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6・激痛はもうお腹いっぱいです!(涙)

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 召喚の時もそうだった。
ステータスに示されていた[転移転化体]と言うのは、あの時の激痛がソレだったんじゃないかと考える。転化ってのは、ある状態から別の状態に変化することだ。職場がその手の<変化>を商品化するため、良く知っている言葉だった。

 私は、あの激痛の中で、この世界の魔女に転化された。
誰が何の目的があって、私に断りもなく転化させたのか知らないけれど、あのショック死してもおかしくなかった苦痛を乗り越えた今、半分ぐらいは感謝している。本当に巻き込まれた只の人じゃ、今頃どんな扱いをされているか分かったものじゃない。
 前の世界へ還れる見込みが無さそうなフィール王子の反応に気づいた時点で、魔女にしてくれた存在――――否!魔女になりえた自分を褒めてあげたい。やるな、私!頑張ったね私!

 だがしかし。

 再度の激痛は御免こうむりたかった。女は男より痛みに強いと言われるけれど、耐性が高いってだけで痛みが好きな訳じゃないんだよ。記憶のインプットは、しなくっちゃならない作業だと判ってはいる。でも、ここまでの重苦はもうお腹いっぱいだ!! 
 頭の中で直接爆発が起こったとする。当然痛いよね?でも現実なら、即死だろうから瞬間的な痛みで終わるだろうさ。早く即死か気絶させて!と願うくらいの頭痛が、今の私を責め苛んでいた。


 爆発の様な衝撃の直後、ありとあらゆる有象無象が脳内を猛スピードで走り回り、文字・映像・匂いに味に感触……五感の全てを使った何もかもが刻み込まれていくのが解かる。何十年何百年分の多人数の記憶や知識が、ハイスピード再生で強引に詰め込まれていくんだ。頭が。脳が。発火したように熱く痛い。

 きっと、のた打ち回って泣き叫んでいただろう。
 きっと、悶絶し、女の声とは思えないような呻きを上げていただろう。
 
 ふと目が覚めた時、辺りは陽の光で明るく、カーテンを閉め忘れていたことに気づき、あれだけ大騒ぎしたのに誰も部屋へ入って来た形跡がないことを知り。
 そして、そこが宿の部屋ではない、見覚えはあるけれどまったく違う部屋なことに気づいた。

 上体を起こして辺りを見回してみた。自分が横たわっていた寝台に、寝るまでは確かになかった薄衣を幾重にも下げた天蓋があり、その先に見える窓の外は、暖かそうな陽光が差し込んでいるにも関わらず一面の真っ白な靄だった。室内には寝台以外になにもなく、暗い色の壁紙だと思ったら煤けて埃にまみれたただの土壁で――――。

「ここは…」

 見覚えがあった。こんなにうす汚れて何もない部屋じゃなかったけれど。
 確かに覚えがある。前の世界の私の部屋でもなく、とても美しい誰かが住んでいた部屋。その誰かがいた時に、私は何度かここを訪れた。和やかな雰囲気の中で美しい手指が入れたお茶をゆったりと楽しみ、私が持参した森の恵みいっぱいの菓子を摘まんで談笑した。

「ああ……これはっ」

 これはの記憶じゃない。
 美しい誰かと時間を忘れて楽しんだのは、『神無月 英』でも『魔女アズ』でもない。
 私の中に染み渡った、先代の魔女の記憶。

女神ファシエル様……」

 自覚のない涙が、私の頬をいくつもいくつも流れ落ちた。
 この部屋にはもう女神はいない。
 それどころか、この世界のどこにも存在しない。
 この世界は、何百年か前から神に見放され放置された世界だ。


 この世界を創造した神から司る役目を与えられた美しい女神様は、この世界の人々に間接的に殺され消滅した。生まれ育み、死を迎える魂を包み込み、全ての命に癒しを注ぎ、ときおり沸く魔を払い、生きとし生ける者達を愛でていた女神さまを、人々は。

「なんてことを!」

 地上へ直接手を差し伸べられない女神さまは、己の力を少し削ぎ取って現身を地上へ降ろした。
 現身は、平時は神域に隠れ住み、人の手に余る異常が起きたら女神の指示に従って解決して回った。
 何度も何度も。
 人々は頭を垂れて感謝した。

 だけれど――――――。

 痛い!痛い!!いたいーーーーーーーーーーー!!

 急激に戻って来た痛みに、私は寝台の上に蹲って悲鳴を上げた。魔女の記憶を辿っていたのに、いきなり先が真っ黒に塗りつぶされた。黒で消されたぶつ切れの記憶がまた押し込められ、刃物で削られる様な激痛にもんどりうって落ちた。

 私はベッドから落ちた床の上で、ようやく目覚めた。
今度こそ、宿の素敵な寝室だった。戻って来れたのに、目覚めても私はそこで声を殺して泣き続けた。泣いても泣いても涙は止まらず、身体がだるくて仕方ないのにベッドへ上がることも忘れて、朝日が昇るまで床の上にしゃがみ込んでいた。

 柔らかな朝日が差し込み、ゆっくりと室内が暖まって行く。小鳥たちのせわしない囀りと大手通りを行きかう人々の声が、私の意識を現実へ戻した。涙でかぴかぴになった頬を擦り、重い体を起こしてバスルームへ向かった。
 暖かいお湯を浴びてひりつく顔と脂汗に湿った体を洗い、泣きすぎて痛む眼を温めた。溜まった湯に浸かって、そこでようやく深い深ーい溜息を吐き出した。

 あんなに熱く痛んだ頭は今はシンと冷えて静かで――――――凍り付いた様な暗い諦念。
 次元の漆黒の闇の中を、凍った諦念に心を任せ、止まった時流の中を漂っていた女神様の欠片たち。召喚時のあの激痛は、彼女たちの欠片の所為。だから、私は魔女に転化した。
 貴女方は、私に何をさせたいの?

 復讐?破壊?           自滅をただ眺めるだけ?
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