9 / 29
9
しおりを挟む通された部屋は、王宮というだけあって豪華な設えで、一人で過ごすには十分過ぎる広さだった。壁紙は白地にピンクのチューリップ柄で大変可愛らしい。縦長の窓が何枚も連なり、部屋は常に明るい。
ルイーズは一番初めにその窓を開けた。下を覗く。三階にある部屋からでは、窓から脱出するのは至難の業だ。
かといって扉の向こうには見張りがいる。しかも鍵も閉められた。軟禁状態だ。もしかしたらこのまま有無も言わせず婚約、などということもある。一刻も早く脱出したかった。
どうしたものかと思っていると、扉を叩かれる。どうぞと答えると、使用人が入ってきた。
「お飲み物をお持ちしました」
「そう、そこに置いておいて」
使用人は一旦下がると、ワゴンを押して入ってきた。その上にはティーポットとカップ、焼き菓子が置かれていた。あんなに食べたのに、まだ食べろと言うことらしい。テーブルの上に並べられて、使用人は部屋を下がった。
ルイーズはポットの蓋を取り、匂いを嗅いだ。爽やかな香りはレモングラスだ。
「…良い香り…」
これで落ち着けとでも言ってるのだろうか。ルイーズは蓋をした。
この状況は、おそらくは強制的にもう婚約者にさせるつもりなのかもしれない。婚約が発表されたら覆すのは非常に難しい。
こうなったら父に助けてもらうしかない。父もこの結婚に反対していた。なんとかうまくまとめてくれるに違いない。
椅子に座る。テーブルの菓子と紅茶を見ていると、食欲が出てくる。クッキーを口に入れてみる。茶葉を入れているのか、非常に香ばしい。ルイーズはもう一つ直ぐに手に取った。
扉を叩かれる。声をかけると入ってきたのは、なんと父だった。
待ち望んでいた父の来訪にルイーズは歓喜した。父なら助けてくれる。
「父さま!どうしよう!殿下の婚約者にさせられちゃう」
「分かってる。帰るぞ」
「え?いいの?」
「ああ、殿下にはお許しをいただいている」
父はテーブルを一瞥した。食べ散らかした紅茶と菓子を見ているのだと気づいて、隠すように前に立つ。
「レモングラスか」
「ええ。とっても良い香りなの」
「知らないだろうから言っておくが、それは王室に献上される最高級のものだ。一般には出回らず、王族しかまず飲めない代物だ」
「そんなこと言われても…出されたものを残すのは勿体ないわ」
父の態度がどこか冷たい。それもそうだ。父の命令に従ったものの結果はこのザマだ。娘が婚約者になるのをどう阻止しようか頭を悩ませているに違いない。
「ごめんなさい、お父さま。迷惑をかけて」
「ああ全くだ。話を聞いたときは、首が飛ぶかと思った」
殿下に張り手した件が伝わったのだろうか。それは確かにルイーズが悪かった。
「もうこうなったら、お父さましか頼れないわ」
「とにかく帰るぞ。話はそれからだ」
踵を返す父の後をついていく。あっさり扉が開いて、ルイーズは軟禁から開放された。
父がいるのならもう大丈夫。安心だ。王太子にもシャルロット嬢にも話をして、何とかまとめてくれるだろう。
と、この時はそう思っていた。
53
お気に入りに追加
1,177
あなたにおすすめの小説
私を殺してくれて、ありがとう
ひとみん
恋愛
アリスティア・ルーベン侯爵令嬢は稀に見る美貌を持っていはいるが表情が乏しく『人形姫』と呼ばれていた。
そんな彼女にはまともな縁談などくるはずもなく、このままいけば、優しい義兄と結婚し家を継ぐ事になる予定だったのだが、クレメント公爵子息であるアーサーが彼女に求婚。
だがその結婚も最悪な形で終わる事となる。
毒を盛られ九死に一生を得たアリスティアだったが、彼女の中で有栖という女性が目覚める。
有栖が目覚めた事により不完全だった二人の魂が一つとなり、豊かな感情を取り戻しアリスティアの世界が一変するのだった。
だいたい13話くらいで完結の予定です。
3/21 HOTランキング8位→4位ありがとうございます!
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです
冬馬亮
恋愛
それは親切な申し出のつもりだった。
あなたを本当に愛していたから。
叶わぬ恋を嘆くあなたたちを助けてあげられると、そう信じていたから。
でも、余計なことだったみたい。
だって、私は殺されてしまったのですもの。
分かってるわ、あなたを愛してしまった私が悪いの。
だから、二度目の人生では、私はあなたを愛したりはしない。
あなたはどうか、あの人と幸せになって ---
※ R-18 は保険です。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる