上 下
7 / 57

『まて』をやめました 7

しおりを挟む


ドキドキ・・・

胸の鼓動の音が周りに聞こえているのではないかと思うほど緊張の時間だった。
日記を見てもらうなんてと、お父様たちはみんな反対されたけど、口頭で伝えても絶対伝わらない。
一種の賭けだった。

昔の私よ、貴方の文才は素晴らしい。

目の前で静かに長い睫で影を作った美しい瞳が文字を辿って動いている。その文字を追っていたその瞳が突如大きく見開いた。
そしてみるみる頬が赤くなり、白魚のような細い手が口を覆い、小さく嘘っ・・・と声が出た。
瞬きの回数が増えて、ますます赤くなり清涼な青い髪の間から見える小さな耳まで赤く色づいていた。

私の予想は当たった。

レティシア様の大きな瞳はうるんで日記の一文を繰り返してみているようだった。

「このヴィクターという方は王弟殿下と聞きました。
偶にしか会っていなかったようですが、あえばレティシア様のことを惚気られていたみたいで・・・」

レティシア様に見てほしかったのは、ヴィクターの惚気、しかも本人に一切それを言えないというヘタレな男の惚気だ。

クラウディアはエドワードの、ヴィクターはレティシア様のお互い好きなところを語り合っていたようだ。
このヴィクターという王弟殿下は、クラウディアとは幼馴染で一時期婚約者候補でもあったらしい。
しかし、クラウディアがエドワード様と婚約してからは、一定距離を置くようになった。
そしてクラウディアから遅れること数ヶ月後、今度はヴィクターがレティシア様と正式に婚約した。
お互いに婚約者ができるまではジェイクも交えて兄妹の様に交流をしていたというのに、婚約が決まってからはクラウディアだけは外されてしまった。
ヴィクターは、レティシア様の事が好きな癖に超絶美人なレティシア様を前に何も言えず、そっけない態度しかしていない。しかし心では、とても好意を寄せていた。しかし、5歳のやんちゃな男の子は、好きな女の子に好きという術を知らない。
そして、それはそのまま年月が流れて拗れたままになっていた。

なのに!
なのにだ!
幼馴染のクラウディアには、レティシア様の好きなところが口から息をするようにスラスラ紡がれる。
そして、クラウディアも普段聞いてもらえないエドワード様の話をヴィクターなら聞いてくれることからあえば、お互いに吟遊詩人も真っ青なほど賛美して謳いあげるのだ。

クラウディアは隙さえあれば、誰彼構わずエドワードを賛美したい、しているのだが、ヴィクターは思春期の男の子らしく、恥ずかしさから誰にも言えずに寧ろぶっきらぼうに接していた。
周りはヴィクターの恋心など、ほとんどの人が知らない。
ヴィクターの周囲は、レティシア様のことを疎ましく思っているのではないかと勘違いしていた。そんな態度は5歳から変わらずで、レティシア様自身も、そう思って歩み寄りを諦めている節もあるという。
周りがその状態を黙っていない。その矛先が、良くも悪くもクラウディアに向けられていた。

ヴィクターとクラウディアは、少ないが偶に父について登城したときに会うことがある。それは必ず密室にならない、護衛騎士も侍女もいる中であってお互いにヴィンセント姉弟について熱く語り合っているだけなのだが、何故か恋敵だと誤解されていた。
クラウディアは兎も角、ヴィクターの想い人はクラウディアだと。

同席している騎士や侍女にきけばわかりそうなものなのにと聞いたら、お城勤めの騎士や侍女はそこで見聞きしたことを安易に漏らしたりはしないとのこと。

だから余計な誤解が生じていた。

そして今回、毒を盛ったお茶会の家人は聖女への崇拝が厚い家系らしく、それが原因とみられる。
あと他にもあるらしいが、おおよその大部分を占める理由としては其処だろうと言われた。

でっ、今回その誤解を解きたいと思った。

何せお城から帰った日の日記には、これでもかとヴィクターのレティシア様の惚気を聞かされた。その内容が事細かに記されておりまるで恋愛小説を読んでいるかのような甘酸っぱい青春の一コマのような記述がされているのだ。
もう、前のクラウディアすごい!
あんた、文才あるよ!
これ見たら、どれほどヴィクターがレティシア様のことを愛しているか、備にわかるだろう。

それを読んだレティシア様の現在が顔を真っ赤にしている状態である。

「えっ、そんな・・・」

愛らしいその一言に尽きるくらい。
所在なさそうに後ろにいる女性騎士に視線を送るが、騎士様も困惑気味だ。
恥ずかしそうにする姿の愛らしいこと。
だきしめたい衝動に駆られ悶える。

「あの、よければその日記お貸しします。他にもあるので、また持ってきましょうか?」

「あっ、えっ、でも・・・」

さすがに人の日記を手元に持っておくのは・・・と小さくつぶやいているが、それでも内容にかなり興味深々な様子。
今日は一冊だけ持ってきた。
何せ入室のときに、荷物検査があってあんな何十冊もの日記帳を持ってくるのはさすがに嵩張るし、読んでもらえるかどうかもわからなかったからだ。
他のも似たり寄ったりだけど、自分のことを書かれているなら内容が気になるだろう。

ヴィクターの内容は、全部惚気だけどね・・・


「クラウディアが来ているって本当か!!!」

日記帳を胸に抱いて、それじゃぁ・・・とレティシア様の出した小さな声をかき消すような大きな声と共にバッターンと開いた扉。

開かれた扉から眩しい光が・・・ってか、チカチカする。

キンキラキンのエフェクトをまき散らす男が一人。
着ている服も、宝〇歌〇団の男役王子様の衣装のようなキンキラキンだし、男の頭もキンキラキン、もひとつおまけに瞳もキンキラキンだわ。
何処の成金じゃ?

「ヴィクター殿下!」

部屋のみんなが同じようにビシっと立ち上がり礼をする。
その中をキンキラキンが中に入ってくる。

私はポッカーンっとまたまた呆けて見入ってしまった。

背は高い方、体もがっしりしているほう?
華美な服装で分かりにくいけど貧弱そうではない。
みんなは、このキンキラキンをヴィクターって言ったけどクラウディアと同じ年だよね?
でもさぁ、顔つきが、なんていうか・・・

「老け顔?キンキラキンだけど・・・」

思わず漏れた私の声を室内皆さん、もれなく拾ったらしい。隣のお父様は苦渋の顔、レティシア様の後ろの女性騎士は、笑うのを堪えているのか肩が震えている。
そして勿論、私の前まで躊躇なくやってきた老け顔キンキラキンの他称ヴィクター殿下も聞き取ったらしい。というか、正しく聞いたよね。

「・・・はぁ?久しぶりに会ってそれか?
心配してたってのに・・・お前は相変わらずだなぁ。」

よく考えると、本当に王弟殿下なら結構な暴言だというのにニヤニヤと笑うキンキラキン。
あっ、笑うと結構幼いかも?
あんな暴言を笑ってながすなんて、・・・・・・マゾかな?

「・・・なんか、失礼なこと考えていただろ?」

何やら感じ取ったのか、胡乱な目でこちらを見る。
そんな表情をすると老けて見えるよ。
まあ、老けて見えると言ってもおじさんっぽいってことじゃなくって、なんていうのか20代の役職についた人みたいな?責任感が顔に滲み出てる人っていうのかな?
あっ、顔の造形は良いよ。美形だよ。
でも美形の中の美形が同じ室内にいると、普通の美形は、普通の人になっちゃうよね?

というか私は、この人が本当にヴィクター殿下なら聞きたいんだけど?

「えっと、貴方がヘタレのヴィクター、殿下?・・・ですか?」

「・・・おい、何言ってんだ?」

何とか忘れずに敬称だけは付けたぞ。
目の前でピシッと固まるキンキラキンヴィクター殿下。

「私、言いたいことあるんだ、です。」

にっこりと笑ってすぅっと一呼吸置く。
隣のお父様は、やばいって顔してるけど、会ったら言うって言ってたし、今言ってもイイよね?

「男なら、好きなら好きって言いなさいよ!このっ、ヘタレ!!!
あんたのせいで毒盛られたでしょうが!!!!!」

言いたいのはこれだけ。
まったく、人を巻き込みやがって。

目の前のヘタレキンキラ老け顔ヴィクター殿下は、ポッカーンとおまぬけな顔で固まってる。

「私、毒の影響で記憶がなくなったんです。貴族のマナーっていうのも、家族の顔さえもおぼえていません。日記を見ながら日々、確認してるんです。
んで、今、レティシア様に日記を見てもらっていたんですよ。
ほらっ、私がお城に来るたびにレティシア様について惚気られているっているあれを。
殿下って、レティシア様が初恋なんですね。なのに5歳のときに失敗しちゃって拗らせたまま、クラウディアにしか恋心を話せなかったんですね。
まったく、どうしようもないヘタレなんだから。
ねっ、だから、レティシア様にバレちゃったんだから観念して拗らせた初恋をどうにかしたらどうですか?」

