1 / 32
上・立夏の大陸
炎王からの招待状
しおりを挟む
火山群に四方を取り囲まれた熱帯の大陸。その名を立夏の大陸』。
この世界を分かつ四大陸の内、最も気温が高く通年酷暑に見舞われる土地でもある。雨はほとんど降らないが、時折のゲリラ豪雨が貯水の役を上手く担っている。
そんな立夏の大陸は、大陸を統べる王城のある中央から離れるほどに、気候条件や経済面においても厳しさが増していく。
「おーい、リコ。シルク君の所に朝ご飯を持っていっておくれ」
そんな大陸の最南端に位置する、火山灰の降り積もる最果ての集落『灰炎』では、痩せた地でどうにか実る農業によって生活をしている。村民の数も次第に減ってきており、今では少年少女と言えば尊重の愛娘のリコと、隣家に住むシルクという少年だけになっていた。
もはや中央にいる者が訪れることなどあるはずもない、廃村寸前の集落だった。その村で長を務めるブレイズ家から、朝飯の匂いが漂い始めていた。村の朝食は早い。日の出と共に起床して、各々が持つ畑や田んぼ、あるいは果樹園などで作業をする。
一刻ほど作業に勤しむと、丁度ブレイズ家から朝食の匂いが立ち込めるようになってくる。それが合図となり、女衆は作業を止めて朝食の準備に取り掛かり、支度が出来た家から朝の作業を終えて食事を摂っていく。
この最果ての地には外部からの食料や物品は皆無と言っていいほど流れてこない。そんな環境にある為に、ほぼ自給自足で生活を営み、貨幣は存在するものの民の間での取引といえば物々交換が主になっている。反面、争いは起きにくく平和で、自由な場所とも言えるだろう。
「わかったわパパ。行ってきます」
村長であるサモンに言われ、食卓の上に乗っていたお盆を手に取り、愛娘のリコは家を出た。お盆の上はいつだかに取った鹿肉の塩漬けを焼いたものと、畑で取れた野菜の干物、そしてパンが1切れだった。それらを大事そうに運ぶリコの短いブロンドの髪が歩調に合わせて跳ねていた。
まだ十二歳、あどけなさは抜けないが、こうしてお使いをしたり、村長であるサモンの仕事を手伝うことを誇りに思っておりしっかりとした少女である。家を出ると見渡す限りに、畑と山。ブレイズ家は麓に建てられており、村の中では最も深部に位置している。家の畑を幾つか超えると、小さなほったて小屋がある。しかし、そこに人の気配は無かった。
「シルクのことだし……この時間はアソコかな?」
大人が数人入ったら身動きができなくなってしまう様な、本当に小さな敷地に建てられた木製のやわそうな小屋。ここに、リコと幼馴染といえるシルクは一人で住んでいる。リコは一応、気配のない小屋の中を覗き見てから、シルクの家を背にまた歩き出した。
その頃シルクは、リコの予想通りに自らが育てている野菜畑にいた。色とりどりの鮮やかな野菜が、日の光をいっぱいに浴びて強く光っている。今ではこうして、よく実るようになったが、シルクが灰炎にやってきた時は、土が栄養失調を起こしており野菜を育てるどころの話ではなかった。幼い子どもが数年かけて、耕し、肥料を混ぜて、ひたすらに土と対話をしながら、こうして数種類の野菜が安定して採れるようになったのだ。
ーーーーガサガサ
作業をしているシルクの背後で、草が揺れた。少し褐色に焼けた肌、黒い袖のないTシャツ、身軽そうな半ズボンの少年。覗く肢体は年齢に似つかわしくない筋骨隆々としていて、農作業のみで鍛えられた身体ではないことを想像するに難くなかった。
シルクは作業に使っていた鍬の刃を地面に突き立てた。Tシャツの襟もとで額の汗をぬぐって、シルクは快晴の空を見上げる。遠くの雲がいきおいよく進んでいく。
「ブモォォォォオゥ!!」
すると、先ほど何かが動いていた草むらから、独特ながなるような鳴き声をあげて、豚の鼻をした牛の様に獰猛な生物がシルクに向かって突進し始めた。体調は人の大人ほどもあり、万が一にも突進にぶつかってしまえば無傷では済まない。辺りどころが悪くて、一生付き合う怪我を負った者や、命を失った者さへも実際にこの村にも居たのだ。
シルクは猪豚の存在に気付いていないのか、逃げたり、振り向く素振りすら見えない。ちょうどその瞬間に居合わせることとなったリコが、シルクの畑の外から大声で叫ぶ。
「――!!シルク危ない!!」
リコの声は聞こえていた。無論近づいてきていきり立っている猪牛の叫びも。
そして何より広大なシルクの畑に、猪牛が細心の注意を払って侵入したその瞬間から、シルクはその存在をしっかりと嗅ぎ止めていたのだった。
そんな中でシルクは、焦りなどひとつも見せずにあることを思い出していた。3年前に彼の森の中でクラフィティに言われた言葉を。
「あれから3年。常に錬磨を絶やさなかったつもりです。」
カッと目を見開き、振り向くシルク。
ここでようやく眼前にまで迫ってきていた猪牛と目が合う。獲物を狙う猪牛が引くことはない。僅かな躊躇いもなくシルクを気絶させようと、腹部めがけてその突起した鼻をめり込ませようとしていた。
シルクはその挙動の一切を的確に目で捉え、猪牛の頭部に正確な正拳突きでもって打ち抜いた。
「ブモォォォオ……」
自らの突進の分カウンターのようになり、そのあまりの衝撃に猪牛は目を回しながら地面に転がり気絶した。
意識のないままに近くにあった野菜を巻き込みながら、数メートル先にまで土を抉りながら吹き飛んでいったのだった。
シルクはゆっくりと猪牛の下へと歩いていき、首根っこを掴み担ぎあげる。そして、畑の隅で安堵から尻もちを着いていたリコに振り向き言うのだった。
「やぁ、リコおはよう。いつもありがとう、サモンさんに猪牛鍋の用意しといてください。って伝えて置いてくれるかな?」
そう言って笑顔を見せたシルク。
真っ赤な髪の毛に青い瞳。
すきっと短く切られた髪が清潔さを感じさせる。その表情はどこか子どもっぽくて、まだ16歳の少年であることを思い出させるような、そんな笑顔だった。
リコはシルクの朝食が零れてないか確認して、皿から飛び出たパンを1切れ皿の上に戻す。
そして、立ち上がり尻についた土を払い落とす。
「ははは……うん。村の皆も呼ばないとだね」
「「………………!!」」
日も陰り、松明で照らされた村に陽気な歌声が響き渡る。
キャンプファイヤの様に広場の真ん中で、ゴウゴウと音を立てながら、朝シルクが捕まえた猪牛が丸焼きにされている。
その香ばしい香りは村中に広がり、普段肉など一口ずつしか食べれない村人達の腹の虫を騒がせていた。
「おうシルク。いつも大物ありがとよ。この前のパンプキン・ガゼルも美味かったなぁ」
髭面で頭にタオルを巻いた中年の男性がシルクに話し掛ける。
「タルタおじさん。おじさんのところのお米美味しく頂いてます」
にっこりと笑いかけて、シルクは次々とお礼を言いにくる村人達の相手をしていく。
灰炎では自給自足で、自分の畑で取れない物は物々交換をするのがしきたりになっている。
シルクの畑で取れる野菜も人気なのだが、村人達の期待はそこにはない。今回の猪牛の様に獰猛な動物をシルクが狩ることを望んでいるのだ。
嫌な顔ひとつせずに挨拶をこなす様は
、好青年以外の何とも表現しがたい。
「すみませんタルタおじさん。少し席を外させてもらいますね」
「ん?ああ、今日はもうそんな日か……」
タルタはそう呟いて森の方へ歩き出したシルクを見送った。
香ばしく焼けた猪牛を口に運ぶと、ジューシーな肉汁が、口いっぱいに溢れ出した。
「うめぇなぁ。うめぇよこりゃ」
村人達の歌や踊りを背に、シルクは深い闇の森の中へと消えていくのだった。
猪牛の香ばしい匂いに村人がどんどん集まりだした。
一枚一枚の何と大きいことか、それだけでも十二分にお腹が膨れる。
リコは3人分のお皿を抱えながら歩いていた。
「パパ、お疲れさま。少し食べて」
火の管理をしていたサモンをねぎらい、リコは持っていた1つのお皿を渡す。
「すまないな。シルク君にも持っていってあげな。今日の主役だ」
「うん、今から行くわ」
シルクを探して歩き始めた時。
リコだけがその不気味な変化に気付いていた。
「……え、何あれ?月が闇に食べられてしまってるみたい」
いつの間にか月を何かが覆い尽くし、村が闇に包まれようとしていた。
「……っつ。……ぐぁ」
金色の月明かりに照らされた城の最上で胸を押さえ苦しむ青年。
抑える指先から滲む血で、その胸の痛みが想像以上な苦痛をその青年に与えていることが伺える。
「……ワイズ、しっかりして!」
ワイズと呼ばれた青年の肩の周辺に緑色の光がまとわりつき、そこから声が聞こえている。
「シルフィード……何なんだいこの痛みは、胸が裂けてしまいそうだ」
ワイズの精悍な顔に冷たい汗が光る。
シルフィードはワイズの右肩に止まり、そしてゆっくりと言う。
「宴よ……またあの宴が始まろうとしているのよ」
切れた息をなんとか整えようと、ワイズは深く深呼吸をしている。
「そうか『聖霊の宴』が始まろうとしているのか」
「そう。『アバンカールト』により与えられた不死の呪いは解かれ、新たな王を選抜する為の戦いが始まる。その5人の来客を選ぶ媒介となる使命が各王にはある」
月が雲で完全に隠れた瞬間。
急にワイズの心臓が光り、瞬間的に瞬くと。
「くっ、ああっ。ぐわぁぁぁぁあっ!!」
ワイズの心臓から五本の光が放たれ、大陸のどこかへと消えていった。
その刹那にワイズは激痛から解放され気を失った。100年越しに動き出した心臓がトクントクンと脈を打っていた。
「ホーホー。ホーホー」
暗い森の中。
シルクはどこかに向かっていた。
「青コノハズクか……こんな時間に見るなんて不吉な……」
青いフクロウが、シルクをじっと見ながら首を回す。
青コノハズクを見ることは灰炎では不吉な前兆と言われていた。
若干の不安を感じながらも、シルクはその歩みを止めようとしない。
「……何かに導かれている様な気がする」
シルクの足は自然とその場所へと動いていた。
ゆっくりゆっくりと村から離れ、大きなキャンプファイヤのオレンジ色の光すらも見えなくなった頃。
月が完全に何かに覆い隠されるのだった。
ガサガサ。
完全な闇の中、見えはしないが確かに目の前で草木が揺れた。
「グルルルルル……キシャーーーッ……ガァーーーッ……」
複数の鋭く光る瞳に見入られ、シルクは足を止める。
「いったい何匹いるんだ……!?それにこの闇、野性の猛獣と戦うには流石に分が悪過ぎるな」
じりじりと後退しながら、シルクは構える。
「キシャーーーッ……グルルルルル……ガァーーーッ……」
それに応えるかの様に、猛獣達もまたじりじりとシルクへと近づいてきた。段々とその瞳が近づいてくる。
次の瞬間。
鋭い爪がシルクの眼前にまで伸びていた。
「……くっ」
素早く身を翻し、爪はシルクに擦ることもなく頭上を通り過ぎていった。
しかし態勢の悪いところに追撃が待っていた。
「キシャーーーッ!!!!!」
喉元目がけられ、シルクの太くなった喉すらも簡単に引きちぎろうと牙が迫りくる。
「つっ……なんのこれくらい」
シルクは右腕を迫りくる下顎に滑り込ませるように、手のひらで下顎を突き上げ無理矢理に口を閉じた。そして突進してきた力を利用して、そのまま後方へと投げ飛ばす。
ドゴッと鈍い音をたてながらその猛獣が腹を見せながら倒れた。次の瞬間にはもう、三匹目の猛獣の爪が今のシルクではもう回避することができない程に脇腹を捕えていたのだった。
