黒の海、呼ぶ声に

もに

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一時の翻弄される激しさが去って、引いていく熱に、私は守人の顔を見ることが出来ずに、横たわったまま顔を背けていた。
「何で……」
守人は私を見下ろしながら、どこかぼんやりと気が抜けたように呟いた。
「どうしてあなたは……だったら最初から……」
「……」
そうだ。私が悪いのだ。私は弟を傷付けた。

私を慕っていた新しく出来た幼い弟。
守人が私を見る視線に、熱を帯びた何かが混じるようになったはいつからだったのか。
思春期を過ぎ、少年が大人びた貌を覗かせる頃には、言葉や態度の端々に恋慕を匂わせるようになっていた。
決定的ではない、けれど兄弟の間の情愛というには不自然なもの。
ずっと私は気付かない振りをしていた。いつか彼ももっと世界は広いことに気付き、思う相手を見つける日が来るのだろうと。
私が家を出てからもたまに会ってはいたが、努めて距離を保つように接していたーーあの夜が来るまでは。
あの日。雨の降る夜半過ぎに……守人は私の下宿先を訪れた。
弟に求められた時、私は半分血の繋がった弟を拒めなかった。
まだ左の手首に、取れていない包帯を巻いていた守人を放っておけなかったから。

その後も何度も関係を持ちながら、兄弟で体を繋げている罪深さと向けられる思いの大きさに、怖くなった私は逃げた。
私から避けられるようになった守人は、程なく私も住む街から離れるように、この土地へと住み移った。

「守人……すまない……。お前には本当にすまないことをしたと思っている。でも……」
「もういいです」
守人は私の言葉を遮って覆い被さって来た。
「本当はもう一度だけ、二人だけで会って話せればそれで良いと思ってました。それであなたが全部を無かったことにしたんだって、知ってしまうことになっても。生涯胸の中にだけ、あなたを思う覚悟を決められるって」
「守人……」
「だけど、だけどどうしても、僕はあなたを愛している。ずっと一緒にいたいんだ。だから……」
守人は再び私の中へ入ってきた。
私は喉を仰け反らせて、体を逃そうとする。
「やめろ守人、お前も、私も、こんなこともう……」
「嫌ならここで僕を殺して逃げて下さい。簡単です。お前なんか嫌いだと、もう二度と会わないと言ってくれたら。それで僕は生きていられない」
「あ、あっ……」
「兄さん、和巳……」
愛してる好きだと何度も繰り返しながら、守人は私の手を握り、指と指を絡ませる。
私は振り払えなかった。
握り返すと表情が歪む。深海の色の瞳から、涙が零れ落ちた。
私は目を閉じ、弟の背に腕を回して律動に身を任せた。
キャビネットの上の黒い石が、血を分け合いながら交わる二人を眼下に見ていた。
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