17 / 46
prologue:積まれた書籍とタバコケース
ただ目の前にある現実
しおりを挟む
必死に腕に縋りつくホニカはブレイグルと呼ばれる兵器ではなく、大切な人を救いたい一心なだけの年相応の子どもだった。シドは「よく耐えたな」 と言ってホニカの頬を指で拭った。その時の表情は、本人が驚くほどに自然な笑顔だった。その表情に安心をしたホニカは、拭ってもらった頬また跡が残るほどの、大きな大きな涙を零して声をあげて泣いた。
ホニカの腕から引き取ったアレックスを仰向けに直し、ホニカにかけていた白衣を敷いた上に寝かせる。意識は無い。呼吸は絶え絶えで、患部を診る為に服をはだけさせた状態でも肺の伸縮による腹部の上下動はほとんど見られない様な状態だった。手首で脈を取ろうとしたがあまりにも弱く、首筋で改めて確認をしてようやく指先に感じる程度まで弱くなっていた。それでも身体は必死で命を繋ぎとめようと、速く脈打っていた。
「心臓はたまたま避けられているようだが、背中から胸にかけて15センチ強の断裂・・・・・・」
「アレックス!? アレックス、死んじゃ嫌だ」
「脈の状態、意識喪失、呼吸状態も最悪、ショック症状を確認」
シドは全身状態と患部を必死で診ながら、自分に改めて確認するように声に出していた。
「相当量の出血が見込まれ、現在も出血は治まらない。必死で抑えてはいるが、失血箇所が広範囲過ぎて止血困難・・・・・・これは、もう」
前かがみで覗き込む額から汗が滴り落ち、アレックスの胸を必死で圧迫する両手に落ちて弾けた。真っ赤に染まる両手は、驚く程に小さく見えていた。シドは自分の無力に怒りを感じていたが、例えシドでなく正式な医者がこの場に居合わせてもできることは無かった。
「くそっ!!」
込み上げる自分への感情を抑えることが出来ず、シドは左手で思い切り自分の太ももを殴りつける。感情を発散して、少しでも落ち着く為に行った行為に過ぎなかったのだが、その衝撃が地面に伝わりアレックスの下に敷いていた白衣のポケットに入った物が揺れた。乾いた小さな音に、すっかりとその存在を忘れていたシドも思い出す。
「・・・・・・あのババア、どこまで」
シドはすぐに白衣のポケットにしまっていたそれを取り出した。異常がないか目視で確認をすると、あれだけ爆風に飲み込まれたり、地面に敷かれたりしていたのにそれには一切傷もなければ、中の液体にも異常は見られなかった。
「それで治るの?」
「いや正直分からん」
シドは取り出して確認をした注射器の針をアレックスの腕の血管に差し込む。そして、中に入っている透明な液体を注入する為にプランジャーに力を込めた瞬間、中に入っていた透明な液体が淡い紫がかった強い光を放った。その光を見たシドとホニカは、驚きや困惑するよりも先に心地よい安心感に包まれる。シドはその力強く光る液体を、アレックスの中に全て注ぎ込んだ。
注射器から身体に入り込んだ紫の光は、針先からわずか心臓へと向かってぽうっと瞬く。超常的な戦闘を目の前で見せられた後で、兵器と呼ばれた子どもが炎を放った後で、中身がどんな薬液なのかそもそも液体であったのかすら分からないが、それでも奇跡的に傷の修復ができるのではとシドも期待をしていた。
しかし、傷口は依然として開いたままで、フィクションの世界の様に瀕死だった人間が立ちどころに回復して、大切な人を抱きしめたりすることもない。シドは噛みしめるように「くそっ」 と零しながら、注射器を持っていた手で顔を覆った。
その時、ホニカは背後に何かの気配を感じて振り返っていた。
「よく決心したね、泣き虫坊や」
「は?」
その声が耳に入ると同時に、シドは視界の上にいつの間にかワインレッドのドレスの端が見えていることに気付く。視線を上にあげていくと、そこにはルーザの小気味良さそうな顔があった。顔を見たシドの反応はルーザが予想していたものと違ったようで、珍しくルーザが驚いていた。
