9 / 20
夜の女王 カサンドラ⑤
しおりを挟む女王の正体は誰も知らない。マスターも知らないそうだ。付き人の女性と二人きりでこの国にやって来たらしい。だからいつかは去っていくだろうとも言われた。
客の男たちはテーブルを囲んで酒を煽った。
「女王、いつまでいてくれるのかな」
「女二人だけって危ないよな」
「付き人は相当の腕の持ち主って噂だぜ」
「え?俺は女王が武術の達人って聞いた」
「どっちも初耳なんだが」
「何にしろ今まで二人でやってきたんだ。生きる術があるんだろ」
「女王いなくなっちゃうのかぁ。ここは治安良いから、いてくんねぇかな」
「隣のバスク領は酷いみたいだな」
「ああ…こないだ仕事で行ったんだが…物乞いが多くてな。同じ国でああも違うとはな」
「ここも代替わりして大分変わったもんな」
「領主さまさまってな」
給仕がつまみの焦がし豆を置いた。客が親しげに話しかける。
「よ、オリビアちゃん。この所ずっと働いてんな」
「そんなことないよ。昨日はお休み。これ、買ってたの」
オリビアは髪に付けたブローチを見せた。蝶の形をしていた。男は良い趣味してると褒めた。
「なぁ俺たち女王の話ししてたんだけど」
「ここでカサンドラの話をしない人はいないよ」
「まぁそうなんだけどさ、いつまでいてくれるのかって話をしてたんだ」
「いつまで…?知らないけど、秋の収穫祭の話はしてたから、春まではいるんじゃない?」
「当てになんねぇな」
「冬に出てく人はまずいないよ」
「それもそうか。じゃ、改めて乾杯しようぜ、オリビアちゃんも」
「アタシはいらなーい。仕事中なんでーす」
手を振ってオリビアはテーブルを離れた。男たちは掲げた杯をそのまま下ろした。それぞれ無言で口を付ける。焦げ豆を摘む。塩が程よく効いて酒によく合う。自然と酒が進んだ。
カランカランと戸口の鐘が鳴る。誰かが来店したらしい。男たちは最初無関心だった。
誰かが席に無言で着くと、男たちは顔見知りと知って声をかけた。
「よぉあんちゃん!久しぶりじゃねぇか」
「仕事忙しかったのかい?レオン」
マティアスだった。彼は誰の声がけにも答えず、置かれたビールを一気に飲み干した。オリビアに追加を頼んでいた。構わずに話しかけた。誰もがこの男は寡黙で女王にぞっこんなのを知っていた。
「残念だったな。女王はもう終わったぜ」
「……………」
「アンタ、商人の割には愛想無いよな。どこで売ってんだよ」
マティアスはやはり答えない。周りは肩をすくめた。
追加のビールがテーブルに置かれる。直ぐに飲もうとしたマティアスは、思いとどまって隣の男たちに身体を向けた。
「おい、お前らの中に森の者と知り合いの奴はいるか」
「森の者ぉ?」
「木こりかい?」
「いや、それってもしかして、ロマ人か」
その名前に誰もが目をむいた。そしてマティアスに詰め寄った。
「止めときなあんちゃん。ロマは山賊よりも酷いって聞くぜ」
「俺の爺ちゃんなんかはそいつに殺されたんだ」
「取り引きしたって何の得にもなんねぇ。身ぐるみ剥がされるだけで済みゃ良いほうだぜ」
口々に言う言葉に耳を傾けながら、マティアスはまた黙って飲んだ。
ニールのリュートをバックに、カサンドラは舞い踊る。夜の「アルヴァ」は今夜も盛況だった。カサンドラは日によって衣装を変える。今日は白の衣装だった。肩にかけたショールを見事に操って演出した。
マティアスも勿論いつもの席に座っていたが、おもむろに立ち上がると、そのまま壇上に上がってきた。カサンドラはいつもマティアスをそれとなく注視していたが、まさか大胆にも上がってくるとは思わなかったのでドギマギした。
周りの男たちは止めない。それどころか盛り上がっている。何故なら壇上に上がるということは、カサンドラに「勝負」を挑んでいるのを意味するからだ。
カサンドラと踊ったものは転がされる。それに耐えきって転ばなかった者はカサンドラとの勝負に勝ったことになる。まだ勝者はいないが、この一ヶ月であらかたの常連は勝負を済ませていた。レオンことマティアスも何度か周りから上がれ上がれと言われていたが無視していた。だからてっきりカサンドラは、その勝負に挑まないものと思っていたのだが──
マティアスが手を差し伸べる。外野がやいのやいのと騒ぎ立てる。カサンドラは意を決して手を取った。周りが一気に歓声を上げた。
カサンドラはニールに目配せする。ニールは心得たものでダンス用の曲を弾き始めた。カサンドラ用にアップテンポにアレンジされている。二人は踊りだした。
以前、少しだけ付き合わされたワルツでマティアスの癖は心得ていた。急なステップの変更。今回もそうだった。カサンドラは難なくついていった。今度はカサンドラが仕掛ける。手を引く。すると向こうは反射で引き戻そうとする。その力を利用してカサンドラは背後に回り、背中を押して場外に飛ばしてやろうとした。
今、と思って手を引こうとした。だがその前に引かれた。カサンドラは自分と同じことをしようとしているのだと思ってワザと逃げずにレオンの懐に飛び込んだ。足を引っ掛けてやろうと思ったのだ。レオンは不敵に笑った。レオンも身体を近づけた。
「え?」
レオンはカサンドラの腰を抱いてそのまま持ち上げた。カサンドラの身体が仰け反る。気づいたときにはレオンの、マティアスの顔が近くにあった。
「カサンドラ」
どきりとした。今まで聞いたことのないような、優しい声音だった。
「私の妻になってくれ」
青い瞳が視界の全てだった。何の抵抗も出来なかった。
それからは大変だった。周りの観客がレオンを引き剥がして乱闘騒ぎになり、店は大いに荒れた。エリシアはハンナと店から逃げ出して小屋に引きこもった。
40
お気に入りに追加
1,757
あなたにおすすめの小説
年上の夫と私
ハチ助
恋愛
【あらすじ】二ヶ月後に婚礼を控えている伯爵令嬢のブローディアは、生まれてすぐに交わされた婚約17年目にして、一度も顔合わせをした事がない10歳も年の離れた婚約者のノティスから、婚礼準備と花嫁修業を行う目的で屋敷に招かれる。しかし国外外交をメインで担っているノティスは、顔合わせ後はその日の内に隣国へ発たなたなければならず、更に婚礼までの二カ月間は帰国出来ないらしい。やっと初対面を果たした温和な雰囲気の年上な婚約者から、その事を申し訳なさそうに告げられたブローディアだが、その状況を使用人達との関係醸成に集中出来る好機として捉える。同時に17年間、故意ではなかったにしろ、婚約者である自分との面会を先送りして来たノティスをこの二カ月間の成果で、見返してやろうと計画し始めたのだが……。【全24話で完結済】
※1:この話は筆者の別作品『小さな殿下と私』の主人公セレティーナの親友ブローディアが主役のスピンオフ作品になります。
※2:作中に明らかに事後(R18)を彷彿させる展開と会話があります。苦手な方はご注意を!
(作者的にはR15ギリギリという判断です)
【連載版】「すまない」で済まされた令嬢の数奇な運命
玉響なつめ
恋愛
アナ・ベイア子爵令嬢はごくごく普通の貴族令嬢だ。
彼女は短期間で二度の婚約解消を経験した結果、世間から「傷物令嬢」と呼ばれる悲劇の女性であった。
「すまない」
そう言って彼らはアナを前に悲痛な顔をして別れを切り出す。
アナの方が辛いのに。
婚約解消を告げられて自己肯定感が落ちていた令嬢が、周りから大事にされて気がついたら愛されていたよくあるお話。
※こちらは2024/01/21に出した短編を長編化したものです
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される
葵 すみれ
恋愛
人質として嫁がされ、故国が裏切ったことによって処刑された王女ニーナ。
彼女は転生して、今は国王となった、かつての婚約者コーネリアスの娘ロゼッタとなる。
ところが、ロゼッタは側妃の娘で、母は父に相手にされていない。
父の気を引くこともできない役立たずと、ロゼッタは実の母に虐待されている。
あるとき、母から解放されるものの、前世で冷たかったコーネリアスが父なのだ。
この先もずっと自分は愛されないのだと絶望するロゼッタだったが、何故か父も腹違いの兄も溺愛してくる。
さらには正妃からも可愛がられ、やがて前世の真実を知ることになる。
そしてロゼッタは、自分が家族の架け橋となることを決意して──。
愛を求めた少女が愛を得て、やがて愛することを知る物語。
※小説家になろうにも掲載しています
婚約破棄のその先は
フジ
恋愛
好きで好きでたまらなかった人と婚約した。その人と釣り合うために勉強も社交界も頑張った。
でも、それももう限界。その人には私より大切な幼馴染がいるから。
ごめんなさい、一緒に湖にいこうって約束したのに。もうマリー様と3人で過ごすのは辛いの。
ごめんなさい、まだ貴方に借りた本が読めてないの。だってマリー様が好きだから貸してくれたのよね。
私はマリー様の友人以外で貴方に必要とされているのかしら?
貴方と会うときは必ずマリー様ともご一緒。マリー様は好きよ?でも、2人の時間はどこにあるの?それは我が儘って貴方は言うけど…
もう疲れたわ。ごめんなさい。
完結しました
ありがとうございます!
※番外編を少しずつ書いていきます。その人にまつわるエピソードなので長さが統一されていません。もし、この人の過去が気になる!というのがありましたら、感想にお書きください!なるべくその人の話を中心にかかせていただきます!
寝取られ予定のお飾り妻に転生しましたが、なぜか溺愛されています
あさひな
恋愛
☆感謝☆ホットランキング一位獲得!応援いただきましてありがとうございます(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
シングルマザーとして息子を育て上げた私だが、乙女ゲームをしている最中にベランダからの転落事故により異世界転生を果たす。
転生先は、たった今ゲームをしていたキャラクターの「エステル・スターク」男爵令嬢だったが……その配役はヒロインから寝取られるお飾り妻!?
しかもエステルは魔力を持たない『能無し』のため、家族から虐げられてきた幸薄モブ令嬢という、何とも不遇なキャラクターだった。
おまけに夫役の攻略対象者「クロード・ランブルグ」辺境伯様は、膨大な魔力を宿した『悪魔の瞳』を持つ、恐ろしいと噂される人物。
魔獣討伐という特殊任務のため、魔獣の返り血を浴びたその様相から『紅の閣下』と異名を持つ御方に、お見合い初日で結婚をすることになった。
離縁に備えて味方を作ろうと考えた私は、使用人達と仲良くなるためにクロード様の目を盗んで仕事を手伝うことに。前世の家事スキルと趣味の庭いじりスキルを披露すると、あっという間に使用人達と仲良くなることに成功!
……そこまでは良かったのだが、そのことがクロード様にバレてしまう。
でも、クロード様は怒る所か私に興味を持ち始め、離縁どころかその距離はどんどん縮まって行って……?
「エステル、貴女を愛している」
「今日も可愛いよ」
あれ? 私、お飾り妻で捨てられる予定じゃありませんでしたっけ?
乙女ゲームの配役から大きく変わる運命に翻弄されながらも、私は次第に溺愛してくるクロード様と恋に落ちてしまう。
そんな私に一通の手紙が届くが、その内容は散々エステルを虐めて来た妹『マーガレット』からのものだった。
忍び寄る毒家族とのしがらみを断ち切ろうと奮起するがーー。
※こちらの物語はざまぁ有りの展開ですが、ハピエン予定となっておりますので安心して読んでいただけると幸いです。よろしくお願いいたします!
【完結】別れを告げたら監禁生活!?
みやこ嬢
恋愛
【2023年2月22日 完結、全36話】
伯爵令嬢フラウの婚約者リオンは気難しく、ほとんど会話もない関係。
そんな中、リオンの兄アルドが女性を追い掛けて出奔してしまう。アルドの代わりにリオンが侯爵家の跡取りとなるのは明らか。
フラウは一人娘で、結婚相手には婿入りをしてもらわねばならない。急遽侯爵家の跡継ぎとなったリオンに配慮し、彼からは言い出しにくいだろうからと先回りして婚約の撤回を申し出る。アルド出奔はみな知っている。こんな事情なら婚約破棄しても周りから咎められずに済むし、新たな婚約者を見つけることも容易だろう、と。
ところが、リオンはフラウの申し出を拒否して彼女を監禁した。勝手に貴族学院を休まされ、部屋から出してもらえない日々。
フラウは侯爵家の別邸から逃げることができるのか。
***
2023/02/18
HOTランキング入りありがとうございます♡
もう尽くして耐えるのは辞めます!!
月居 結深
恋愛
国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。
婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。
こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?
小説家になろうの方でも公開しています。
2024/08/27
なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる