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 第二王子の住まいだという離れの屋敷に入る。王子に会うのはこれで三度目。王太子になったというのに、部屋は最低限の家具しかなく質素だった。

「まさかお前がやって来るとはな」

 第二王子レインは、足を組んで椅子に座っている。白い顔には隈もあって、疲労がにじみ出ていた。

「陛下に会えるよう取り計らって欲しいのです」
「何するつもりだ」
「父さまの助命嘆願に」 
「無理だ。陛下は兄上に目をかけていた。いくら自分を殺そうとしたからと言っても、早々に兄への情を無くせはしない」
「取り計らってくださるだけでもいいのです。ご迷惑とは思いますが、こうして問答している暇もないのです」
「まあ待て。処刑の日時は決まっている」
「いつですか」
「三日後だ」

 三日。編集長の言った通り、雨で延期になったのかもしれない。だからと言って安心出来るわけがなかった。

 第二王子がルイーズを見つめている。
 
「おそらく侯爵は、私が遠征から帰還するのを待って、兄上を糾弾したのだろう。兄上の密偵は優秀でな。侯爵と連携が取れず、急にこんな事態になったから憶測でしか語れないが」
「娘の私にも言えなかったようでしたから、仕方のないことかと」
「…ここにお前がやって来たのも、運命かもな」
「殿下がそのような言葉をお使いになるとは」

 食い入るように見つめられて、あのカフェでもそうだった。人の顔を見るのが、第二王子の癖なのかもしれない。

「あの、殿下…?」
「つかぬことを聞くが」
「はい」
「趣味は?」

 ルイーズは何を言われているのか分からなかった。

「…えっと…はい?」
「趣味は何かと聞いた」

 聞き間違いでは無かった。突拍子もない問いに、思考が停止する。

「…いまは…そんなことを…話しているときでは」
「重要なことだ」
「関係のない話ですよね」
「関係あるから聞いてる。なんだ、趣味もないのか」

 第二王子はため息をつく。急に話を差し替えられて、ルイーズはついていけない。

「と、父さまを助けたいのです」
「知ってる」
「なぜ私の趣味の話なのですか」
「それも重々承知した上での質問だ。重要なことだ。素直に言え」

 ルイーズは押し黙った。理由も知らずに話せなど、このタイミングで、どういうつもりなのだろう。
 言え言えうるさいのだから、答えるしかない。あんまりにも続くようなら、リンドゲール侯爵を頼ろう。

「…強いて言えば、遠駆けでしょうか。乗馬が得意なもので」
「どういう男が好ましいと思う?」
「は?はぁ!?」
「あるだろう色々」
「お答えする義務を感じません」
「いいから答えろ。あと二つ質問する」

 あと二つと来た。この質問を入れて二つなのか、入れないで二つなのか。ルイーズは沸々と湧き上がる怒りを隠さずに不満を見せた。

「強いて言えば、たくましい方が好みです。兄のように鍛えている方が」
「金持ちの男か貧乏な男か」
「貴賤よりも人柄です。表裏の無い、優しい方であれば」
「どのくらい?」
「は?」
「どのくらい優しい奴がいいんだ」

 考えたこともなかった。優しいに度合いがあるのをルイーズは初めて知った。

「庭を歩くときに、歩調を合わせてくれる人とか」

 かつての父と母を思い出す。病気になった母を支えながら、父はゆっくりと庭を歩いていた。

「なるほどな」

 第二王子は納得したように頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

「ルイーズ、こちらへ」

 窓際へ手招きされる。雨が降る暗い部屋の中で、窓際が一番の灯りだった。

 目の前に立つと、王子の背の高さが際立つ。彼が片膝をつくと、目線は逆転する。

「ルイーズ、手を」

 愚かなことに、手を握られても、ルイーズはこれから殿下が何をするのか分かっていなかった。

「────」

 その言葉に、ルイーズは嘘、と言った。



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