11 / 29
11
しおりを挟む結婚は家同士が決めるもの。そこにルイーズの意思はない。貴族の女として生まれた以上、結婚し子を産むことだけが求められる。
しかしそれで割り切れるほど、ルイーズは冷たい教育を受けてこなかった。母からも兄二人からも深い愛情を注がれて育った。もちろん父からも。それだけに今の仕打ちこそが、ルイーズにとって異常に思えた。
せめて兄たちが本国にいてくれたら。彼らは外国へ遊学し、帰国するのは一年後だ。軟禁されている以上、なんとか手紙を出せたとしても届く頃にはすべてが終わっている。
ルイーズは父の裏切りが、胸が張り裂けそうなほど辛かった。父が権力を求めて娘を差し出すような人だったなんて。今でも信じられない。
最初の誤解がここまで大きくなってしまった。そして王太子がルイーズを選んだ以上、父が逆らうわけがないのだ。
既に軟禁状態に置かれて三日経つ。部屋から出なかった母と自分を重ねる。母は、どんな気持ちでこの家で過ごしていたのだろう。真意を知る術はない。
窓から外を眺める。屋敷から外へ通じる道に、一台の馬車がやって来るのが見えた。
見に覚えのある紋章。王冠の紋章は、王族の証だった。
「ルイーズ、三日ぶりだね」
やって来た王太子に、ルイーズは形ばかりの挨拶をする。わざわざルイーズの自室に入ってきて、二人きりにさせるなんて。もう全てが決まっていて、まるで将来を誓いあった仲のようだ。
「ご用件は」
努めてルイーズは冷たく言った。
「君に会いたくて。元気そうで安心したよ」
などと笑顔で近づいてくる。ルイーズは後ろに下がった。
「それだけでございますか?」
「話もしたくて。あんな別れ方だったから気になってね」
「その節は、申し訳ありませんでした。殿下に張り手するなど、首吊りものです」
「いいんだよそんなこと。大きな誤解があったんだから仕方ない」
誤解。そう、大きな誤解だった。まだその誤解は続いている。
「でしたら、私の気持ちの真も、是非お知りになってください」
「もちろん分かっている。君は、」
コツ、と王太子が近づく。
「君は、私を好いている。そうだね?」
「──殿下、私は、」
「そうだね?」
ニコリと笑う。否定するのを許さない、冷たい顔。
物腰柔らかな普段の殿下とは全く違う。これが本性なのだ。ルイーズは拳を握った。
「私に拒否権は無いのですね」
「私を好いているのだから、拒否するわけがない。そうだろう?」
有無を言わせない高圧的な物言い。婚約者となる前から押さえつけるような関係性では、これからの未来はない。しかしルイーズには確かに拒否権など無かった。
「教えてください。私を選んだ理由は、何なのですか?」
「君の正義感あふれる──」
「本当の理由が知りたいのです。教えていただければ、私も心構えが出来ます」
「──そう、その方がいいかもしれないね」
わざとらしく、うんうん頷かれる。
「母は私しか産めず、側妃を迎えざるを得なかった。異母弟にも王位継承権があるから色々と厄介でね。だからこそ、私の妻となる者は、絶対に男児を産んでもらわなければならない」
言いたいことが分かってきた。シャルロット嬢の家系は多産だ。だが女児ばかり産まれている。もちろん男児もいるが、比率は圧倒的に少ない。
「ショーデ侯爵家は、代々、男しか産まれてこなかった。そんな中、君が産まれた。君が産む子はきっと、君に似た可愛い男の子だろう。今から楽しみだ」
「……女の子でも、きっと可愛いでしょうね」
「一人くらいは嬉しいかもしれない。二人目もそうだったら、」
近づいてきた殿下に腕を掴まれる。
「二人目は、思い余って捨ててしまうかもしれない」
強く握られる。殿下の張り付いた笑みに、ルイーズは血の気が引く思いがした。
王太子が部屋から出ていく。扉が閉まって、ルイーズは力が抜けてその場に座り込んだ。
自分を選んだのは世継ぎを確実に得るため。優しい顔に隠された非情で冷酷な王太子の正体。いや、王太子ならば、当たり前の考えなのかもしれない。
一旦は諦めようと思った。運命を受け入れようと思った。でも、あんな人とは一緒になりたくない。愛せるわけがない。結末は分かり切っている。あの人を受け入れたら、二度と明るい未来はない。
──逃げよう。それしかない。
誰も知らない所へ行って、一人で生きていく。父に迷惑がかかるのを気にしていられなかった。幸い父には頼もしい二人の兄がいる。兄たちがいれば我が家は安泰。おまけの末娘なんかがいるものだから、だから父は夢を見たのだ。王家の外戚になれるという夢を。
婚約は成っていない。逃げるなら今しかない。
震える足を叱咤して立ち上がる。ルイーズはベッドの下に入れていたトランクを取り出した。その中に、お忍び用の庶民が着る服を隠していた。
扉は施錠されている。脱出するなら窓だ。扉を開け放ち下を見る。ここは二階だが、この高さからなら、シーツとカーテンを結めば降りられそうだ。
大丈夫。何とかなる。ルイーズは直ぐさま行動に移した。
39
お気に入りに追加
1,177
あなたにおすすめの小説
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜
湊未来
恋愛
王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。
二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。
そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。
王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。
『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』
1年後……
王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。
『王妃の間には恋のキューピッドがいる』
王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。
「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」
「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」
……あら?
この筆跡、陛下のものではなくって?
まさかね……
一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……
お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。
愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる
田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。
お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。
「あの、どちら様でしょうか?」
「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」
「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」
溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。
ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。
私を殺してくれて、ありがとう
ひとみん
恋愛
アリスティア・ルーベン侯爵令嬢は稀に見る美貌を持っていはいるが表情が乏しく『人形姫』と呼ばれていた。
そんな彼女にはまともな縁談などくるはずもなく、このままいけば、優しい義兄と結婚し家を継ぐ事になる予定だったのだが、クレメント公爵子息であるアーサーが彼女に求婚。
だがその結婚も最悪な形で終わる事となる。
毒を盛られ九死に一生を得たアリスティアだったが、彼女の中で有栖という女性が目覚める。
有栖が目覚めた事により不完全だった二人の魂が一つとなり、豊かな感情を取り戻しアリスティアの世界が一変するのだった。
だいたい13話くらいで完結の予定です。
3/21 HOTランキング8位→4位ありがとうございます!
殿下が好きなのは私だった
棗
恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。
理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。
最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。
のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。
更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。
※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる