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prologue:積まれた書籍とタバコケース

交渉

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「ここからが、交渉さね」
「なんだと?」

 そして、ルーザは口の前で指をちょいちょいと揺らした。その意図を察したシドが席に座り直し、ゆっくりと耳を近づける。この店自体が十分な防音を施しており、窓などはなく機密性にぬかりはない。それでも、ルーザが耳で囁く情報というのは、決まって客の一番の目的に関したものだった。

「あんたの探している人物の足取りを掴んだ」
「ーーーーなんだと?」

 シドはその話の触りを聞いただけで、目を見開き動揺していた。聞き返す声は震えている。ルーザは、また不敵な笑みを見せて内緒話の為に近づけていた顔を引く。

「交渉だと言っただろう?詳細は、あんたがあたしに過不足ない見返りを提示できてからさね」
「っくははは、何が目的だ?」

 この地での取引では、基本的には食い扶持にありつく為であることが多い。しかし、ルーザは宿にも食にも困ってはいない。望むモノをなんでも仕入れる、その店主との取引となれば提示できるモノは自然と限定されてくる。何でも取り扱う万屋であり、ここは世間から隔絶した情報のやり取りの場でもあるのだ。なので、ルーザに有用な情報というのは交換価値が高くなっている。

 しかし、この日は珍しくルーザは交換条件にある物を要求してきた。それは、少なくともシドとの取引の中では、タバコと交換したや、情報以外では初めての要求だった。

「ーーヒュージの欠片が欲しい」
「ヒュージの欠片?
 ヒュージは悠久の騎士団が撤去していったはずだろう」
「そうさね、確かにヒュージは騎士団が押収していった」

 ルーザはおもむろに、カウンターの近くに飾られていた何かの花の絵が描かれた絵画を飾る額をひっくり返す。そして、何かする様子を自分の身体で隠し、額で隠されていた壁に手を当てた。

「隠し金庫かよ」

 その壁を押すと、何か壁の中から「カチ」と音がして、ルーザがそのまま壁の一部を押していくと、正方形に切り取られた様な壁の窪みの下部から何かがせり上がってきた。それが何かに覆われた、小さな箱であることにシドが気付く。驚くシドを気にするそぶりもなく、ルーザはその箱を覆っていた何かを剥がしていく。そして、小さな箱を開けると、その中に閉まっていたソレを手に取りシドの前に戻ってきた。

「まさか、それが」
「ああ、これがーーヒュージの欠片さね」

 葉巻の代わりに手にしたそれは、本当に小さな欠片に過ぎなかったが、それでもどこか不思議な存在感を放っていた。ルーザの胸元にある宝石とは比べようないほど小さいのに、薄く紫色に発光するかのような妖艶な輝きが、装飾の宝石などただの石ころに思えてしまう様な幻惑的な希求心を抱かせる。

「ーーいつまで間抜け面で呆けているんだい?」
「へ?え、あれ?」

 しばらくシドはヒュージの欠片に魅入られた様だ。ルーザがヒュージを仕舞うために席を離れても、そのまま虚空を覗き続け、持ってきた時とは反対の工程を経て再び目の前に戻り、葉巻に火を点けた今までぼーっとしていたらしい。

「現物まで見せたんだ、期待を裏切らないでおくれよ?」
「あれが普通の石じゃないことは一目見て分かった。だけど、あれにどれだけの価値があると言うんだ?」

 ルーザが提示したのはシドが最も欲している情報であり、それはシドにとって食物とも通貨とも、何物にも代え難い程の価値を持つものだった。それ故に、その対価としてルーザが欲するヒュージの欠片にどれほどの価値があるのか?という疑問に辿り着くのは自然なことだっただろう。

「そうさね・・・・・・金に換えられる代物では無いが、もしも市場取引に出された場合ならあのサイズでも1欠片で8000万ジュールは硬いだろうね」
「はっ、8000万Jだと?ほとんどの人間が一生かけてどうにか稼ぐことができる額じゃねぇか」
「あんたよく一般市民の生涯賃金なんて知ってたね。ただまぁ、あたしに取ってみれば、どれだけの金を積まれようとも譲ることはできないーーそういうもんさ」
「くはは、そうかい。確かにそれなら釣り合うってもんだな、俺が何が何でも欲しい情報とあんたにしてみりゃ等価値ってことだ、納得だ」

 シドは右手で顔を覆っていたが、歯をむき出して笑う口が完全には隠れていなかった。狂気に取りつかれる様なその表情は、無自覚だった。

「ヒュージは回収されたが、落下時に飛び散った物や回収時に崩れ落ちたものはまだ少なからず遺っている。あたしはこの店を離れる訳にもいかないからね、あんたに探索をして取ってきてもらいたい」
「回収時に崩れ落ちた可能性とかも考えりゃ、基本的にはこの先ってことになるよな。
 しかし、それほどの価値を見出す者がいるような物だ、回収した騎士団にとっても相当な価値を持つかもしれねえし、欠片も回収されててもおかしくねぇんじゃねぇのか?」
「あんたの憶測はほぼ正解だが、欠片は確かにまだ存在するし、あんたは見つける」
「はあ?何だそりゃ」

 ルーザはまたカウンターの下を漁ると、ある物を取り出し、またシドに向かって投げる様に渡した。シドは受け取ったそれを見て、眉をひそめて、白衣についているポケットの左側に閉まった。

「それは前金と思って持っていくと良い」
「・・・・・・?これがか?」

 ルーザはシドが出ていくのを見送り、葉巻を咥えて大きく吸った。吐き出した白い煙が独特な香りと共に、ルーザの表情を向かいの席から隠した時に、ぽつりと零した。

「そうこれは、あたししか渡せない情報と、あんたにしかできない仕事さね」

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