さっきと、うってかわってなるべく笑顔で、なるべく落ち着いた声を心掛けて中々失礼な内容をぶっちゃける。
だって記憶がないんだもん。っで、まるっとすべて許してもらおうとする私の本音が丸見えの言葉にハクハクと何も言葉が出てこない様子のヴィクター殿下。
何か言うのをあきらめた殿下は、ギギギッと音がしそうな動作でレティシア様の方を向く。
レティシア様が赤い顔で両手で胸に抱かえるように持っている本。
件の日記帳とわかったのだろう。

ぶわわわっと一気に顔が、いや首まで赤くなるヴィクター殿下。

「こうなったら腹を括りましょう!
男でしょ!!!」

思わずバシッと壮麗な衣装の背中をたたいてしまった。

「クラウディアっ!」

本日何度目かの、一番本気なお父様の叱責が飛んできます。

そんなに強くたたいたつもりもないのだけど、なぜかたたらを踏み前のめりに倒れこんだヴィクター様のそこが偶々レティシア様の前で・・・

くぅぅぅぅぅっ!

なんだ
顔をあげた二人が同じように真っ赤な顔をしてさぁ。
すっぱっ!
甘酸っぱい!!!
初恋は檸檬味っていうやつ?
もう、見つめあっちゃって・・・
抱きしめちゃえっ!

ワクワクして見守っていたのがバレたのか、ギュンっと振り向いたヴィクター殿下の顔は、赤い顔だけど甘い要素はどこにもなくって、

「お前っ!」

地を這うような声で怒った形相のそれは鬼のごとく?
あれっ、怒らせちゃった?

私キューピットだと思っていたのに・・・

後は言葉を為していない怒鳴り声のヴィクター殿下をとりなしたのは、チョンと殿下の袖をかわいらしく摘まんで引っ張ったレティシア様でした。



やっぱり女神様だわ。




しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました

さこの
恋愛
 婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。  そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。  それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。  あくまで架空のゆる設定です。 ホットランキング入りしました。ありがとうございます!! 2021/08/29 *全三十話です。執筆済みです

【完結】名ばかり婚約者だった王子様、実は私の事を愛していたらしい ~全て奪われ何もかも失って死に戻ってみたら~

Rohdea
恋愛
───私は名前も居場所も全てを奪われ失い、そして、死んだはず……なのに!? 公爵令嬢のドロレスは、両親から愛され幸せな生活を送っていた。 そんなドロレスのたった一つの不満は婚約者の王子様。 王家と家の約束で生まれた時から婚約が決定していたその王子、アレクサンドルは、 人前にも現れない、ドロレスと会わない、何もしてくれない名ばかり婚約者となっていた。 そんなある日、両親が事故で帰らぬ人となり、 父の弟、叔父一家が公爵家にやって来た事でドロレスの生活は一変し、最期は殺されてしまう。 ───しかし、死んだはずのドロレスが目を覚ますと、何故か殺される前の過去に戻っていた。 (残された時間は少ないけれど、今度は殺されたりなんかしない!) 過去に戻ったドロレスは、 両親が親しみを込めて呼んでくれていた愛称“ローラ”を名乗り、 未来を変えて今度は殺されたりしないよう生きていく事を決意する。 そして、そんなドロレス改め“ローラ”を助けてくれたのは、名ばかり婚約者だった王子アレクサンドル……!?

【完結】大好きな婚約者の運命の“赤い糸”の相手は、どうやら私ではないみたいです

Rohdea
恋愛
子爵令嬢のフランシスカには、10歳の時から婚約している大好きな婚約者のマーカスがいる。 マーカスは公爵家の令息で、子爵令嬢の自分とは何もかも釣り合っていなかったけれど、 とある理由により結ばれた婚約だった。 それでもマーカスは優しい人で婚約者として仲良く過ごして来た。 だけど、最近のフランシスカは不安を抱えていた。 その原因はマーカスが会長を務める生徒会に新たに加わった、元平民の男爵令嬢。 彼女の存在がフランシスカの胸をざわつかせていた。 そんなある日、酷いめまいを起こし倒れたフランシスカ。 目覚めた時、自分の前世とこの世界の事を思い出す。 ──ここは乙女ゲームの世界で、大好きな婚約者は攻略対象者だった…… そして、それとは別にフランシスカは何故かこの時から、ゲームの設定にもあった、 運命で結ばれる男女の中で繋がっているという“赤い糸”が見えるようになっていた。 しかし、フランシスカとマーカスの赤い糸は……

処理中です...