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1話:森の都の外套技師

消えた遺体

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「ふははは。あっははは。
あー」

 リンクタウンの入り口である樹海へと入ったシドとネオン。獣道よりは整備された簡易的な歩道に沿って歩いていたのだが、いつの間にか道から外れてしまっていたらしい。シドはコケがみっしりと生えている、厚さが1メートルはあろうかという幹をもつ大木の下で、そこにある水たまりを覗きこむ様にして座り込んでいた。

 まだまだ樹海探索は始まったばかりだったが、すでにゴミ溜めを出てから丸1日が経過しており、疲労も濃くなっていた。そこに、もしかしたら迷ってしまったかもしれないという仕打ちは、疲れも不安も倍増させるのだった。

「おかしいな、さっきから全然方向が定まらない・・・・・・」

 水たまりに座り込んだシドの顔が写り込んでいる。もちろん自分の顔を見ている訳ではなく、その水たまりには何かが乗った葉っぱが浮かべられていた。シドのその滑稽な姿が気になったのか、ネオンが背中から覗き込んでいたので、シドは声に出して説明をした。

「これは簡易的な補遺磁石だ。って言ってもピンとこないか。この針は特殊な加工をしてあって、こうやって水面に浮かべたりすると一定の方向を向く様になっているんだ。だから、こうして頻繁に確認して、自分が目指している場所に迎えているのかを確かめたかったわけなんだが・・・・・・この通りだ」

 シドはそう言うと、しゃがんだままで、1歩左に動いて、ネオンからも水たまりに浮かぶ葉っぱが見られるようにした。透明な水の上に、少し黒の混ざった深緑の葉が一枚浮いている。その上には、黒く焼け焦げたかの様な針が乗っていた。針を乗せた葉は、なんとなく巨木の向こうを指し示している様に見えなくもないが、一定の方向で止まることなく、絶えず先端を振り子の様に揺らしていた。

「整備された道からも外れちまって、方位磁石もこれじゃあ当てにならん。つまりだーー
俺らは遭難している可能性がある」

 力なくそう言うとシドは「はは」と笑った。ネオンは話を理解できていないのか、そもそも話を聞いてすらいなかったのか、深く影を落としながらじっと葉っぱを見つめ続けている。

「さて、素人が矢鱈に動くのはリスクがでかすぎるが、こんな場所の近くを運良く人が歩いて救助される確率はいかがなものかな?季節的には問題なさそうだが、こんな深い森の中の夜の気温を俺は知らない」

 シドは選択を強いられていた。この場に留まり、通行人や捜索隊が来るのを待つか、記憶と勘を頼りに引き返すかという2択だ。どちらも払しょくしきれないリスクがあるものの、どちらを選ぶにしても素早く決めなければ書道が遅れて、最悪の場合はシドとネオンの命にも関わる事態となる。

 シドは頭を掻きながら、ネオンを見た。薄っすらと汗をかいてはいるものの、強い疲労は見られない。凄惨な生活を送っていたようではあったが、思いのほか体力はあるようだ。道を引き返すにしてもネオンの体力が心配だったシドではあったが、ネオンの今の状態を見て、答えを決めた。

 両腿に手を置いて、力いっぱいに立ち上がる。その行為が何か影響を与えたのかは分からないが、シドは森の奥、だけどそこまで遠くは無い場所から少女の声が聞こえたような気がした。

「だれかいるのか?女・・・・・・の子?の声だったよな」

 これからの行動が自分の中で内定した矢先に、新たな選択肢が現れ、そしてそれを選ばない理由は見つけることが出来なかった。シドはすぐに葉っぱの上に置いていた、針を回収して、ネオンの手をがっと掴む。

「もしもの時にはネオンはどこかに隠れて、俺に何があってもそこから動くなよ。いいな?」

 そう言って、シドは声が聞こえたであろう場所に向かって走る様に進み始める。巨木から細い木まで、様々な種類の樹木が強制する密林は、視界も足場も悪く体力を著しく消費していく。

「これで、引き返すだけの体力は残らねえな。あの声の主が道を知っているか、食べものでも恵んでくれれば良いんだが、俺らと同じ遭難者だったら・・・・・・もう打つ手はねぇかもな」

