上 下
36 / 46
1話:森の都の外套技師

トラットリアのポタジュー_2

しおりを挟む
「6年前に突然グリーズ家当主になった、ライオット・グリーズ。あの城にはライオット伯独りしか住んでいない。前当主は原因不明の失踪、使用人を含め血のつながった家族も全て城から追い出し、何人の侵入も許さない鎖された城だよ」

 ワタナベはそれからしばらくライオットに関する根も葉もないような噂話や、グリーズ家にまつわる都市伝説の様な話を聞かせてくれた。人は好きだが、人の生活に興味の無いシドは話半分に耳を傾け、一個師団くらいなら装備を含めて収まってしまいそうな、広大な土地に好き好んで独りで住むという、その理由や感覚は気になっていた。

 すると、何かの乳が焦げた様な香ばしい香りと、フルーツソースが熱されて濃縮された甘酸っぱい香りが、一気に厨房から客席の方へと流れてきた。シドは思わず目を見開いて、涎をごくりと飲み込んだ。そして、皿を何かで擦る様な音が数回聞こえると、セイラが木のお盆にそれを乗せてシド達のテーブルにやってきた。

「なん・・・・・・だこれは? 白く薄い皿の様な生地に、野菜が並べられ、白の強い黄色のソースかなにかが恐ろしい程に香しい臭いを」
「くくく、お兄さん、ごたくは要らねえよ。食べな」

 ワタナベは凄みのある表情でそう言って、手を大きく広げてピツァーを指し示す。セイラもニコニコとしていたが、何かただならぬ威圧感を放っているし、シドは気づいてしまっていたあ。あれだけ、客に意識を向けていなかった厨房の奥に居るあの男が、口元を笑わせながら見ていることに。

「くそ、変な汗かいてきやがった。いただきます!
・・・・・・熱っ! うお、何だこれは、黄色の何かがぐにょんと伸びて、糸を・・・・・・! 全く味が想像できないが、いくぞ」

 シドは目いっぱいに口にピツァーを放り込む。2/3ほどで嚙み切ろうとすると、香ばしく焦げ目の付けられた野菜が程よい食感を残しながらも抵抗なく髪切ることができ、後でシドは「チーズ」という名を知るが、チーズと生地の楽しい食感が歯を伝う。もうすでに一噛みで、これまでに味わったことの無い重厚なうま味を感じていたのだが、シドが本当に驚いたのは次の瞬間だった。
 
「ーーなっ!?」

 髪切ったピツァーを持った手を引いた瞬間、ピツァーそのものの重量とは異なる、何かの抵抗を手に感じた。その原因を見極めるべく、手に持ったそれを見ると、とろけたチーズが中心に行くほど薄く白くなりながらシドの口元からピツァーの片割れまでつり橋の様に垂れて伸びていた。驚いたシドが身体を引きながら、持っていた手を目いっぱいに伸ばすと、チーズの張力が無くなり真ん中で切れて、口から伸びていたチーズが自由落下をしながら、シドのシャツの胸元にくっついた。

「良い食べっぷりだぜ、お兄さん!」
「あははは、お客さん最高! ピツァーの一番おいしい食べ方だわ」

 シドの様子を見ていたワタナベは腹を抱えて、セイラは持っていたお盆で口元を隠しながら声をあげて笑う。それは、嘲笑とは異なり嫌な気分はしなかった。なぜなら、3人が全く同じことを言うからだった。

「うまいだろ?」

 シドは初めて感じる「食事」の楽しさを、しっかりと噛みしめて味わう。すると厨房から太い低い声で「おい」と聞こえて、セイラはシェフから白い深い器に入った料理を受け取る。厨房のカウンターに置いてあった、食器を取ってネオンの前にそれを並べた。

「お待たせしました。シェフ謹製のリンクタウンの特産品『アメイモ』と生クリームをふんだんに使った『ポタジュー』です。
熱いから『ふーふー』って冷ましながら食べてね」

 目の前に置かれたものはネオンが想像していたものとは少し異なったが、乳白色のとろみあるスープから立ち込める湯気に練り込まれた優しい甘みのある匂いが食欲をそそる。ほんの少し頬が赤くなっていた。

「いた・・・・・・いたきだす!」

 ネオンは微かな音を立てながら両手を合わせると、シエナとシドに教わった挨拶をした。どうして良いのかが分からず、スプーンを持とうとしたり、器に触れようとしたり、手をしきりに動かしていたが、ふいに見たあの女の子が食具を見せながら歯を見せて笑いかけていた。ネオンは恐る恐る、その銀製の食具を鷲掴みにして、先端をスープに浸していく。小さく巻く様なスープの滞留によって、中に閉じ込められていた濃縮された香りがあふれてくる。ネオンはごくりと音を立て唾を飲み込んで、スプーンを持ち上げると顔を近づけていく。

 小さく開けた口、スープを吸おうと閉じていく唇がスープに触れた瞬間「んん!」と声にならない声を出して、顔を咄嗟に引くネオン。どうやらスープが熱かったようだ。いつの間にかネオンのスープの手本になっていた、女の子を確認すると、もう時間も経って程よく冷まされたスープを「ふーふー」している。

 ネオンも見様見真似で、口を尖らせて細い息をスープに吹きかけると、白い湯気がその吐息に揺られる。そして、再びゆっくりと口に運んでいく。

「はう!!」

 店内に可愛らしい声の奇妙な音が響いて、客の視線が一気にシド達のテーブルに向けられた。聞いたことも無い大きな声にシドが一番びっくりしていたが、ネオンが恥ずかしそうに肩を縮めながら片方の手で口元を隠していたのでそれがネオンの発した声だったことを確信する。

「ははは! そんなにも美味しかったのか。すごいもんだな料理ってのは」

 ネオンはスープを救っては、「ふーふー」をして、口に運んでは小刻みに震えている。食具に慣れていないせいで、持ち方は雑だし、結構な頻度で結構な量を零したりしていたが、その手が止まることはなかった。

 シドとワタナベがピツァーを食べ終え、ワタナベは「カヒー」を頼んで食後に飲んでいる。その頃には、ネオンのポタジューも半分を切っていて、救って冷まして食べると言う一連の動作にも慣れてきている様に見えた。ポタージュの師匠も食べ終わると、家族はお会計をして出口へと向かっていく。一番後ろを歩いていた女の子が、ネオンの後ろを通る時に立ち止まって、ネオンを見上げながら笑顔で「ふーふー上手にできたね!」 と満面の笑顔でネオンを褒めて出ていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに―― ※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...