「…………しまった!!」
その時、天空に五本の流れ星が光ったのをシルクは確かに見た。
景色がゆっくりと流れる中で、その星の一筋がシルクに向かい墜ちる。
その光に包まれた時、シルクの中で何かが囁いた。
『……今宵の陰月は始まりを告げる月。あなたは選ばれたのです、さぁ……立ち上がりなさい』
不気味なほど暖かい光に包まれる。
脇腹をえぐり取ろうとしていた猛獣の爪はその光に触れた瞬間、弾ける様に後方に仰け反る。
「……な、なんだこれ。力が溢れてくる……」
シルクの身体は光り輝き、全身に血が力がみなぎっていく。
『……さぁ、聖霊の宴の始まりです』
「……チュンチュン」
翌朝、シルクははっと目覚める。少しだけ耳鳴りの様な頭痛の様な違和感が残っていた。
「……昨日のことうっすらとしか思い出せないな」
夜の森に入り、野獣たちに襲われた。その中でついたであろう傷。それすらも、まるで昨日の出来事が夢であったかのようにキレイさっぱり無くなっていた。
ぼやけた頭を醒まさせる為か、シルクは家を出る。
まだ朝靄のかかる静かな空間。昨日の猪牛焼きの残り香と、村の中心にはその時に使われていた炭が山盛りになっていた。
現実だった。確かに現実たったのだ。だがそんな中でもあの瞬間だけは幻想の中のように思えてならない。
「……聖霊の宴。いったい何なんだ……?」
シルクはゆっくりとポストへと歩き、中を覗き込んだ。
「……!!これは……」
その中の一枚を取り出した時、シルクの手が止まるのだった。そして、その手は自然と震えていた。
オレンジの鮮やかな封筒に光る金色の文字。
そして、燃え盛る火炎の中に觜と角を持ったゴリラの様な神獣"イフリート"の印。
「これは炎王……バーク・フレア様の印。まさかこの手紙は」
シルクの住む村落は夏の大陸、通称サマー・ガーデンでも最南端に位置している。
フレアの王城は大陸中央に位置し、中央から外れる毎に貧困した地域となる。
「炎王からの手紙がこんな地に届くなんて……間違いじゃないのか?」
シルクはゆっくりと封を切る。
カラン。
手紙を取ろうと封筒を逆さまにすると、硬質な何かがシルクの手に落ちた。
「……?腕輪?」
ソレは、本来ならば何かの宝石が埋め込まれるのであろう、中央の窪みが曝されている銀製の腕輪だった。
「いったい何なんだこの腕輪は?」
シルクは腕輪を一先ずポストの上に置き、封筒の中に入っていた手紙を取り出し読み始めた。
『
シルク・スカーレット殿。
そなたは神により今回の聖霊の宴の来客として選ばれた。
同封した腕輪はサマー・ガーデンの王のみが付けられる『立夏の腕輪』のレプリカである。
それを持つ者は5人。
その5人の内の1人だけが我、炎王との戦う権利を得る。
まずは、その戦いに身を置くだけの力があるかを見せて欲しい
そこで別紙に書いた凶悪な指名手配者の捕縛を命じる。
皆、A級以上の凶悪な犯罪者であり、警務部隊でも歯が立たぬほどの猛者でもある。
彼らの生死は問わない。
各自3人以上の指名手配者を我に捧げよ。
期日はこの手紙が届いてから1週間とする。
では我が城で待つ。
炎王・バーク・フレア』
シルクは読みおわってからも、しばらくは手紙から目を離すことができないでいた。
あまりにも現実離れした内容に、思考は止まる。
「……炎王と戦う権利?なんだそれ……聖霊の宴っていったい何なんだ?」
「……シルク。顔色悪いよ、何かあったの?」
「……!!」
いつの間にかリコが背後にいたことに気付かなかったシルク。
肩をビクッと揺らしながら振り返った。
その様子を見たリコが申し訳なさそうに言う。
「あ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど……」
リコの表情にようやく思考が晴れてきたシルク。
いつもの様な柔らかな表情に戻っていた。
「ううん、大丈夫だよ。何か用?」
にこっと笑いかけるシルクに、リコは安心した晴れた表情で言う。
「パパが昨日のお礼をしたいから、今日は朝ご飯を家に食べに来なさい。だって。だからちょっと早いけど、シルクなら起きてると思って呼びに来たの」
シルクと一緒にご飯を食べられることがよほど嬉しいのだろう、リコは満面の笑顔を見せていた。
「さぁ、行こう?」
ブレイズ家の朝食は豪華だ。
とは言ってもこの村落の中では。という話であるが。
「昨日の猪牛焼きの残りを甘辛く煮込んでみたの。どうかしら?」
村で作った醤油と、ほんの僅かばかり与えられた砂糖を使った煮込み。
「凄く美味しいです奥様。村の皆にも是非味わってもらいたいくらいです」
「ほんと。もう少し豊かな村になってくれたら良いのにねぇ」
リコの母、リンドは悲しげに笑いそう言った。
「そうだサモンさん。実はフレア王から手紙を頂いたのですが……」
「――!!」
シルクの言葉にサモンの表情が変わった。
張り詰めた空気をそこにいた誰もが感じるほどに。
「リンド、リコ。席を外しなさい」
「ええ……あなた」
「はい、パパ」
リンドとリコが席を外し、サモンはじっとシルクを見つめた。
「今の言葉、真実なのだな?」
射ぬくような眼光に、シルクは生唾を飲み込む。
そして、ゆっくりと炎王からの手紙を机に置く。
「『聖霊の宴』とはいったいなんなのですか?」
「そうか……宴の来客となったのか。」
サモンは厳しかった表情から一転、とても切ない顔をするのだった。
「聖霊の宴について知っていらっしゃるのですね?」
サモンはゆっくりと首を縦にふる。
「月は本来、その輝きを放つことで、大地に溢れる魔力を抑えこんでいる」
サモンは静かに静かに話し始める。
「昨晩の陰月。月の光は遮られ、ある物の封印が解けた」
「ある物……?」
サモンは頷き言う。
「聖剣……『アバンカールド』。強大な魔力を持つその剣は、他の万象に様々な影響を与える。それを手にすれば世界を治めるに等しい代物だ」
あまりにも唐突な話にシルクは困惑していた。
それを理解しながらも、サモンは話を続ける。
「強大すぎる魔力は生物を凶暴化させる作用もあり、きたる新月の日に各大陸の王たる者が封印することを決めたのだ」
「じゃあ聖霊の宴とはアバンカールドを封印するにたり得る力を持つ者を選抜する為の戦いであると?」
「左様。しかし人の力など微々たる物に過ぎない。そこで選ばれた者達には、それぞれに合った協力者が現れる」
「協力者……?」
シルクは自ら復唱したことで、あることが思い当たった。
その表情を読み取ったサモンが静かに言う。
「もう出会った様じゃな。彼らは天界などより舞い降りて選ばれし者に力を与える」
「天界……天使なのですか?」
シルクの問いにサモンは不自然な間をとった。
「……天使も含まれるが全員が天使と言うわけではない。地上で大陸の王を決めるのと同時に、天界を治める『聖霊』と成るにたる『精霊』を選ぶものでもあるのだ。
それには四大元素を司る精霊や、天使、魔族、英霊なども含まれる」
サモンはそう言うと、ある物を取りに部屋を出ていった。
しばらくしてサモンが戻ってくる。
その手には木片と鉄塊と、小さな部品が握られていた。
「……それは?」
シルクがそれらを指差し尋ねる。
サモンはゆっくりと元いた席に腰掛けた。そして不敵な笑みを浮かべてそれらを指さす。
「これが何に見える?」
唐突な問いであるが、どう見ても見たままの木片と鉄塊である。
シルクは見たままを答える。
「汚れた木片と、ボロボロな鉄塊など……ですよね?」
「ふむ。君にはこれが汚れた木片とボロボロな鉄塊にしか見えんのか」
見たままを答えたはずだが、サモンの望む答えではなかったらしい。シルクは首をかしげる。
「ではサモンさんには何に見えているのですか?」
サモンはそれらを重ね合わせて言う。
「これは鉋だよ。ほら触ってごらん」
サモンに言われるがままにシルクはそれらに触れる。
しかし、もちろんそれらは鉋などではなく、ただの木片と鉄塊、エトセトラである。
「まだ分からないかね?ならば、ゆっくりと目を閉じて鉋を想像してごらん」
ゆっくりと目蓋を閉じたシルク。
手に集中すると、周りがやけに静かになっていくのを感じた。
「鉋の手触り、重さ、匂い、形すべてをゆっくりとイメージして」
木製のボディに鋭く尖った刃。
安心感さえ覚える木の優しい薫り。
どしっと手に乗る重量。
それらをイメージする毎に、シルクは自らの奥底から何かが湧き出るのを感じていた。
「感覚でそれを鮮明にイメージできたなら、そこに理論を加え、最後に魔力でそれらを確定する。」
木を削り出し、凹をつけ、鉄を溶かし伸ばして刃とし、2つを繋げる。
『……我がパートナーよ。力をお貸ししましょう』
またどこからか声が聞こえたかと思うと、シルクの手の中にあった木片と鉄塊達は光り輝き。
その光が収まるとそこには、新品の鉋が出来上がっていた。
シルクは自らの手の内で起きた奇跡に驚きを隠せないでいた。
「……これはいったい!?」
「驚いているようだね。君は『錬金術師』の血を引いているのだよ」
サモンはシルクに微笑みながらそう言った。
「かつてアバンカールドが封印されず、ある場所に安置されていた頃。大地には魔力が満ちていた」
ドクン。ドクン。と拍動が耳の中で弾ける。
得体の知れない自らの能力にシルクは困惑していたのだった。
「満ちあふれた魔力を特に上手く扱うことが出来た5人は今では伝承として伝えられている」
「錬金術師『アーケイム・スカーレット』。魔導士『ヴァイズ・ブリンガー』。魔闘士『ブレイブ・サミュレット』。祈祷士『プリエスト・ロッカレッチ』。先導士『ロウラル・クリリエント』」
教典や伝承に登場する様な人物達。
それが実在していたと言う話にシルクは疑いを隠せないでいた。
「彼らに類似した能力を有するモノ達を、彼らのファーストネームから取り、それぞれにこう呼ぶ様になった。
錬金術師『アルケミスト』。魔導士『ウィザード』。魔闘士『ブレイバー』。祈祷士『プリースト』。先導士『ロウアー』。
君はその錬金術師、アーケイム・スカーレットの血を引く者なのだよ」
自らの祖先の知られざる事実にシルクは驚愕していた。
シルクは自分の手のひらの中の鉋をしばしば見る。
その度に夢物語のようなサモンの話に、信ぴょう性を見出さずにはいられなかったのも事実だった。
「も、もし。僕の祖先がその錬金術師であったとして、僕がこの聖霊の宴に呼ばれた理由は何なのですか?」
「簡単なことだよ……その5人がアバンカールトを初めて封印した者達だったのだから。故に彼らの血を引く者達が宴に呼ばれる。その中でも特に力のある物がアバンカールドを封印し王となるのだ」
サモンはちらりと窓の外を見た。
もう朝靄が晴れ、人々が農作業を始めている。
「期日まで時間がない……ここ灰炎より城下町『輝炎』まで少なくとも3日はかかる。急いだ方が良いだろう」
これ以上話はない。とサモンは無言で語っていた。
「はい。わかりました。色々とお話してくれてありがとうございました」
シルクは席を立つと一礼をして、扉へと進んだ。
「君の畑は私が責任をもって管理しておく。宴が終わったらまたご飯を食べにおいでシルク」
にっこりと笑ってサモンはシルクを送り出した。
シルクはゆっくりと故郷を忘れぬ様踏みしめて旅立っていく。
この世界を分かつ四大陸の内、最も気温が高く通年酷暑に見舞われる土地でもある。雨はほとんど降らないが、時折のゲリラ豪雨が貯水の役を上手く担っている。
そんな立夏の大陸は、大陸を統べる王城のある中央から離れるほどに、気候条件や経済面においても厳しさが増していく。
「おーい、リコ。シルク君の所に朝ご飯を持っていっておくれ」
そんな大陸の最南端に位置する、火山灰の降り積もる最果ての集落『灰炎』では、痩せた地でどうにか実る農業によって生活をしている。村民の数も次第に減ってきており、今では少年少女と言えば尊重の愛娘のリコと、隣家に住むシルクという少年だけになっていた。
もはや中央にいる者が訪れることなどあるはずもない、廃村寸前の集落だった。その村で長を務めるブレイズ家から、朝飯の匂いが漂い始めていた。村の朝食は早い。日の出と共に起床して、各々が持つ畑や田んぼ、あるいは果樹園などで作業をする。
一刻ほど作業に勤しむと、丁度ブレイズ家から朝食の匂いが立ち込めるようになってくる。それが合図となり、女衆は作業を止めて朝食の準備に取り掛かり、支度が出来た家から朝の作業を終えて食事を摂っていく。
この最果ての地には外部からの食料や物品は皆無と言っていいほど流れてこない。そんな環境にある為に、ほぼ自給自足で生活を営み、貨幣は存在するものの民の間での取引といえば物々交換が主になっている。反面、争いは起きにくく平和で、自由な場所とも言えるだろう。
「わかったわパパ。行ってきます」
村長であるサモンに言われ、食卓の上に乗っていたお盆を手に取り、愛娘のリコは家を出た。お盆の上はいつだかに取った鹿肉の塩漬けを焼いたものと、畑で取れた野菜の干物、そしてパンが1切れだった。それらを大事そうに運ぶリコの短いブロンドの髪が歩調に合わせて跳ねていた。
まだ十二歳、あどけなさは抜けないが、こうしてお使いをしたり、村長であるサモンの仕事を手伝うことを誇りに思っておりしっかりとした少女である。家を出ると見渡す限りに、畑と山。ブレイズ家は麓に建てられており、村の中では最も深部に位置している。家の畑を幾つか超えると、小さなほったて小屋がある。しかし、そこに人の気配は無かった。
「シルクのことだし……この時間はアソコかな?」
大人が数人入ったら身動きができなくなってしまう様な、本当に小さな敷地に建てられた木製のやわそうな小屋。ここに、リコと幼馴染といえるシルクは一人で住んでいる。リコは一応、気配のない小屋の中を覗き見てから、シルクの家を背にまた歩き出した。
その頃シルクは、リコの予想通りに自らが育てている野菜畑にいた。色とりどりの鮮やかな野菜が、日の光をいっぱいに浴びて強く光っている。今ではこうして、よく実るようになったが、シルクが灰炎にやってきた時は、土が栄養失調を起こしており野菜を育てるどころの話ではなかった。幼い子どもが数年かけて、耕し、肥料を混ぜて、ひたすらに土と対話をしながら、こうして数種類の野菜が安定して採れるようになったのだ。
ーーーーガサガサ
作業をしているシルクの背後で、草が揺れた。少し褐色に焼けた肌、黒い袖のないTシャツ、身軽そうな半ズボンの少年。覗く肢体は年齢に似つかわしくない筋骨隆々としていて、農作業のみで鍛えられた身体ではないことを想像するに難くなかった。
シルクは作業に使っていた鍬の刃を地面に突き立てた。Tシャツの襟もとで額の汗をぬぐって、シルクは快晴の空を見上げる。遠くの雲がいきおいよく進んでいく。
「ブモォォォォオゥ!!」
すると、先ほど何かが動いていた草むらから、独特ながなるような鳴き声をあげて、豚の鼻をした牛の様に獰猛な生物がシルクに向かって突進し始めた。体調は人の大人ほどもあり、万が一にも突進にぶつかってしまえば無傷では済まない。辺りどころが悪くて、一生付き合う怪我を負った者や、命を失った者さへも実際にこの村にも居たのだ。
シルクは猪豚の存在に気付いていないのか、逃げたり、振り向く素振りすら見えない。ちょうどその瞬間に居合わせることとなったリコが、シルクの畑の外から大声で叫ぶ。
「――!!シルク危ない!!」
リコの声は聞こえていた。無論近づいてきていきり立っている猪牛の叫びも。
そして何より広大なシルクの畑に、猪牛が細心の注意を払って侵入したその瞬間から、シルクはその存在をしっかりと嗅ぎ止めていたのだった。
そんな中でシルクは、焦りなどひとつも見せずにあることを思い出していた。3年前に彼の森の中でクラフィティに言われた言葉を。
「あれから3年。常に錬磨を絶やさなかったつもりです。」
カッと目を見開き、振り向くシルク。
ここでようやく眼前にまで迫ってきていた猪牛と目が合う。獲物を狙う猪牛が引くことはない。僅かな躊躇いもなくシルクを気絶させようと、腹部めがけてその突起した鼻をめり込ませようとしていた。
シルクはその挙動の一切を的確に目で捉え、猪牛の頭部に正確な正拳突きでもって打ち抜いた。
「ブモォォォオ……」
自らの突進の分カウンターのようになり、そのあまりの衝撃に猪牛は目を回しながら地面に転がり気絶した。
意識のないままに近くにあった野菜を巻き込みながら、数メートル先にまで土を抉りながら吹き飛んでいったのだった。
シルクはゆっくりと猪牛の下へと歩いていき、首根っこを掴み担ぎあげる。そして、畑の隅で安堵から尻もちを着いていたリコに振り向き言うのだった。
「やぁ、リコおはよう。いつもありがとう、サモンさんに猪牛鍋の用意しといてください。って伝えて置いてくれるかな?」
そう言って笑顔を見せたシルク。
真っ赤な髪の毛に青い瞳。