 木の間を抜ける為に蛇行して進んでいくも、なかなか先に進むことが出来ない。微かな声の聞こえた方向だけを頼りに進んでいるものの、あれから少女の声は聞こえず、前方に意識を集中しても人いる気配も音も何も感じる事が出来ないでいた。

 すると、シドが声を聞き目指していた場所から、少しずれた場所からさっきの少女の声が再び聞こえた。

「・・・・・・私は決してあなたを許さないーーーっ!!!」

 それは前に聞こえた動揺して振り絞った悲痛な叫びとは異なり、確かな何かに向けて覚悟を示すような胎の底から這い出た叫びだった。シドはすぐにその声が聞こえた方向へと進路を変える。だいぶ方向が分かってきたことも大きいが、叫び声の内容までは分からないまでも、相当に距離が縮んできていることが判明したのは大きかった。シドはネオンの様子も確認しながら、あまり物音を立てないようにしつつ、歩調を早める。

 それからほどなく歩き続けた頃、森の中に立ちすくむ少女の後ろ姿を見つけた。その背中は小刻みに震えており、顔を確認するまでもなく少女が泣いていることが分かった。

「ネオン、俺が合図するまでこの木の陰で隠れていろ」

 そう言って、シドはネオンの手を離して、少女へと近づいていく。一応、敵意を向けられてしまった場合に備えて折りたたみナイフをポケットに忍ばせてはいたが、その必要がなかったことをすぐに理解する。

「ーーだれ?」

 シドの気配に気づいた少女が振り向く。それは1人ハイネの凶刃から逃れたシエナだった。その腕の中にあったものを見て、シドは言葉にならない声が漏れていた。目を閉じ、少女に安心して身をゆだねているかのような男の生首。その後ろにも同じ状態にされてしまった男女が横たわっているのが見えた。

「道に迷ってしまっている時に君の声が聞こえたんだけど・・・・・・どういう状況なのか話してくれたりはするかな?」

 シエナの小さな顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。目はもちろん、顔全体が赤くなっていて、痛々しく破れた上下の唇の付け根から赤い血が細い顎にまで垂れていた。シエナは伝っている涙をぬぐう事すらせずに言った。


「仲間が殺されたの・・・・・・私は何故か見逃された様だったけど、私の仲間は皆殺しにされた」
「・・・・・・3人も殺されたのか」

 シドはしっかりと人数を数えてそう聞き返す様に応えた。シエナの腕の中にある男、転がっている男、そして少し離れた場所にあった女、それぞれの首の数をだった。

「ーー3人!?」

 シドの言葉に動揺したシエナが、ばっと振り返ると、そこにはニケルの死体も無ければ、ミアの武器の残骸も無かった。シエナは必死で辺りを見回すも、2人の居た痕跡はどこにも見つけることが出来なかった。

「どうして、ニケルとミアも確かに私の前で殺されたのに・・・・・・2人はどこに?」

 動揺していた理由を、零れ出た独り言の内容から推測したシド。

「つまり5人の仲間を殺されたはずが、遺体は3人分しかないということだな」
「そう、確かにそうなんだけれど・・・・・・こんなことって」
「君たちを襲ったやつは、その2人を連れて行ったりはしていないのか?」
「していないわ。何よりも、殺された後にまで2人が辱められると分かっていたら、私は死んででも2人を守る為に闘うに決まっている」。『治癒』のブレイグルに、みんなを簡単に殺した、殺し屋ハイリに適うべくも無かったでしょうけれどね」

 シドはルーザが「『治癒』のアビリティを持つブレイグルは貴重」と言っていたのを覚えていた。その存在の価値なんて、少しも理解できてなどいなかったが、もし今回の凶行にわずかでも理由があるのだとしたらそこだと直感が言っていた。

「そういつは、君が治癒のブレイグルであると知って見逃したんじゃないのか?」
「何を言い出すの!?あんな無慈悲で無秩序な殺人鬼が、たったそれだけのことで顔まで見た私を殺さないで逃がしたって言うの!? そんな、そんな優しさを僅かでも持っているというのなら、どうして皆が殺されなくてはいけなかったというのよ」
 
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