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「ルイーズ!ああ良かった!」

 屋敷に戻ったルイーズを二人の兄が出迎える。エントランスで、人目をはばからずに上の兄が目一杯抱きしめてくるので、ルイーズは気を失いそうになる。

「に、兄さま…苦しい…」
「ルイーズが目の前にいるのに、冷静でなんかいられないよ!ああ本物のルイーズだ!偽物じゃない!本物のルイーズが、腕の中にいる」

 確認するように顔をまじまじと見られては、息も出来ないほど抱きしめられる。何度も繰り返し続いて拷問のようだった。

「止めろルイーズが死ぬぞ」

 下の兄が二人を引きはがす。ルイーズはやっとまともに息が出来た。

「アラン兄さま…あ、ありがとう」
「おかえり」

 兄の言葉にハッとする。おかえりと言われる嬉しさが、胸にこみ上げる。

 束の間の再会を祝っても良かったかもしれない。だがルイーズは、全員で喜びたかった。

「兄さま、父さまを助けたいの。力を貸して」

 ルイーズの言葉に二人は険しい顔をした。弱々しく首を振られる。

「俺たちではどうすることもできない」
「侯爵家を残してくださっただけでも十分な恩情をいただいたんだよ。これ以上を求めれば俺たちの身が危うくなる」
「父さまを…見捨てるの?」

 二人は答えない。足元から崩れ落ちるような、血の気が引いていく思いがする。そんな妹の心情を悟ってか、もう一度、優しく抱きしめてくれた。

「今ね、リンドゲール侯爵が来てるんだ」
「リンドゲール侯爵…シャルロットさんの…?」
「不思議だったろう?何故、ルイーズを王太子の婚約者候補として送り出したのか」

 今更何を言い出すのかと思った。そんなことを話してる場合ではないのに。

 そう言おうとして、新たな人物がやって来る。四十代くらいの男性で、この人がリンドゲール侯爵なのだと知る。

 侯爵は階段を降りてきた。杖を付いて、足が不自由なのかもしれない。

「挨拶は無しにしよう。非公式の方が話せることもある」

 シャルロットと同じ銀髪で、優しい眼差しを向けられる。柔らかな声音だが、有無を言わせぬ威厳も備えていた。

「リンドゲール侯爵さま…お初にお目にかかります」
「君のような強い人間に会えて光栄だ。シャルロットも、もう少し奔放に育てるべきだったかもしれない」

 リンドゲール侯爵はそう前置きして、本題に入る。

「私とショーデ侯爵は兼ねてから、レイフ王太子を糾弾する機会を伺っていた。その証拠集めに、婚約者候補に君とシャルロットを王宮へ送った。王太子の懐に入り込み信頼を得る。それが狙いだった」
「……私どもに何も知らせずに?」
「言えなかったのは、王太子が密偵を送り込んでいたからだ。この屋敷の使用人にも王太子の息のかかった者が潜んでいて、とても話せる状態では無かった」

 上の兄が口を挟む。

「エマ、覚えてるかい?」
「もちろん。小さい頃から一緒にいたもの」
「彼女が密偵の一人だ」

 もうルイーズは驚かなかった。事実だけを胸に留め続けるしか、己を保てなかった。

「ショーデ侯爵が息子たちを外国へやったのも、危険から遠ざけるためだろう。全てを密かに進めて、ひたすら機を伺っていた。そして王太子が陛下への暗殺を企てていることを掴んだ。これで王太子が廃されれば、と思っていたのだが、まさか陛下に刃を向けるとは。…私はこの通り足が不自由で何も出来なかった。私が動けたら、ショーデ侯爵は王太子を殺さずに、穏便に済んでいたかもしれない。今更悔やんでも遅いが」
「…お願いします。陛下へ取り成しを。陛下に嘆願したいのです」
「私が連れて行ってもいいが、私よりも適任がいる」
「侯爵以上の適任など」
「第二王子だ」

 思いもしなかった人物に、だがルイーズは確かに、と納得する。第一王子が死亡した今、第二王子が唯一の王太子だ。彼の助力を得られれば、こんな頼もしいことはない。

「この家の紋章の入った馬車では勘ぐられる。私のを使え。第二王子の取り成しで陛下の御前で嘆願すれば、まだ望みはあるかもしれない」
「……感謝します」
「ショーデ侯爵とは知己だ。お互いの立場のせいで、表立っては協力出来なかったが、こんな時まで己を偽るつもりはない」

 侯爵は杖で床を二回叩いた。

まじないだ。無事帰って来られるようにと、いつも妻がやってくれる」
「感謝します」
「行きなさい。ここで兄たちと帰りを待っている。吉報を望む」

 兄たちは不安そうにしている。ルイーズも不安だ。ここで付いていくと言わないのは、妹の身に何かあった時に、兄たちが助けられるようにだろう。言葉を交わさずとも分かった。

「ルイーズ…ちょっと待っていて」

 上の兄が階段を急いで駆け上がる。直ぐに戻ってきた兄は、ルイーズの切り落としたを持っていた。

「せめてこれを付けて行って。今のルイーズも可愛いけれど、その髪の長さじゃ、王宮には入れないからね」
「…ありがとう」
「危ないと思ったら直ぐに諦めて。絶対に無理をしないように」

 下の兄が頭を撫でる。もう何も言わなかった。ルイーズは兄たちと視線を交わして、馬車へ向かった。


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