「シルビーの注射で出血箇所を塞いで、僅かではあるが生命力も補充した状態さね。さあ、今一度患者をしっかりと診な」
ルーザにそう促されて、シドは頷き改めてアレックスの全身状態を確認していく。
「ねえ、アレックスはどうなっているの? 死なないよね・・・・・・ボクを残して死んだりしないよね?」
「ホニカだね。よく頑張った、アレックスは死なないよ」
「本当に? 良かった・・・・・・」
「だけどね」
注射の効果なのか、シドが確認した限りではあれだけの広範囲の出血が嘘のように止まっていた。呼吸も少し深くなり、脈も弱いままではあるけれど、頸動脈だけでなく手首からも確認することができた。傷口に目を凝らすと、信じがたい事にすでに凝固した血液が瘡蓋を形成し傷口表面を覆っていた。血液の止血能は確かに生命の神秘とも言える反応ではあるものの、傷口の範囲をとっても、凝固するまでの時間的な制約を鑑みても普通ならあり得ないことだったことは間違いない。しかし、実際に結果として傷口はアレックスの血液によって止血が完了している状態で、それは理性がどれだけ否定しても覆すことができない事実だった。
「改めて問うよ。シド先生あんたはこの男をどう診た?」
「・・・・・・出血箇所は信じ難いが完全に止血されている。呼吸や脈も危機的状況は脱したように見える・・・・・・だけど、医学的に考えてこれ以上の治療は不可能だ。延命も、例え設備が揃っていたとしてどこまで出来るか」
「そうさね。確かに医学的に考えてこれ以上の治療は不可能だろう。だが、結論を出すにはまだ盲目だね」
ホニカの腕から引き取ったアレックスを仰向けに直し、ホニカにかけていた白衣を敷いた上に寝かせる。意識は無い。呼吸は絶え絶えで、患部を診る為に服をはだけさせた状態でも肺の伸縮による腹部の上下動はほとんど見られない様な状態だった。手首で脈を取ろうとしたがあまりにも弱く、首筋で改めて確認をしてようやく指先に感じる程度まで弱くなっていた。それでも身体は必死で命を繋ぎとめようと、速く脈打っていた。
「心臓はたまたま避けられているようだが、背中から胸にかけて15センチ強の断裂・・・・・・」
「アレックス!? アレックス、死んじゃ嫌だ」
「脈の状態、意識喪失、呼吸状態も最悪、ショック症状を確認」
シドは全身状態と患部を必死で診ながら、自分に改めて確認するように声に出していた。
「相当量の出血が見込まれ、現在も出血は治まらない。必死で抑えてはいるが、失血箇所が広範囲過ぎて止血困難・・・・・・これは、もう」
前かがみで覗き込む額から汗が滴り落ち、アレックスの胸を必死で圧迫する両手に落ちて弾けた。真っ赤に染まる両手は、驚く程に小さく見えていた。シドは自分の無力に怒りを感じていたが、例えシドでなく正式な医者がこの場に居合わせてもできることは無かった。
「くそっ!!」
込み上げる自分への感情を抑えることが出来ず、シドは左手で思い切り自分の太ももを殴りつける。感情を発散して、少しでも落ち着く為に行った行為に過ぎなかったのだが、その衝撃が地面に伝わりアレックスの下に敷いていた白衣のポケットに入った物が揺れた。乾いた小さな音に、すっかりとその存在を忘れていたシドも思い出す。
「・・・・・・あのババア、どこまで」
シドはすぐに白衣のポケットにしまっていたそれを取り出した。異常がないか目視で確認をすると、あれだけ爆風に飲み込まれたり、地面に敷かれたりしていたのにそれには一切傷もなければ、中の液体にも異常は見られなかった。
「それで治るの?」
「いや正直分からん」
シドは取り出して確認をした注射器の針をアレックスの腕の血管に差し込む。そして、中に入っている透明な液体を注入する為にプランジャーに力を込めた瞬間、中に入っていた透明な液体が淡い紫がかった強い光を放った。その光を見たシドとホニカは、驚きや困惑するよりも先に心地よい安心感に包まれる。シドはその力強く光る液体を、アレックスの中に全て注ぎ込んだ。
注射器から身体に入り込んだ紫の光は、針先からわずか心臓へと向かってぽうっと瞬く。超常的な戦闘を目の前で見せられた後で、兵器と呼ばれた子どもが炎を放った後で、中身がどんな薬液なのかそもそも液体であったのかすら分からないが、それでも奇跡的に傷の修復ができるのではとシドも期待をしていた。
しかし、傷口は依然として開いたままで、フィクションの世界の様に瀕死だった人間が立ちどころに回復して、大切な人を抱きしめたりすることもない。シドは噛みしめるように「くそっ」 と零しながら、注射器を持っていた手で顔を覆った。
その時、ホニカは背後に何かの気配を感じて振り返っていた。
「よく決心したね、泣き虫坊や」
「は?」
その声が耳に入ると同時に、シドは視界の上にいつの間にかワインレッドのドレスの端が見えていることに気付く。視線を上にあげていくと、そこにはルーザの小気味良さそうな顔があった。顔を見たシドの反応はルーザが予想していたものと違ったようで、珍しくルーザが驚いていた。
「シルビーの注射で出血箇所を塞いで、僅かではあるが生命力も補充した状態さね。さあ、今一度患者をしっかりと診な」
ルーザにそう促されて、シドは頷き改めてアレックスの全身状態を確認していく。
「ねえ、アレックスはどうなっているの? 死なないよね・・・・・・ボクを残して死んだりしないよね?」
「ホニカだね。よく頑張った、アレックスは死なないよ」
「本当に? 良かった・・・・・・」
「だけどね」
注射の効果なのか、シドが確認した限りではあれだけの広範囲の出血が嘘のように止まっていた。呼吸も少し深くなり、脈も弱いままではあるけれど、頸動脈だけでなく手首からも確認することができた。傷口に目を凝らすと、信じがたい事にすでに凝固した血液が瘡蓋を形成し傷口表面を覆っていた。血液の止血能は確かに生命の神秘とも言える反応ではあるものの、傷口の範囲をとっても、凝固するまでの時間的な制約を鑑みても普通ならあり得ないことだったことは間違いない。しかし、実際に結果として傷口はアレックスの血液によって止血が完了している状態で、それは理性がどれだけ否定しても覆すことができない事実だった。
「改めて問うよ。シド先生あんたはこの男をどう診た?」
「・・・・・・出血箇所は信じ難いが完全に止血されている。呼吸や脈も危機的状況は脱したように見える・・・・・・だけど、医学的に考えてこれ以上の治療は不可能だ。延命も、例え設備が揃っていたとしてどこまで出来るか」
「そうさね。確かに医学的に考えてこれ以上の治療は不可能だろう。だが、結論を出すにはまだ盲目だね」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
ねえ、今どんな気持ち?
かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた
彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。
でも、あなたは真実を知らないみたいね
ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
虐げられてきた忌み子は実は神の眷属でした
葉柚
ファンタジー
祖父と山奥で暮らす少年シヴァルツは、家の前で倒れていた少女ミコトと出会う。
世間常識も日々の生活の知恵も持たない不思議な少女ミコトと、シヴァルツが出会った時、二人の間の残酷な運命の歯車は回り始めた。
魔王スサノオの復活を阻止するため、シヴァルツはミコトと一緒に旅にでるのだが……待ち受けていたのは、あまりにも残酷な運命だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる