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1話:森の都の外套技師
トラットリアのポタジュー_2
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「6年前に突然グリーズ家当主になった、ライオット・グリーズ。あの城にはライオット伯独りしか住んでいない。前当主は原因不明の失踪、使用人を含め血のつながった家族も全て城から追い出し、何人の侵入も許さない鎖された城だよ」
ワタナベはそれからしばらくライオットに関する根も葉もないような噂話や、グリーズ家にまつわる都市伝説の様な話を聞かせてくれた。人は好きだが、人の生活に興味の無いシドは話半分に耳を傾け、一個師団くらいなら装備を含めて収まってしまいそうな、広大な土地に好き好んで独りで住むという、その理由や感覚は気になっていた。
すると、何かの乳が焦げた様な香ばしい香りと、フルーツソースが熱されて濃縮された甘酸っぱい香りが、一気に厨房から客席の方へと流れてきた。シドは思わず目を見開いて、涎をごくりと飲み込んだ。そして、皿を何かで擦る様な音が数回聞こえると、セイラが木のお盆にそれを乗せてシド達のテーブルにやってきた。
「なん・・・・・・だこれは? 白く薄い皿の様な生地に、野菜が並べられ、白の強い黄色のソースかなにかが恐ろしい程に香しい臭いを」
「くくく、お兄さん、ごたくは要らねえよ。食べな」
ワタナベは凄みのある表情でそう言って、手を大きく広げてピツァーを指し示す。セイラもニコニコとしていたが、何かただならぬ威圧感を放っているし、シドは気づいてしまっていたあ。あれだけ、客に意識を向けていなかった厨房の奥に居るあの男が、口元を笑わせながら見ていることに。
「くそ、変な汗かいてきやがった。いただきます!
・・・・・・熱っ! うお、何だこれは、黄色の何かがぐにょんと伸びて、糸を・・・・・・! 全く味が想像できないが、いくぞ」
シドは目いっぱいに口にピツァーを放り込む。2/3ほどで嚙み切ろうとすると、香ばしく焦げ目の付けられた野菜が程よい食感を残しながらも抵抗なく髪切ることができ、後でシドは「チーズ」という名を知るが、チーズと生地の楽しい食感が歯を伝う。もうすでに一噛みで、これまでに味わったことの無い重厚なうま味を感じていたのだが、シドが本当に驚いたのは次の瞬間だった。
「ーーなっ!?」
髪切ったピツァーを持った手を引いた瞬間、ピツァーそのものの重量とは異なる、何かの抵抗を手に感じた。その原因を見極めるべく、手に持ったそれを見ると、とろけたチーズが中心に行くほど薄く白くなりながらシドの口元からピツァーの片割れまでつり橋の様に垂れて伸びていた。驚いたシドが身体を引きながら、持っていた手を目いっぱいに伸ばすと、チーズの張力が無くなり真ん中で切れて、口から伸びていたチーズが自由落下をしながら、シドのシャツの胸元にくっついた。
「良い食べっぷりだぜ、お兄さん!」
「あははは、お客さん最高! ピツァーの一番おいしい食べ方だわ」
シドの様子を見ていたワタナベは腹を抱えて、セイラは持っていたお盆で口元を隠しながら声をあげて笑う。それは、嘲笑とは異なり嫌な気分はしなかった。なぜなら、3人が全く同じことを言うからだった。
「うまいだろ?」
シドは初めて感じる「食事」の楽しさを、しっかりと噛みしめて味わう。すると厨房から太い低い声で「おい」と聞こえて、セイラはシェフから白い深い器に入った料理を受け取る。厨房のカウンターに置いてあった、食器を取ってネオンの前にそれを並べた。
「お待たせしました。シェフ謹製のリンクタウンの特産品『アメイモ』と生クリームをふんだんに使った『ポタジュー』です。
熱いから『ふーふー』って冷ましながら食べてね」
目の前に置かれたものはネオンが想像していたものとは少し異なったが、乳白色のとろみあるスープから立ち込める湯気に練り込まれた優しい甘みのある匂いが食欲をそそる。ほんの少し頬が赤くなっていた。
「いた・・・・・・いたきだす!」
ネオンは微かな音を立てながら両手を合わせると、シエナとシドに教わった挨拶をした。どうして良いのかが分からず、スプーンを持とうとしたり、器に触れようとしたり、手をしきりに動かしていたが、ふいに見たあの女の子が食具を見せながら歯を見せて笑いかけていた。ネオンは恐る恐る、その銀製の食具を鷲掴みにして、先端をスープに浸していく。小さく巻く様なスープの滞留によって、中に閉じ込められていた濃縮された香りがあふれてくる。ネオンはごくりと音を立て唾を飲み込んで、スプーンを持ち上げると顔を近づけていく。
小さく開けた口、スープを吸おうと閉じていく唇がスープに触れた瞬間「んん!」と声にならない声を出して、顔を咄嗟に引くネオン。どうやらスープが熱かったようだ。いつの間にかネオンのスープの手本になっていた、女の子を確認すると、もう時間も経って程よく冷まされたスープを「ふーふー」している。
ネオンも見様見真似で、口を尖らせて細い息をスープに吹きかけると、白い湯気がその吐息に揺られる。そして、再びゆっくりと口に運んでいく。
「はう!!」
店内に可愛らしい声の奇妙な音が響いて、客の視線が一気にシド達のテーブルに向けられた。聞いたことも無い大きな声にシドが一番びっくりしていたが、ネオンが恥ずかしそうに肩を縮めながら片方の手で口元を隠していたのでそれがネオンの発した声だったことを確信する。
「ははは! そんなにも美味しかったのか。すごいもんだな料理ってのは」
ネオンはスープを救っては、「ふーふー」をして、口に運んでは小刻みに震えている。食具に慣れていないせいで、持ち方は雑だし、結構な頻度で結構な量を零したりしていたが、その手が止まることはなかった。
シドとワタナベがピツァーを食べ終え、ワタナベは「カヒー」を頼んで食後に飲んでいる。その頃には、ネオンのポタジューも半分を切っていて、救って冷まして食べると言う一連の動作にも慣れてきている様に見えた。ポタージュの師匠も食べ終わると、家族はお会計をして出口へと向かっていく。一番後ろを歩いていた女の子が、ネオンの後ろを通る時に立ち止まって、ネオンを見上げながら笑顔で「ふーふー上手にできたね!」 と満面の笑顔でネオンを褒めて出ていった。
ワタナベはそれからしばらくライオットに関する根も葉もないような噂話や、グリーズ家にまつわる都市伝説の様な話を聞かせてくれた。人は好きだが、人の生活に興味の無いシドは話半分に耳を傾け、一個師団くらいなら装備を含めて収まってしまいそうな、広大な土地に好き好んで独りで住むという、その理由や感覚は気になっていた。
すると、何かの乳が焦げた様な香ばしい香りと、フルーツソースが熱されて濃縮された甘酸っぱい香りが、一気に厨房から客席の方へと流れてきた。シドは思わず目を見開いて、涎をごくりと飲み込んだ。そして、皿を何かで擦る様な音が数回聞こえると、セイラが木のお盆にそれを乗せてシド達のテーブルにやってきた。
「なん・・・・・・だこれは? 白く薄い皿の様な生地に、野菜が並べられ、白の強い黄色のソースかなにかが恐ろしい程に香しい臭いを」
「くくく、お兄さん、ごたくは要らねえよ。食べな」
ワタナベは凄みのある表情でそう言って、手を大きく広げてピツァーを指し示す。セイラもニコニコとしていたが、何かただならぬ威圧感を放っているし、シドは気づいてしまっていたあ。あれだけ、客に意識を向けていなかった厨房の奥に居るあの男が、口元を笑わせながら見ていることに。
「くそ、変な汗かいてきやがった。いただきます!
