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1話:森の都の外套技師
森の惨劇
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森の都に入るまでは、延々と樹海の様な過酷な環境が続いている。その過酷さから、一部では自ら命を積む為に樹海に入るものや、ゴミ溜めの様に表に出すことが出来ない密談の場となることがままある。その日は、ある組織からのリークがあって、各地の警護を担い「公正」の大義を掲げる「第Ⅲ騎士団」の警務部隊が樹海に入っていた。
鬱蒼と生い茂る木々や草花を掻き分けるようにしながら進んでいく、その影は3つ。背中には「2翼の正十字」の紋章が施されており、先頭を進む男の胸元には勲章が2つ施されている。3人はアレックスの持っていたリボルバー式の拳銃ではなく、各々が用意したであろう武器を備えている。それぞれが契約を交わしているブレイグルの武器を所持しているようだ。
「さて、この辺で一度休憩をしよう」
「了解しました。自分用をたしてきます」
「ホシが来るまで後20分弱、そこからは気を張っていかなければなりませんね。
ニック達も武器化を解除して休みなさい」
普段は、暴徒鎮圧や市民を巻きこむような事件、もしくは標的もブレイグルと契約をしたブレイザーでない限りはブレイグルを連れていくことは無い。今回の任では闇のブローカーが情報交換や違法な取引を行っている「キャラバン」に属している可能性があり、ブレイグルが事件に絡んでいる可能性が高いので完全武装となっていた。
隊長であるゴレットの元、理知的で鎮圧能力にも優れるアメリア、そして物静かだが持久戦に定評のあるトリオールの三人編成となっている。
「あー! また、安い方の戦闘糧食だ、これ口の中乾くからニケル嫌い!」
「いつもいつも文句ばっかり言って、大切な栄養なんだから黙って食べなさい」
武器から戻った瞬間に、一番幼い11歳のニケルがぶーぶーと文句を言い始める。ニケルよりも5歳年上のミアは、自由なニケルの態度が好きではないようだ。2人はいつも通りの口喧嘩をしながら、配給されたレーションのビスケットを食べる。そんな2人を見ていたアメリアがあることに気付く。
「あれ、シイナ知らない? また武器化中に寝てるのかしら」
「いやー、たぶん3人以上だから出てこれなくなってるんだと思うよ。」
「だったらトリオールが持ってっちゃったんじゃない? 今おしっこでしょ?」
「はあ・・・・・・あんた達もだけど、手のかかる子達ね」
ゴレットは地べたに座り、アメリアが用意したコーヒーを片手に樹海の地図に目を通している。やいやいと喧しくしゃべりながら食べるニケルとミアを見つめながら、自分もチョコバーをかじっていた。
その時、外れた場所で用をたしたトリオールの後方で、じっと彼を見つめる視線があったことに誰も気付いてはいなかった。
そして、その視線の主も、特に騎士団の動きを見ていたわけではなく、旅を共にしている人とはぐれてしまっていたからだということは誰も知らない。
「ーートール、背後に敵影。すさまじい殺気」
「なっ・・・・・・」
木の陰から織物の裾がひらりと見えた。トリオールは視線を決して外さないままで、シエナを近くにあった太い木の根元に隠した。
「誰だーー?この殺気はブローカー連中ではないな」
トリオールは未だ顔すらも、木々の影に隠れた人物に強い語調で言う。衣擦れの音が微かに、草を分け、次いで「キン」と高い音が小さく鳴った。
トリオールは騎士団に入って5年の経験を積んでいる。陣頭指揮などは不得手で、昇進の目には恵まれなかったが、高い運動能力と仲間を援護する能力を高く評価されている。暴徒鎮圧や同盟諸国の戦争に参加したこともあり、勝負勘と言われるものは鋭いと自負していた。その、勘が「殺される」ことを叫ぶでもなく、既に飲み込んでしまっていた。
「騎士団を狙っているのかは分からないが、近くには武装した仲間が控えている。大人しく退くことを勧めよう」
「ーーそうか、武装した騎士もいるのか。良い情報をありがとう。
さようなら」
木の陰でシエナは声も出せずに震えていた。怒気を放つトリオールを見るのも長らくなかったので、すぐ後ろで怒っている事態が最悪の状況なのがひしひしと伝わっていた。
相手が「さようなら」と言った瞬間。シエナの耳に、刀を鞘に納める時の様な金属の小さい音が響き、刹那、小さい塊と大きな塊がほぼ同時に「ごつん」と鈍い音を立てて地面に落ちた音を聞いた。シエナはそれがどういうことなのか、見ずとも分かってしまい恐怖から人間の姿に戻ることも、一緒に来た仲間に警告をすることも、助けを呼ぶこともできなくなっていた。しかし、それが結果としてシエナ自身の命を長らえさせることになるのだが、その結果は絶望という他ない悲惨なものとなる。
恐ろしく静かで、敏感になっているシエナの耳ですら、ほとんど聞こえない程に消された気配で、その人物はゴレット達のいる方向へと去って行った。その気配が感じられなくなると、シエナはようやく人間の姿に戻る。木の陰に身体を預け、膝を抱えながら、苦悶の表情を浮かべながら全身を激しく震わせている。がたがたと震える肩を、無理矢理抑えようと両手で強く握りしめても、震えも汗と涙も止まる気配はなかった。
「トール? トール・・・・・・?」
小さく名前を呼びながら、シエナはゆっくりと木陰から身を乗り出し、トールの居た場所を覗き込んだ。そこには人影はなかったが、シエナはすぐ真下に何かがあることに気が付いたが、本能がそれを確認することを拒否していた。強すぎる不安が血の気を引き、それを確認する前から涙を止めることが出来なくなっていた。一度ぎゅっと両目を瞑って、シエナは恐る恐るトリオールが居たはずの場所、その下にある何かに視線を落としていく。
木々の緑と大地の茶色に、蛇足の様な白と赤が零れたペンキの様に浮いている。
「ーーーーひっ! いや、嘘。嘘よ。トール、あああああ」
シエナは力なく転がるトリオールの身体の横にあった、頭部を抱きかかえながら声を殺して泣く。一刀に両断された首は、不自然なほどに真っすぐ綺麗に寸断されていて、自分の命が刈り取られた瞬間するら分からなかったのであろう、トリオールの顔は目の前に居た危険人物を睨んだ表情のままだった。シエナは自分の涙で濡れるトリオールの上瞼に優しく手を当てて、トリオールの目を閉じた。
「ーーみんなは!?」
数秒放心してしまったシエナだったが、他の4人の安否が気になり、飛び跳ねる様に立ち上がると、トリオールの首を抱いたまま、小隊が休憩をしていた場所へと急ぐのだった。
鬱蒼と生い茂る木々や草花を掻き分けるようにしながら進んでいく、その影は3つ。背中には「2翼の正十字」の紋章が施されており、先頭を進む男の胸元には勲章が2つ施されている。3人はアレックスの持っていたリボルバー式の拳銃ではなく、各々が用意したであろう武器を備えている。それぞれが契約を交わしているブレイグルの武器を所持しているようだ。
「さて、この辺で一度休憩をしよう」
「了解しました。自分用をたしてきます」
「ホシが来るまで後20分弱、そこからは気を張っていかなければなりませんね。
ニック達も武器化を解除して休みなさい」
普段は、暴徒鎮圧や市民を巻きこむような事件、もしくは標的もブレイグルと契約をしたブレイザーでない限りはブレイグルを連れていくことは無い。今回の任では闇のブローカーが情報交換や違法な取引を行っている「キャラバン」に属している可能性があり、ブレイグルが事件に絡んでいる可能性が高いので完全武装となっていた。
隊長であるゴレットの元、理知的で鎮圧能力にも優れるアメリア、そして物静かだが持久戦に定評のあるトリオールの三人編成となっている。
「あー! また、安い方の戦闘糧食だ、これ口の中乾くからニケル嫌い!」
「いつもいつも文句ばっかり言って、大切な栄養なんだから黙って食べなさい」
武器から戻った瞬間に、一番幼い11歳のニケルがぶーぶーと文句を言い始める。ニケルよりも5歳年上のミアは、自由なニケルの態度が好きではないようだ。2人はいつも通りの口喧嘩をしながら、配給されたレーションのビスケットを食べる。そんな2人を見ていたアメリアがあることに気付く。
「あれ、シイナ知らない? また武器化中に寝てるのかしら」
「いやー、たぶん3人以上だから出てこれなくなってるんだと思うよ。」
「だったらトリオールが持ってっちゃったんじゃない? 今おしっこでしょ?」
