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下・聖剣の大陸

託されし希望

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溢れだした魔力が吹雪を切り裂く。

グレイシアは予想を越えたマリアの力に初めて一歩後退した。

「これが私のオーパーツ『ロッド・オブ・バミューダ』よ」 

溢れだしていた水分がいつの間にか消えていた。

グレイシアはその異様なまでの静けさに警戒心を強めている。

「得たいの知れないオーパーツだこと。

でもね、その杖の能力は分からなくても近づかなければ良いだけのことよ。シヴァ!」

瞬時に凍てついた氷柱が打ち出される。

壁すらも貫通するであろう威力で放たれた氷柱がマリアの手前2メートル程で消える。

「えっ!?」

その一瞬の出来事にグレイシアは驚きの声をあげた。

それもそのはずである。

マリアは氷柱を砕いたのでもなく、魔術で消滅させたわけでもなく、ただ氷柱がマリアに近づいた途端に消えた。

マリアに不振な素振りはなかった。ただ氷柱が消えたのだ。

「あんたいったい何をしたの?」


マリアは挑発するかのように笑った。

それを見た、プライドの高いグレイシアが平常心でいられるはずもなかった。

グレイシアは魔力を溜め込む。

その力で大気が震え、はるか遠くの雪原で雪崩が起きた。

大重量の雪が崩れて滑降する音が小さく聞こえる。

「私の中でも最上級の魔術よ。消え失せなさい『ディザイア・凍結する命の灯火』」


マイナス300℃を越える魔界の吹雪が巻き起こり、雪原にあった全ての物の一切を細胞レベルで氷付けにし、粉々に砕く。


塵にすらならずに結晶となって万象が消え失せるその光景は恐ろしくも神々しいほどの無慈悲さだった。

「生意気な小娘め、その減らす口とおとぎ話の様な矮小な希望と共に消えなさい」


魔界の吹雪はグレイシアの叫びに呼応するかのように、マリアの逃げる隙をわずかすらも作ることなく、無情に飲み込んだ。







「どう?これが私の力よ!

この極寒の冷徹な世界で生きるために身に付けた唯一無二の強大な魔力。そして私の精霊シヴァの神力とが合わさったこの力!!あんたの説教なんて欠片も残さずに消してあげるわ!!

あははははははは!!!」

グレイシアは両手を広げ高らかに謳う。

魔界の吹雪は辺り一面を、不自然な程美しい白銀の塵に変えていく。

「本当に馬鹿な女ね。この私に楯突くから悪いのよ。

あんたみたいな弱いやつがこの私に、かなうはずがないのに!!」

グレイシアは腹を抱えて笑う。

「はははははーーーーはは、えっ?」

しかしその笑い声は一瞬にして消える。

魔界の吹雪が掻き消され、その中心部にいたマリアは無傷で立っていた。

「残念ねグレイシア。私のオーパーツはあなたのギフトを上回る」

「そんなーーそんなはずがない。

私の魔力とあなたの魔力では雲泥の差が」

マリアはバミューダの杖をグレイシアに向ける。

「魔力の大小だけが闘いの結果を決めるなんて、弱肉強食の世界ではそんな風に教わるのかしら?」

マリアはこの時、精一杯の虚勢でもってグレイシアを挑発していた。

マリアには最初からこの闘いの結果が分かっていたからだ。

「私に傷ひとつ付けられないあなたじゃ王の座から陥落したのも納得な話ね」

「……あんたね」

グレイシアは憤怒の表情でマリアを睨み付ける。

その放たれる魔力はマリアの虚勢すら吹き飛ばして、マリアの心をへし折るのに足りるだけのものであった。

「なに?なにか言いたいことでもあるのかしら?


しかし、マリアの心は折れない。

100%負けると分かっていた戦。

だからこそマリアは自分にしかできない形でこの闘いに勝利をもたらそうとしていた。





「本当に生意気な小娘だこと。

よく分かったわ。あなたは私のオーパーツでこの世界から消し去ってあげる」

雪原が広く抉れるほどの魔力。

マリアは狼に睨まれた被食者の様な感覚の中で、グレイシアがシヴァを招来するのを見た。

『久方ぶりのお呼びだなグレイシア嬢』

「無駄話なら要らないの。さっさとあの小娘を殺す」 

『よかろう。我が破壊の力存分に使うが良い』

シヴァは圧倒的な光を放ちグレイシアの元にその光が収束した。

その手に握られたのはクリスタルの様に輝く勾玉が7つついた首飾りだった。

「オーパーツ『破壊神の七夢=ハカイシンノシチユメ=』」

無気味な程の静寂に包まれる。

圧倒的な魔力。しかし穏やかすぎて警戒心が薄れそうになる。

マリアは一欠片の隙すらも存在しないほどに集中力を研ぎ澄ます。

マリアのバミューダの杖は完全防御型のオーパーツだった。

その結界領域に足を踏み入れた物体、魔力その全てを飲み込み消滅させる。

マリアの小さな魔力では、結界領域を自分の周囲(正確にはバミューダの杖)からわずか40センチほどしか展開することができなかった。

しかしその周囲40センチの中の地中、空中全てがマリアの結界領域となっているために、魔力を著しく消耗するオーパーツを維持できる間は絶対的な防御となりマリアを守ることができた。

もし、マリアの魔力が遥か高みのものであったならその結界領域を広げ攻撃にその力を生かすことができたかもしれないが、これがマリアの持ちうる才能の限界であった。

「なに?大層な事を言っておいて何も変わらないじゃない」

だからこそマリアは最初からこのグレイシアとの一対一を望み、もしそうなった場合には自らの全魔力と命をかけてグレイシアの魔力を少しでも多く削ることを考えていた。

その最大の望みはオーパーツを使わせること。

それが実現すると言うことは、もうひとつの可能性が確実なものとなることを差していた。

「グレイシアのオーパーツ。恐らく私の不完全なオーパーツでは防ぐことはできない。

これから先、グレイシアの魔力を確実に削れるけれど、その代わりに私は








ーーー確実に死ぬ」




圧倒的な魔力にマリアは臆せずに立ち向かう。

一歩踏み出した瞬間。

「ーー?

勾玉が散った!?」

グレイシアの手にあった7つの勾玉の内、3つが淡い光の塵となり消えたのだった。

しかし、グレイシアの様子に変化はない。

「さて、私のオーパーツを見て生きている人は現厳冬の大陸王だけ。

臆することはないわ。でもね、そんなに構えなくても良いわよ。

だって、あなたの死はすでに避けようのないものとして決定しているんだもの」 

グレイシアは破壊神の七夢を天にかざす。

勾玉は天空を貫く光を放つ。

曇天の空が割れ、遥か上空が爆発したかのように光り輝くと、瞬く間に割れた雲が空を覆い尽くすのだった。

マリアの身体が小刻みに震える。

それを見たグレイシアが恐ろしいほどに優しい笑みを浮かべた。

「恐がらなくて良いのよ。

恐怖なんて感じる間もなく、あなたは殲滅の光に焼き尽くされる

シヴァーー『殲光崩界』」

曇天の空から無数の光が堕ちてくる。

その光は地上に近づくにつれ強く禍々しく光を発し。

雪原に触れた瞬間に大爆発を起こす。

一筋の光がマリアのいる場所から3つ山を超えた地点に堕ちた。

「ーーなっ」

その爆発は山を2つ削り、爆風がマリアをも吹き飛ばさんばかりに四方に広がる。

「こんなの防げるわけがない。

こんなのーー」

降り注ぐ破壊の流星群が美しかった雪原を山脈の一切を焼き尽くしていく。

その様は世界の崩壊に写る。

「サヨなら、マリア」
天空より曇天を裂く無数の光が降り注ぐ頃、シルクはまだマリアとグレイシアの居場所を見つけられずにいた。

「くそ、マリアさん。マリアさん!!」

闇雲に駆け回ると極寒の気候と、走りにくいサラサラの雪原が体力を奪う。

『今のシルクには言葉は届かない。それほどに自らの戦況判断の誤りに憤怒してしまっている。

それが最もこの場にそぐわず、このせんきょうを打破するのに不必要な感情と知りながら』

ミカエルはただ黙していた。

シルクを信じるが故にただ。

「僕は僕はなんて無力なんだ。こんな弱いやつが大陸王だなんて」

シルクの足が立ち止まる。

シルクは自分の靴の上を滑る粉雪を数回見送った。

その時だった。

「あーあ。やっぱりこうなったか。」

何処からともなく声が聞こえてきた。

それは呆れた様で、我が子を心配するかの様に優しく、誰よりもシルクを信頼している。そんな口調だった。

「顔を上げよ大陸王。

お前は俺様の後を次ぐことを許された孤高の存在。俯くことは許されない。」

立夏の腕輪から炎が立ち上ぼり、それがかの極寒の地に似合わない蜃気楼を生み出す。

「あなたはーーフレア」

そこに現れたのは元立夏の大陸王フレアの姿であった。

「シルク。お前の闘士が揺るぎし時、我が幻影が現れるよう腕輪に細工をしていた。

お前が我が幻影を見ていると言うことはお前の中の闘士が揺らいでいる証拠なのだ。

まずは聞こう。お前は何故その闘士を失った」

凛として揺るがない不屈の意思。

恐ろしいまでの覚悟とも言えるものがフレアからは感じられる。

それは凡人に畏怖を抱かせ、それと同時にそれを凌駕するほどの憧れの念を抱かせるのだった。

「僕は……僕は自分の」

「自らの無力さを呪う。か?」

シルクは目をそらす様に下を向いた。

「解せぬな。まっこと理解に苦しむ」





   
フレアは続ける。

「自らの無力を呪うのなら何故お前は立ち止まる。そこに未来はなくお前自信を救いだすこともない。

自らの無力を呪うのなら、牙を研ぎ澄ませ。無力な自身を食いちぎり、引き裂き、目の前に立ちはだかる敵を撃破せよ。

それこそ唯一無二の救いと心得る」

フレアはそう高らかに言い。

ゆっくりとシルクの頭を掴む。

「が、それは俺様の持論であって、大陸王の努めでもなければ、無論シルク、お前の努めではない。

お前にはお前にしか選べない救いの道がある。
それが一見お前自身を恐ろしく傷つけ、自己犠牲の先に見えてくるものだとしてもな。」

温かな手が離れる。

そして蜃気楼が力なく揺らぐ。

「考え頭を抱えよ、されど決して俯くな。民を守る為の盾となれ、されど決して折れてはならぬ。

民の安寧を全てとし、されど決して自らを犠牲にするな。

王とは民の為にある。しかし王も民の1人だということは決して忘れるな。

今一度問おう。お前が今何を成すべきか」

シルクは頭の中でフレアの言葉を復唱した。

そしてゆっくりとフレアを見つめる。

フレアは彼らしい豪快な笑みを浮かべて「くかか」と笑って消えていった。

『シルク』

「ああ、いこうミカエル」

研ぎ澄まされた魔力が純白の翼を生み出す。

シルクはおぞましい魔力が放たれる場所へと飛んだ。



神々しいばかりの光が大地へと降る。

その中の一つがマリアへと向かっていく。

「ロッド・オブ・バミューダ」

マリアは枯渇寸前の残る全ての魔力を込める。

結界領域が僅かばかり広がるがそれは気休めにもならないものだった。

「無駄よ無駄。

あなたの防御力は確かに私のギフト程度の攻撃力では歯が立たない素晴らしいものだった。
でも私のオーパーツの攻撃力はギフトのそれとは次元を異にする」

光がマリアの結界領域に触れると、マリアの結界が脆くも崩れていく。

「私のオーパーツは歴代でも最高と言われる私の強大な魔力を10年溜め込むことで、ようやく一個の勾玉を精製することができる。

分かる?あなたの遠く及ばぬ魔力を持つ私の10年分の魔力が込められ、それを破壊神と恐れられるシヴァが更に力を与える。

あなたのその最高防御を以てしてもそんなのは、戦車に竹槍で突っ込むようなものなのよ」

破壊の光はあっという間にマリアの結界を破壊し尽くしていった。

以前勢いの止まらぬまま光はマリアを飲み込もうとしていた。

「終わりね。バイバイ」

冷酷な笑み。

マリアは小さく呟き目を瞑る。

「見てくれたシルク?私元大陸王の10年分の魔力を使わせてやったのよ。

こんな私でもあなたの役にたてたかな?

さようなら・・・・・・シルク・スカーレット」

光が地面を貫き大爆発を起こした。

雪原の雪は一瞬にして蒸発し、大陸の地面がクレーターの様に抉り取られていた。








爆風で巻き上げられた雪がゆっくりとゆっくりと地面に堕ちる。

光の雫は最大の面積を誇る厳冬の大陸の1パーセントの大地を焼き尽くしたのだった。

それだけの爆発の中グレイシアは自らを分厚い氷の壁で包み込むことで無傷でいた。

「それにしても、まさかこの私が大陸王でもない小娘にオーパーツまで使わされることになるなんて誤算だったわ。

勾玉はあと3つあるけれど発動は一日に2回が限度。仕方がないわね」

グレイシアはオーパーツを納める。

そして一息ついた時だった。

天使の装束で傷ついた女性を抱える人の姿をグレイシアは遠くに捉えた。

「まさか間に合うとはね。全くこの私のオーパーツで小娘一人始末できないなんて大誤算も良いとこよシルク・スカーレット!!」

グレイシアの怒号が響く。

シルクはゆっくりとマリアを地面に置く。

「シルク・・・」

マリアは傷ついた腕を必死に伸ばした。

シルクはその震える手を一度ギュっと握り優しく微笑む。

「行ってきますマリアさん」

「いってらっしゃいシルク。勝って」

シルクは頷くと一瞬にして消えた。

マリアは気づいていた。

シルクの瞳から迷いが恐怖が消え去っていたことに。

その瞳に誰よりも強い覚悟を宿そうとしていることに。

マリアは額の前で手を組み祈りを捧げる。

「神様。私はあの少年にこの世界の命運を託したい。私の夢を力を希望を彼に」






























「『光撃』!!」

光の筋が吹雪を切り裂く。

グレイシアは身を翻しそれを難なく回避する。

空中で身をよじらせ、勢いよく手を振る。

「甘いわね『アイシクル・バレッド』!!」

氷の弾丸は回避したシルクの右肩をわずかにかすめる。

するとアイシクル・バレッドに触れた部分が瞬間的に氷結した。

シルクは咄嗟に大天使の羽衣を巻き付け、光熱によってひかないようにねした部分を融かした。

「正義のヒーロー気取りで戻ってきた割にこの程度?

