。
小さく細い手でティーカップのハンドルをつまんで口につけるその姿は、成熟した貴婦人の様な洗練さがある。アンバランスさも、それこそが芸術作品であるというかのような完成された姿だった。


はあ、まるで子犬がじゃれているようだわ。

レティシアの眼前で繰り広げられてるのは、婚約者たる王弟殿下のヴィクターと訪ねてきたザリエル家の姉弟との戯れ。

「レティシア様!見ましたか、私、一本取りましたよ。」

カンッと一際たかい音と共にヴィクターの手にあった木製の模造刀は、地面に落ちていた。

「まてっ、ちょっと油断しただけだ!最近まで寝たきりだった奴に負けるはずはない!」

「いいえ、負けは負けです。実際、木刀が落ちてるじゃないですか?」

ギャンギャンと言い合う様に、男女の色気などない。
なぜ、この二人を見て周りは似合いの恋人同士などと言っていたのか不思議でならない。
はっきり言って同性の喧嘩友達、異性にしても兄妹くらいにしか見えない。

まったく、思い込みというものは・・・

以前までの自分の考えに思わず溜息が出る。

「申し訳ございません、レティシア様。折角招いていただいたというのに、お茶を頂くことなく剣を振り回して・・・」

レティシアの一つ開けた先の椅子に座るのはジェイク。
申し訳なさそうに言いながらも、元気いっぱいに楽しそうなクラウディアを誰よりも嬉しそうな目でみている。

「いいのよ。今回はお礼も兼ねて招いたのですもの。それに、ヴィクター様もたのしそうですしね。」

そういいながら、視線は煌めく金色の髪の少年、いや、同じ年齢の男性よりも大人に近い姿の男性。

王弟殿下であり、婚約者のヴィクター。

兄王の政務の手助けをしながら自身も次期国王として日々忙しく学んでいるその人は、普段の厳しい顔つきを崩し幼いころからの幼馴染と屈託なく笑っている。
クラウディアの訪問を5日前に受けていなかったら、この笑顔も誤解したままだっただろう。
今では、男女の情はそこには全くないことをしった。

あの日から毎日、埋めるかのようにたくさん話した。
そして、お互いの気持ちに寄り添うことができたからこそ、穏やかに居られる。


王弟であり、次期国王に指名されているヴィクターは、15歳。
そして、婚約者のレティシアは20歳になる。
ネモフィラ王家は、現国王が病弱なため世継ぎが望めない。だから前国王が存命のときからヴィクターが兄王の次に王位を継ぐときまっていた。そのころは世継ぎどころか、成人まで生きられるかどうかといわれていたほど今の陛下の容態は危ぶまれていた。
しかし前国王は、皇太子を変えないと言い、その後継は若い側室から生まれたばかりの異母弟ヴィクターにと回りを固めた上、旅立って逝った。
その後国王となった今陛下は、体調の許す限り政務を熟しその傍らには幼少よりの婚約者であった、心を通い合わせた王妃が補助をしていた。
現国王の治世は、穏やかだ。それというのも国内で政権争いが起こることがないように、近隣諸国に攻め込まれないようにと優秀で信頼置ける重臣で固めた結果だった。
その重臣筆頭、宰相の娘で国に二人といない聖女のレティシアが次期国王たる王弟の伴侶に選ばれるのは至極当たり前だった。
しかし、嘗ては候補が数人いたのも事実。
レティシアは、人格身分ともに問題なくとも年齢がと言われていた過去がある。
そして、レティシアの次席で王子妃に近いのがクラウディアだった。
外交ルートで功績が高い、ザリエル伯爵家の令嬢クラウディアはヴィクターと同年齢なことと、幼き頃よりの幼馴染とのこともあってレティシアが聖女でなければあちらが選ばれたであろうと多くの宮廷人が噂していた。
実際、最近までは、ヴィクターの思い人はクラウディアであるとレティシアも勘違いしていたくらいだった。

その勘違いを正してくれたクラウディアには、感謝しかないのが今のレティシアの本心だった。

それを思うと、レティシアの婚約を確実なものにするためだけに結んだエドワードとの婚約を申し訳なくおもう。
あれは宰相の父がザリエル伯爵側に、無理やり結ばせたものだと聞いている。
本来、社交的で人見知りを知らないクラウディアが、借りてきた猫のようにおとなしくなったのも、ヴィンセント家の家風に合わせたものでクラウディアの魅力を押し殺すこととなった。
もっともレティシアは、以前のクラウディアとはお茶会などでしか会ったことがないので猫かぶりの大人しいクラウディアしか知らない。
病み上がりすぐに訪ねてくれたクラウディアの行動は、猫かぶりしか知らないものからすれば天地がひっくりかえるほど驚くものだった。

その彼女がもたらした、モノは驚きの連続だった。
でも、そのおかげで10年越しの誤解は解けて今までよりも親密になった。

クラウディアと一緒にこっちにやってくるヴィクター殿下は、今までとはちがって熱くとろけるような情熱と優しい目をして歩いてくる。
それをわたくしも微笑と、今までよりもドキドキと大きく波打つときめきと共にむかえいれた。




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