・・・・・・熱っ! うお、何だこれは、黄色の何かがぐにょんと伸びて、糸を・・・・・・! 全く味が想像できないが、いくぞ」
シドは目いっぱいに口にピツァーを放り込む。2/3ほどで嚙み切ろうとすると、香ばしく焦げ目の付けられた野菜が程よい食感を残しながらも抵抗なく髪切ることができ、後でシドは「チーズ」という名を知るが、チーズと生地の楽しい食感が歯を伝う。もうすでに一噛みで、これまでに味わったことの無い重厚なうま味を感じていたのだが、シドが本当に驚いたのは次の瞬間だった。
「ーーなっ!?」
髪切ったピツァーを持った手を引いた瞬間、ピツァーそのものの重量とは異なる、何かの抵抗を手に感じた。その原因を見極めるべく、手に持ったそれを見ると、とろけたチーズが中心に行くほど薄く白くなりながらシドの口元からピツァーの片割れまでつり橋の様に垂れて伸びていた。驚いたシドが身体を引きながら、持っていた手を目いっぱいに伸ばすと、チーズの張力が無くなり真ん中で切れて、口から伸びていたチーズが自由落下をしながら、シドのシャツの胸元にくっついた。
「良い食べっぷりだぜ、お兄さん!」
「あははは、お客さん最高! ピツァーの一番おいしい食べ方だわ」
シドの様子を見ていたワタナベは腹を抱えて、セイラは持っていたお盆で口元を隠しながら声をあげて笑う。それは、嘲笑とは異なり嫌な気分はしなかった。なぜなら、3人が全く同じことを言うからだった。
「うまいだろ?」
シドは初めて感じる「食事」の楽しさを、しっかりと噛みしめて味わう。すると厨房から太い低い声で「おい」と聞こえて、セイラはシェフから白い深い器に入った料理を受け取る。厨房のカウンターに置いてあった、食器を取ってネオンの前にそれを並べた。
「お待たせしました。シェフ謹製のリンクタウンの特産品『アメイモ』と生クリームをふんだんに使った『ポタジュー』です。
熱いから『ふーふー』って冷ましながら食べてね」
目の前に置かれたものはネオンが想像していたものとは少し異なったが、乳白色のとろみあるスープから立ち込める湯気に練り込まれた優しい甘みのある匂いが食欲をそそる。ほんの少し頬が赤くなっていた。
「いた・・・・・・いたきだす!」
ネオンは微かな音を立てながら両手を合わせると、シエナとシドに教わった挨拶をした。どうして良いのかが分からず、スプーンを持とうとしたり、器に触れようとしたり、手をしきりに動かしていたが、ふいに見たあの女の子が食具を見せながら歯を見せて笑いかけていた。ネオンは恐る恐る、その銀製の食具を鷲掴みにして、先端をスープに浸していく。小さく巻く様なスープの滞留によって、中に閉じ込められていた濃縮された香りがあふれてくる。ネオンはごくりと音を立て唾を飲み込んで、スプーンを持ち上げると顔を近づけていく。
小さく開けた口、スープを吸おうと閉じていく唇がスープに触れた瞬間「んん!」と声にならない声を出して、顔を咄嗟に引くネオン。どうやらスープが熱かったようだ。いつの間にかネオンのスープの手本になっていた、女の子を確認すると、もう時間も経って程よく冷まされたスープを「ふーふー」している。
ネオンも見様見真似で、口を尖らせて細い息をスープに吹きかけると、白い湯気がその吐息に揺られる。そして、再びゆっくりと口に運んでいく。
「はう!!」
店内に可愛らしい声の奇妙な音が響いて、客の視線が一気にシド達のテーブルに向けられた。聞いたことも無い大きな声にシドが一番びっくりしていたが、ネオンが恥ずかしそうに肩を縮めながら片方の手で口元を隠していたのでそれがネオンの発した声だったことを確信する。
「ははは! そんなにも美味しかったのか。すごいもんだな料理ってのは」
ネオンはスープを救っては、「ふーふー」をして、口に運んでは小刻みに震えている。食具に慣れていないせいで、持ち方は雑だし、結構な頻度で結構な量を零したりしていたが、その手が止まることはなかった。
シドとワタナベがピツァーを食べ終え、ワタナベは「カヒー」を頼んで食後に飲んでいる。その頃には、ネオンのポタジューも半分を切っていて、救って冷まして食べると言う一連の動作にも慣れてきている様に見えた。ポタージュの師匠も食べ終わると、家族はお会計をして出口へと向かっていく。一番後ろを歩いていた女の子が、ネオンの後ろを通る時に立ち止まって、ネオンを見上げながら笑顔で「ふーふー上手にできたね!」 と満面の笑顔でネオンを褒めて出ていった。
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