あなたは未熟過ぎて大陸王には足らない。それも到底ね!」

グレイシアが氷原に触れると降り積もった雪が舞い上がりグレイシアの姿を隠した。

シルクは自分の回りにも覆い尽くしていく雪の煙幕の中、神経を研ぎ澄ます。

風の切る音を、雪埃の微妙な変化を、自分の勘を。

真正面の下。

うねり上げるように迫ってくる氷柱をなんとか首を横にして回避する。

「ーーくっ、そ!!」

その眼前に迫っていたのは触れたものを容赦なく氷付けにする氷の糸。

「ぐっ『光幕』」

光の幕がシルクと外界とを隔てる。

光の幕に触れた瞬間に氷の糸は昇華し霧散した。

「はぁ、はぁ、はぁ」

感覚を研ぎ澄ますことが普段の三倍、いやそれ以上にシルクの魔力の消耗を速くしていた。

シルクは視界の端になんとかグレイシアを捉える。

「うぉぉぉおっ『光撃蓮華』!!」

無数の光が放たれ、グレイシア目掛けて突き抜けていく。

「遅い遅い。光の攻撃も大したことないわね」

光を回避するグレイシア。

その時初めてグレイシアは気づくのだった。

無数の光の中の一筋が初めてグレイシアの衣服をかすめる。

「な、避けきれなかった!この私が!?」
「――!!」

次いだ光の攻撃がまたもグレイシアの服をかすめた。

「どういうこと?今の攻撃明らかに今までで一番早かった」

グレイシアの持つ力の中で最も驚異なのはその強大な魔力ではない。

彼女の最大の武器は並外れた洞察力にあった。

グレイシアは戦闘中ある一定の距離を保つ。

相手の攻撃を躱し自らの攻撃を当てることができる距離。それをボルトで固定したかのように保ち続けることができることが彼女を大陸王たらしめる所以であった。

「くそ、本当に読めないヤツねシルク・スカーレット」

その並外れた洞察力は現時点での相手の動きを観るだけでなく、その戦いの最中に変化する相手の心理状態や成長速度までをも視野に入れている。

しかしシルクはグレイシアの服をかすめた。

「『星霜の槍』!!」

無数の光の槍が打ち放たれる。

「なっ!!」

更に速度を増したシルクの攻撃にグレイシアは初めて表情を強ばらせる。

氷の壁で槍を防ぎ、壁を突破したそれを軽やかに躱す。

「タラリア!!」

一瞬にして眼前に現れるシルク。

グレイシアは反応がわずかに遅れる。

「とらえろ『光縛』」

光り輝く大天使の羽衣がグレイシアを包み込み捕縛した。

「甘いわよ」

「なんだって!?」

グレイシアは魔力を解き放ち大天使の羽衣をいとも容易く打ち砕いてしまった。

余裕を持って戦っているかのように見えるグレイシアだったが、焦りの色を見せ始めていた。

「今の槍の攻撃、タラリアでの高速移動も全て私の計算の内だった。
迎撃する準備もできていたのにできなかった。

不覚にもこの私が一瞬でも捕らえられるなんて」

グレイシアは考えを新たにする。

「私はシルク・スカーレットと言う男を見誤っていた。
彼は不完全で未完成。歴代の大陸王には遠く及ばぬ弱者と決め付けていた。

だが、ここまで未完成な状態で王の座に就いた者が居ただろうか?否。
彼はこの戦いの中で恐ろしいまでの速度で成長している。この私の想像を凌駕し、あるいはこの私をも越える可能性すら・・・」

グレイシアはこれまでにない表情でシルクを見る。

その顔にはもう余裕の笑はなく、弱者を捕食する強者のほころびもない。

目の前の敵に全霊を込めて対峙する戦士の顔であった。

「シルク・スカーレット。彼は危険だ。

今止めておかなければ私が忠誠を誓ったサスケ様をもその牙をたてかねない。
元厳冬の大陸王グレイシア・ウィザードの名に懸けてやつを今ここで始末する」

張り詰める空気。

研ぎ澄まされたグレイシアの魔力に大気が震える。

「私のギフト『アイス・ドール』の本当の力を見せてあげるわ」

にやりと笑ったグレイシア。

両の手から伸びる氷の糸。おもむろに自身の体をそれで串刺しにした。

「何を、何をしているんだ――!!?」





グレイシアは血の滴る自らの手を見つめ不気味に笑った。

そして音もなく飛び出しシルクの頭上から拳を落とす。

寸手のところで回避したシルク。

突き刺さった拳の衝撃で雪が数メートルも吹き上がった。

「なんて拳の威力だ。

人が生み出すことができる力を超えている」

尚も間髪いれずに襲い来るグレイシア。

驚異的に上昇した身体能力を駆使し、どんどんシルクを追い詰めていく。

「死ね」

容赦ない渾身の右ストレートがシルクの顔面を破壊しようとする。

シルクは身体を後方に倒し更に首を折る。と同時に地面から光の幕を伸ばした。

グレイシアの拳は光の幕を突き破りシルクの鼻先に触れた所で止まった。

わずかにかすめただけであったがシルクのは穴からは出血が見られる。

「――――――――――えっ!!」

眼前で静止したグレイシアの拳を見てシルクは驚愕した。

「拳が粉々に折れている!?」

グレイシアの拳が不規則に曲がり赤く腫れ上がり、所々で出血している。

普通ならば痛みで拳を握るどころではないはずだ。

「まるで痛みを感じていないかのような・・・

まさか!グレイシア君は!?」

シルクはグレイシアの身体能力が飛躍的に上昇する直前の彼女の行動を思い出していた。

そのことから、ある答えを導く。

「その表情を見ると分かったようね。その通りよ。

私のギフト『アイス・ドール』は極細の氷の糸で人を操り、それと同時に超零度で人体のあらゆる痛覚を壊死させる。

人は自らの身体を護るために無意識下で力を制御している。それを誘発する最たるものが痛みよ。

私の『アイス・ドール』に魅入られた者は身体の自由を奪われ痛覚を破壊される。私の命令に忠実に従い、痛みを感じない不屈の戦士を生み出す、これが私のギフトの真の力」



「その力で自分自身の感覚を破壊して、戦闘能力を上げたっていうことか。

なんでだ!?何故そうまでしてこの戦いに拘る?

君は大陸王に敗れ、今は命を懸けてまで戦う理由などないはずだ」

シルクの叫びにグレイシアは睨む。

「命を懸けてまで戦う理由がない!?

まだ分からないの?ここは弱肉強食の世界。いつ何時の戦いであれ負けたら死ぬ。

サスケに負けた時点で私の個は死んだ。今は彼を護るための彼の手足でしかない。
サスケ様が戦いに勝利を望む限り、手足である私が負けて良い理由など一つもないの!!

分かったら構えなさいシルク・スカーレット!!」

グレイシアの怒号。

しかし彼女はシルクに攻撃をしない。

「なによ?

なんなのよアンタは!?」

シルクの瞳からは戦いの意志が消えていた。

憐れみの様な瞳でグレイシアを見る。

「じゃあなんで君はそんなに悲しい目をしているんだい?

本当は君だって戦いを望んではいないんじゃないの?大陸王のしがらみから解放されて、どこかで安心したんじゃないの?」

グレイシアは首を振る。

「戦いを望まない人と戦う理由は僕にはない。

引いてくれグレイシア・ウィザード」

シルクの言葉にグレイシアは飛び出した。

「ふざけるなシルク・スカーレット・

私はアンタみたいな甘い餓鬼が一番嫌いなのよ!!」

手当たり次第に降り下ろされる拳と、氷柱の舞。

雪原に乱れざく氷の柱が視界をどんどん狭くしていく。

「もう止めるんだ。

『光縛』」

シルクの左腕に巻かれた大天使の羽衣が強く光る。

雪原を蹂躙した氷柱に反射しグレイシアは光の中に包まれる。

まばゆい光が治まる時にはグレイシアの身の自由は奪われていた。

「捕獲完了」


変化は唐突に認識した。

強大な魔術の前に手も足も出ない二人の刺客。

矮小な魔力の水の使い手と大陸王に足らない光使い。

私の敗北など到底想像もつかない程に隔絶された力の差があった。




――――――――――――はずだった。




「『ロッド・オブ・バミューダ』!!」

水の使い手は戦いの中でオーパーツを駆使しこの私に破壊神の七夢までをも使わせた。

「きみだって本当は戦いを望んでなんかいないんじゃないか?」

小便臭い弁舌を繰り返す小僧が戦いの中で進化を繰り返し一刻が過ぎる毎に私の影を捕らえ、遂には私を光りの衣で捕縛に成功した。

理解が追いつくはずもない。

この状況を果たして誰が予想できただろうか。

私の思考は今、悉く停止している。

しかしなんだ?この湧き上がる物は?

激情にも似た、憤怒とはまた違う・・・


そうだ、これは――――――――――




永らく忘れていたこの感情は正しく悔根。

私はただ私自身のこの持て余す自尊心を護るためにここで負けるわけにはいかないのだ!!














ピリッ。

微かな布切れの音でシルクは異変に気づいた。

「はあああああっ」

一時は尽きたかの様に見えたグレイシアの魔力が再び湧き上がる。

それは今までよりも強く激しく、強くなったシルクの大天使の羽衣をも容易く破り去ろうとしていた。

「私はまだ負けてなどいない!負けてなるものか!!!」

戦いの化身。

勝利に取り憑かれた亡霊のようにグレイシアはシルクに敵意を向ける。

その姿はまるで雪原に生きる狼の様に荒々しいものだった。
刹那。

大天使の羽衣は布切れのように破られてしまった。

「言っただろう僕はもう――――」

グレイシアは間髪いれずに魔術を放った。

「――――はっ!マリアさん!!」

氷漬けにされたマリア。

グレイシアは表情を変えることなく言い放つ。

「超零度に魔力の衣も無しにさらされている。

意識レベルも低くこのままでは彼女の命はもってあと2分てところかしらね」

「グレイシア、貴様」

「さあシルク・スカーレット、彼女を助けたくばこの私を殺しなさい!!」

シルクの足元から生える氷柱。

シルクは瞬間に光でそれを切り裂く。と同時にシルクはグレイシアにむかって光撃を繰り出す。

「そうよ、いい感じよシルク。

その調子で容赦なく私を壊しなさい!」

グレイシアは全面に氷の盾を作り出し、光を屈折させて後方へと飛ばした。

盾はひび割れ崩れ去る。

氷片が散る中でグレイシアはシルクが目の前に迫ってきているのを見た。

シルクの左手が伸ばされ、光が放たれる。

いかに今の感覚が研ぎ澄まされた状態のグレイシアであっても、この至近距離でシルクの光を完全に回避することは不可能であった。

グレイシアは横に飛ぶようにして直撃をそらす。

光に包まれたのは右腕の端。

グレイシアは笑う。

ズキッ。

あるはずのない感覚。

グレイシアは目を見開き自らの腕を確認する。

「なに?

どういうこと!?」

先程シルクの光に包まれた場所が痛みをはしらせていた。


「なんで?確かにアイス・ドールによって痛覚は破壊したのに」

ズキッ。ズキ。

壊死したはずの右腕から確かに感じる痛みにグレイシアは恐怖さえ覚える。

「いったい私に何をした!!」

叫んだ瞬間の前方へと向いた意識をくぐり抜け、シルクはいとも容易くグレイシアの背後を取った。

そして柔らかな光が、驚異的な反応速度で回避を試みるグレイシアの左足をかすめた。

「うがああっ」

グレイシアは突然襲ってきた左足の痛みに膝まづいた。

その激痛たるや意識を根こそぎ飛ばしてしまいそうなものだった。

薄れそうになる意識を激しい怒りと悔恨で繋ぎ留める彼女の顔は修羅のようだ。

「ふーっ。ふーっ!

貴様、この私に何をしたというのだ!!

答えろシルク・スカーレット!!」

打ち出した氷塊をシルクは光で撃ち抜く。

「・・・呪いだよ」

シルクは悲しげにそう言った。

「呪い・・・だと!?」

「そう。ただし敵にかける呪いではなく自分自身にかける呪いだけどね。

ほら、見えるかい?」

シルクはグレイシアに見えるように左足のズボンをまくり上げる。

そこにはこの戦いで傷ついたグレイシアと同じ部分に傷があった。

「『呪回』相手の傷を自らの身体に移すことで、対象を治癒する力。

君の壊死した痛覚を僕に移し、君の痛覚を再生させた。
ただしこれは魔力によるさいせいであって、君の細胞自体が蘇生したわけではないから、もう一度アイス・ドールによってその部分の痛覚を壊死させることはできない。

僕もようやく分かった。自己犠牲とは言え何故治癒の力に『呪』という言葉が使われているのか。自らを傷つけるその罪を戒めるため。だからこそこの力を天使であるミカエルが僕に授けてくれた」

近づくシルクにグレイシアは一歩退いた。

また一歩と近づく。

「来るな」

一歩、また一歩と。

「来るな、来るな、来るな!

シヴァ!!オーパーツ」

震える不安定な魔力がオーオパーツを具象しようとするが、光り輝く勾玉は儚くも崩れ去った。

「痛みの中で悔いるが良い」

シルクの光がグレイシアの全身を包み、グレイシアの痛覚が復活する。

際限無しに力をうみだしてた身体。その代償で傷ついた痛みでグレイシアは気絶した。

大気中の水分を凍らせた氷柱は残っていたが、グレイシアが魔力によって生み出した氷は霧散して消えた。

マリアの身体は解放されゆっくりと柔らかな雪に落ちた。

「ミカエル・・・」

『ええ、分かっていますよシルク。

今のあなたの力ならばそれほどの代償もないでしょう』

シルクはグレイシアの身体にそっと手をかざす。

やわらかな光が包み込み、見る見るうちにその傷を癒していった。





「なんで?確かにアイス・ドールによって痛覚は破壊したのに」

ズキッ。ズキ。

壊死したはずの右腕から確かに感じる痛みにグレイシアは恐怖さえ覚える。

「いったい私に何をした!!」

叫んだ瞬間の前方へと向いた意識をくぐり抜け、シルクはいとも容易くグレイシアの背後を取った。

そして柔らかな光が、驚異的な反応速度で回避を試みるグレイシアの左足をかすめた。

「うがああっ」

グレイシアは突然襲ってきた左足の痛みに膝まづいた。

その激痛たるや意識を根こそぎ飛ばしてしまいそうなものだった。

薄れそうになる意識を激しい怒りと悔恨で繋ぎ留める彼女の顔は修羅のようだ。

「ふーっ。ふーっ!

貴様、この私に何をしたというのだ!!

答えろシルク・スカーレット!!」

打ち出した氷塊をシルクは光で撃ち抜く。

「・・・呪いだよ」

シルクは悲しげにそう言った。

「呪い・・・だと!?」

「そう。ただし敵にかける呪いではなく自分自身にかける呪いだけどね。

ほら、見えるかい?」

シルクはグレイシアに見えるように左足のズボンをまくり上げる。

そこにはこの戦いで傷ついたグレイシアと同じ部分に傷があった。

「『呪回』相手の傷を自らの身体に移すことで、対象を治癒する力。

君の壊死した痛覚を僕に移し、君の痛覚を再生させた。
ただしこれは魔力によるさいせいであって、君の細胞自体が蘇生したわけではないから、もう一度アイス・ドールによってその部分の痛覚を壊死させることはできない。

僕もようやく分かった。自己犠牲とは言え何故治癒の力に『呪』という言葉が使われているのか。自らを傷つけるその罪を戒めるため。だからこそこの力を天使であるミカエルが僕に授けてくれた」

近づくシルクにグレイシアは一歩退いた。

また一歩と近づく。

「来るな」

一歩、また一歩と。

「来るな、来るな、来るな!

シヴァ!!オーパーツ」

震える不安定な魔力がオーオパーツを具象しようとするが、光り輝く勾玉は儚くも崩れ去った。

「痛みの中で悔いるが良い」

シルクの光がグレイシアの全身を包み、グレイシアの痛覚が復活する。

際限無しに力をうみだしてた身体。その代償で傷ついた痛みでグレイシアは気絶した。

大気中の水分を凍らせた氷柱は残っていたが、グレイシアが魔力によって生み出した氷は霧散して消えた。

マリアの身体は解放されゆっくりと柔らかな雪に落ちた。

「ミカエル・・・」

『ええ、分かっていますよシルク。

今のあなたの力ならばそれほどの代償もないでしょう』

シルクはグレイシアの身体にそっと手をかざす。

やわらかな光が包み込み、見る見るうちにその傷を癒していった。





数刻してグレイシアが目を醒ますとそこにはマリアだけがいた。

「・・・あいつは?」

グレイシアは意識してであろうマリアと目を合わせることはない。

マリアは横たわるグレイシアを見つめながら言う。

その声色には優しさが混ざっている様にも感じる。

「シルクならもう城へと向かったわ」

「・・・そう」

グレイシアは吹雪の向こうに見える白を見ながらそう小さく呟いた。

そして表情は変えぬままに続ける。

「あんな変なヤツ見たことない」

第一の試練でブラックリストに載る犯罪者を全て殺さずに捕まえたこと。

未完成でありながら立夏の大陸王となったこと。

自らとの戦いの間に急激な進化を見せ、弱肉強食の世界で生きていたグレイシアにとって情けをかけられ傷を癒されたことは屈辱と共に不思議な胸の感覚を抱かせていた。

そしてその感覚は以前にマリアも感じていたものだった。

「ええ、私もそう思うわ」

そう言ってくすりと笑った。

グレイシアはその優しい微笑みに羨ましさを感じていた。

しかし初めてのその感情にまだ本人は自覚できていない。

「やっぱり言い替えるわ。こんな変なヤツ等見たことない」

ぶすっとしたグレイシアの幼い表情にマリアは笑った。

「ええ、そうね。やっぱり私もそう思うわ」

眩しいようなマリアの笑顔から目を逸らすようにグレイシアは遠くの空を見上げた。

真っ黒な雲が瞬く間に空に広がって言っているのが分かる。

すぐにでも猛吹雪がこの地を飲み込んでいくのだろう。

グレイシアは魔力の消耗によって重くなった身体を起こして、マリアを見つめる。

「あなたが何故あいつに付いていくのかが戦いの中で私にも少しは分かった。カリスマ性とは似つかないけれど彼にはそれに似た何か不思議なオーラがある。

でも・・・いくら彼と早春の大陸王が共闘してもサスケには勝てない」

「どういうこと?」

次のグレイシアの言葉を聞くとマリアは我武者羅に走り出していた。

ワイズはとうに城に潜入していた。シルクのタラリアを以てすれば城へは一瞬のうちに到着できる。

二人とサスケとの戦いを止める手立てなどマリアには無かったのだがそれでも彼女は一心不乱に走り続ける自らの脚を止めることができなかった。

「・・・シルク、ワイズ王ダメ。

サスケと戦ってはいけない。あのグレイシアが・・・」

波乱を告げるかのように辺りを真っ黒な雲が覆い尽くし、目の前すらも見えぬ程の猛吹雪が厳冬の大陸を飲み込んだ。

「オーパーツどころか・・・


ギフトすら使わせることなく圧倒されたなんて。

そんな化物に勝てるわけがない」
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