「はあ・・・・・・あんた達もだけど、手のかかる子達ね」
ゴレットは地べたに座り、アメリアが用意したコーヒーを片手に樹海の地図に目を通している。やいやいと喧しくしゃべりながら食べるニケルとミアを見つめながら、自分もチョコバーをかじっていた。
その時、外れた場所で用をたしたトリオールの後方で、じっと彼を見つめる視線があったことに誰も気付いてはいなかった。
そして、その視線の主も、特に騎士団の動きを見ていたわけではなく、旅を共にしている人とはぐれてしまっていたからだということは誰も知らない。
「ーートール、背後に敵影。すさまじい殺気」
「なっ・・・・・・」
木の陰から織物の裾がひらりと見えた。トリオールは視線を決して外さないままで、シエナを近くにあった太い木の根元に隠した。
「誰だーー?この殺気はブローカー連中ではないな」
トリオールは未だ顔すらも、木々の影に隠れた人物に強い語調で言う。衣擦れの音が微かに、草を分け、次いで「キン」と高い音が小さく鳴った。
トリオールは騎士団に入って5年の経験を積んでいる。陣頭指揮などは不得手で、昇進の目には恵まれなかったが、高い運動能力と仲間を援護する能力を高く評価されている。暴徒鎮圧や同盟諸国の戦争に参加したこともあり、勝負勘と言われるものは鋭いと自負していた。その、勘が「殺される」ことを叫ぶでもなく、既に飲み込んでしまっていた。
「騎士団を狙っているのかは分からないが、近くには武装した仲間が控えている。大人しく退くことを勧めよう」
「ーーそうか、武装した騎士もいるのか。良い情報をありがとう。
さようなら」
木の陰でシエナは声も出せずに震えていた。怒気を放つトリオールを見るのも長らくなかったので、すぐ後ろで怒っている事態が最悪の状況なのがひしひしと伝わっていた。
相手が「さようなら」と言った瞬間。シエナの耳に、刀を鞘に納める時の様な金属の小さい音が響き、刹那、小さい塊と大きな塊がほぼ同時に「ごつん」と鈍い音を立てて地面に落ちた音を聞いた。シエナはそれがどういうことなのか、見ずとも分かってしまい恐怖から人間の姿に戻ることも、一緒に来た仲間に警告をすることも、助けを呼ぶこともできなくなっていた。しかし、それが結果としてシエナ自身の命を長らえさせることになるのだが、その結果は絶望という他ない悲惨なものとなる。
恐ろしく静かで、敏感になっているシエナの耳ですら、ほとんど聞こえない程に消された気配で、その人物はゴレット達のいる方向へと去って行った。その気配が感じられなくなると、シエナはようやく人間の姿に戻る。木の陰に身体を預け、膝を抱えながら、苦悶の表情を浮かべながら全身を激しく震わせている。がたがたと震える肩を、無理矢理抑えようと両手で強く握りしめても、震えも汗と涙も止まる気配はなかった。
「トール? トール・・・・・・?」
小さく名前を呼びながら、シエナはゆっくりと木陰から身を乗り出し、トールの居た場所を覗き込んだ。そこには人影はなかったが、シエナはすぐ真下に何かがあることに気が付いたが、本能がそれを確認することを拒否していた。強すぎる不安が血の気を引き、それを確認する前から涙を止めることが出来なくなっていた。一度ぎゅっと両目を瞑って、シエナは恐る恐るトリオールが居たはずの場所、その下にある何かに視線を落としていく。
木々の緑と大地の茶色に、蛇足の様な白と赤が零れたペンキの様に浮いている。
「ーーーーひっ! いや、嘘。嘘よ。トール、あああああ」
シエナは力なく転がるトリオールの身体の横にあった、頭部を抱きかかえながら声を殺して泣く。一刀に両断された首は、不自然なほどに真っすぐ綺麗に寸断されていて、自分の命が刈り取られた瞬間するら分からなかったのであろう、トリオールの顔は目の前に居た危険人物を睨んだ表情のままだった。シエナは自分の涙で濡れるトリオールの上瞼に優しく手を当てて、トリオールの目を閉じた。
「ーーみんなは!?」
数秒放心してしまったシエナだったが、他の4人の安否が気になり、飛び跳ねる様に立ち上がると、トリオールの首を抱いたまま、小隊が休憩をしていた場所へと急ぐのだった。
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