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37・怪しいやつらが増えて行く

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 ルードの添い寝が効果あってか、リュースは数日で復活した。
 発熱は、ショックからくる知恵熱みたいなものだったようで一晩で下がった。ただ、精神的な疵がそう簡単に消えてなくなったりしないのは、私も身を以って経験している。ぼんやり思いに耽っている時間が長く、私が声をかけると縋るような祈るような眼差しを向けて来た。
 早く真実が知りたいのだろう。自らが受けた仕打ちじゃないけれど、あの光景は生き残った者にとっては死ぬより辛い。

「なぜか、気づくと自責の念に駆られるのよね…」

 生き残っている自分を、死んだ者たちは羨んでいるんじゃないかとか、逃げたんじゃないかとか。すべての元凶は、加害者である相手なのに、だ。
 だから、早く知りたくなる。何が悪くて、何が起こったのか。


 神獣カーバンクルを救助する計画を練っている最中に、酒瓶を片手にアレクが訪れた。
 本人は土産と言い張るが、ほとんど自分のお腹に納まってしまう物を土産と言うバカの言い分は無視して、私とリュースはコーヒーを飲みながらアレクの向かいへと腰を下ろした。
 王様のごとく三人用のソファを陣取って盃片手に私たちを見回すと、いつもとは違うとてもシビアな表情で話し出した。

「この国とロンベルド王国にある召喚陣は、大昔パレストの魔術師が授けてくれたって話だ。なんでも、そのまた昔、魔女退治をする際に両国が兵を出してくれた礼だってな。ロンベルトは魔の災いに。うちは邪獣の害に困り果てていたからな」
「パレストの魔術師って…」
「パレストの連中が、不老不死の大魔導士と呼んでいたらしい。国王二代に仕えてたって話しだが、どう見ても20才に足りない容姿だったと機密文書に書いてあったそうだ」
「ふ~ん…不老不死の大魔導士ねぇ」

 なんだろう……聞いた途端、頭の隅がしびれる様に痛んだ。チリチリした痛みは、こめかみを通って、背中を滑り落ちて行った。
 恐怖?恐れ?――――――怒り?
 大魔導士なら、私の仮の職業も同じだぞ。でも、それを見てもなんともないのに…。

「どうした?アズ」
「よく…分からないけど、魔女の記憶に障りがあるみたい。妙な気分になったの」
「大魔導士の事は、覚えているとか…か?」
「――――思い出そうとしても、思い浮かばないの。知識にも…ただ、物凄い嫌悪感…憎悪…」

 勝手に走り出す動悸に、胸を押さえて深呼吸を繰り返した。
たぶん覚えているんだ。私には分からないけれど、私の中に混じっている欠片が。

 ―――――アズ、大魔導士なら知っているよ。

 お家君の声が、不意に響いた。いつもの朗らかさは消え、抑揚のない声だ。

「ええ!?ここに来たの?」

 ―――――うん。魔女がいない時に、僕を壊しに来た。

「それで?どんなやつだった?」

 ―――――僕の結界は【神域】だからね、この地上ではどんな攻撃も傷ひとつつけられないよ。
 ―――――彼は、無言で攻撃してきたよ。長い時間を費やしてたけど、最後は諦めて去って行った。
 ―――――彼の姿は、薄い茶色の髪と黒い目…年の頃はリューと同じくらいに見えた。

「ああ…」

 そいつなら知っている。パレストの聖堂に貼りついていた。ステンドグラスなのに、穢れなき慈愛の微笑みを浮かべた聖人様は美しかった。でも、あれは嘘の顔。あの顔は仮面だ。
 私の脳裏で大魔導士と聖人が繋がった瞬間、まるで縛った鎖が飛び散るみたいに真っ黒だった記憶映像が鮮明に蘇った。

 焼け付くような痛みが脳内を走り、一連の記憶映像を呼び起こした。テーブルに伏したまま、落ち着くまでの間を必死に歯を食いしばって耐える。無垢材の天板に無意識に爪を立て、どこかへ連れ去られそうな気持ちに抗う。痛みが去っても、息が詰まって確かな呼吸ができない。

「アズ!!」
「だい…大丈夫っ……少しま…待って」

 食い縛った歯の間から、呻き混じりに応える。生理的な涙と乱れた呼吸に、開いた口角から唾が流れるけれど、それを拭う余裕なんてない。
 こんなのは平気。あの時の魔女の絶望を知った―――――あの激痛よりも耐えられる。


(もう、現れないでよねぇ。僕はゆっくり眠りたいんだからぁ。でも、また現れたら容赦しないからねぇ。僕は寝起きがサイコーに悪いんだからぁ。覚えておいてぇ)


 痛い痛い痛い苦しい苦しい泣きたい泣きたい泣きたい痛い痛い痛い。
 女神ファシエル様、ごめんなさい……。


「はぐっ!!――――――はぁはぁはぁ…」

 意識が、精神が、慚愧と憎悪の泥沼に引きずり込まれかけた。必死の思いで抜け出して正気に戻った時、目前には気遣う暖かな優しさに溢れた空間があった。

「記憶が蘇った……不老不死の大魔導士と聖人は同一人物だわ。彼は、聖人の表の顔と大魔導士の裏の顔を持っていた。その裏の顔で魔女を狩っていたの…」

 声が巡る。青年期に入ったばかりの少し硬い声音で、でも甘く腐って崩れ落ちる寸前の果実の様な口調で、残虐なことを楽し気に話す声が。そして、そこにはいつも少しの嗤いが混じっている。嗤いながら吐く捨て台詞は、なぜか日本語。
 惨殺の刃にかかった魔女たちは、意味が解っていた?

「あいつは、まだ生きているわ。この世のどこかで安穏とした眠りを貪っている」

 私の予言めいた語りに、アレクたちは口を噤んだまま私を凝視していた。

 記憶の中のあちこちに、ちらちらと浮かぶ誰か。薄汚れた旅装束に、とても不釣り合いな魔剣を装備し、必死の形相で誰かに剣を振るう姿。そして、彼はいつも大魔導士の側にいた。
 あれは、誰?手にしている、あの魔剣は――――ー。

「アレクが初めて私と会った時、手にしていた剣は魔剣?」
「ああ、ありゃ勇者の魔剣だ。すでに勇者の役目は終えたが、次代が召喚されるまでは俺が扱える」
「その魔剣って、初代が使った魔剣かしら?」
「そうだが…なんだ?」
「貴方は、何代目の勇者だったの?」

「俺は…三人目だ」

 あれは初代の勇者?   
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