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45・聖人と勇者と魔女と…女神様

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「初代勇者って…」

 魔女狩りの原点。

 やはり、本当の初代勇者は、別の場所―――――パレスト王城地下で召喚転移されていた。彼は日本人じゃなく、別の国か別の異世界の人族だった。大魔導士は彼を《武神》と呼び、召喚した勇者の力を試すために、裏では魔女の魔力を奪うために召喚した。
 その頃から、魔女探索と同時に魔女の『偽りの噂』を流し始め、その噂の証拠作りのために町や村に裏の者を使って人的災害を起こして回っている。起こされた災害を収めるために、そこへ魔女が現れる。そこを、待ち構えた大魔導士と勇者たちが追い詰める。そして、勇者と大魔導士の前に初代の魔女は倒れた。
 この後、とても精密な勇者の解析報告がされていた。結果、単独での魔女退治は無理と。

 この辺りから、聖人の名が出て来なくなり、ある日唐突に天に還ったと王が宣言する。それからは、不老不死の大魔導士が表に出て、王に仕えだす。
 そして、以降は不老不死の大魔導師の独壇場だ…。

「はぁ~…疲れた」

 冷め切ったコーヒーを一気に飲み干して、盛大に溜息を吐いた。
 胸の内が深々と冷たくなって行く。まだ溶け切らない欠片の悲しみが疼くけれど、私自身アズの心にはそれは響かない。涙も切なさもどこかへ消えた。代わりに湧いたのは同情心だけ。

女神ファシエル様って―――――一体、なに?」

 あんなに焦がれた相手に、今《魔女アズ》は不信感を覚えている。
 否、前からじわりじわりと湧いていたんだ。焦がれ求める欠片たちとは離れた心の隅で、まだ《あずさ》だった私はとても冷静に不可解な思いを抱えていた。ただ、召喚や聖人のことがあったり、《赤目の民》のショックがあったりと、押しに押されて隅で燻っているだけになっていた。
 それが今、この情報の山の精査をして、改めて不信感が蘇った。
 
 だって、魔女が次々と殺されてるのに、なぜに助けない?地上に直接手が出せないなら、殺される前に次の魔女を応援に送り込めばいいだけでしょう?なんたって相手は召喚者が2人だ。複数がだめなら、家に引き籠らせておきゃー良かったのよ。初代魔女以外は、本当に短期間で追われ殺されていた。救っているはずの民にまで追われる魔女我が子を見て…。それを見ていたはずの女神様は、一体何を考えていたのか。

「これじゃ、あのクソガキと女神様の根競べに、魔女や勇者が…それだけじゃない、たくさんの人たちが巻き込まれただけじゃないっ!馬鹿らしい!」

 涙が、また頬を伝った。これは女神様に捧げる悲しみじゃない。あの忌まわしい封印の向こうに囚われた、紅い目の人々への悔し涙だ。
 …どうしようか。この先をリュースに伝えてよいものか…。
 重い頭を振って涙を拭い、目の前に散らかった紙の束をそっと纏めて積み上げると立ち上がった。外はすでに暗くなり、部屋に明かりが灯っているのが見えた。ここの灯りも気づかない内に点いていて、きっとお家君が気を聞かせてくれたんだなぁと、少しだけホッとした。

 母屋へ戻るとリュースの笑顔が迎えてくれた。食卓には夕ご飯の用意がされていて、なんとリリアが幼児用の椅子に座って食事を取っていた。

「ごめーん、遅くなった」
「ああ、いいよ。ルードに頼んで呼びに行ってもらったんだけど、アズはまだ終われないだろうって聞いたから」

 私の食事を用意してくれると、待っててくれたらしいリュースも食卓についた。
 うおっ!なんとグラタンですよ!グラタン!!でっかいパイ皿に豪勢に具を入れたヤツ!

「リリア~美味しい?」
「うん!あのね、あのねーお芋がねっ」

 口の周りにホワイトソースをぺっとり付けたリリアが、盛大に頷いて説明を始めた。マカロニなんてまだ作ってないから、板パスタを細長く切った物が入っている。いつの間にこんな料理上手な男子に!さすがは薬師見習いだわ。手先の器用さと要領の良さがいい風にでたな。
 リリアと二人でフォークの先に芋を刺して互いににっこり。そして口へ運んだ。

「色々、分かって来た?」
「うん…分かって来たけれど、その分の謎がまた新しく増えて来た…」

 コンソメに近い透き通ったスープを一口。ほう~。マジで空腹だったことに、お腹の方が先に気づいたって感じ。

「食後に、皆の前で判った所まで報告するわ。神獣様の話しも聞かなきゃならないし」
「うん。ちょうどアレクも来るそうだから」
「じゃ、アレク待ちで」

 遅れ気味になっているリリアの食事を助けて食べさせ終えると、後かたずけは私が承った。その間に、リュースとリリアにお風呂を勧め、食器洗いとお酒のお供をちょいっと作る。ピクルスやディップを皿に盛って、パンを薄く切ってラスクに。
 とたとたと可愛い足音を立てて、湯上りリリアが居間へ駆け込んで行く。リュースがコーヒーを届ける際に購入してきた女児服が、また素敵で可愛いのなんの。なのにだ、眠る時はリュースのお下がりの寝着じゃないとぐずるのが、また皆の心をキューンとさせる。それを見て困った顔で苦笑いするリュースに、お姉さんは再度キューンするんだがな。ほほほ。

 いつの間にか居間の家具の配置が変えられ、暖炉前を中心にクッションとソファが囲んであった。つまみと果実酒をラグの上に運んだ頃には、リリスはベッドへ移されてぐっすり眠りへ落ちていた。そっと掛け布を直してやり、防音機能付きの結界を張ってやる。
 そこへ、やっぱり酒瓶土産のアレクが訪れた。

「では、今日のまとめ分をお話ししましょ」

 箇条書きした紙をアレクとリュースに渡して、話しを始めた。

 パレスト王国が聖人を召喚した所から、表では聖人として国中を慰問巡幸し、裏では大魔導士として召喚術の実験を行っていたこと。それが、《赤目の民》にも関わる非人道的な実験で、最後には仕組みを解明し、完成したこと。そして、《武神》と呼ぶ初代勇者をパレスト王城地下で召喚し、魔女狩りを始めたこと。初代魔女が武神と大魔導士に魔力を奪われて殺され、その時に勇者の力は魔女に劣ると評価されたこと。

「…初代の勇者は、パレスト産か…」
「真っ当な勇者は、アレクたち三人だけよ!」
 
 あれは勇者じゃない!狂人の従者の《武神》だ。南のお伽噺にあった。
 
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