ビハインド

さいだー

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 案内されたのは、コンビニから徒歩五分ほどのアパートだった。初めて踏みいる異性の部屋、変に意識をしていない相手と言えど、嫌でも緊張を覚えていた……のだけれど、招き入れられた部屋の様子を見て、そんな緊張も一瞬で吹き飛んだ。

「なにも、ないんですね。部屋の中」

 案内された朋美の部屋は、あまりにも生活感がなかったのだ。見える範囲には白い丸テーブルと部屋の端の方に敷き布団が畳まれて置かれているだけだ。俺の空想上に存在していた、女子のファンシーな部屋とは微塵も一致しない。

「ああ、べつになくても困らないからな。少年はそこに座って待っていてくれ」

 朋美はそれが当然の事と興味がないように答えた後、部屋の中央に置かれている丸テーブルを指差しながら言い放った。
 そんな態度を取られれば、俺は黙って従うしかなく、テーブル前に腰をおろす他なかった。

 俺が座ったのを見届けると、猫が目を細めたような笑顔を見せると一言「よろしい」と言ってキッチンへと消えていった。

 それにしても殺風景な部屋だ。時間を潰すにしても、何をしていればいいのだろうか?
 携帯電話を取りだそうかとも思ったのどけれど、目上の人に食事の用意をさせて、自分だけ遊んでいるのもなにか違うような気がして、スマホに伸びかけた手を止める。
 少し退屈だが仕方あるまい。

 

 五分ほどすると、朋美は両手に一つづつ皿を抱えて戻ってきた。

「さあ、召し上がれ」

 言って、皿を俺の眼前に置いた。少し乱暴に置いたせいか皿の端に置かれていた唐揚げがテーブルの上に転がった。
 その唐揚げを朋美は拾いあげると、迷うことなく口へと運ぶ。

「チャーハンだぞ!唐揚げはおまけだ。うん、おいしいぞ」

「そりゃ、そうでしょうね。冷凍食品なんですから」

 扉ひとつ隔てたキッチンからチンッという音が聞こえてきた時には予想が付いていた事ではあったが……

「なんだい少年?その目付きは。何か不満でもあるのかな?」

 朋美は言いながら俺の心を見透かしたような視線をこちらへ向けた。別に手料理を期待していたわけではない。
 そう、決して手料理を期待していた訳ではない。

「いや、なんでもないです。……じゃあ、いただきます」

「うん。召しあがれ」

 一口、二口とスプーンで口に運ぶのを見届けてから、朋美は買ってきたお酒に手を伸ばす。

「じゃあ私も」

 カシャッと音を立てて缶チューハイを開封すると、一気に煽るようにして飲み干してしまった。

「ぷはー。一仕事終えた後の一杯は格別」

「えっと……朋美さんって、もしかしてアル中?」

「少年、それは間違いだ。私はね、酒に依存はしているかもしれないけど、中毒ではない」

 なにやら言い訳のような事を言い出したが、その違いが俺にはよくわからない。

「なんだいその間の抜けた顔は。中毒と依存症は医学的に違うと言うことだ。中毒は体がアルコールに拒絶反応を示している。依存症は体がアルコールを求めている。まあ、依存症の人が中毒になりやすいのは明白だがね」

 言いながら朋美は新しい缶チューハイへと手を伸ばし、それをまた開封して見せた。

「じゃあ、余計にダメじゃないですか」

 朋美は俺の言葉など響かないと、鼻で笑うとこう続けた。

「少年みたいな子供には、まだわからないだろうよ。これで晴れる気持ちもあるんだ。明日の活力になるんだよ」

「はぁ。そういうものなんですか」

「そう。そういうもの」

「……」

 それにどう返したらいいのかわからない俺は、黙って朋美を見続けたのだけど、朋美もそれ以上、何も言うことはなかった。

 突如訪れた沈黙に、少し気まずさを覚えた俺は、目の前に置かれたチャーハンを一気に掻き込む事で誤魔化す事にした。

 そして一気に食べ終えてしまった。

「ごちそうさまでした」

「はいよ。お粗末様でした」

「皿くらい洗って帰ります」

「いいよ。そのままで、話し相手になってくれてありがとうな」

「そうですか……いえ。じゃあ失礼します」

 言ってすぐに立ち上がると玄関へと向かう━━━━

「なあ、少年」

 背中に投げ掛けられた言葉は、先程までと少し雰囲気が違っているような気がした。おちゃらけた感じではなく、仕事モードのような。

「なんですか?」

「みーちゃんと、なんかあった?」

 朋美の言うみーちゃんとはやすみの事だ。なにかあったかと言われれば、間違いなくあったのだけど、俺が一方的に抱えている問題だ。
 だからここは……

「いえ。特になにも」

「少年、それは嘘だね」

 即断だった。俺がいい終える前、被せるようにして朋美はそう言い放ったのだ。

「みーちゃんの最近の様子を見ていればわかるさ。それに少年も、ここ数日会いに来ていないだろ?」

「……」

「図星って訳だね」

 何も答えない俺の様子に朋美はひとつため息を付いてから続ける。

「みーちゃんが辛そうにしているのは、見ているのも辛いんだよ」

「辛そうに……ですか?」

「なあ少年?私はこう見えて、少年とみーちゃんより15年以上は長く生きている。もしかしたら、解決策を伝授してあげられるやもしれない。そうだね、誰にも聞かれる事のない地面にぽっかりと開いた穴にでも話しかけるつもりで、さらけ出してみないかい?少年」

 朋美の目は先程までの酔っ払いの目付きではなかった。真に相談に乗ってあげたい。なんとかしてあげたい。包み込まれるような優しいまなこだった。

「それって、ロバの耳がどうのって話じゃないですよね」

 朋美はひとつ頷くと、手に持っていた缶チューハイをテーブルに静かに置いた。

 どうやらもう、何も話さないで帰れる雰囲気ではなかった。
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