すきっと短く切られた髪が清潔さを感じさせる。その表情はどこか子どもっぽくて、まだ16歳の少年であることを思い出させるような、そんな笑顔だった。
リコはシルクの朝食が零れてないか確認して、皿から飛び出たパンを1切れ皿の上に戻す。
そして、立ち上がり尻についた土を払い落とす。
「ははは……うん。村の皆も呼ばないとだね」
「「………………!!」」
日も陰り、松明で照らされた村に陽気な歌声が響き渡る。
キャンプファイヤの様に広場の真ん中で、ゴウゴウと音を立てながら、朝シルクが捕まえた猪牛が丸焼きにされている。
その香ばしい香りは村中に広がり、普段肉など一口ずつしか食べれない村人達の腹の虫を騒がせていた。
「おうシルク。いつも大物ありがとよ。この前のパンプキン・ガゼルも美味かったなぁ」
髭面で頭にタオルを巻いた中年の男性がシルクに話し掛ける。
「タルタおじさん。おじさんのところのお米美味しく頂いてます」
にっこりと笑いかけて、シルクは次々とお礼を言いにくる村人達の相手をしていく。
灰炎では自給自足で、自分の畑で取れない物は物々交換をするのがしきたりになっている。
シルクの畑で取れる野菜も人気なのだが、村人達の期待はそこにはない。今回の猪牛の様に獰猛な動物をシルクが狩ることを望んでいるのだ。
嫌な顔ひとつせずに挨拶をこなす様は
、好青年以外の何とも表現しがたい。
「すみませんタルタおじさん。少し席を外させてもらいますね」
「ん?ああ、今日はもうそんな日か……」
タルタはそう呟いて森の方へ歩き出したシルクを見送った。
香ばしく焼けた猪牛を口に運ぶと、ジューシーな肉汁が、口いっぱいに溢れ出した。
「うめぇなぁ。うめぇよこりゃ」
村人達の歌や踊りを背に、シルクは深い闇の森の中へと消えていくのだった。
猪牛の香ばしい匂いに村人がどんどん集まりだした。
一枚一枚の何と大きいことか、それだけでも十二分にお腹が膨れる。
リコは3人分のお皿を抱えながら歩いていた。
「パパ、お疲れさま。少し食べて」
火の管理をしていたサモンをねぎらい、リコは持っていた1つのお皿を渡す。
「すまないな。シルク君にも持っていってあげな。今日の主役だ」
「うん、今から行くわ」
シルクを探して歩き始めた時。
リコだけがその不気味な変化に気付いていた。
「……え、何あれ?月が闇に食べられてしまってるみたい」
いつの間にか月を何かが覆い尽くし、村が闇に包まれようとしていた。
「……っつ。……ぐぁ」
金色の月明かりに照らされた城の最上で胸を押さえ苦しむ青年。
抑える指先から滲む血で、その胸の痛みが想像以上な苦痛をその青年に与えていることが伺える。
「……ワイズ、しっかりして!」
ワイズと呼ばれた青年の肩の周辺に緑色の光がまとわりつき、そこから声が聞こえている。
「シルフィード……何なんだいこの痛みは、胸が裂けてしまいそうだ」
ワイズの精悍な顔に冷たい汗が光る。
シルフィードはワイズの右肩に止まり、そしてゆっくりと言う。
「宴よ……またあの宴が始まろうとしているのよ」
切れた息をなんとか整えようと、ワイズは深く深呼吸をしている。
「そうか『聖霊の宴』が始まろうとしているのか」
「そう。『アバンカールト』により与えられた不死の呪いは解かれ、新たな王を選抜する為の戦いが始まる。その5人の来客を選ぶ媒介となる使命が各王にはある」
月が雲で完全に隠れた瞬間。
急にワイズの心臓が光り、瞬間的に瞬くと。
「くっ、ああっ。ぐわぁぁぁぁあっ!!」
ワイズの心臓から五本の光が放たれ、大陸のどこかへと消えていった。
その刹那にワイズは激痛から解放され気を失った。100年越しに動き出した心臓がトクントクンと脈を打っていた。
「ホーホー。ホーホー」
暗い森の中。
シルクはどこかに向かっていた。
「青コノハズクか……こんな時間に見るなんて不吉な……」
青いフクロウが、シルクをじっと見ながら首を回す。
青コノハズクを見ることは灰炎では不吉な前兆と言われていた。
若干の不安を感じながらも、シルクはその歩みを止めようとしない。
「……何かに導かれている様な気がする」
シルクの足は自然とその場所へと動いていた。
ゆっくりゆっくりと村から離れ、大きなキャンプファイヤのオレンジ色の光すらも見えなくなった頃。
月が完全に何かに覆い隠されるのだった。
ガサガサ。
完全な闇の中、見えはしないが確かに目の前で草木が揺れた。
「グルルルルル……キシャーーーッ……ガァーーーッ……」
複数の鋭く光る瞳に見入られ、シルクは足を止める。
「いったい何匹いるんだ……!?それにこの闇、野性の猛獣と戦うには流石に分が悪過ぎるな」
じりじりと後退しながら、シルクは構える。
「キシャーーーッ……グルルルルル……ガァーーーッ……」
それに応えるかの様に、猛獣達もまたじりじりとシルクへと近づいてきた。段々とその瞳が近づいてくる。
次の瞬間。
鋭い爪がシルクの眼前にまで伸びていた。
「……くっ」
素早く身を翻し、爪はシルクに擦ることもなく頭上を通り過ぎていった。
しかし態勢の悪いところに追撃が待っていた。
「キシャーーーッ!!!!!」
喉元目がけられ、シルクの太くなった喉すらも簡単に引きちぎろうと牙が迫りくる。
「つっ……なんのこれくらい」
シルクは右腕を迫りくる下顎に滑り込ませるように、手のひらで下顎を突き上げ無理矢理に口を閉じた。そして突進してきた力を利用して、そのまま後方へと投げ飛ばす。
ドゴッと鈍い音をたてながらその猛獣が腹を見せながら倒れた。次の瞬間にはもう、三匹目の猛獣の爪が今のシルクではもう回避することができない程に脇腹を捕えていたのだった。
「…………しまった!!」
その時、天空に五本の流れ星が光ったのをシルクは確かに見た。
景色がゆっくりと流れる中で、その星の一筋がシルクに向かい墜ちる。
その光に包まれた時、シルクの中で何かが囁いた。
『……今宵の陰月は始まりを告げる月。あなたは選ばれたのです、さぁ……立ち上がりなさい』
不気味なほど暖かい光に包まれる。
脇腹をえぐり取ろうとしていた猛獣の爪はその光に触れた瞬間、弾ける様に後方に仰け反る。
「……な、なんだこれ。力が溢れてくる……」
シルクの身体は光り輝き、全身に血が力がみなぎっていく。
『……さぁ、聖霊の宴の始まりです』
「……チュンチュン」
翌朝、シルクははっと目覚める。少しだけ耳鳴りの様な頭痛の様な違和感が残っていた。
「……昨日のことうっすらとしか思い出せないな」
夜の森に入り、野獣たちに襲われた。その中でついたであろう傷。それすらも、まるで昨日の出来事が夢であったかのようにキレイさっぱり無くなっていた。
ぼやけた頭を醒まさせる為か、シルクは家を出る。
まだ朝靄のかかる静かな空間。昨日の猪牛焼きの残り香と、村の中心にはその時に使われていた炭が山盛りになっていた。
現実だった。確かに現実たったのだ。だがそんな中でもあの瞬間だけは幻想の中のように思えてならない。
「……聖霊の宴。いったい何なんだ……?」
シルクはゆっくりとポストへと歩き、中を覗き込んだ。
「……!!これは……」
その中の一枚を取り出した時、シルクの手が止まるのだった。そして、その手は自然と震えていた。
オレンジの鮮やかな封筒に光る金色の文字。
そして、燃え盛る火炎の中に觜と角を持ったゴリラの様な神獣"イフリート"の印。
「これは炎王……バーク・フレア様の印。まさかこの手紙は」
シルクの住む村落は夏の大陸、通称サマー・ガーデンでも最南端に位置している。
フレアの王城は大陸中央に位置し、中央から外れる毎に貧困した地域となる。
「炎王からの手紙がこんな地に届くなんて……間違いじゃないのか?」
シルクはゆっくりと封を切る。
カラン。
手紙を取ろうと封筒を逆さまにすると、硬質な何かがシルクの手に落ちた。
「……?腕輪?」
ソレは、本来ならば何かの宝石が埋め込まれるのであろう、中央の窪みが曝されている銀製の腕輪だった。
「いったい何なんだこの腕輪は?」
シルクは腕輪を一先ずポストの上に置き、封筒の中に入っていた手紙を取り出し読み始めた。
『
シルク・スカーレット殿。
そなたは神により今回の聖霊の宴の来客として選ばれた。
同封した腕輪はサマー・ガーデンの王のみが付けられる『立夏の腕輪』のレプリカである。
それを持つ者は5人。
その5人の内の1人だけが我、炎王との戦う権利を得る。
まずは、その戦いに身を置くだけの力があるかを見せて欲しい
そこで別紙に書いた凶悪な指名手配者の捕縛を命じる。
皆、A級以上の凶悪な犯罪者であり、警務部隊でも歯が立たぬほどの猛者でもある。
彼らの生死は問わない。
各自3人以上の指名手配者を我に捧げよ。
期日はこの手紙が届いてから1週間とする。
では我が城で待つ。
炎王・バーク・フレア』
シルクは読みおわってからも、しばらくは手紙から目を離すことができないでいた。
あまりにも現実離れした内容に、思考は止まる。
「……炎王と戦う権利?なんだそれ……聖霊の宴っていったい何なんだ?」
「……シルク。顔色悪いよ、何かあったの?」
「……!!」
いつの間にかリコが背後にいたことに気付かなかったシルク。
肩をビクッと揺らしながら振り返った。
その様子を見たリコが申し訳なさそうに言う。
「あ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど……」
リコの表情にようやく思考が晴れてきたシルク。
いつもの様な柔らかな表情に戻っていた。
「ううん、大丈夫だよ。何か用?」
にこっと笑いかけるシルクに、リコは安心した晴れた表情で言う。
「パパが昨日のお礼をしたいから、今日は朝ご飯を家に食べに来なさい。だって。だからちょっと早いけど、シルクなら起きてると思って呼びに来たの」
シルクと一緒にご飯を食べられることがよほど嬉しいのだろう、リコは満面の笑顔を見せていた。
「さぁ、行こう?」
ブレイズ家の朝食は豪華だ。
とは言ってもこの村落の中では。という話であるが。
「昨日の猪牛焼きの残りを甘辛く煮込んでみたの。どうかしら?」
村で作った醤油と、ほんの僅かばかり与えられた砂糖を使った煮込み。
「凄く美味しいです奥様。村の皆にも是非味わってもらいたいくらいです」
「ほんと。もう少し豊かな村になってくれたら良いのにねぇ」
リコの母、リンドは悲しげに笑いそう言った。
「そうだサモンさん。実はフレア王から手紙を頂いたのですが……」
「――!!」
シルクの言葉にサモンの表情が変わった。
張り詰めた空気をそこにいた誰もが感じるほどに。
「リンド、リコ。席を外しなさい」
「ええ……あなた」
「はい、パパ」
リンドとリコが席を外し、サモンはじっとシルクを見つめた。
「今の言葉、真実なのだな?」
射ぬくような眼光に、シルクは生唾を飲み込む。
そして、ゆっくりと炎王からの手紙を机に置く。
「『聖霊の宴』とはいったいなんなのですか?」
「そうか……宴の来客となったのか。」
サモンは厳しかった表情から一転、とても切ない顔をするのだった。
「聖霊の宴について知っていらっしゃるのですね?」
サモンはゆっくりと首を縦にふる。
「月は本来、その輝きを放つことで、大地に溢れる魔力を抑えこんでいる」
サモンは静かに静かに話し始める。
「昨晩の陰月。月の光は遮られ、ある物の封印が解けた」
「ある物……?」
サモンは頷き言う。
「聖剣……『アバンカールド』。強大な魔力を持つその剣は、他の万象に様々な影響を与える。それを手にすれば世界を治めるに等しい代物だ」
あまりにも唐突な話にシルクは困惑していた。
それを理解しながらも、サモンは話を続ける。
「強大すぎる魔力は生物を凶暴化させる作用もあり、きたる新月の日に各大陸の王たる者が封印することを決めたのだ」
「じゃあ聖霊の宴とはアバンカールドを封印するにたり得る力を持つ者を選抜する為の戦いであると?」
「左様。しかし人の力など微々たる物に過ぎない。そこで選ばれた者達には、それぞれに合った協力者が現れる」
「協力者……?」
シルクは自ら復唱したことで、あることが思い当たった。
その表情を読み取ったサモンが静かに言う。
「もう出会った様じゃな。彼らは天界などより舞い降りて選ばれし者に力を与える」
「天界……天使なのですか?」
シルクの問いにサモンは不自然な間をとった。
「……天使も含まれるが全員が天使と言うわけではない。地上で大陸の王を決めるのと同時に、天界を治める『聖霊』と成るにたる『精霊』を選ぶものでもあるのだ。
それには四大元素を司る精霊や、天使、魔族、英霊なども含まれる」
サモンはそう言うと、ある物を取りに部屋を出ていった。
しばらくしてサモンが戻ってくる。
その手には木片と鉄塊と、小さな部品が握られていた。
「……それは?」
シルクがそれらを指差し尋ねる。
サモンはゆっくりと元いた席に腰掛けた。そして不敵な笑みを浮かべてそれらを指さす。
「これが何に見える?」
唐突な問いであるが、どう見ても見たままの木片と鉄塊である。
シルクは見たままを答える。
「汚れた木片と、ボロボロな鉄塊など……ですよね?」
「ふむ。君にはこれが汚れた木片とボロボロな鉄塊にしか見えんのか」
見たままを答えたはずだが、サモンの望む答えではなかったらしい。シルクは首をかしげる。
「ではサモンさんには何に見えているのですか?」
サモンはそれらを重ね合わせて言う。
「これは鉋だよ。ほら触ってごらん」
サモンに言われるがままにシルクはそれらに触れる。
しかし、もちろんそれらは鉋などではなく、ただの木片と鉄塊、エトセトラである。
「まだ分からないかね?ならば、ゆっくりと目を閉じて鉋を想像してごらん」
ゆっくりと目蓋を閉じたシルク。
手に集中すると、周りがやけに静かになっていくのを感じた。
「鉋の手触り、重さ、匂い、形すべてをゆっくりとイメージして」
木製のボディに鋭く尖った刃。
安心感さえ覚える木の優しい薫り。
どしっと手に乗る重量。
それらをイメージする毎に、シルクは自らの奥底から何かが湧き出るのを感じていた。
「感覚でそれを鮮明にイメージできたなら、そこに理論を加え、最後に魔力でそれらを確定する。」
木を削り出し、凹をつけ、鉄を溶かし伸ばして刃とし、2つを繋げる。
『……我がパートナーよ。力をお貸ししましょう』
またどこからか声が聞こえたかと思うと、シルクの手の中にあった木片と鉄塊達は光り輝き。
その光が収まるとそこには、新品の鉋が出来上がっていた。
シルクは自らの手の内で起きた奇跡に驚きを隠せないでいた。
「……これはいったい!?」
「驚いているようだね。君は『錬金術師』の血を引いているのだよ」
サモンはシルクに微笑みながらそう言った。
「かつてアバンカールドが封印されず、ある場所に安置されていた頃。大地には魔力が満ちていた」
ドクン。ドクン。と拍動が耳の中で弾ける。
得体の知れない自らの能力にシルクは困惑していたのだった。
「満ちあふれた魔力を特に上手く扱うことが出来た5人は今では伝承として伝えられている」
「錬金術師『アーケイム・スカーレット』。魔導士『ヴァイズ・ブリンガー』。魔闘士『ブレイブ・サミュレット』。祈祷士『プリエスト・ロッカレッチ』。先導士『ロウラル・クリリエント』」
教典や伝承に登場する様な人物達。
それが実在していたと言う話にシルクは疑いを隠せないでいた。
「彼らに類似した能力を有するモノ達を、彼らのファーストネームから取り、それぞれにこう呼ぶ様になった。
錬金術師『アルケミスト』。魔導士『ウィザード』。魔闘士『ブレイバー』。祈祷士『プリースト』。先導士『ロウアー』。
君はその錬金術師、アーケイム・スカーレットの血を引く者なのだよ」
自らの祖先の知られざる事実にシルクは驚愕していた。
シルクは自分の手のひらの中の鉋をしばしば見る。
その度に夢物語のようなサモンの話に、信ぴょう性を見出さずにはいられなかったのも事実だった。
「も、もし。僕の祖先がその錬金術師であったとして、僕がこの聖霊の宴に呼ばれた理由は何なのですか?」
「簡単なことだよ……その5人がアバンカールトを初めて封印した者達だったのだから。故に彼らの血を引く者達が宴に呼ばれる。その中でも特に力のある物がアバンカールドを封印し王となるのだ」
サモンはちらりと窓の外を見た。
もう朝靄が晴れ、人々が農作業を始めている。
「期日まで時間がない……ここ灰炎より城下町『輝炎』まで少なくとも3日はかかる。急いだ方が良いだろう」
これ以上話はない。とサモンは無言で語っていた。
「はい。わかりました。色々とお話してくれてありがとうございました」
シルクは席を立つと一礼をして、扉へと進んだ。
「君の畑は私が責任をもって管理しておく。宴が終わったらまたご飯を食べにおいでシルク」
にっこりと笑ってサモンはシルクを送り出した。
シルクはゆっくりと故郷を忘れぬ様踏みしめて旅立っていく。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる