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もう一度やりなおせるのなら、わたくしは・・・2

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厳しく冷たい表情でローレンスを見下ろしていたアンドレアは優雅に動き、大きく荘厳な王座の飾りに手を伸ばす。
王妃の座は、聖王妃アンドレアの為に神の花を所々にあしらわれた新しいものだ。それと違い、王の座は歴代の王が代々鎮座してきた歴史あるもの。
その歴史が、見た目以上の荘厳さを出している。
座の飾りの頂には、神の花が彫られている。それを一撫でして、息を吐く。
そしてローレンスらが見守る前で、当たり前のように向きを変えるとその手触りのよさそうな天鵞絨張りの座に腰を下ろす。

「わたくしが、王です。」

ひじ掛けに手を置き、背筋を伸ばしまっすぐと前を見据える威厳ある姿。
女王という言葉がぴったりと嵌る姿。

「あの神からの光はわたくしにも当てはまります。
貴方は後から選ばれたもの。
わたくしは、生まれながらにして神の花をその身に宿す聖王女です。」

王座の間にいる第三王子リオンも3人いる守護聖騎士も、アンドレアの座る王座の後方から光が指したのを確かに見た。
その神々しさに膝をつき、頭を垂れた。ローレンスを抑えている、聖騎士もこちらも器用に片手で押さえつけて頭を垂れる。

「「「「我らが聖女王!
いかなる命令もお受けいたします。」」」」

3人の守護聖騎士とリオン殿下の声が重なり、広い王座の間に響く。
その声を段上でうけ、そっと手を挙げてお答える。

「女王陛下。早速ですが、命を!
我ら3人、神より授かりしこの力であの簒奪者たちを退けて見せましょう。
今後の憂いもないよう、首謀者は逃さず全て捕えてまいります。」

青い鎧を着た青の聖騎士テッドが勇ましく声を上げる。
その髪は緑青でこちらも長く伸ばし、青い玉飾りのついた飾りひもで首の後ろで結ばれていた。

「陛下、避難した民たちも陛下を慕っております。アンドレア様の号令があれば、いつでもその身を捧げると申しておりました。
どうかこの国を民を、神を信じぬ者たちから守ってください。」

一番年嵩のオレンジの斑に混じる赤毛の黄の守護聖騎士ウォルターの髪は一つに編み込み、こちらもそれを玉飾りのついた組み紐で結んでいる。
玉飾りの組み紐は、アンドレアが騎士たちへ感謝と護符の意味で自ら手で編んで渡したもの。
彼らは守護騎士になった時より、神から1人で千人の敵を相手しても勝利できるほどの特別な力を授かった。その力は嘘ではなく、事実ここでの日々で暗殺の危機にあったアンドレアは彼らに何度も助けられた。時には、郊外の街道で数百人の刺客に襲われたことがあったが、難なく制圧し、首謀者も捕らえたこともあった。それも、一度や二度ではない。数えきれぬほど・・・
それらすべてを蹴散らしたのは、たった3人の守護聖騎士。
だからこそ、その自信がある守護聖騎士は、外にいる者たちを退ける気でいた。

だが・・・

「・・・わたくしは、もう、争うのは嫌です。」

声は強くよく響くのに、内容はとても弱腰に聞こえる。だが、その顔は強い意思を感じるものだった。
3人の騎士たちには、分かる。
レナードは5才、デッドは3才ウォルターは生まれた時から側にいる長い付き合い。
顔色、視線、仕草で気持ちを図ることができる。逃げの言葉ではない、何かを決意した顔だと・・・
だから、アンドレアの優しさとも気弱ともとれる先の言葉がただのそれだけでないことは瞬時に感じる。
だが、わからない者もここにいる。

「何故ですか!
私は、あの者たちを身内と思ったことなどありません。私に寄り添ってくれたのアン姉様だけです。
あの者たちを討ちましょう!」

幼さの残るリオンが声高に叫ぶが、見上げた先のアンドレアは表情を変えず反応もしない。

「はっ!いくら神に選ばれたとて女には戦は出来るわけがない。
貴様のような、守られるだけの女に何ができる。ぐっ、くそっ、お前には王の座など・・・」

さらには床に肩を抑え込まれて倒されているローレンスも苦しそうに顔を上げて唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
その声に押さえつけているテッドがさらに力を籠めるが、顔が床に押し付けられてもその声はやむことはなかった。

「・・・五月蠅い・・・」

2人を感情の見せない顔で瞳で一瞥すると、これ見よがしに大きくため息と共に鬱陶しそうに言った。

「「えっ?」」
小さな声だったせいか、2人には聞こえなかったのか兄弟そろって同じ顔でアンドレアを見つめて固まる。
その顔は、幼いころに見たどこか無防備さもある拍子の抜けた顔。間抜けな顔ともいうが、普段は見ない素の表情だと思うと、こんなことになってもいまだに胸がじんわりとする。

だが、それを顔に出すわけにはいかない。

「五月蝿いと言った。
王であるわたくしの前で何を喚いているのている。わたくしに従えぬなら、ここから出ていきなさいっ!
わたくしの騎士たちよ。
早くこの二人をあの扉から外に出してちょうだい。
間違っても、戻ってこないように必ず外まで連れ出すのよ!!!」

決意を撤回しそうになる気持ちを奮い立たせて、立ち上がり王座の間の豪華な装飾の正当な扉でなく、バルコニーに続く大きな窓でもなく、なにもなかった筈の壁には、いつの間にか白い扉があった。それを指差し大きく声を荒げる。
物心ついて、初めてかもしれない。
聖王女と呼ばれ、それが聖王妃とかわった。王女教育だ、王妃教育だと、厳しい指導を受け。素直な感情を表すことは悪と教育された。声を出して笑えば鞭でぶたれ、痛みで泣いてもさらにぶたれ、折檻だと反論して怒りを露にして3日食事を抜かれた。
次第に彼らの前では、感情を出さなくなったが、今思うと可笑しな話。
アンドレアは、神に選ばれた聖王女。
この国では、生まれながらに国王より尊い存在。
そのアンドレアに、敬意の欠片もない虐待紛いの教育を指導したのは、クーデターの首謀者の一人皇太后、信じる神が違う異国より嫁いできた前王妃だ。

いまはそれより、荒げた声など、自分でも出せたことに驚く。

落ち着け。

自分自身に言い聞かせる。
失敗は許されない。ローレンスを伴侶に選んだのが間違いなのか、つきあい方が悪かったからこうなったのかはわからない。
だが、だとしても、今のこの状況を招いた原因はアンドレア自身にあるとおもっている。

「「はっ!」」

アンドレアの命にすぐに動いたのは、ローレンスを押さえつけているテッドとリオンの側にいたウォルター。二人は、青ざめる指名された両名を捕らえた。

「待ってください、アン姉様!」

「何をする、貴様っ!離せっ!!!」

もちろん抵抗する二人。
リオンなど、ローレンスと結婚するまで慕い呼んでくれていた名で呼んでくれるが、アンドレアの心は固くもうそちらをちらりとも見なかった。
見た目も実力も屈強な聖騎士に抱えられ、引きずられ扉に向かう二人。
二人の視線は、アンドレアと今までそこに無かったはずの扉を交互に行き来する。
神に愛されたアンドレアが聖王女に受け継がれる幾つかの奇跡があると、いつか聞いたことがあったのを二人は思い出していた。
城にある隠し通路もその一つ。以前、聖王妃がいた時代に神が聖王と聖王妃、その家族のために脅威が迫った時のために作ったもの。扉は神の手で隠され、どこにあるのか常人の目にはわからない。聖王妃の意思でしか開かない扉。
内緒よ、と、悪戯っ子のような笑顔でこっそり二人に教えたのは出会って間もない幼い頃。あの頃は、仲良く三人で広い王宮を走り回っていた、過去の話。
その扉に近づくと、触れてもいないのに向こう側から開き早く入れと急かすように、通路が明るく照らされているのが見えた。

「レナード、貴方も同行しなさい。
間違いなく、戻ってこないように扉の行き着く先、外に追い出してくるのを見届けてきて。」

二人を連れた聖騎士二人を見送るように、聖騎士で一番年若い───と言ってもアンドレアより8歳も年が上なのだが、レナードが残っていた。アンドレアはそれを許さなかった。
それを聞いた聖騎士3人は、連行される二人より青ざめた。

「失礼ながら、我が君アンドレア女王陛下。
敵はすぐそこまで来ております。
若輩ながらですが、私が守らねば、」

「二度も言わすか、くどい!」

レナードは、胸に手をあて跪きすがるように言うが、最後まで言い切る前に王座の肘掛けに拳を打ち付け、アンドレアは大きく叫ぶように言う。
それに三人の騎士たちは、驚き瞠目した。
それぞれが初めて顔を合わせた時から、かわいらしい笑顔を振り撒き、三人しかいない守護聖騎士ため休みが少ないのではないかと『きちんと休みはとれてるか?』『無理はしていないか?』大きくなってからは、王に見向きもされない冷遇されている王妃と蔑れてるからか『周りから何か嫌がらせをされていないか?』など、いつもいつも守護聖騎士たちを気遣っていた。今まで、何があっても騎士たちに怒鳴る声など聞かされたことがなかった。信じられない気持ちで三人が固まるが、アンドレアが入ってきたバルコニーに続く窓から微かに聞こえた怒号にハッとしてアンドレアを見る。

「いくら陛下の言葉といえ、それには従えません。
今も聞こえます外の声からして、城壁を越えたようです。」

「城に戻った際、ここまでの全ての経路には罠を多数張っておりますので時間稼ぎはできますが、陛下を一人になど出来ません。」

「レナードで不安でしたら、私でもテッドでも・・・」

3人がそれぞれ進言するが、アンドレアは唇を強張らせているだけ。
3人は知っている。
アンドレアがこの顔を、何かを我慢するように唇を強張らせた時は、絶対に意見を変えない時。

「・・・二度は言わない、です。
3人共にあの二人を、あの扉から外へ連れ出しなさい。」

その目は、弱さも優しさも戸惑いもない、ただ何かを決意したものがもつ強い光を灯していた。
その瞳の光と、相反する声の弱さをかんじる。
三人はアンドレアにどうしても弱いのだ。

「早く、行って・・・、わたくしはここで待っていますから。ね?」

少ないお願いをするときの、可愛らしい『ね?』は、いつもなら効果抜群なのだがこの時ばかりは誰もが頷くことが出来ない。
出来ないが・・・

「これは、・・・本当に、命令です。
わたくしの騎士なら、聖騎士なら聞いてください。」

《命令》聖王女の頃から、ちょくちょく口に出されるそれはいつも可愛らしいものだった。
『命令なんだけど、あの木の上の鳥の巣の中が見たいから肩車をして。』
『もう、命令よ。もう少しお菓子を頂戴!』
大人になってからは、滅多に言わなくなった命令。
『命令です。わたくしの為に命を落とす様なことはやめて。』
聖騎士として、見出されて誓いの儀式をしてからアンドレアの守護は勿論、命令には絶対服従も誓っている。
それをすでに二度、アンドレアの口から出ている。
いくら、聞き難い命令といえこれ以上抵抗すれば、聖騎士を解任すると言いかねない、それほど何かを秘めた強い意志を感じる瞳をしている。
従い難い命令。
だが、アンドレアの守護聖騎士として命じられたこと、彼らには『否』という言葉を口にすることは、騎士の座を降りることと同等のこと、だが・・・

「・・・・・・・・・、っ・・・御意。」

しばらくの間、アンドレアを縋るように見つめるていたが決意込めた瞳は変わりなく、見つめ返された。
きけない命令、聞かないといけない命令。

「急ぎ戻ってまいります。
それまでは陛下の御身を、きっと、・・・神がお守りくださると信じています。」

守護聖騎士という立場で、この言葉は言ってはいけないとわかっている。
それでも、この場を離れる不安がこの言葉を口に出させる。
いつもと変わらない、騎士の礼をとりゆっくりと顔をあげると、そこには凛と咲く花のような微笑みを浮かべたアンドレアが見つめていた。
そのほほえみは、花のような美しい微笑みだが、美しすぎて泣きたくなるような微笑みだった。

苦心で従ったレナードは泣きたくなるのを我慢し拒む足を叱咤して、かきむしりたくなるほど苦しい胸を抱えて扉の前で固まっているテッドたちの元に急ぐ。

「急ごう・・・」

レナードはテッドたちの横を過ぎる時、二人に小さく告げる。
命令は、この二人を扉の先から外にだすこと。
つまりは急ぎ行動して、早くこの二人を外に放り出せばそのあとはどうでもいいのだ。任務を遂行して戻ればいい。
神から愛されているアンドレアなら、あの神を信じない簒奪者たちから守りがあると、根源の無い・・・いや強い願い。
だから、急ぐのだ。

「離せっ!おれは王だ、ここを離れんっ!!」

「黙れっ!貴様の言うことなどどうでもいい。
邪魔をするのなら殴ってでも連れて行く!」

レナードと同じ気持ちのテッドたちは、アンドレアに向け礼を取ったあと素早く王族二人を連れて扉を潜ろうとする。
しかしローレンスは、まだ抵抗をするように足掻く。
それは急ごうとするレナードたちの邪魔をするもの。テッドは容赦なくその背を蹴り扉を無理矢理潜らせる。

「アン姉様・・・。」

リオンは、ウォルターに急かされながら扉を潜る時、振り向きアンドレアに視線を向ける。
王座に座りこちらを見つめるアンドレアは、リオンの優しい姉様で無い。
自らを王だと宣言し、ローレンスを引きずり下ろした強い人。

「っ・・・・・・・・・」

「早くっ!」

何かを言いかけて、何を言えばいいのか分からず口を開き閉じるを数度繰り返したあとウォルターに急かされ仕方なく扉を潜る。
その胸中には、今まで言いたくても言えない言葉が大きく感情を占め、言えない辛さで視線が滲み先を進む歩みの邪魔をした。

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